345.これは……言い辛いなぁぁ。
すいません、お待たせしました。
明日、明後日も頑張りますんでご勘弁下さい……。
ではどうぞ。
「――そんな!! じゃ、じゃあ……俺の元を去ったのも、それが理由で……!!」
苦しみとも悲しみともつかない表情。
真実を知った青年の、心からの問いかけだった。
……俺はその場面を、ただ黙って見ていることしかできない。
『……良いの。これも全て、私が選んだことだから』
対する少女の声は諦めに満ちていた。
肉体が完全にダンジョンと融合しかけているらしい。
どこか脳内に直接語り掛けることに似た感じの音がした。
それでも何とか、少女は幼馴染へと笑ってみせる。
自分が幼い頃から恋した、でも今となってはそれは叶わない、一番大切な相手へと。
最後くらい、自分の一番可愛い顔を見て欲しかったが、何だか泣き笑いみたいな顔になってしまう。
そんな少女の想いが溢れてしまったのか、声が上ずって聞こえる。
『――え、えへへ。この最深部まで来たんだから、創君、絶対に探索士に向いてる。ダンジョンの“守り人”である私が……保証します』
「くっ、加奈のバカ野郎!! お前を見つけるために、助けるために探索士になったんだ!! それなのに……そのお前がいなくなったら、意味ねえだろうが!!」
青年は諦めない。
あの日常を、彼女との何気ない日々を取り戻すために。
いつも一緒にいて、隣で歩いて登校して、それが当たり前だった。
でもいなくなってから、それがかけがえのない時間だったと気づいて。
もう迷わない。
勝手に世界を救って、勝手にいなくなるなんて許さない。
連れ戻して、そんな勝手な事を出来ないよう、これから先、ずっと自分の隣にいさせてやるんだ。
……そんな青年の決意が、ヒシヒシと伝わってくるようで。
俺はただ茫然と、目の前の出来事を眺めていた。
そして事態はクライマックスへと向かって行く。
ダンジョンを生み出す元凶である、人々の悪感情。
それを世界中から集めて姿を得た最強最悪のモンスターが、少女の封印から解き放たれてしまう。
これが世界と少女の命運を賭けた、正真正銘のラストバトル。
直前に手に入れた伝説の武器を手に、青年が駆けだそうとしたその時――
「――はいOKでーす!! いやぁぁ、流石は立石君!! 凄い迫真の演技だったよぉぉ!!」
離れた位置、舞台の下から見ていた少女の一声で、全員の動きが止まった。
命懸けの闘いに挑む険しい顔をしていた青年――立石は、それで頬を緩める。
今にもラスボスに全てを飲み込まれそうだった儚い少女――クラスメイトで演劇部の副部長さんは一転、弾ける笑顔に。
緊張した空気も弛緩し、一気にざわめきが広がり始めた。
「はいはーい! 通し稽古が順調で嬉しいのは分かるけど、まだ殺陣だって完璧じゃないんだからね! 気を緩めず、本番まで頑張りましょう!!」
体育館が使える時間が後少しだと言うことで、ストップをかけた少女は簡潔に纏めるだけで、撤収を指示する。
脚本兼監督だけあって、そこらへんはテキパキとしていた。
既に役目の無い俺もそれに従い、運搬を担う大道具の助っ人へと駆り出される。
……もうお分かりであろう。
別に日本社会が突如として、真面目なバトル漫画っぽく方針転換を迫られた、みたいなことでも何でもなく。
普通に今度の学園祭の演劇の練習をしていただけである。
ただ一つだけ、気がかりがあるとすれば……。
――これは、織部には伝え辛い、な……。
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「あれ、完全に立石自身の願望を脚本に反映させてんだろ」
『あ、あはは……で、でも立ゴンの熱の入り様は伝わってるし、ねぇ?』
ねぇ、って言われても。
PC画面の向こう、仕事先の宿泊部屋にいる逆井も、俺の言いたいことを理解してか苦笑気味だ。
『でっ、でもさ! お芝居、演劇に何かのメッセージ性を持たせるって、よくある奴じゃん! こう、ほらっ、“こんな現実はおかしい!!”“こんな世界が理想だぞ!! 食い付け愚民ども!!”みたいな?』
お前、例え極端すぎだって。
その認識だけだと、演劇業界に喧嘩売ってると思われんぞ……。
「いや、別に俺も批判したいわけじゃないから……」
柔らかくいなして無益な言い合いを終わらせる。
だって俺に実害ある訳じゃないし。
ただ一番被害を被りそうな織部と、この後連絡を取ることになっていた。
その場にはPCでのテレビチャットを通じて逆井も参加するため、こうして少しでも良い方へと考えようとしているのだろうか。
『う、うん。……ま、まあさっちゃん、立ゴンのファンクラブ会員らしいからさ。アタシの役回りも結構それに影響はされてる、かな……』
やはり逆井も途中でフォローしきれないと感じたらしく、俺の知り得ない話を漏らしてくれる。
ちなみに“さっちゃん”とはあの脚本兼監督をやっている女子のことらしい。
「……ええーっと、逆井は何の役だったっけ?」
『ちょっ、はぁ!? それくらいは分かっといてよ!! ミヤッち――“加奈役”の親友!! で、立ゴンの探索者パーティーで一番強いエースの役所!!』
あ、そうなの。
……ヤバい、あの演劇そのものをこの目で見たショッキングさで、殆ど他の内容吹っ飛んでた。
「OK、覚えた。織部役の女子と二人で立石を取り合う役ね」
『何その要約!? 間違ってないけど、悪意を感じるし!!』
逆井がなおもゴチャゴチャと言っていたが、とりあえず織部との連絡の準備を始めた。
高校最後の学園祭。
更に今年は他の2校との合同とあって、特に最終学年の各クラスは準備に相当熱が入っていた。
ウチのクラスも例外ではなく。
逆井や立石が折角いるんだからと、内容もダンジョンを踏まえた本格的な中身となっている。
それだけなら、織部に何の躊躇いもなく伝えてやれるんだが……。
不安を感じながらも、DD――ダンジョンディスプレイの通信を繋いだのだった。
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『あぁぁ……もうそんな季節ですか……時が経つのは早いですねぇぇ』
『あ、あはは。懐かしいよね~。アタシ達のクラス、ちょっとエッチなウケ狙いもあってフランクフルトとチョコバナナ屋やったっけ。……新海のクラスは確か、1年の時ってメイド喫茶、だったっけ?』
DDとPCの画面をそれぞれ丁度いい角度で見える位置に置き、織部と逆井も互いに見えるようにする。
早速話は学園祭のことに入った。
流石に逆井も、俺の抱く不安に共感してか、恐る恐る話を展開していく。
瞬時にアイコンタクトで共闘の申し出があり、俺もそれに応じてやりたかった。
だが――
「……俺にその話題を確認されても、正直殆ど覚えてないから意味無いぞ」
『学生生活で思い出に残るイベント上位の一つなのにですか!? むしろ新海君の学生生活で何が思い出に残ってるのか知りたいくらいですよ!!』
いや、だってしょうがないじゃん。
3年連続で花形・メインの部分からは離れてんだから。
例えメイド喫茶ではなくウケ狙いで“冥土喫茶”をしていても、俺は全く分からない位置だったからね。
『はは、ははは、何か新海らしいね……――で、でさ! 今年は柑奈、ちょっとは時間、あるんだよね?』
『え? ああ、はい!! 今、新海君達の協力のおかげもあって、ダンジョン攻略、結構順調なんです!』
俺達が積極的に話すと自滅しそうだと感じたのか、逆井は主導権を織部に渡した。
織部も、それを聞いてもらえて嬉しいと言う様に、近況を次々と口にする。
しばらく織部の報告を聞いていると、改めて異世界と地球で、ダンジョンの質に大きな違いがあることを思い知らされた。
「……そうか、織部達が全力でやって、今7階層か」
織部が弱気になって俺に助けを求めて来てから、優に10日以上が経っている。
俺達は地球の殆どのダンジョンを短日で攻略している。
それも、学生をしていながらだ。
一方で織部は今、そのダンジョン攻略に一日丸々を費やす日々を送っていて、未だ7階層。
……でもこれは、俺達が織部達よりも優れている、なんてことでは全くない。
『はい。まあ1階層で出てくるモンスターの数や質がバグレベルですからね……。ただ“大精霊直轄ダンジョン”ですから、これでも驚異的なスピードなんですよ?』
その通りなんだろう。
織部達はたったの5人で、超難易度のダンジョンを大過なく突き進んでいる。
それだけで十分称賛されるような内容なんだろう。
『うん。柑奈が凄いことしてるってのは、ちゃんと分かってるから』
逆井にもそのことは誤解なく伝わっているらしい。
照れや恥じらいなく、真正面から逆井はそう口にした。
『梨愛……はい、ありがとうございます』
織部は逆に少し照れた様にはにかんで礼を言う。
それで、どちらも画面を隔てているにもかかわらず、なんともむず痒いような空気が形成されていた。
……だがそれは不快に感じるような物じゃなく。
逆井と織部の仲の良さ、絆の深さを感じる温かな雰囲気であった。
「――ん、んんっ。……で、だ。長期戦になるだろうから、定期的に休みも入れるってことだろ? 学園祭が懐かしいってのは分かるが……良いのか? 貴重な休息日なんだろ?」
少なくとも50階層以上はあるらしいので、織部やサラ達は長い戦いになることを見越している。
だから仕事の週休2日制みたく、しっかり休みを入れる計画らしい。
今回、織部が学園祭を楽しむというのは、つまり。
その休憩に当たる日に、俺のDDの画面を介して、映像や空気感だけでも学園祭を味わえないかということなのだ。
『はい、それはもう! むしろ大事な休みだからこそ、自分の故郷を見て、やる気を高めたいんです!! 勿論、バレない様に、周囲が騒がしい場所だけで構いません! ちょっとだけ、ちょっとだけですから、ね!?』
『柑奈、何か最後がいかがわしいことを頼むオジサンみたいな言い方になってるし……』
まあそこは放置するとして……。
実際、バレないよう工夫した上で織部に故郷の映像を楽しんでもらうというのは全く構わない。
織部のモチベーションに繋がることだし、“エロ本や痴女い衣服を買って来い”とパシられるより何百倍もマシだ。
だが、だからこそ。
織部のモチベーションアップのためという目的だからこそ、避けては通れないあの問題がある。
「……なあ、織部」
『……何ですか、新海君。そんな真面目な空気を出して――えっ、あっ、こっ、困ります!! 梨愛だってそこにいるんですから、そんな、突然秘めた想い打ち明けられても……』
……いいや、言っちゃえ。
何か今ので吹っ切れてしまった。
とりあえず織部には一度話して、知っておいてもらわないといけない。
ウチのクラスの演劇が、今どうなっているのかを……。
いつも織部さんにはやられっぱなしなので、立石君が出るときくらいは大人しくしてもらわないと!!(鼻息フンスッ)
……大人しく、してくれる、よね?(震え声)




