353.ぎゃぁぁぁ! ロックオンされたぁぁぁ!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「うぉっ――……こっちも凄い人だな」
「始まるずっと前から、もう場所取りしてたんだろうね……」
桜田のクラスを後にして、俺達は体育館にやって来た。
この時間、演劇・有志の出し物などの予定は入っていない。
代わりに、シーク・ラヴのミニライブがあるのだ。
赤星がクラスの喫茶店に入るのはこの後の予定なので、先にこれを鑑賞しようとやって来たのだった。
「うぉぉぉ!! 知刃矢ちゃーん!!」
「赤星ぃぃぃ!! 陸上部時代からずっとファンでしたぁぁ!!」
「サプライズゲスト、どっちだろう!? 逆井ちゃんか、それか月園の二人の方か……」
ミニライブのステージとなる体育館は既に、3/4以上のスペースが人で埋まっていた。
なので俺達は後方からの鑑賞となる。
開始前にも関わらず、興奮と歓声で中は凄い熱気だ。
「チハヤの奴……大丈夫かな?」
前の人垣からは少し距離を取って止まる。
客席は設けられておらず、前も後ろも完全に立ち見スタイルだ。
「まあ、大丈夫なんじゃね? こんだけ人が中にいるんだから、むしろ向かい易いだろう」
間に合うかどうかという趣旨だと判断する。
周囲のざわめきに声を掻き消されない様、心なし声を張って答えた。
「あー……まあそれもそうか。うん、じゃああんまし考えすぎずに待つことにするよ」
それが良いと頷いて返す。
俺達が出た後、直ぐに準備して駆けつければ全然間に合う時間・距離だ。
ちゃんと姿を見た桜田よりも、まだ今日は会ってない赤星の方がむしろ俺としては心配になる。
ゲストに誰が来るかは俺も聞いてないし、場合によっては桜田一人が出演者と言うことにもなりかねない――
「チハちゃーん!! 俺っ、公式ファンクラブ入ってまーす!!」
「俺も俺も!! 俺っ、33番ですっ、後でサイン下さいっ!!」
始まる前から盛り上がりは十分だった。
……桜田だけでも乗り切れるかもな。
しばらく待っていると、ドンドン体育館は人で埋まりだす。
……無いだろうとは思うが、こうした人の密集する場ではよからぬことを考える奴もいるかもしれない。
一応念のため、レイネとリヴィルを俺の前に移動させておく。
「えっと……あり、がとう」
俺の行動の意図を察してか、レイネがボソボソッと告げるのが聞こえた。
リヴィルも同様に気付いたらしい。
「……フフッ。マスターはライブ中、ドンドンお尻とか胸、触っても良いからね?」
いや、触らねえよ!?
俺が痴漢し易いようにしたんじゃないから!!
君らを痴漢被害から守るための気遣いだからね!?
はぁぁ……。
――ガタンッ
体育館内の照明が突如落ちる。
始まりの合図かと、あちこちから歓声が上がった。
檀上がスポットライトで照らされる。
2階にある窓の前に機材を置いて、そこから照射しているようだ。
そして左右の幕から赤星と桜田が姿を現す。
一気に客の声が重なる。
うぉぉぉぉという地鳴りにも似た声。
反響して、更に体育館内を盛り上げる。
とうとう始まるのか……。
――っとと!!
「そうだった……危うく忘れる所だったな」
檀上では二人がライブのスタートの宣言と共に、ゲストを紹介している。
『――こんにちは!! お邪魔してます! 皇律氷です、よろしくお願いします!』
なるほど、ゲストは皇さんだったらしい。
そんなマイクからの声を聞きつつ、俺はガサゴソと自分の鞄を漁るフリをする。
そこにDD――ダンジョンディスプレイを出現させた。
――こっちも、織部を呼ぼう。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『今日限りの臨時ユニットで歌います! 聴いてください――』
一頻り雑談をすると、直ぐに曲に入った。
3人が舞台上で、三角の頂点上にそれぞれポジションを取る。
俺達客に向けて誰か一人が前に立ち、二人がその後ろに立つ。
それが歌の間、入れ替わる毎にソロの担当も先頭の者が担って行く。
赤星がメインの時は疾走感ある曲調に。
それが桜田になると、可愛いさ全開になる。
皇さんの時は少しクールな感じも混じりながらの王道ポップという感じだ。
それでいて、全体として一つの歌・曲になっているのが凄い。
『はぇぇ……良い歌ですねぇ……』
鞄の中に入れたままのDDから、織部の声が小さく漏れる。
歌の最中と言うこともあって、側にいる俺やレイネ・リヴィル以外には聞こえない程度の大きさだった。
以前約束した通り、俺はタイミングが合う限り、織部にも合同学園祭をちょっとでも疑似的に体験させてやっていた。
ただし、今この声には反応を返さない。
『うーん……会場の盛り上がりも、ヒシヒシと伝わってきます』
「…………」
鞄に突っ込んでいるので、映像は真っ暗なはず。
だから通信が繋がっていても、織部が感じられるのはその音だけなのだ。
『くぅぅ~! 良い歌です! ダンスも見てみたい気もしますが、グッと我慢です!』
ここでDDを出して胸、あるいは頭上に掲げ、織部に舞台を見せてやる事も出来る。
だが、体育館には問題が起きた時に備えて実行委員や風紀委員が控えていた。
今行われているのは、歴とした人気アイドルのパフォーマンスだ。
違法配信していると思われ、問題になっても困る。
……まあ、異世界にいる織部個人に、音だけを聴かせてやるくらいは勘弁してもらおう。
最悪DDは即異空間へと収納が可能なので、何かあってもDDを調べられることはまずないが……。
一応筋として、その一線は守ろうということだ。
「…………」
周囲は舞台上でなされる3人のパフォーマンスに夢中だった。
間違っても俺の鞄の中、異世界と繋がるDDに気を向ける者はいない。
織部の存在は未だ地球では失踪中となっている。
織部に赤星達のパフォーマンスを楽しんでもらい、かつ、その存在がバレてはいけない。
目で楽しむことは我慢してもらうことになるが、折衷策としては良い方だと思う。
『新海君……皆さん、輝いて、ますか?』
若干涙声になっているように聞こえた。
地球の、しかもよく話題に出しているアイドル達の活躍をタイムラグ無しに、その場で体感出来て、感極まっているように思えた。
織部……フフッ。
「ああ……」
他の人に聞かれても、問題ない一言。
だが織部にだけは違う、最上の言葉として意味を持つものだった。
『そうですか……よかった――くぅぅぅ~! 見たい、見たいですよ! その3人組ユニット、“例の”3人、なんですよね!?』
ちょっ!?
いきなり前のめりな声になるなって!
クッ……“例の”というのが何を指すか、一瞬にして理解できてしまった。
つまり“大精霊の装備持ちである3人”という意味だろう。
「…………」
『むぅぅ……私も期待の3人組ですからね! このままずっとユニットで活動するのもありなくらい相性もいいと、勝手に思ってるんですが……ううっ、この目でその3人を見てみたいです~!』
――絶対に見せない!!
織部の存在がバレたら~、とか。
実行委員に見咎められたら~、とか。
もうそんな理由は関係なく、意地でも織部には見せてはならないと今、強く思った。
“皆さん、輝いてますか?”が今なら別の意味に聞こえてしまう。
意訳すると“私のお眼鏡に適う3人ですか? 肌、露出できる3人組になりそうですか?”みたいな意味になりそうなのだ。
クソッ、よりによって何でこの3人でユニットを組んだんだ!
獰猛な肉食獣の前に生肉をぶら下げるようなもんだぞ。
『――はぁ……はぁ……とっても、とっても楽しいです!! ずっと続けていたいくらい……』
歌が終わり、桜田が余韻に浸るように、マイクを通して体育館に語り掛ける。
ずっと続けんな!
早く、早く終わってくれ!
これ、ミニライブなんだろ!?
『はは……うん、私も。この3人で歌うの、凄く楽しいね。いっそのこと、ユニット、これからも継続出来ないか、上の人達に聞いてみようか』
赤星、聞くな!
今日限りって言ったじゃないか!
限定だからこそ価値が出るものもあるんだ!
今日、今この時を大事な、かけがえのない思い出にして永遠に仕舞っとけ!!
『……ですね! 私も、一人だとまだ恥ずかしかったり、沢山緊張しちゃいます。けれど、3人だったら、何だって出来る気がします!』
皇さぁぁぁぁん!!
それ、“大精霊の装備をした格好での場面”にも当てはまりそうなセリフになってるぅぅぅぅ!!
違うよね!?
“痴女い格好、恥ずかしいけど……でも、この3人でなら、頑張れる気がします!”な宣言じゃないよね!?
『……聞いてるだけですが、何だか可能性にあふれる3人組な気がしますね。うん、ますます私の期待度が上がりました!』
あぁぁぁぁ、完全に織部にロックオンされたぁぁぁ!!
……うぅぅ、織部への厚意と気遣いが、かえって俺の首を絞めて行く結果にぃぃぃ。
くっ、まだ初日なのか!!
次で2日目には入れる……はず!
頑張ります……。




