367.何の気遣い!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「……うっし。ノルマ終わった~」
シャーペンを机に放り、大きく伸びをする。
緊張が解けるとともに、心地よい眠気を感じた。
「あー、この後どうするかな……」
さっきまでダンジョンでの戦闘も頑張ったし、帰って来て勉強までちゃんとこなしたんだ。
日付も変わりそうだし、もうベッドで横になって寝たいという思いもある。
だが一方で、頑張ったからこそそんな自分にご褒美を、という気持ちも無いではなくて……。
“マジそれ! チョー勉強頑張ったんだしさ、ちょっとくらい甘いモノ食べないとダメっしょ!!”的な?
……俺は自分に甘々な逆井かよ。
「……っと、そうだ。そう言えば――」
タイマー替わりにしていたスマホを手に取り、動画投稿サービスのアプリを開く。
確かもうアップしてるって言ってたよな……。
「あ、あったあった」
検索ワードを打ち、探していた動画を発見する。
その目的のチャンネルには今の所は2つ、動画がアップロードされていた。
どちらも“〇〇を歌ってみた”動画だ。
イヤホンを差し込み、内一つを視聴する。
『――はじぃぃ~まるよ~、私達の冒険が~――』
画面に女性の鼻から下部分だけが映され、直ぐに歌が始まる。
聞いたことのある声。
既視感のある綺麗な鼻。
音を奏でるため動き続けるその口元には、どこか色っぽささえあった。
曲はシーク・ラヴ“光原凛音”と“光原和奏”の双子ユニットのものだ。
そして曲名の横には歌い手の名があった。
――シンプルに“RA”とだけ。
「……普通に上手いけど……何かエロいな」
この曲って、もっとワクワク感溢れる楽しい歌じゃなかったっけ?
双子ユニットという点を活かして、ダンジョンに挑んでいくワクワク感を絶妙な合いの手を入れ、シンクロさせて歌ったもののはず。
勿論他にもソロで“歌ってみた”をあげている人はいるが……。
それはちゃんと、自分の声や歌い方の特徴に合わせて選んでいると思う。
「……“RA”さん、選曲間違えてませんかぃ?」
どうせならタイプの近そうな逸見さんとか、志木とか、そっちタイプのソロ曲にすれば良かったのに。
初めてラティアの歌ってみたを聴いた感想は、なんとも言い辛い複雑なものとなったのだった。
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「レイネも高評価は多いんだけどな……何でその選曲なの?」
2つの内のもう一方――“RE”の“歌ってみた”も視聴した。
昨日上げたにしては、視聴回数が既に1000回へと届きそうになっている。
[へ~上手いね。普通にリピートして聴いちゃうわ]
[元の律氷ちゃんの歌が好きだから。他の人が歌ったらどんな感じかなって、色々と漁って聴き比べしてたけど……この人が一番上手い気がする]
[うん、認める。確かに上手いよ、この歌い手さん。ただ……何か違う気がするのは俺だけ? いや、批判じゃなくて、普通に好きだよ? でもなぁ……]
感想欄を見ても、好意的な意見が多い。
ラティアもレイネも、初投稿にしては上出来だろう。
だが一方で、俺みたいに何だかなーと思う人も少なからずいたり。
歌の上手さ自体は概ね好評だが、“何故この歌を選曲したの?”と……。
皇さんの静かで、それでいて澄んだ綺麗な感じと。
レイネの持つ特徴とはちょっと合わないだろう……。
レイネは荒々しくも、でも時に繊細さを覗かせるっていうか、うん、そんな感じだからな。
この“歌ってみた”始め、今後皆が好き好きに歌を歌って投稿すると言うことに、俺は基本関わっていない。
椎名さんが代わりにプロデュース・マネジメントを行ってくれているのだ。
だから感謝こそすれ、不満を言う事はない。
「……ただ、意図は聞いた方が良いかもしれないな――ん?」
少し強くノックがされたことに気付き、慌ててイヤホンを外す。
「……マスター、リヴィルだけど。今大丈夫?」
「おう、悪い、気付かなかった。良いぞ、入って」
どうしたんだろう。
リヴィルが部屋を訪ねてくることは特段珍しいことではない。
ただもう0時を回ろうかという時間だ。
何か相談事かな?
…………。
「あの……どうした? 入って良いぞ?」
「……本当に? 何なら一回出直すけど。今、本当に大丈夫?」
リヴィルさん、“出直す”って、何の気遣いですかそれは!?
夜中だから俺が寝てたかもっていう配慮ですよね!?
気付かなかったのは“普通の”動画見てたからで、やましいことは一切してないからね!?
「じゃ、入るからね? ……良い? もう、入るよ?」
やましい物を隠す時間もくれなくていいから!!
何なの、リヴィル、ちょっとテンションおかしくない!?
「……ん? ああ……ロトワも一緒だったか」
ようやくドアを開けたリヴィル。
その横からヒョコっとロトワが頭を出す。
「お館様、一緒に夜更かし、ダメでありますか?」
手には座布団と枕を持っていて、その顔はまだまだ眠そうには見えなかった。
とりあえず立ち話もなんだしと入室を促す。
ロトワは自分の座布団に座り。
リヴィルは俺のベッドに腰かけ、足を伸ばした。
ズレてしまったレッグウォーマーを直しつつ、楽しそうに話しかけてくる。
「フフッ、マスター。勉強も終わったんだよね? 明日は休みだし夜更かし、良いよね?」
「……まあ良いけど。――……リヴィル、お前、もしかして何か柑橘系、飲んだり嗅いだりしたか?」
尋ねてもリヴィルは楽しそうに小さく笑ってはぐらかすだけ。
「えっ? フフッ、別に? どうだろうね~」
……自我はありそうだけど、かといって全く酔ってないって感じでもないんだよなぁ。
「あっ、お館様! お風呂でありますお風呂! 今日、お風呂の素でミカンの湯、使っちゃったでありますよ!!」
「フフッ、あーあれね~。良い匂いだよね~。ねーマスター、私とミカン、どっちの匂いが好き~?」
若干トロンとした目をしながらも、悪戯な笑みを浮かべて尋ねてくる。
……お風呂の素って、それもダメなの?
まあ直接何かを口にした時よりはマシだが……。
「あーはいはい、どっちの匂いも好きですよー。……そうだロトワ、一緒に動画見ようか」
「えっ? ああ、えっと……は、はい!」
「フフッ、マスター素直じゃないなー。ラティアの谷間の匂いが好きって言えばいいのに」
……その選択肢なかっただろうに。
何の意地悪だよ、脈絡を仕事させろ。
いや、まああっても選ばないけど。
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「空木が出た動画か……やっぱ“シーク・ラヴ”のチャンネルかな」
酔っ払い軽症者のリヴィルは適度に相手をすることにして。
今はロトワの夜更かしに付き合うことにする。
今日――いや、もう昨日か。
昨日も一緒にダンジョン頑張ってくれたしな。
ロトワが見て楽しい物だと、やはり親しい空木が出ている動画だろう。
皆で見るので、スマホではなくPCを操作して動画を探す。
えーっと……おっ、これなんか良いんじゃないか?
「3日前にスペシャル回があったらしいな……空木も出てるし、ロトワが知ってる出演者ばっかだぞ?」
「おお! それにしましょうお館様!」
“出演者:赤星颯 空木美桜 逆井梨愛 志木花織 白瀬飛鳥 立花司 ”とある。
動画のタイトルは“スペシャル回!! 同学年大集合!! ※ウチは司会役です”。
なるほど……つまりメンバー内の同学年が集まって収録した動画なんだろう。
シーク・ラヴの公式チャンネルとあって、毎回アップロードされた動画は驚くほどの再生回数を誇っている。
特に忙しい志木やサボり症な空木、それに大人組の飯野さん・逸見さんが出る回は貴重で、人気も高い。
以前俺も視聴した、空木達が新作ボードゲームを体験すると言う動画は特に評判が良かったらしく、再生回数でトップ3に入っている。
「よし、じゃあ見るぞ――」
ロトワやリヴィルの見やすいようにPCの置く場所を工夫し、動画を再生する。
丁度良い。
“立花司”も出るらしいし。
椎名さんに言われたことを思い出す。
光原姉妹の姉ともまだ顔を合わせたことはない。
だが妹――凛音と偶にメールすることもあり、テレビで出たらついでに姉の方も見ることがあった。
ただ“立花司”は接点がなく、正直あまり知らない。
もしかしたら会うことになるかもしれない相手だ。
逆井達も一緒に出ていることだし、ちょっと注目して見てみるか……。
“キャラが増えてきたのでそろそろまとめを更新しては?”というご感想をいただいたんですが、今書いていますように立花さんを登場させてあげると丁度良さそうなので、それを書いてからにしたいと思います。
うーん……ライブ編が終わったら、ですかね?
多分その後辺りになるかと思います。
まあそちらは気長にお待ちください。




