348.何でこの人選にしたんだ……!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「…………」
家を出て駅を目指す。
二人で歩いているが、未だ俺とラティアの間に言葉はなかった。
……気まずい。
一歩後ろを歩くラティアの様子を盗み見る。
顔を俯かせ、何かを考え込んでいるようだった。
「えっと、その、ラティア?」
思い切って声を掛けてみる。
下を向きながらの移動が危ないというのもあるが、純粋にこの気まずさを後に引きずりたくなかった。
ラティアは顔を上げる。
足は止めず。
しかし、真っすぐに俺を見つめてきた。
そこに、笑みはなく……。
「――あの、ご主人様。先程は申し訳ありませんでした」
俺の言葉を聞く前に、いきなりラティアから謝罪される。
表情には出さなかったと思うが、流石にちょっと驚いた。
「何か私達のことを考えて、ああした発言をなされる必要があった、んですよね?」
…………。
「……何だ、バレてたのか」
一瞬とぼけることも考えたが、ラティアの真剣な眼差しを見て、やめた。
「……はい。確信があった、わけではありませんでしたが」
俺が認めたことで、ようやくラティアもフッと表情を緩めた。
緊張が解けたように、間にあった空気が和らぐ。
「ははっ。じゃあ何だ、ラティアのあれも実は俺に対抗したってことか」
それなら安心だ。
さっきのも、ただ単にラティアがそう演じただけ、ってことか。
黒ラティアなんてやっぱり俺の妄想が作り出した、想像上のラスボスだったんだな。
良かった良かった。
「フフッ。……ですが、頑張って行こうという気持ちは嘘でも演技でもありません。これからもご指導、ビシバシ、よろしくお願いいたします」
「ははっ、俺もラティアからは学ぶことばかりだ。今後も頼む」
お互い、あまり多くは言及しなかった。
先程のことを沢山ほじくり返しても、結局は終わってしまったことだ。
あまり長引かせず、でもこうしてちゃんと話し合いはする。
それが、家庭内を拗れさせないコツの様に感じた。
……ああいや、“家庭内”って、別に“夫婦仲”とかの言い換えじゃないからね?
「……ただ、すいません。私も上手く言ってみますが、ルオは……ちょっと暴走するかも、ですね」
「ああ……まあ、仕方ない」
それも俺の下手な対応が招いたことである。
ルオの記念日も近いんだし、大抵のことは大目に見るつもりだ。
「そうですか……。フフッ、ありがとうございます。当日まで変わらず、ご主人様の命を全うしますね!」
つまりルオの“欲しい物・して欲しい事”をもっと聞きだしておくと言うことだろう。
こうしてさっきみたいな下手を打っても、ラティアは変わらず俺のためにと頑張ってくれる。
そして皆のためにと身を粉にして動いてくれるのだ。
ラティアは本当、良い子だよな……。
勿論この類稀な容姿に惹かれる男が圧倒的に多いだろう。
だがラティアの本当に優れたところは、むしろその内面だと思う。
人を惹き付ける優しい心、そしてそれを更に努力して磨ける才がある。
それを、俺はこの目で見てきて、ちゃんと知っている。
……なるほど。
他の人が知らないあの子の一面を、俺だけが知っている。
二次元の美少女ヒロイン達にしか興味が無かったボッチが、三次元の女子にグッと来るシチュエーションって感じだな。
あながち三次元の女子が良いって意見も分からないでも――
――はっ!?
いっ、いつの間にか三次元の女の子、結構良いな、と思わされている!!
「? ご主人様? どうかなさいましたか?」
「い、いや、何でもない! ――おっと、メールが来たみたいだな、うん!!」
ポケットが震え、メールの受信を認識する。
これ幸いと強引に話を打ち切り、到着ホヤホヤのメールを開いた。
「……志木からだ。椎名さんと逸見さんが迎えに来てくれているらしい。駅前で拾ってもらってくれってさ」
「フフッ、分かりました」
……何でそこで意味深な笑みなの?
えっ、これは嘘でも演技でもなくマジのメールだからね!?
それとも何か、ついさっき生まれた三次元女子への理解をも見透かしたとでもいうのか!?
いや、だからって別にその対象が志木とか織部に拡大されたって事じゃないぞ!?
あくまでさっきのラティアのとのやり取りで――ってこの言い訳もそれはそれで色々と藪蛇っぽい!!
「フフッ、さぁ、もう駅です。シイナ様とロッカ様を探しましょう」
ラティアは余裕のある笑みで、前へと進み出た。
家を出てから一番楽しそうな表情で、今にもステップを踏み出しそうなくらいに足取りも軽やかだ。
ぐぬぬっ!
何となくの敗北感を味わいながらも、ラティアの言葉に同意する。
そして駅に着き、1分もせずに、志木からメールで指示された車を見つけたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ウフフッ。20分もかからないはずだから。後ろでゆっくりしててね」
「あ、はい、ありがとうございます」
運転席から逸見さんが話しかけてくれる。
水色のセダンに乗って発進してから、逸見さんの声以外、話し声が聞こえなかった。
逸見さんが運転に気を向けると、また先程の様な沈黙が流れる。
その原因というのも……。
「…………」
「フフッ、気にしないで。椎名ちゃん、ただお疲れなだけだと思うから」
助手席に座る椎名さんが、後部座席、特に俺へと異様な圧力を放っていたからだ。
いや、逸見さん、これお疲れから来るオーラの質じゃありませんぜ……。
「……六花、余計なこと言わなくていいですから、運転に集中してください」
乗車して初めて、椎名さんが口を開いた。
俺の隣に座るラティアもビクッと肩を揺らして反応する。
「もう、椎名ちゃんったら。そんなムスッとして言わなくても……。新海君、ラティアちゃん。椎名ちゃんね、多分、モンスターと戦闘してもまだダメージ与えられないからって、ムスッとしちゃってるのよ」
逸見さん曰く、要するに、前回俺も参加した椎名さん育成が順調に続けられていると言うことらしい。
だがその密告をもって椎名さんの負のオーラが増すことはなかった。
……つまり、モンスターにまだ有効打を与えられないことは、椎名さんにとって大きな問題ではないのだ。
となると、やはり……。
「――あっ、そう言えば律氷ちゃんから聞いたんだけど、颯ちゃんのマッサージ、凄いらしいの~! ねっ、椎名ちゃんも実際に受けたんでしょ? どうだったの?」
「っ!!――」
あっ、負の圧力が一気に増した!!
ぎゃぁぁぁ!
やっぱりあれか!!
前回、慣れないダンジョン攻略でクタクタになった椎名さん。
そこに、怪しいマッサージ師として生きていける才能を見せたのが赤星だった。
相当気持ちよかったんだろう、押し殺しても我慢しても漏れ出てくる声。
体は正直に答えてしまう。
そしてその場には俺もいて……。
……うん、また別種の気まずい案件です、はい。
「……何度も言わせないで。運転に集中してください。貴方の運転はいつ事故を起こすか、怖くて仕方がありません」
「え~? でもこの前は“最近はマシになりましたね”って言ってくれたじゃない。“ダンジョン攻略で運動神経が良くなったのかも”って。……椎名ちゃん、あの言葉は嘘だったの?」
今のやり取りを受け、場違いにもラティアが隣で感心の声を漏らす。
そしてコソッと耳打ちして来た。
「ご主人様……これがミオ様が多用される“異議あり!!”ですか?」
「あるいは“論破”でもいいかもしれない……ってそうじゃないな、うん!!」
途中で更に助手席からの圧を感じ、早々に掌をクルッと返す。
ヒィィ、怖いよ~。
し、椎名さん、お疲れなんでしょう、寝てても良いんですよ!?
ってか寝ててください、着くまでずっと!!
「……ウフフッ。椎名ちゃん、新海君がいるといないとじゃ、本当に別人みたいに変わるわよね」
ちょっと逸見さん、貴方、実は俺に恨みか何かでもあったんですか!?
変な話題転換は良いから、運転に集中して!!
「……はぁぁ。六花、変な話題にしなくて良いですから、運転に集中してください。気を抜いていると、本当に事故になりますよ?」
…………。
「……ご主人様、もしかして今の言葉、内心と被ってたり、してました?」
……人の心を見透かすのもやはり考え物だね、うん。
ラティアさん、仮に俺の考えてたことが分かったとしても、今後は口に出して確認しないこと!
「は~い。ウフフ、夜のドライブ、楽しいわね~」
逸見さんは子供みたいに、一人だけ本当に楽しそうに運転していた。
それを受け、更に椎名さんの圧は増すばかりで……。
……何で迎えをこの人選にしたんだよ。
赤星と空木も確か、待っているスタジオにいると言っていたのに。
後で志木の奴には抗議してやる……!
そうして最初に言っていた様に、20分もしない内に目的地に到着した。
だがそれでも、車内での椎名さんからの圧はずっとあったわけで……。
そんな短いながらも、永遠にも感じられる時間を終え、俺はホッと胸を撫で下ろすのだった。
新海「(とはいえ、椎名さんと逸見さん、何だかんだ仲は凄く良いんだろうな……)」
逸見「もう、椎名ちゃんったら。そんなにムスッとしてたら、また菜月ちゃんに笑われちゃうわよ?」
椎名「結構です。というか、これが素ですので。私がムスッとしてるように見えるのなら、一回眼科に行くことをお勧めします」
逸見「もう! ――ほらっ、聞いた? 新海君、ラティアちゃん! 椎名ちゃん酷いの~!」
新海「(……何かじゃれ合ってる、様に見えなくもないな。椎名さんも可愛い所が――)」
椎名「……あ゛ん?」
新海「(ヒィッ!?)」




