340.何だか別世界の人になってしまったみたいだ……。
お待たせしました。
今年最後の更新となります。
ではどうぞ。
『はぁっ、やぁっ、とりゃぁぁ!!』
気合いの入った、可愛らしい声が届いて来る。
DD――ダンジョンディスプレイの画面で、桜田があの小槌を器用に振るっていた。
『んっ、フッ――良いよ、チハ! どんどん、攻めてきて!!』
それを受けるのは赤星だ。
シルフから贈られたナイフを素早く動かし、桜田の攻撃をいなしていた。
言葉にすると簡単な手合わせに思えるが、実際にはそんな優しいものではなく。
「……やっべぇ。――おい空木、桜田を怒らせたら、あれが一撃必殺の鈍器になりうるぞ。気を付けろよ」
隣に座る空木も、暗い表情で頷き、同意してくれる。
「……ですねぇ。颯ちゃんに至っては、ウチ、全く動き見えないんですけど……あれっ? 颯ちゃんって、いつから人間辞めてましたっけ?」
凄い動きしてるだろ。
ウソみたいだろ……人間、辞めてねえんだぜ、あれで?
『知刃矢様も! 颯様も! 頑張ってください!!』
そして二人の模擬試合の審判を務めるのは皇さんだ。
同時に皇さんがあちらのDDを持って、映像をこちらに送ってもくれていた。
……ちなみに、3人とも防具はしっかりと精霊から贈られた物を身に着けている。
飛び跳ね、チラリズムが起きる度に、テレビ番組で映ってはいけないものが映ってしまったみたいにドキッとする。
…………いやー見事な絵面ですねー。
『クッ、流石は颯先輩です! ですが、チハちゃんだって、負けませんよっ!!』
勝負を賭けようとする桜田の声が聞こえた瞬間――
“――ブレイブチハヤ、ただいま見参っ、ですよ!! ふふんっ、悪者さん。チハちゃんの可愛いさにぃ、メ・ロ・メ・ロ、になっても良いんですよ?”
……っと、ヤバい、今なんか頭がぶっ飛んだ。
俺が思考を彼方へと旅立たせていると、展開が一気に動く。
自身の今の姿である踊り子を演じるように、ステップを刻み始める。
それは幻想的な踊りを踊って、大精霊に祈りを捧げる様を連想させた。
それに合わせて、薄い黄色地の羽衣も揺れる。
衣自体がまるで生き物の意思を宿しているようで、とても不思議な魅力があった。
「うっわ、エロい……お兄さん、今からでも録画しとかなくて大丈夫ですか? ウチのことは気にせず、夜のお供にどうぞ一つ」
いや……確かに常時目のやり場に困るけども。
白くて綺麗な脇がチラッと覗いたり。
殆ど布地が無い下半身、特に股関節や太もも周りが艶めかしく動いていたり。
本当、何で精霊の贈る防具はどれもこれも生地がクールビズ仕様なんだよ。
防御力って概念分かってるのかね?
……ってか空木もさ、仮にも同じグループのメンバーだろ。
酒のつまみじゃねえんだから、んなもん勧めんな。
しかも今日、お前ウチに泊まりだったよな?
事情を知っている空木が同じ屋根の下にいると分かってて、夜のお供も何も無いだろうに。
『フフッ、何が飛び出すんだろうね。私も、気合いを入れなくちゃ』
赤星は強者ムーブなのか、それとも先輩としての配慮なのか。
あえて桜田の必殺ゲージ的な物が溜まるのを待っている。
ただ流石に無防備に、と言うことはなく。
ナイフを胸元辺りまで掲げ、中腰になる。
いつでも、何が来ても回避できるよう見極めの態勢に入ったのだ。
「あちゃぁぁ……颯ちゃんも普通にえっちぃポーズするなぁぁ……あの服装でお尻突き出したら、もうお兄さんへのアピールにしか見えませんって。流石、“伏兵”と呼ばれるだけのことはありますね」
いや、普通にそんなアピールには見えねえよ。
空木、お前……頭の中にオッサンか何か飼ってないか?
俺より同性の空木の方が敏感に反応し過ぎな気がするんだが……。
『あっ、知刃矢様の武器が――』
皇さんの声で、再び意識を画面に戻す。
攻略されたダンジョン、その広い空間内で、新たな光源が生じる。
桜田の小槌だ。
『行きますよっ!! ――りゃぁぁぁ!!』
赤星がいる場所とは見当違いの方向――真下へと、小槌を振り下ろす。
叩きつけられた地面は小さく揺れるだけで、最初は何も起こらなかった。
しかし、直ぐに異変が生じる。
「……えっ、消えた……?」
桜田が小槌を持ち上げると、先程叩きつけた部分の土が丸々消えていたのだ。
まるでそこだけ重機で掘り起こしたように、ぽっかりと小槌の形の穴が開いていて……。
「――お兄さん、知刃矢ちゃんの武器……何かでっかくなってまっせん?」
空木の声に反応して、桜田の小槌を見る。
確かに、さっきよりも一回り程大きさが増している。
明らかに見て分かる変化に、さっき地面へと叩きつけた行動との関連を想像せずにはいられなかった。
『そしてもう一丁っ、やぁぁぁぁ!!』
気合いを入れて、重たくなったような槌を振り下ろす。
そして恰も見えない物体でもあるかのように、桜田は自分の斜め前の空中そのものを力強く叩いた。
――同時に、赤星の頭上に、土の塊が出現。
そして一直線に赤星を目掛けて落ちて行く。
あんなのが直撃したら、一たまりもないだろう。
『っっ!!――』
赤星の表情が強張る。
その緊張が伝わり、こちらも一瞬ヒヤッとした。
落土と同時に、砂埃が立つ。
赤星の姿は見えない。
だが――
『……ふふっ、流石は颯先輩です』
赤星の無事を確信した桜田の言葉に、俺達は緊張感を解いた。
『……いやぁ、危なかった。一瞬ヒヤッとしたよ』
画面の視界が声の方向へと移る。
黄緑色に可視化された風が吹く。
土の塊が落ちた遥か後方、そこには、お道化たような表情で立つ赤星がいたのだった。
そして傷どころか、泥土の汚れ一つない姿である。
赤星は、風で自身の速度を上げる能力を使い、完璧に回避してみせたのだ。
『チハも凄いね、今の技。叩いた分の土を武器に取り込んで、降らせたんだよね?』
『はい! チハちゃんの新しい必殺技です! でも颯先輩の動きも凄かったですよ! 避けたの、全く見えませんでしたから!』
『お二方、どちらも素晴らしい動きでした! 私も負けていられません!』
手合わせが終わったのだろう、現地にいる3人が集まり、感想を述べあう。
皆笑顔で互いの成長や力を褒め合い、仲睦まじい様子を見せる。
それ自体の画はとても微笑ましいものではある、あるのだが……。
「……漏れなく、外に出たら痴女認定を受ける格好、ですからね……」
俺の心を代弁するように空木が悟ったような目で告げる。
だよな……。
この3人が更に結束を強めている事実に、喜んでいいのか悲しめばいいのか、何とも言い辛い気持ちになったのだった。
◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「はぁぁ……」
「うへぇぇ……」
通信を切り、疲れたような声を上げながらソファーに体を沈み込ませる。
空木も俺に倣う様に、グデェっとソファーに体重を預けた。
「3人が何だか別の世界に行ってしまったみたいに感じる」
具体的には、オリベー星の住人で変態星人の一員――間違えた。
変身戦隊の一員に思えてくる。
「ですねー。まあウチからしたらお兄さんも大概だと思いますよ」
ちょっ、俺を一緒にするな!
……と反論しようとすると、どうやら同じニュアンスで話してないことに気付く。
そもそも空木は背後にある“織部”という存在に気付いてないわけだし。
多分、痴女的な意味じゃなくて、戦いの強さ的な意味で俺の言葉を捉えたんだろう。
「あんまり強さのインフレ化が進むようなら、安心してウチのことは置いて先に行ってください。後から必ず追いかけますから」
「他の強い奴に任せてサボる気満々じゃねえか。お前も世間一般では強い部類なんだから、キリキリ働け」
空木は嫌そうな顔を隠そうともしない。
だがこうして他愛ない会話を交わすことで、さっきまでの非日常っぽさから戻って来られたように感じられた。
「うげぇぇ……あぁぁ、働きたくない。楽して稼ぎたい。……お兄さんが颯ちゃん達3人のえちえち衣装動画を撮ってたら、稼げる方法あったのにな~」
「おいおい……」
そりゃぁただでさえ大人気アイドルグループの3人だ。
それでなくても映像記録の需要は留まることを知らない。
まして、あんなきわきわな格好を映した動画なんてあったら、男連中は喉から手が出る程欲しがるだろう。
ただ空木も全くそんなことは考えてはおらず、ただの話のネタとして言っているらしかった。
「それか、その、お兄さん。今から探索士にでもなるかして、偉くなってくださいよー。それで、そのー、ウチが働かなくてもいいくらい稼いで、養ってくれたり、しません?」
更に何を言ってんだコイツは……。
ってかアイドルで今正にボロ儲けしてる最中だろうに。
「お前、俺が探索士って正気か? ……あれ、男も制服、見た目ヤバいだろ。あんなん着るくらいなら、真面目に働いて社会の歯車で一生を終わる方が百倍マシだわ」
「こんな若い時から社畜宣言ですか!?」
まあ社畜もブラック企業も嫌だけどね。
とりあえずは志木から勧められた大学は出る、それくらいまでの人生設計は出来てる。
ただ出た後にどうするかまではまだ決めてない。
でも何か、志木が“就職先も任せてちょうだい”みたいなこと言ってたからな……。
あれはただの社交辞令的な感じと受け取っているが、どうなんだろう。
「――ご主人様、ミオ様、お疲れ様です。お茶を入れましたので、どうぞ」
二人でどうでも良い事8割、ちょっと真面目な事2割を話していると、頃合いを見計らってラティアが来た。
丁寧に俺達の前にコップを置いて行く。
「ああ、悪い、ありがとう」
「お姉さん、どうもです……ズズッ」
邪魔をしないようにか、気を遣ってなのか、ラティアは直ぐにキッチンへと戻って行き、読みかけの本を手に取る。
……表紙に際どい衣装の女の子が描かれているが、気にしてはいけない。
「……“俺は悪くない!! サキュバスで、こんな誘う様な格好をして、魅力的なエロい体型をしてる癖に、俺だけを主人と慕うお前が悪いんだ!!”ですか……中々示唆に富む題名のラノベを読んでますね」
……こら、空木、だから気にしたらダメなんだって。
更にサキュバス衣装をしているのも手伝い、空木はチラチラとラティアを盗み見しようとしていた。
……いや、お前は同性なんだから、普通に堂々と見ればいいじゃんか。
どうやって話題を変えようかと悩んでいると、空木の方から別の話を振って来た。
「……ところでお兄さん、今度お兄さんや知刃矢ちゃん達……ああ後花織ちゃん所もか。――その3校で合同の文化祭やるんですってね。予定とかってどうなってます?」
その話が来るか……。
◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「……2年連続で信頼と実績の買出し係ですが何か?」
「いや、お兄さんのクラスでの立ち位置は大体何となくは分かってましたから、驚きは無いですけど。そうじゃなくて……」
いや、だからなんで皆俺のクラスでのポジションを大方認識してんの?
皆俺のこと知り過ぎかよ。
何なの、全員が俺検定1級の取得でも目指してんの?
そんなのとっても弱み握るくらいしかメリット無いよ、良いの?
「当日とか、その、お兄さん、どういう時間の使い方するのかなーって。ほらっ、お姉さんとかと一緒に回ったりとかもあったりするのかって事ですよ」
話題に出したからと空木はラティアをチラ見する。
……いや、だから、お前は別に堂々とラティアも、ラティアのあのサキュバス衣装も見て良いんだよ。
「まあ、そう言う事もあるとは思うけど……未だ、具体的なタイムスケジュールは決まってないな」
「えっ!? あっ、あぁぁ……そ、そうなんですね。そうですか、お兄さん、まだフリーなんですか……」
空木は意外な顔をした後、ニヤ付きを抑えられないと言った感じで、俺の予定がないと言うことを繰り返し呟く。
……何、お前、俺が暇を持て余してたら嬉しいの?
クソッ、どうせ俺は灰色の高校生活送ってるよ!
「ま、まあ? あまりに暇するんだったら、当日、ウチが家で一緒に時間潰してあげても良いですよ? 多分その日はスケジュール空けてあるはずなんで」
「あ、そうなのか?」
空木は別の学校で学園祭とは無関係だが、それでもアイドルや探索士関連で忙しいものと思っていた。
その意外だという想いが顔に出たのか、空木は慌てて横に手を振る。
「いや、違くて! ウチだって忙しい毎日ですから、定期的に休みは入れる様にしてるんですって!! それが偶然、本当偶然にもお兄さん達の学園祭の日程と被ったってだけで!!」
別にそこまで疑ってないのに、そこまで言い訳されると何かを隠してるんじゃないかと疑いたくなる。
どうしようかと考えていると――
「――ご主人様、そろそろおっしゃっていた生放送番組のお時間ではありませんか?」
ラティアがふと気づいたと言う様に、キッチンから声を掛けてくれた。
「そ、そうですよ! お兄さん、これ、花織ちゃんが出るんですよね!? 見て感想言わないとあの花織ちゃんです、何されるか分かりませんよ! さぁさぁ一緒に見ましょう!!」
……いや、空木よ。
たとえちゃんと見て感想を言ったとしても、今のセリフの中に何かされる原因バッチリあるぞ。
ただ、見て感想を欲しいとは志木本人から事前に言われていた。
なので、空木のワザとらしい誘導にはツッコミを入れず、大人しくリモコンを手に取る。
確か……歌関連の特番だったっけか。
他にも逆井や飯野さん、それとは別にRaysも出るはずだ。
今朝見た新聞のテレビ欄を思い出しながらスイッチを入れる。
そしてロトワや2階にいるリヴィルにも声をかけ、番組の始まりに備えるのだった。
今年は本当に色々あった年になりましたね……。
社会的にも勿論そうですが、個人的にも内容沢山の1年となりました。
特に書籍化決定は自分としてもインパクトがありましたね……。
来年は今年以上に活動的になるよう、更に精進していきたいと思います。
……か、感想の返しは年越しますね、はい。
すいません!!
では皆さん、今年も本当にありがとうございました。
来年もまたよろしくお願いいたします。
良いお年を!!




