366.体が鈍ってるかもな……。
お待たせしました。
すいません、更新時間が不規則で……。
ではどうぞ。
「んんっ、んんっしょっと――」
週末の夜、指定された場所へとやって来た。
今は使われていない空き家の敷地内。
珍しいことに、ここは廃れた建物の中にダンジョンへと通じる穴が出現していた。
一緒に来たレイネとロトワとは一時別れ、一人で先に中へと入っておく。
他のメンバーの着替えや準備もあったので、それらが済むまで軽くストレッチして時間を潰す。
体を伸ばすとボキボキとあちこちから音が鳴った。
受験勉強や最近イベント続きだったために、体が鈍ってるように感じる。
……まあ元々前屈もロクに出来ない程体は固かったんだけどね。
「――先輩、お待たせしました!」
「隊長さん、お待たせ」
5分程すると声が聞こえた。
入り口の方を振り返る。
「……っす。……桜田は、その、やっぱ“それ”なのか」
「えっ? ――あっ、はい! ふふんっ、どうです先輩、チハちゃん、可愛いですか?」
レイネと共にやって来た桜田は、自身の格好を見せびらかすかのようにその場でクルっと回ってみせる。
身に纏う神秘的な羽衣が一緒にゆらりと舞う。
光の粒子すら巻き散らしそうな幻想的光景――に惜しくも見えなかった。
「……なあ、桜田。お前、自分がどんな格好なのか、自覚ってあるか?」
「はい? ええっと……“大精霊さん”から贈ってもらった装備、なんですよね? ――着心地、凄く良いですし、動き易くて最高ですよ!」
その分だけ肌の露出も最高レベルだがな!!
空木曰く“エロゲーで出てくるドスケベな衣装でも白旗を挙げそうな踊り子コス”、だからな。
本当に目のやり場がなくて、“桜田の持つ武器”を“桜田”と思って話すまであるからな。
……ってか空木の奴、俺より2つ年下の癖に“エロゲー”ってワード出し過ぎ。
「はぁぁ……まあお前がそれで良いなら良いけど」
もう俺がどうこう言って改善できる段階は過ぎてるのかもしれない。
何だろう、“大精霊”関連の装備はそのあまりの高性能のために、常識観が生贄に捧げられてたりするのだろうか?
……一先ず桜田は手遅れということで、4人目が生まれることを防ぐ方向にシフトした方がいいな。
「――ご主人、お待たせ!!」
俺が諦めの境地に入っていると、残りのメンバーもダンジョン内に入って来た。
「――お待たせしました。御嬢様も私も、準備が出来ました」
「陽翔様、申し訳ありません。少しベルトを巻くのに手間取りました」
ルオに引き続いて来たのは皇さん、そして椎名さんだ。
椎名さんとは“過去の輝き光る血塗られし写真事件”を切っ掛けに気まずい感じが続いている。
しかしダンジョンに適した服装をする椎名さんは、特に引っかかることなく普通に挨拶してくれた。
なので今日は椎名さんよりも――
「う、うっす。そ、そっか。まあ急ぎじゃないし、うん」
「うぅぅ申し訳ありません……今もまだ少し締め付けが強い気がします。前まではもう少し楽に巻けたんですが……」
…………。
――皇さん、成長期!!
3人目の桜田ですら痴女い装備が普通の状況になりつつあるんだ。
2人目である皇さんが胸ベルトをしていることには今更ツッコむまい。
だが、そうか。
とうとう皇さんも……。
「…………」
……いや、椎名さん、無言の圧力、止めてもらえます?
俺から“皇さん、胸、ちょっと大きくなったんじゃない?”みたいなセクハラした訳じゃないでしょうに。
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「今日はそんなグイグイ行く感じじゃなくていいんだよな?」
「ああ。俺もちょっと、体鈍ってるから。軽く行こう、軽く」
隣を歩くレイネが確認してくる。
今夜のダンジョン探索は、俺が錆を落とす意味もあったが、椎名さんの訓練にも充てる予定だった。
俺やルオが初めて椎名さんと一緒にダンジョンに潜り、訓練に付き合ってからも、地道にダンジョンへは潜ってくれていたらしい。
「まだ皆さんの足元にも及びませんが、それでも“補助者”としての役割くらいは果たすつもりです」
その成果を今日、俺達にも見せるんだと椎名さんは珍しく意気込んでいた。
「まあまあ。先輩達に頑張って追い付こう!っていうのは、チハちゃんも律氷ちゃんも同じですから。一緒に頑張りましょう」
「桜田様……はい、ありがとうございます」
桜田も皇さんも、とある一点においては俺なんて完全に置いて行かれてるから。
背中も見えないくらい距離が遠のいてるくらいだから、うん。
だから俺のことは気にせず、もうドンドン先へ行っちゃってくださいな。
その先には深い闇か、織部くらいしか見えないだろうけどね……。
「ハハッ、頼もしいな。――っと。隊長さん」
レイネの様子が瞬時に変わる。
前方への注意も怠らずしていると、索敵していた精霊が戻って来たのだ。
『パコッ! モンスターだパコッ!! 骨の奴が沢山いるパコッ。パコッとやっちゃうパコッ』
精霊から伝え聞いた内容を、不要部分は省いて椎名さん達にも伝える。
「分かりました、行きましょう。……ただ新海様、大丈夫ですか? 複雑そうな表情をされてますが」
「いえ、敵がヤバそうとか、マズそうとか、そう言うんではないんで。安心してください」
精霊がパコパコとうるさい、なんて言えないよな……。
言った側から“……は? 御嬢様の前で下ネタですか? 一回死にますか?”と凍る目で睨まれそうだ。
この浮遊するわいせつスピーカーの存在を目にしたら、椎名さんだって同じように凄い顔するだろうに……。
「――しぃっ!! せぁっ!!」
「うらぁっ!!」
レイネの不意打ちを合図に、モンスターの集団へと攻め込む。
皮膚も肉もない、ただ骨だけの犬型モンスターを殴っていく。
犬とは言え鼻なども無さそうなのに、【敵意喚起】が効いて、しっかりと5体全部をその場に釘付けにする。
「今だっ!!――」
ロトワを含めた4人が、2×2に分かれて骨犬達の両側面へと駆ける。
「――やぁぁぁ!!」
ハンマーを持って速度が遅くなってしまう桜田を、ロトワが前に立ってフォローする。
完全に俺にだけ向いてしまっているモンスター達の、その脇腹にロトワが切り込んだ。
「よいしょっと――そい、やっ!!」
地面を何度も叩き、それで土を吸い込み、巨大化した槌。
ドスケベより上位の痴女い踊り子衣装の他に、大精霊から贈られた武器だ。
桜田は祭りにでも参加するくらいの、気軽い掛け声で叩き込む。
「キャゥゥンッ――」
発声器官は見当たらないが、骨ででも振るわせてるのか、大きな一撃に悲鳴を上げる。
ボーリングのボールがピンに勢いよくぶつかったかのように、乾いた高い音を立てて骨があちこちに飛び散った。
2体が今のでバラバラに。
「キャゥン――」
そのロトワ・桜田の猛攻から逃れるため、モンスターが反射的な動きを見せた。
俺の【敵意喚起】も一瞬だけ振り切り、真反対を向いて逃走を図る。
それが、そちら側から遊撃をかけた椎名さん達へと迫り――
「させっ、ません!!」
椎名さんが握ったステッキをアッパースイングした。
下から一つの軌道を描くように掬い上げたステッキは、見事にモンスターを直撃。
逃げようとした骨犬は壁に衝突したように強く跳ね返された。
椎名さん、ちゃんと攻撃が効いてる……!
「ナイスです、椎名ッ!!」
皇さんも攻撃に加わる。
魔法ではなく、打による遊撃の方が適しているとの判断だ。
「やっ、せぃっ、はぁ!!」
椎名さんとの協同で、逃げ道を塞ぐ。
上下を挟む形の俺とレイネも、状況を読み、合わせる。
そして三方から左――桜田とロトワの方へとグイグイ押し込んだ。
「――チハヤ殿っ!!」
「えいやぁぁぁぁ!!」
ロトワが最後に刃で、桜田の前へと押し出す。
桜田の単なる気合いの入った横振り。
だがそれだけで十分だった。
左に寄っていた2体が犠牲になる。
「ラストォォォォ!! チハちゃん、マジカル、アタックゥゥゥ!!」
続け様に謎の決め台詞を叫びながら、桜田は槌をもう一度振った。
最後の1体を捉え、見事に吹き飛ばす。
骨が砕け、モンスターが二度と立ち上がることはなく。
戦闘は無事に終わたのだった。
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その後も奥に進みつつ、危な気ない戦闘を重ねた。
体が鈍ったかもと思ってたけど、この感じなら全然行けるな。
桜田達のライブ前に一度、自宅ダンジョン5階へと挑もうと思っていた。
なので今日の戦闘は肩慣らしにも丁度いい。
「お疲れ様っ! 椎名、今の戦闘も良かったよ!」
「ありがとうございます。御嬢様を少しでもお守りできたのであれば、努力して来た甲斐があります」
椎名さんも微かにだがダメージを与えられるようになってきていた。
自分が戦闘でも役に立てている実感を得られたからか、その表情もいつになく柔らかい。
「いや~本当に。先輩達と探索すると随分楽ですよ。普段はチハちゃん達が面倒を見る側ですからね」
桜田は円筒状の方を地面に向け、石突へ器用に手を重ねて顎を乗せている。
「私達も陽翔様達に育てて頂いたから、最前線で戦えているんです。今はそれを、私達が他の探索士に広げる番だと思います」
「それは分かるんですけどねぇぇ……チハちゃん、人気者だから。あちこちから“私も教えてください~!”“私も!”“なら、私も!”って声が止まなくて」
桜田の嬉しそうな困り顔を、俺達はツッコまずスルー。
「……チハヤ、何気に人が良いからな。良い様に利用されてるだけじゃなければいいが」
「そこは私も花織様も気を付けておりますので、今の所は大丈夫です。――ああ、そう言えば新海様」
レイネと話していた椎名さんが、思い出したように俺へ声を掛けて来た。
志木の仲介のおかげで、あの“惨劇! 血の雨降る写真殺人未遂事件”は回避され。
更に今日一緒に探索をする時間を重ねているからか、ぎこちなさは大分消えていた。
良かった良かった。
椎名さんを人殺しにせず、そしてその被害者が俺にならずに……。
「今日のお礼に今度、私の手料理でもご馳走しましょうか? 見た目に反してちょっと最初は苦味を感じるかもしれませんが、大丈夫。きっと夜には素敵な眠りへと誘う食事を振る舞いましょう」
「それ毒か何か入ってません!? 椎名さんの頭の中で“素敵な眠り=永眠”になってやしませんか!?」
椎名さんが俺に手料理なんて、何か腹に一物抱えてないと出ない提案だと思ったが……。
刃物でブスっとではなく、毒でコロッとを狙われていた。
「冗談はこのくらいにして――こうして私にも訓練に帯同してくださってますが、花織様から“残りのメンバーともそろそろ顔合わせしてみないか?”という趣旨の打診を受けています。どうされますか?」
それはつまり、残りの3人――光原姉妹と、もう一人と。
ダンジョン攻略の場面で会ってみないか、ということだろうか?
「その認識で問題ありません。直ぐに決めなくても大丈夫です。ですのでその判断要素を得るために一度、ライブの2日目にいらっしゃいませんか? 観客としてではなく、裏方の一人として」
律氷「(椎名……無自覚に陽翔様に“手料理を振る舞う”なんて言っちゃって……やはり骨身に伏兵の血が染みついているんですね)」
椎名「御嬢様!? 何故そんな目で私を!? わ、私、何か悪い事でもしましたでしょうか!?」
椎名さんも赤星さんと同じく、無自覚伏兵案件ですね(ニヤリ)




