342.誰が上手いかって?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「…………」
夕食後、空木は無言でスマホを操作していた。
SNSで呟いているらしい。
改めてリビングに戻ってゆっくりと番組を視聴する。
リヴィルもロトワも、今は一緒にソファーに座って寛いでいた。
丁度飯野さんが出てきて、他のアイドルグループの少女達とコラボをしている所だ。
俺も自分のスマホを使って空木の公式アカウントまで行き、その呟きを見る。
『うーむ、美洋さんは相変わらずのけしからんパイオツ。あれで今日も、多くの人々が惑わされ、パイオツに目が釘付けにされる……クッ、けしからん! 誰かが成敗せねば!!』
何を呟いてんだコイツは……。
しかも呟いた傍から凄い数の“いいね!”がついている。
……スマホ見てんのか、飯野さんの胸をガン見してんのかどっちなんだよコイツ等は。
「美洋さんの黒船胸に、他のアイドル小娘共は戦々恐々でしょうね。舐めてコラボなんて打診するからこうなるんです」
“黒船胸”って何だ……。
ってか飯野さんはともかく、お前とはそう年が変わらないだろうに、あのアイドル達。
空木はほくそ笑む様にしてスマホから顔を上げる。
画面の中では10人以上の少女達が笑顔で、飯野さんと共に歌って踊っている真っ最中。
だが空木が変な事をいうので、俺もその笑顔が段々と引きつった物に見えて来てしまう。
趣旨としてはお互い大人気アイドルグループ同士、垣根を超えて夢のコラボを果たすという物。
しかし相手が長所である大人数なのに対し、シーク・ラヴからは飯野さん一人しか出していない。
であるにもかかわらず、完全に食ってしまっているのだ、相手を。
「ダンスも運動量ある歌だからね……胸の弾み方が他の子とは一線を画してる」
「あれは女性として文字通り、とても大きな武器ですからね」
リヴィルとラティアの考察の通りなんだろう。
“可愛らしさ弾ける!!”をコンセプトとする、コラボ相手が今年出したシングル曲だった。
歌そのものも人気だが、それ以上に踊りの振り付けがとても印象に残る、可愛らしい動きとなっている。
だから動画投稿サイトなどで“踊ってみた”関連が相当流行って、一時は社会現象にもなった。
でも、これじゃあ世のお父さん方や青年諸君は、飯野さん以外印象に残らないだろう。
俺は心の中で二人に同意しながら、改めて空木の呟き関連に目を通す。
『美洋さんは歌も上手いし顔だって普通に良いのに、あの凶悪なパイオツだけで全ての視線を奪おうとしている。あれは最早悪魔である。悪魔は早々に退治せねば。つまり、ウチは次に会った時、美洋さんのパイオツを揉みしだく権利があるのだ!』
何を言ってんだコイツは……。
横では何でもないような顔をして、ネット世界で凄いことを呟いてやがる。
[美洋ちゃんの胸ドラム、だと!? 俺も、俺も叩かせてくれ!!]
[ツギミー、頼む! 俺達の代わりにあの卑劣な悪魔を懲らしめてくれ!! そして懲らしめ動画のアップ求む!!]
[空木ちゃんのお芋教に入信すれば……僕も飯野さんの胸を揉みしだけますか?(座った目)]
同じ様なレベルの返しをしているものも目立つ。
だが同時に、それだけではなく。
空木の書いた文章から、真面目に違う意図を読み取ろうとする人も結構いた。
[確かに。飯野さんだけじゃなくて、花織様も逆井ちゃんも普通にそこらの歌手より歌上手い。俺の友達もそうだけど、探索士は平均して上手な人が多い気がする]
[このコラボグループの子達には悪いけど、一緒に歌って踊って貰ったらより違いがハッキリと分かる。動きのキレもやっぱ良い。探索士だからかね?]
[そりゃ日々俺らのために命張ってモンスターと戦ってくれてんだもん。運動能力、声量だって嫌でも上がるだろうし、肝も据わる。他の業界に行っても普通にやれんじゃねぇの?]
丁度歌が終わり、司会が彼女たちに感想を聞いた。
『――ありがとうございました!! あの、他のアイドルグループの方とコラボできるなんてまたとないことで、凄く凄く楽しかったです!!』
『シーク・ラヴのメンバーさんとコラボなんて、私達も夢みたいでした! また是非機会があれば一緒に!!』
横では空木が顔を上げ、意地悪そうにニヤッと笑う。
呟きの反応だけでなく、コラボ相手の感想を聞いて満足そうに頷いた。
「フフッ、ご立派な建前ですね。後ろのメンバーが苦い顔で美洋さんを見ている所、ちゃんと映ってますよ」
画面が移り変わってしまったので確認はできなかったが、おそらく空木が言った通りなのだろう。
アイドル業界は群雄割拠、戦国時代とよく耳にする。
飯野さんの胸……もまあ警戒すべき要素ではあるのだろう。
ただ彼女たちは身をもって、シーク・ラヴメンバーのアイドルとしてのポテンシャルを知ったのだ。
WEB小説とかの設定でもよくあるだろう。
農業系とか錬金術系のスキル・能力を極めていたら、副次的に戦闘職の能力も物凄い上がっていて、みたいな。
それで偶々他の分野、つまりモンスター退治の業界に進出してみると、本職の冒険者を大いに驚かせることになったと言う奴だ。
「ミヒロ殿、凄かったであります!! ねっ、お館様!!」
「ああ、そうだな」
ロトワが胸のことを言っているのか、パフォーマンス全体を指して言っているのか分からなかったが、とりあえず同意しておいた。
今正に、一緒に歌って踊った彼女たちは同様の驚きと、そして深刻な焦りを身に染みて感じたに違いない。
シーク・ラヴメンバーの活動は、単に広報的な役割りをこなすだけにとどまらず。
探索士そのものの価値も上げているのだ。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「アズサ達は逆にバックダンサー形式なんだ……」
「まあ自分達の歌を歌ってくれるから、そうしたんじゃね?」
目的の志木達の出番は終わり、ようやく肩の力が抜ける。
出番が終わった志木や逆井が既に、飯野さんと共に、来月にあるライブの告知を済ませていた。
なのでリラックスした状態でBGM的に見ていると、Raysの出番がやって来たのだ。
ただリヴィルの言ったように、梓らは主に激しい踊りで盛り上げる役回り。
中堅どころに入った7人組男性アイドルグループが、Raysのシングル曲を歌うと言ったコラボ内容だった。
「……龍爪寺、踊りの自己主張が凄いな」
そもそもこの曲自体は初めましてなので、元の振り付けを知らないが……。
バックダンサーとして殆ど歌わない分、その癖が踊りに出ているのだろうか。
「逆にアズサとフジって人は大人しいね。背景に徹してるって感じがする」
音楽的な感性も鋭いリヴィルの言だけあって、なるほどと納得させられる部分があった。
確かに梓やRays最年長の藤さんは、コラボ相手を引き立てるように静かに踊っているような気がする。
幾ら大人気の男性探索士アイドルとはいえ、一応アウェーだからそういう立ち回りも必要だということか?
「……ってか藤さんはともかく、梓は単に目立ちたくないだけのような気もするけどな」
アイツ、“男性”探索士アイドルグループの一員として出てるけど、中身は完全に女だからな。
その考えを口にすると、空木がニヤッと口の端を上げる。
「……ほほう? つまり“アイツは俺の前でだけは女になるからな! グヘヘ!”と言うことですか?」
「……間違ってなさそうで、完全に誤解を生む言い方をするな」
ツッコミを入れるが、空木はなおもそのネタを引っ張ろうとする。
なので、無言で自分のスマホを握った。
「あー。丁度志木の出演は終わったんだよなー。今アイツ空いてるよなー。……“空木が志木をイジってた”って連絡すれば、志木の奴、喜んでくれるかなー」
「わーわー!! 花織ちゃん持ち出すのは反則ですよお兄さん!! ウチのことなんて出さずにお兄さんが連絡するだけで花織ちゃんは喜びますから、ねっ、ウチの話はよしましょう!!」
必死かよ。
その必死さがかえって、普段から空木が志木のことをどう思ってるか自白してるようなもんなんだが。
ってか出番が終わっても、アイツがクソ忙しいのに変わりはない。
何の用もないのに電話なんてしたら怒りこそすれ、喜ぶなんてあり得ないだろうに。
「うぅぅ、ロトワちゃん、リヴィルお姉さん! お兄さんがウチを虐めます!」
とうとう二人に泣きついた。
……うわっ、リヴィルの胸に顔を埋めてやがる。
俺でもやったことないのに。
二人は俺と空木を見比べて困ったような表情だ。
……まあ適当に相手してやってくれ。
「――どうぞご主人様、ミオ様。食後のお口直しに、芋ようかんを切りましたので」
ラティアがキッチンから戻って来た。
お盆に乗せた小皿を、俺や空木の前に置いて行く。
空木は即座にウソ泣きを止め、姿勢よくソファーに座る。
……分かりやすい奴。
「ラティアお姉さん大好き! エロい! ウチを養ってください!!」
“エロい”って何の感想だよ。
……いや、勿論ラティアはエロいけども。
「フフッ、申し訳ございません。これからもずっとご主人様のお側におりますので」
…………。
「だってさ、マスター」
コラッ、リヴィル、反応しないの。
二人とも、軽口のやり合いだから。
深い意味はないから。
「……口直しって、さっきデザートにスイートポテト食った気がするんだが」
何の反論かは分からなかったが、何でもいい、何か言わなければとラティアに告げてみる。
「フフッ。ミオ様でしたら普通に食べて頂けると思いましたので」
ラティアは全く堪えた様子はなく、予想していたと言う様に機嫌良く回答してくる。
クッ……!
「そうですよ、お兄さん! 洋菓子と和菓子、全く別芋です!!」
別芋!?
……別腹的な意味でOK?
「うーん。例えば、お兄さんが晩御飯に花織ちゃんと梨愛ちゃん、更に美洋さんを美味しく頂いたとします」
いや、“頂いた”としません!!
何の例えだ!!
「で、その後、ウェディングドレスのラティアお姉さんをデザートにパクりと食べちゃいます。……でもその後、ラティアお姉さんが着物姿に着替えても、美味しく頂けるでしょ? それと同じですよ」
同じじゃねえよ!
コイツ、やっぱり志木にチクってやろう!!
“変な例えに志木の名前を出してたぞ”って!!
「なるほど……」
リヴィルさん!?
何で今の例えで納得するんですかぃ!?
「……な、なるほどであります!」
ほらぁぁ!!
分かってないのに、その場の空気でロトワまで分かったフリしちゃったじゃん!!
そういうの、年下の子はマネしちゃうの!
それで後々の成長に実は無視できない影響を与えちゃうの!!
頼むから、純粋な未来のロトワに育ててやってくれ!!
せめてもの抵抗で、俺の分のようかんを半分切り分け、ロトワの分に上乗せしてやったのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「うにゅぅぅ……今日は、ミオちゃんと、一緒に寝るであります」
「うっ、なんて抗いがたい提案!! ――でもウチ、まだ眠くないからさ。ロトワちゃん、後で行くから、先に寝ちゃって良いよ?」
番組も終わり、それぞれ風呂も済ませて。
寝るのに良い時間となった。
完全夜型の空木は本当に眠くなさそうで、ロトワに妥協案を提示する。
「うぅぅ……ミオちゃんと……」
「フフッ――さぁ、ロトワ。お布団に行きましょう。ミオ様も後でいらして下さるそうですよ?」
抵抗しそうになったロトワを、ラティアが上手く諭す。
そうして手を取り、ロトワの部屋となった客間へと二人で向かった。
「うぐっ、何か罪悪感があります……律氷ちゃんもそうですけど、純真で無垢な子を相手するには、ウチは汚れ過ぎました……」
「フフッ、ミオはエッチなゲームとかも普通にするからね」
リヴィルの言葉に、空木は普通に頷いて肯定する。
それは空木が、リヴィルの声に意地悪さや否定的なニュアンスを感じなかったからだろう。
……リヴィルも、ラティアの布教で偶にするらしいからな。
「――さて。で、これからどうするんだ? まだ起きてるんだろう?」
勉強もしたいので長くは無理だが、軽く話し相手になってやるくらいは出来る。
そうした俺の考えを感じ取ってか、空木は思案顔に。
「うーん……ですね、まだ全然眠くないですから。じゃあ――」
リヴィル、そして俺を交互に見て。
今度はラティアとロトワが消えて行った方を見て、声を落として告げる。
「思い切って聞きますね。以前ロトワちゃんの歌は聴いたことあるんですが……お兄さん達の中で、歌が上手いのって誰ですか?」
密談めいた雰囲気を出すので何事かと思ったら……。
さっきまで歌番組を視聴していた影響だろうか。
俺も空木にシーク・ラヴでの歌の上手いランキングを聞いたしな。
逆に気になったのかもしれない。
探索士ですら強さを手に入れると副次的な効果が付いて来る。
今の地球の中で、圧倒的な強さを持つラティア達はどうなのだろう、と。
「何だそんなことか。――普通にリヴィルじゃね?」
「そうなの? ……私は条件によってはルオと思ってたけど」
意見が割れ、どちらが正しいんだと空木は視線を往復させる。
確かにリヴィルの言うことも分からなくはない。
最下位が俺、その上がロトワなのは多分異論が出ない。
ロトワはまあ……下手でも何でもないが、歌を上手く歌うって感じじゃないのだ。
“楽しい”が真っ先に来るって感じで。
未来のロトワはまた違うと思う。
「“ルオ”自身はロトワよりちょっと上手いくらいだけど……」
ただ“シルレ”の姿になると上手さがグッと上がるのだ。
……まあシルレのあのキリッとした姿で、バリバリのラブソング歌われると違和感は凄いけどね。
「ああ。だから基本的な上手さはリヴィルが一番で……」
「……ラティアお姉さん達はその次ですか?」
空木の確認に頷いて返す。
レイネとラティアは多分、同じくらいだと思う。
……まあとは言え、皆好きなジャンルも違うし、リヴィルの言う様に条件次第では全然変わるだろうけどね。
「そうですか……ふーむ。ロトワちゃんであれなのに、お姉さんたちは更にその上、ですか」
大体を話し終えると、空木はいつになく真剣な表情で考え込む。
俺もリヴィルも、これは真面目な思考の間だと感じ取り、邪魔せず沈黙を保った。
「――ロトワ、グッスリ寝着きました……あれ? どうかなさいましたか?」
そこに丁度ラティアが戻って来た。
タイミング良く空木の考え事も終わったようで――
「――お兄さん。お姉さん達、いっそのこと歌ってみてもらったらどうです?」
空木は唐突に、そんなことを言ったのだった。
ツギミーは基本適当で頭の中エロ親父みたいに見えますが、ちゃんとする時はする子ですからね。
……飯野さんの胸ドラムはするかもですけど。
この後はイベント目白押しですね。
学園祭にライブ、後ルオが来て1周年お祝い会もあります。
……うん、これだけ忙しいんですから、織部さんが入ってくる余地なんてないですよね、うん!
この調子で、アクシデントなんて起こらず、どんどんイベントを進めて行きましょう!




