365.ルオは、凄い奴だな……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「ではお兄さん、ルオちゃん、また今度。奢りならいつでも駆けつけますよ」
「おう。またな。……奢るかは別だが」
店を出て、空木をシェアハウスまで送り届けた。
と言ってもお隣さんなので、俺達も1分とかからず家へ辿り着く。
「はぁぁ……空木め、アイツここぞとばかりに芋ばっか食いやがって」
おかげで財布が軽くなってしまった。
また明日にでもお金をおろしに行かないと……。
「……ご主人、特に、危ないことは無かったね?」
玄関前までやってきて、ルオは複雑そうに言って来た。
「……何だ、何かあった方が良かったか?」
茶化すように言うと、ルオは慌てて首を振る。
「ううん!! そうじゃないよ!? でも、折角ご主人と一緒に来てボディーガードしてたんだから、もうちょっとこう、何か、役に立つ所とか、さ……」
なるほど、要するに折角俺の危機に颯爽と駆けつけたのだから、もっと見せ場みたいな所が欲しかった、と。
……まあ全部ラティア達の良い様に動かされてるだけなんだが。
「……今日は、ルオは、それで良いんだよ」
「? どういう意味?」
直ぐに分かると、その質問に答える事はしなかった。
家に入れば、ラティア達がルオを祝う準備をして待っているはずだ。
だがあの謎めいたメールの件があるからか、若干ドアを開けるのに躊躇いが出る。
さて、何が飛び出すか……。
「……ご主人?」
家の前で立ち止まってしまったからか、ルオが心配そうにまた聞いてきた。
……ええい!!
「いや、何でもない。――ただいまぁぁ」
意を決し、ドアノブを掴んで開く。
「あっ――良い匂い……揚げ物の匂いだ! それに何だろう……お酢、の匂い?」
開いた隙間から漏れてきた匂いに、ルオは直ぐに反応した。
鼻を鳴らし、目を閉じ、晩御飯の豪華さを想像して嬉しそうな表情を浮かべる。
「だな。ちらし寿司かな……ふむ」
玄関に待ち構えている……と言うことはなかった。
ならリビングか。
純粋に晩御飯に心躍らせるルオとは違い、俺は恐る恐る靴を脱いで上がった。
ホラーゲームの次のステージに移動する時の様に、この先に何かの仕掛けがあることを前提とした心構えで。
ゆっくり、ゆっくりと足を忍ばせ……。
「? ご主人何してんの? ……早く上がればいいのに。――ただいまぁ~!」
こらっ、ルオ、バカ――
「あっ、ラティアお姉ちゃん! ただ、い、ま――」
「――ルオ、隊長さん、遅いじゃねぇか! ……は、はぁ? か、勘違いすんなよな! あたしは別に、全然、これっぽっちも心配なんか、してないんだかんな!」
……えっ、ラティ、ア?
「え、えーっと。…………え?」
ルオがフリーズした。
ついでに俺も固まった。
リビングの扉の先には、顔を真っ赤にしたラティアがいた。
それも、レイネが着るようなカッコいいスカジャンを羽織った、ちょい悪風のラティアが、だ。
……あれ、俺達、別の世界線に来ちゃった?
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「うぅぅ……――ぜっ、全然、恥ずかしくも、不安でもないんだからな!!」
ラティアは履いているデニムのホットパンツをギュッと掴み、また勇気を振り絞るように口を開く。
……俺達の反応が無い事に焦れたらしい。
いやでもしょうがないだろう、これ……。
「あの、ラティアお姉ちゃん? どうしてレイネお姉ちゃんみたいな格好で、口調までマネして……」
我に返ったルオはしかし、未だ困惑気味に、恐る恐る尋ねた。
だがその返答が来る前に、新たな刺客が現れる。
「――フフフッ。ルオもご主人様もお疲れ様です。さぁ、今日はルオの記念日です、準備しましたから、ご飯にしましょう?」
「リヴィル……お姉、ちゃん……?」
リヴィルが妖艶な笑みを浮かべ、ソファーから立ち上がった。
そしてクールなボイスで、しかしラティアの口調で俺達を出迎える。
……しかも、その姿は、素のリヴィルなら絶対着ないだろうサキュバス服だった。
「あらあら……ウフフ。ルオ、どうかしたんですか? そんなに私達のことをじっくりと見て。このいやらしく育った私の体は、ご主人様に舐め回すように見てもらうんですから、見惚れてはダメですよ?」
「――ちょっ、ちょっとリヴィル! 私、そんなこと言いませんよ!! 捏造はNGですって!!」
慌ててレイネ姿のラティアが、素に戻ったようにストップをかけた。
それをサキュバス服を着たリヴィルが、ウフフと揶揄う笑みで受け流して――
――いや、何じゃこりゃ!?
「……そう? ラティアっていつもこんな感じかなーって」
確かに。
……っていやいや、そうじゃなくて!!
リヴィルさん、貴方がサキュバス服着て出歩いてたら、それはそれでエロいから今すぐ脱いで!!
ああいや、違う、“脱いで”ってそう言う意味じゃなくて――っだぁあもう!!
「――ふーん。ま、良いんじゃない。私は別に、興味ないし、であります」
今度は何だ――
「……ロトワ、何でレースクイーンさんのコスプレ? ってかリヴィルお姉ちゃんのマネ、なの? ……最後、自分の口調に戻っちゃってるけど」
洗面所の方からやって来たロトワに、すかさずルオがジト目を向ける。
それに対してロトワはムスッとした顔を作って答えた。
「……マスターがこういうの好きそうだから、であります。……ほらっ、チラッ、チラッ」
タイトなミニスカートから伸びる脚を、あからさまに見せびらかしてくる。
ラティアもリヴィルもそうだが……ロトワが一番何をしたいのかが良く分からなかった。
「……ロトワ、私そこまで露骨にはしないけど。もっとさりげなくマスターの興味を引く感じでやるけどな」
サキュバス服のリヴィルが苦笑しながら指摘する。
えっ、普段から実はそんなことしてたの!?
……だがなるほど、何となくだが要領は分かった。
つまりラティアはレイネ役を。
リヴィルはラティア役を。
そしてロトワはリヴィル役をやっている、と。
それぞれが別の誰かを担当している、ということだな。
なら最後は――
「…………」
キッチンのテーブルの影、しゃがみ込んでこちらの様子を窺う巫女さんがいた。
コスプレ衣装で着るような奴なので丈が短く、普通にスカートの中が見えそうになってしまっている。
それすらも気にならない程に、巫女さん――レイネは、怯える様に体を縮こませていた。
「う、うぅぅ……お館様、ルオ、ちゃん……お帰りなさい、であります」
怖がっているというよりは、ロトワのマネを見られるのが極端に恥ずかしいという感じでの震えに見えた。
……今のレイネが一番ロトワっぽく出来てたな。
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「もう~。ボク、本当にビックリしたんだから! お祝いって言われたことなんて吹っ飛んでたくらい! 帰る場所を間違えちゃったのかと思ったよ!!」
「俺も。マジでパラレルワールドに来ちゃった説が一瞬頭過ったし」
皆揃った所で、改めて晩御飯になった。
勿論4人は他の誰かの格好のまま席についている。
俺とルオの感想を聞いて、それぞれ苦笑していた。
「すいません……料理も腕によりをかけて準備しましたが、それだけじゃ物足りないかもと前々から相談していて、こうなりました」
「……ボクは別にご飯だけでも凄く嬉しかったのに。ほらっ、お寿司もミックスフライも、美味しく貰ってるよ?」
ルオはお箸でちらし寿司を器用に掬って口へと運んでみせる。
そして口の中が無くならない間に、エビフライも突っ込んだ。
「フフッ、焦らなくても。ルオの分、沢山作ってあるから」
未だサキュバス服のリヴィルがおかしそうに小さく笑う。
……何か、いつもと違う格好だからか、ちょっとドキっとするな。
「……それで、ロトワが余計にも言ったんだよ。“ルオが普段どれだけ難しいことをしてるか、身をもって体験して、見てもらおう”ってな」
「ふふん! ロトワ発案であります!」
ドヤ顔を決めたロトワを、レイネが指でツンと突く。
「そのせいであたしは凄い恥ずい格好する羽目になったんだぞ!」
「わっ、うひゃぁぁ!」
巫女姿のレイネと、レースクイーンの格好をしたロトワがじゃれ合って……。
何だろう、皆素に戻ってるんだけど、でも着ている者は別の誰かを真似ていて……。
別の世界の中に来てしまったような、凄く不思議な気分がまだ続いていた。
「そういうことだったんだ……」
食事を始めてから止まることなく動かしていた箸を、ルオはピタッと止めた。
「ええ。……フフッ、いつも一緒にいるレイネですら、私は上手くマネすることが出来ませんでした。誰かをマネる・再現するって、とても難しいんですね」
……なるほど。
お祝いの日と言うことで、出し物としても意味はあっただろうが……。
「――つまり、ルオは普段から何でもないようにしているけど。実はとんでもなく凄い事を平然とやっていたんだな。……ルオ、お前は凄い奴だな」
「あっ――」
自然と褒め言葉が口から出ていた。
そして手を伸ばして、頭を撫でる。
ルオは抵抗せず、されるままにしていた。
そして――
「……っ! ボク、ボク……えへ、えへへ」
いつの間にか、ルオの目の端に涙が出ていた。
ルオはそれでも嬉しそうに笑い、雫を人差し指で拭う。
「今日は、皆、ありがとう。本当に、嬉しい……皆と出会えて、本当に、本当に良かったって、ボク、思う。それと――」
ルオは止まらない涙を拭うのを諦め、しかし一番の笑みを浮かべて俺を見上げた。
「えへへ、ご主人、ありがとう。ボクを選んでくれて、ボクを迎えてくれて、ボクと出会ってくれて、ありがとう。――これからも、よろしくお願いします」
眩しいくらいの笑顔だった。
こっちが恥ずかしくて顔を背けたくなるくらいの、純粋な、真っすぐな笑顔。
……来年も、そしてレイネとロトワの記念日も。
また出来るように、頑張らないとな。
「おう!」
帰った時のフリーズこそあったものの、ルオのサプライズ記念日は大成功に終わったのだった。
ラティアが酔ったリヴィル役をしたり、リヴィルが妄想トリップ中のレイネ役をしたりと色々な案があったらしい……。
そしてこの出し物が面白かったという情報がシーク・ラヴ内にも伝わり、誰かが別の誰かを再現してみる、というのがプチ流行したそうな……。




