352.み、水を!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「結構並んでるな……」
「だね。やっぱり人気なんだろうね」
桜田のクラスに移動すると、既に長い列が出来ていた。
最後尾は……むっ、階段まで続いてんのか。
急ぎでもないし、ルールを無視する意味もない。
なので、ちゃんと順番通り列に並ぶことにする。
丁度入れ違うような形で、D組からお客が出てきた。
「はぁぁ……美味かったな、パンケーキ」
「ああ、結構凝ってたもんな! でも、知刃矢ちゃんには会えなかったな……」
声を抑えての会話というわけでもなく、普通に俺達の耳に入ってくる。
その話し声を聞いて、前に並ぶ人達も桜田について話し出した。
「やっぱり、桜田ちゃん目当ての人って大勢いるんだね」
「だね~。でも、これで4組くらい連続で同じ話聞いてない? うぅぅ……私達も多分難しそうかな」
……なるほど。
「……ハハッ、チハヤ、大人気だな」
レイネが声を抑えながら呟く。
ただ一方で、親しい相手が多くの人に好かれていることを再確認出来て、若干誇らし気だった。
しばらく何でもない雑談で時間を潰していると、列が進んで俺達の番がやって来る。
並んでいる間に次々とお客さんが入れ替わっていたので、そこまで待ったという実感はない。
はぁ、でも流石に喉が渇いたな。
学校を出てからレイネ達と合流すために急いでたから、ロクに何も飲んでない。
桜田と会った後、ジュースか何かでも頼もう。
「いらっしゃいませ!! 2年D組コスプレ喫茶へようこそ!! 何名様で――」
婦警のコスプレ姿をした女子生徒が型通りの出迎えをする。
だがリヴィルとレイネ、そして俺を順に見て固まった。
……あー、はいはい、二人への見惚れタイムね。
そして俺を見たのは単なる引っ掛けだろう?
“あっ、もしかして俺のことも見惚れてたのかな?”とか思わせといて、ただ反射的に3人目を見たってだけでしょ?
……大丈夫、俺が一番よく分かってるから。
……ぐすん。
「3人だ。それで――」
構わず告げて、そしてレイネへと視線を送る。
レイネは頷き、その婦警コスの少女へといきなり“注文”をした。
「――“可愛い子猫ちゃん”と“バナナ・オ・レ”を一つずつ」
抑え気味の声ながら、店員係の生徒にはしっかりと聞こえたらしい。
ハッとして我に返り、更に“注文”に驚く。
特にレイネから“可愛い子猫ちゃん”と言われた際、ボーっとレイネだけを見続けていて……。
その視線はトロンとして、何だか熱っぽかった。
……こらっ、レイネ、あちこちで女の子を引っ掛けない!
同性にもモテるからって……全くもう。
「ん、んん!」
「っ!! ――か、かしこまりました!!」
俺が咳払いすると、女子生徒は再度我に返る。
そして直ぐにやるべきことを思い出し、案内を始めた。
「……ただ申し訳ございません。予約もあって、お客様がご使用できる席が埋まってまして。粗末ですがバックヤードのテーブルでしたらご案内できますが」
……レイネの“合言葉”で良かったらしい。
「それでお願いします」
「かしこまりました。こちらへ――」
先導について行く。
ウチの学校よりも教室は、少し広く感じた。
結構しっかりと間仕切りをして、簡易のバックヤードを設けていてもだ。
やはり私立だからか。
それか学園祭ということで、狭く感じさせない様な明るい飾りつけを工夫しているからか。
特に他のお客から不審な目で見られる様子はなかった。
他の接客係が着るコスチュームを見て、それぞれ楽しんでいる。
見たところ、ナースや季節外れのサンタ、それ以外にはアニマル柄など、様々なコスプレ衣装が見られた。
フロアには花をということか、やはり接客は女性が殆どで――
「――ではこちらへどうぞ。少々お待ち下さい」
周囲をじっくり観察する暇もなく、直ぐに目的の場所に着く。
木で造られたドアの中には小さなスペースが出来ていた。
この更に奥が臨時の調理スペース、そして待機場所ということか。
小さな組み立て式のテーブルがあったので、パイプイスを引いて腰かける。
「……何か、こういうの、良いね。少しワクワクする」
リヴィルが狭い空間を眺め回し、そう感想を漏らす。
言葉通り、その表情には笑顔があった。
この状況を楽しんでいる、高揚感を覚えている、そんな顔だ。
「――お待たせしましたぁ……」
2分くらい待っていると、物凄く抑えた声が聞こえてくる。
アイドルの時の衣装を身に纏った桜田だった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ふぃぃ……よっこいしょっと――」
自分で椅子を運んできた桜田は、当たり前の様に俺とレイネの間に座る。
……コイツ、店員じゃねえのかよ。
「先輩、レイネさん、リヴィルさん。ようこそお越しくださいました。これより、このチハちゃんが、おもてなししちゃいますよ!」
「…………」
「…………」
「…………」
表の方を気にしてか、かなりボリュームを絞っている。
俺達はというと、どう反応すればいいか困り。
ポーズを決めた桜田を無言で見つめた。
「ちょっ、ちょっと! チハちゃんがマンツーマンですよ!? しかもアイドル衣装でですよ!? もっと盛り上がって下さい! クラスの子達に折角協力してもらってるんですから!!」
「……おーい、他の客にバレるぞー」
お前が騒いでどうするよ。
俺が小声でそうツッコむと、桜田は慌てて手を口に被せる。
そして恐る恐る弁解し始めた。
「……うぅぅ、すいません。チハちゃんが出てったら、それだけで軽くパニックになっちゃいますから。仕方なくこういう形にさせてもらってます」
「“合言葉”もそのためのものなんだよね?」
リヴィルの確認に、桜田は二度頷いて見せる。
「ですです。颯先輩とか、後、花織先輩のお店もそうだって聞いてます。……梨愛先輩は違うんですよね?」
「ああ。ウチのクラスはそもそも喫茶店とか出店とかじゃなくて演劇だからな」
チケット制で客の数を限定できるから、逆井が出ても混乱を招くって感じでもない。
「なるほどです。――あっ、ありがとう、私が配るから」
丁度奥から他の生徒がお盆を持って近づいて来た。
桜田がそれを受け取り、クラスメイトの女の子に礼を言う。
「あっ、それがいつもチハっちが言ってる“先輩”さん? ――フフッ、頑張ってね?」
「もっ、もう! この人はただの先輩だから!」
そうです、初めまして、“それ”です。
ただの影の薄い先輩です。
……でも、そこまで必死に否定せんでも、と思わなくもない。
「全く……――レイネさんがバナナ・オ・レ、リヴィルさんがコーヒーで大丈夫ですよね?」
「コーヒーどっから来たし」
いや、俺の分ないやん、ってのもツッコみたかったんだが、それ以上に。
あの“合言葉”、注文を兼ねてたんじゃないの?
可愛い子猫ちゃん=コーヒーってことなの?
「もう、先輩はせっかちさんですね、全く。ハイハイ、先輩の飲み物はチハちゃんが取ってきますよ……」
何で俺がダダっ子みたいになってんだよ。
……で、やっぱり“子猫ちゃん=コーヒー説”が正しいらしい。
「何でも、ミヤとサヤの好きな物らしいぜ? それで、合言葉にこれを選んだんだって」
つまり妹さんの好物を合言葉に指定した、と言うことか。
そりゃまぐれでも当てられないだろう。
レイネがバナナ・オ・レに刺さるストローを弄りながら、そう教えてくれる。
まあ、桜田に会うための合言葉なんだから桜田関連なんだろうとは思ったけども。
……上の妹さん、コーヒーが好きなの?
背伸びしてるのかな?
渋いな……。
そう口にすると――
「いや、多分子猫ちゃんの方だと思うよ?」
リヴィルにツッコまれた。
いや、うん……ボケだから。
「お、お待たせ、しました――」
桜田が戻って来た。
……って。
「お前……何でパフェを持ってきてんだよ」
飲み物持ってきてくれるんじゃなかったのかよ……。
それとも俺が“パフェは飲み物”とでも思ってると?
俺、どこのフードファイターだよ……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ほっ、ほら、これはその……チハちゃんの奢りです!! いつも、その、先輩にはお世話になってますし。それに……あの、前の、件は、凄く嬉しかった、ですから」
桜田が言ってるのは、要するにノームのダンジョンのことだろう。
俺は単に、出来る限り桜田をその影響外に逃がしたいがために頑張っただけだ。
その一環で桜田と妹さん達を一時安全な場所へ、つまりラティア達の傍に置きもした。
だが桜田的には、それを少なからず恩に感じている、ということなのか。
それはまあ、良いんだけど……。
――だから、何でパフェ?
パフェなんてわざわざ作らないといけないだろうし、面倒臭くなかったか?
俺は別にジュースで十分喜んだだろうし。
ジュースだったら市販の買い置きの奴を入れるだけだと思うんだが……。
「さ、さぁ!! 一思いに、バクっと、ゴチになっちゃってください!!」
いや、うん……折角だから食べるけど。
先の小さなスプーンでアイスと生クリームを器用に掬い、口へと運ぶ。
舌先が強い甘さを感じる前に、コーンフレークも口内に放り込んだ。
「あむ……んむ……んぐ。――うん。まあ、美味い、んじゃない?」
うぅぅ、バニラアイス甘い、コーンフレークで口がパサッとする。
喉が、喉が余計に渇く!!
――って、あぁぁ!!
誰だ、カステラのスポンジ生地まで入れてるのは!!
これを作った奴、覚えてろよ!
もし作ったのが誰か判明してみろ、水分補給なしにバームクーヘン一株丸々食わせてやるからな……!
「あっ――そ、そうですか! うん、あ、へぇぇ! そ、それは、そ、うん、良かったです!」
何故か桜田が凄い嬉しそうにニヘラっと笑う。
……何なんだ、一体。
そんなに恩を返せたのが喜ばしい事なのだろうか?
……ってことは、俺が物凄く恩着せがましくて、このままだと何を要求されるか分からないとか思われてたってこと?
……それだと流石に凹むわ。
「……あぁぁ、なるほど」
「……そう言う事か」
レイネとリヴィルが飲み物を口に含みながら、ジトーッとした目をする。
そしてその目で俺とパフェ、そして桜田へと視線を行き来させるのだ。
……何なんすか。
その後、このクラスのコスプレの話をしたり、赤星の話題で静かに時間を過ごした。
やはり今年のコスプレトレンドは探索士の制服、そしてシーク・ラヴ風のアイドル衣装らしい。
アイドル衣装はともかく、探索士の制服っぽいコスプレって、そんなもんを好んで着る奴がいるのに驚きだわ。
よく許可下りたな、あれ、ぶっちゃけいかがわしくない?
あれが流行なのか。
世界は変わったな……。
一方で、だからこそ逆にこのクラスは、それ以外のコスプレ衣装を選んだ人が多いとか。
赤星のクラスに至ってはそもそもテーマを限定している。
「颯先輩、メイド喫茶でメイド服着るってなって凄い恥ずかしがってましたからね……フフッ、先輩、行ったら揶揄ってあげてくださいね?」
赤星よ、メイド服で恥ずかしがるんだったら、シルフの装備を着る時もちゃんと羞恥心を持ってくれ……。
いや、恥ずかしがる赤星を見てニヤニヤしたいとか、そういう悪趣味な話じゃなくてだな。
……俺は、俺は普通のことを要求してるだけだと思うんだ。
そしてもう一つ――
――あ、赤星……お前のクラスでは、水、飲ませてくれるよな!?
飲料水を出す気配が完全になくなった桜田を見て、俺はこのクラスでの水分補給を完全に諦め。
そうして次に向かうことになっている赤星のクラスへと望みをかけたのだった。
出来るだけテキパキと進めて行く予定です。
うーん……学園祭全部で10話、いかなければいいな……。
まあ何とか更新頑張って一気に終わらせます。
……た、多分、うん(ボソッ)




