349.……皆、裏で頑張ってるんだな。
お待たせしました。
ではどうぞ。
中に入る前に、椎名さんが準備してくれていた入館証を受け取る。
ラティアの分も用意されており、それを首から提げて、改めてレッスンスタジオのロビーに立った。
「あっ――こっ、こんばんは!!」
夜であっても普通に営業されていた。
背後の自動ドアが開くと、直ぐに別の利用者がこちらの存在に気付く。
そして特に逸見さんの存在に驚いたようで、慌てて頭を下げていた。
「フフッ、こんばんは。お邪魔しますね」
俺達も形ばかりに軽く頭を下げる。
逸見さんが歩き出し、その先導について行った。
廊下を歩くと、幾度も他の利用者とすれ違う。
その度にラティアとそう変わらないだろう年頃の少女達が、逸見さん、そして椎名さんに驚いて挨拶をするのだ。
特に逸見さんの存在には殊更驚いているように見えた。
「……ここは皇グループと志木グループが共同で100%出資しています。そしてここを使用するアイドルやその卵も皆、所属はそのアイドル事業部です。ですから、別事務所の六花がここに現れるというのは驚きなんでしょう」
「ああ……なるほど」
普段シーク・ラヴというアイドルグループとして一括りに見ることが多い。
だが厳密にはその中でも、志木達と逸見さんとは所属する事務所が違っているのだ。
じゃあ空木が今日ここに来ているってのも、いつもとは違うってことだろう。
「フフッ。……ただ、椎名ちゃん。驚きの理由は私だけじゃないみたいよ?」
逸見さんの言葉を聞き、一瞬、それは椎名さんのことだろうかと思った。
ただ逸見さんが言いたいのは別のことだと直ぐに分かる。
「……あの子、見たことある?」
「無い無い! あんな可愛い子、知ってたら絶対忘れないって!」
「ですよですよ! ……もしかしたら、超期待の新星かもですよ!!」
年上だろう女性や、俺と同い年くらいの年代の少女などなど。
利用者のアイドル?達が額を寄せ合い、コソコソと話していた。
そして彼女らの視線の先は、ラティアに向いていて……。
「えーっと……その、どうしましょう?」
逸見さんとはまた別の注目を集め、ラティアは戸惑っていた。
そうして困った顔もまた、別の魅力ある一面を見せたように映ったようだ。
「うぅっ!! ……無理、あれは無理よ。花織ちゃんと会った時を思い出した……」
「あぁぁ……また年下に怪物アイドルが生まれるのか……」
「可愛いのもそうですけど……そこはかとないエッチさを感じます。――あっ!! わっ、ワンチャンでグラドルかもですよ! 路線被ってないかもですよ!!」
なるほど……。
つまり、ラティアが黒船級の新人なのではないかとザワついていのだろう。
ただこちらにも会話の内容が聞こえてくる辺り、俺達がその真偽を明かしてくれるかもという期待込みでの声量か。
「……花織様達がお待ちです。行きましょう」
だが椎名さんはそんな淡い期待には応えず。
謎は謎のままに、突っ切った。
「……あの、良いのでしょうか?」
ラティアが後ろを振り向きながら問う。
「ウフフ。良いんじゃないかしら? その方が彼女たちも、刺激になるでしょう」
様になる悪戯な笑みで、逸見さんは言った。
つまり、超期待の新人が入ってくるかも、という噂は残し。
それによって他のアイドルやその卵達に奮起して欲しい、ということか。
逸見さん、流石は成人しているだけあって、色々と考えが深いなぁ……。
「……新海君? 今、ちょっぴり失礼なこと、考えなかったかしら?」
“成人”ってNGワードなんすか!?
椎名さん相手に“2X歳メイドアイドル!!”とかならまだしも、“成人”がアウトは判定厳しいような――
「……新海様? 東京湾に一旦寄ってからにしますか? 花織様には“帰らぬ旅へと出られた”とお伝えしておきますが……」
沈められるの!?
ドラム缶にコンクリで固められて帰らぬ旅に出されるの!?
それ“帰らぬ人”になるってことですよねぇぇぇ!!
ちょっ、皆さん、俺の思考読みすぎぃぃ……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――助けてお兄さぁぁん!」
「うぉっつ!?」
一番奥、使用中となっていたレッスンスタジオに入る。
するといきなり、中にいた空木が泣きついてきたのだ。
ちょっ、くっつくな!
しかも、レッスン着で、その、薄着じゃねえか!!
俺の腕に、お前のフカパイの威力を知らしめようとするな!!
「ええぃ離れろ!」
「うわぁぁぁん! お兄さん、花織ちゃんがイジめるんですぅぅぅ!!」
お前は未来の青狸に縋りつく眼鏡か!
ってか、イジめてくる相手が志木とか無理!!
あんなん金と権力と社会的地位まで備えてるから、余計俺の手に負えねえよ!!
「ちょっと――美桜さん! 誰がイジめるですって!?」
志木が肩を怒らせながら近づいて来る。
やはり志木もラフなレッスン着で、今までダンスか何かを練習していたのだと思う。
奥、横の壁一面を埋め尽くさんばかりの鏡の前には、苦笑気味の赤星がいた。
自分では仲裁出来ないから、あはは、ゴメン……みたいな顔で俺達を出迎える。
ちょっ、おいっ、こっちに投げんなよ!!
「聞いてください、酷いんですよ花織ちゃん! もう鬼です、悪魔です、花織ちゃんですよ!」
いや、“花織ちゃん”を悪の代名詞みたいに使うなよ。
それならまだ“黒かおりん”の方が――
「……ん? 何かしら?」
「ヒィッ!」
「ヒィッ!」
パターン黒、かおりんです!!
「い、嫌だなー花織ちゃん。冗談だよ冗談……――は、はい、すいません。ちゃんと今後も時間を見つけてダンスレッスンしておきます」
志木の睨みに竦み上がり、空木は驚くほど素早く掌を返した。
……要するに、空木が練習を嫌がって、それを志木が注意してたってとこか。
「はぁぁ……まあいいわ」
素直に改善を申し出たからか、志木も溜息を吐いて矛を収める。
よ、良かった……。
「改めて――いらっしゃい。椎名さん、六花さん、二人を迎えに行ってくれてありがとうございます」
「いえ。大したことではありません」
「ウフフッ、そうね。皆でドライブ、楽しかったわ」
二人は何でもないと答え、直ぐに部屋の隅に移動した。
そして床に置いてあった紙を拾い上げる。
それを元に、何かの話し合いを始めた。
「えっと、その、陽翔さん。それにラティアさんも。来てくれてありがとう」
「……お兄さんを呼ぶ時だけ、つっかえを感知! むむっ! パターンピンク!――」
おーい、空木、命が惜しいなら止めておけ。
後、俺を巻き込むなー。
「…………」
「――颯ちゃぁぁぁん!! 花織ちゃんがイジめるよぉぉぉ!!」
笑顔で一睨みされて、空木は赤星の元へと逃げて行った。
お前、誰にでも泣きつくのな……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「えーっと、先ずは、これを――」
レッスン着のまま、志木は自分の荷物へと向かい、何かを持って戻って来た。
それは紙の入れ物に入れられたチケットだった。
俺とラティアにそれぞれ、3枚ずつを手渡す。
「勿論、えっと、陽翔さん、が、6枚全部を管理してくれても大丈夫です。ラティアさんが逆に全てを預かる、という形でも。やり易いようにして下さい」
「うっす。ありがとう……」
礼を言いながら受け取るが、まだ何のチケットを渡されたのか分かっていない。
確認しようとすると、志木が笑顔で教えてくれる。
「ああ、つまり、今度の私達のライブのチケットです。本当は律氷が渡したがってたんだけど……」
あっ、これっ、そうなの?
ライブのチケットを“おくる”とは聞いていた。
なので郵“送”なのかと勝手に思ってたが、そうか……“贈る”ってことね。
で、今日呼んで、渡して“贈った”と。
……日本語、難しい。
「皇さん……何かあったのか?」
軽い勘違いをしていたことを悟られぬよう、とりあえず他のことを聞いてみることにした。
「え? ああ、ううん。ちょっと忙しいってだけ。あの子……今、ウチの学院の、実質ナンバー2だから」
志木が言うには、志木が引退した後の生徒会長が1番の責任者。
で、皇さんは未だ中等科3年ながらも学院全体で2番目に高い地位についているらしい。
今回の学園祭を成功に導き。
そうして来年高等科に上がるタイミングで、異例の1年生での生徒会長に立候補を目指す。
そういう筋書きらしい。
「で、ライブも重なってるでしょう? だから結構忙しいの。でも、ちゃんと成功して欲しくて。……それで椎名さんと六花さんにも、手を貸してもらってるってわけ」
そう説明され、今一度、レッスンスタジオの隅へと視線を向けた。
椎名さんと逸見さんが紙に何かを書き込んだり、あるいはスマホを手に取り誰かへ連絡をしたり。
……あれは学園祭準備を手伝ってるってことだったのか。
「そう言えば……ロッカ様とシイナ様も、カオリ様と同じ学院出身、でしたね」
「フフッ。ええ。色々と裏で動いてもらっているの」
なるほど。
志木も志木で、ライブの練習の傍ら、出来る手伝いをしているんだろう。
あっ――
「赤星を呼んでるってのも、実は学園祭関連ってのもあるのか?」
「それもあるわね。えっと……――颯さん!」
志木が呼ぶと、赤星は直ぐにこちらへと近づいて来た。
「……ああ、それね」
学園祭でのことだと志木に言われ、それだけで赤星は理解したという表情になる。
察しがいいというか、頭の回転が速いというか……。
「私の所の今の生徒会長、実は陸上部時代の後輩なんだ」
それを言われて、直ぐに納得した。
つまり、志木・赤星の繋がりで、互いの生徒会長もやり取りが可能ということだ。
「生徒会の仕事はあんまり分からないけど。話を聞いて、それで志木さんに相談するくらいなら出来るからね」
卒業する前に、アイドルのステージ以外で、ちゃんと合同学園祭の成功を残してあげたいという思いが伝わって来た。
アイドルやって、探索士もこなして、その上で、だ。
頭が下がる……。
「……その、そこまで学園祭に貢献している話を聞かされて悪いが、俺はそっち方面は全く役に立たないぞ?」
何と言っても買出し係だからな……。
それに、つい先日まで逆井が何の役をしていたかも知らなかったくらいだし。
生徒会どころか、クラスにさえも伝手なんていないしね……。
「クスッ、そこを期待するなら、梨愛さんを呼んでるわよ」
酷い!
事実だけどクスッと笑われた!!
……あっ、おい、赤星、お前もか!!
ぐぬぬっ、ラティアァァ、志木と赤星が虐めるよぉぉぉ!!
勿論空木とは違い、ラティアの胸に飛び込むなんてことはしない。
だが俺の視線だけで悲哀が伝わったのか、ラティアは慰めるように苦笑してくれた。
……いや、苦笑かい。
「大丈夫。貴方の――あっ、は、陽翔さん、の所は以前に伺ったでしょ? その時に生徒会長さんともお話したから」
ほう、あの時か。
流石は志木だ、抜かりない。
……所で、呼び辛いなら“ねえ”とか“ちょっと”でも良いんですよ?
「――じゃあ、とにかく。本題に入りましょうか」
チケットやライブのこと、それに学園祭の話題が一通り済んで、志木がそう切り出したのだった。
すいません、感想の返しも少しずつの進みなんですが。
誤字脱字も報告をちょくちょく頂いているんですが、やはりまだ全部に手を付けられておらず……。
こちらも少しずつ手を付けて行きます。




