363.時間稼ぎ……!
お待たせしました。
ルオのお祝い会回ですね。
ではどうぞ。
「いらっしゃいませー! お一人様でしょうか?」
学校帰りに、少し離れた場所にあるファミレスへと立ち寄る。
学園祭も終わって、またいつもの日々に戻って数日を過ごし。
だが再び、いつもとは違う特別な日を迎えていた。
今日は先ず、帰るまでにこなさないとならないミッションがあるのだ。
「あ、えと、連れが先に来ているはずなんですが……“新海”で予約して――」
普段なら“見れば分かんだろ、一人だよ……”と心の中でグチグチと言い続ける所だが、今日は違う。
笑顔で出迎えたバイト少女もアッと小さく声を上げた。
どうやら思い当たる節があったようだ。
「お客様より伺っています。どうぞ、ご案内いたしますね?」
「うっす」
学校の制服姿のままで、しかも誰かとファミレスで待ち合わせなど人生初である。
不思議な感じを覚えながら先導に付いて行くと、待ち合わせ相手の姿が見えた。
「――あっ! こっちこっち!」
「っす、ルオ、悪い、待たせた」
ルオが俺に気付き、嬉しそうに手を振る。
4人掛けテーブルにルオは一人で座り、俺を待ってくれていた。
ルオの向かいに腰を下ろし、通学鞄を横に大ざっぱに置く。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「うぃっす。ありがとうございます」
礼を言うと、店員さんは笑顔を残して持ち場に戻って行った。
それを見てから、改めてルオに向き直る。
「えへへ。何か、変な感じだね! ファミレスでご主人と待ち合わせって」
ルオはくすぐったそうに笑う。
本当にそうだ。
二人でこうして、どこかで落ち合うってのは変な感じがする。
でもこれは必要なことなのだ。
『マスター、2時間、ルオを引き付けておいてくれない? その間にお祝い会の準備、済ませておくから』
ホームルーム前に、リヴィルから届いたメールだった。
確かに今日が、ルオが地球に来てくれて1年の記念日。
皆にもそう周知していた。
そのためラティア達がルオに秘密で、今までにも何やら準備をしていたのも知っている。
協力しないという選択肢はなかった。
「だな。……で、ルオ、何か頼んだか?」
メニュー表を開きながら、ルオの様子をさりげなく窺う。
今正にラティア達が、ルオの好物を中心に、豪華な晩御飯を用意してくれているはず。
だから食べ物系を頼むのは避けたいが……。
「ボク? うん、ドリンクバー頼んだよ! コーラとメロンソーダの混ぜた奴、結構イケるんだ!」
あぁぁ、それな。
テーブルにはグラスは無かったが、つまり飲んだ後ということだろう。
学生って基本お小遣い制だから、高い物を多くは頼めない。
腹を膨らませたり、あるいは少ない注文で時間を潰す意味でドリンクバーは大人気のメニューだ。
そして何でも入れ放題だから、こうして実験気分で混ぜるなんてことも楽しいよな。
……えっ、一人で来てもやってましたが何か?
「そっか。晩御飯も準備してくれてるだろうから、あんまり食べすぎるとダメだが……ちょっとなら頼んでもいいぞ? 俺が出すから」
“準備してくれている”という点について、あまり多くは語れない。
ルオ自身に、自分のお祝い会の準備をしていると悟られてはならないからだ。
だが晩飯前だから食べすぎるなよーという一般論なら、この場面で俺が口にしても違和感はないだろう。
「本当!? やったー!! 何頼もうかな~? ハンバーグ……いやいや、折角ご主人と来たんだから、デザートをシェアも捨てがたい……」
ルオは全くそんなことに勘付いている様子もなく。
夢中になってメニュー表とにらめっこしている。
フフッ。
「……で? ルオは何て言われて俺を迎えに来てくれたんだ?」
その後、頼んだホットコーヒーをチビチビと飲みながらルオと話す。
俺もドリンクバーにしようか悩んだが、今は糖分よりカフェインの気分だった。
「? 何か、ロトワとリヴィルお姉ちゃんに急かされてきたからよく分かんない。んーっと……あっ、そうそう! 今日はご主人が危ないかもしれないから、護衛にって」
結局選んだパフェを頬張り、そのスプーンを口に加えて不満顔をする。
そしてよくわからないことを言い、ルオはこれが証拠だと言わんばかりにスマホを見せてきた。
普段ルオ達が使っている、グループ内で簡単にメッセージを送り合えるアプリでの会話が映っている。
『ルオ、急いで。私の勘が言ってる。……マスター、今日は女難の日だって』
『ルオちゃん、お館様が、大変であります!! グズグズしてると、襲われるかも……ルオちゃんの力で守って欲しいであります!』
『ご主人様と合流を! ご主人様には私達から連絡を取っておきますので、一刻も早く指定のファミレスで落ち合ってください!』
『頼んだぞ、これはルオにしか出来ないことなんだ! 隊長さんの貞操が危機かもしれない……! どこの馬の骨ともわかんねぇ女から、隊長さんを守ってくれ!』
えーっ、俺、今日はそんな危ない日だったの?
……ってか襲ってくる相手“女”限定って何だよ。
皆みたいな美少女と暮らしてるんだから、刺してくるのなら“男”だろうっていつも思ってたんだけど。
はぁぁ……まあ、分かるよ?
ルオにバレないよう外に出てもらいたかったんでしょ?
でもさ、うん、全員して嘘下手かよ……。
「よくわかんないけど、今の所はご主人、大丈夫だよね? 皆凄い深刻そうな顔してたからビックリしたけど……」
「俺もビックリだ。……まあでも、ルオがいてくれると心強いよ。場面とか状況によって色んな人を演じられるしさ」
良く分からないのは俺も同じです。
本当、時間稼ぎを俺に丸投げじゃないかよ。
もうちょいルオが納得し易い言い訳を用意しておいて欲しかった。
1対1、つまり俺だけでどれだけ粘れるか……。
あんまり不自然に引き延ばしたら不信感を持たれて、最悪バレる。
どうしよう……。
頭を悩ませていた、その時。
「――あっ、お兄さん達、いた」
そんな声とメールの着信音が、同時に聞こえたのだった。
「あれ? ……ミオお姉さん?」
「本当にルオちゃんとお兄さんの二人っきりなんだ……」
ファミレスに空木が現れたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
ウィッグを付け、伊達眼鏡を掛けているが、直ぐに分かった。
声も空木のそれだったし、何より……うん。
俺が見抜くために一番参考になったその体のある部位を、空木はムニュっとテーブルに乗せてダラける。
……す、凄い、乗るんだ、それ。
織部や白瀬が見たら、激情のあまりダラダラと涙を流すだろうな……。
「あー疲れた。久しぶりにファミレス来ました……とりあえず注文良いですか?」
と、俺に気遣い尋ねはするが、直ぐに呼び鈴を押して店員を呼ぶ。
……自由だな。
「お前、どうしたの? ……何、自分探しの旅?」
「……こんな痛い格好してバレる危険を冒してまで、なんで自分を探さないといけないんですか。椎名さんじゃあるまいし」
おい、サラっと椎名さんディスんな。
“ナツキ・シイナ”は別に、椎名さんが我を見失って行きついた姿じゃないからね?
「部屋でグデってたら、ロトワちゃん達に頼まれたんですよ。お兄さん達がいるはずのファミレスに行って欲しいって」
ロトワの名前が出て、そう言えばとスマホを確認する。
先程の着信はやはり、その当の本人だった。
『お館様っ、お勤めご苦労様であります! 強力な助太刀を得られましたので、向かってもらいました! おそらくそろそろ着く頃かと!』
空木の突如の出現に、完全に納得がいった。
つまり、ロトワ達が時間稼ぎの協力者として、空木を向かわせてくれたってことだろう。
それは有難いし助かるが……空木を送る余裕があるのなら、ルオにもうちょっとマシな嘘をついていて欲しかったな。
「むっ! と言うことは……やっぱりご主人、本当に何か危ないんじゃない? ミオお姉さんまで投入されるって事は、敵が遠くから狙ってることも考慮して……」
「えっ、何? お兄さん、何か危ないんですか?」
……ほらぁぁ、一気にややこしい展開になるじゃん。
空木には事情を説明した上で協力を仰ぎたい、だがルオがいる前では正直に話すこともできない。
……メールで説明文を打つか?
うわっ、指しんどいな……。
色々と面倒臭くなりながらも、手早くロトワに返信を送る。
それのついでに、ルオに見られないようテーブルの影でスマホを操作。
“危ない云々はロトワ達がルオを外に出すための方便。ルオが家にいない間にサプライズ準備。だから要時間稼ぎ。……顔に出すなよ? 合わせろ”と書いて空木に送ったのだった。
はぁぁ。
時間稼ぎも楽じゃないな……。
上手く纏められれば次話で終わらせられると思います。
多分家の中はドタバタしていて、で、こんな会話があるはず……。
ラティア「……今日は、ルオの日ですから、譲りましょう」
レイネ「? ああ……隊長さんの二人きりの時間な」
ラティア「いえ、そうではなく……」
レイネ「あん? じゃあ何だってんだよ……」
リヴィル「……ルオはマスターの苗字――“新海”で、ファミレスを予約したはず。つまり……」
ロトワ「……? “新海様”、あるいは“新海ルオ様”って呼ばれる……でありますか?」
レイネ「!?」
一同「…………(妄想)」
―――
……自分が呼ばれた場合を想像して思い描きながら、準備に勤しんでいるでしょうね。




