333.まさかここまで疲れるとはな……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「ギシッ!! ちち、うえ! お下がり、を!!」
ゴッさんがナイフを構え、モンスターに相対する。
自宅の庭に出来たダンジョンの5階層。
そこで俺達は、この階に来て初めてのモンスターと遭遇していた。
「ブニュン!」
「ブニュッ!」
「っと! やっぱりコイツら、“レッドスライム”だ! 4階層に出てきた奴らだぜ、隊長さん!!」
同じく斥候グループのレイネは、目の前の敵を油断なく見据える。
トマトゼリーのような赤い半透明の体色。
餅つきでつかれる餅くらいの大きさをしたスライムが5体、行く手を塞ぐようにしていた。
レイネの話では4階層に同じ奴らが出てきたそうだが……。
「それならそれで都合が良い! ――ゴッさん、無理はするな! 前衛組と連携を!!」
「あぃ!!」
【敵意喚起】でスライムたちの意識を全て、俺一人に向ける。
そこにゴッさんが着かず離れずを繰り返し、挑発をかけ続けた。
「ブニュッ!?」
「ブニュゥゥ……」
赤いスライムは俺を意識すればいいのか、それとも一番攻撃を仕掛けてきそうなゴッさんに対処すればいいのか判断できず。
ずっと体を右へ左へと動かし続けるだけの、壊れたロボットのような存在へと化していた。
そこへ――
「シィッ!!」
「はぁぁぁっ!!」
「せいやぁぁ!!」
レイネが完全な【不意打ち】を決める。
そこからなだれ込む様に前衛のリヴィル、ロトワが加わった。
導力を纏った拳が叩きつけられ、スライムは一瞬で蒸発するように無数の赤い煙になる。
「せぃっ、やぁっ! ――キンキン、ギンギン!!」
「キュゥゥ!!」
「キュィッ!!」
ロトワがスライムを切り上げた直後、2体の狐がボンッと煙を上げて姿を現す。
狐達は交差するように飛び跳ね、宙に浮いたスライムを追撃。
その爪で切り裂いて、水気ある体を削り取った。
「っし! 残り2体だっ!! ――ゴッさん!!」
俺が指示するかしないかの間に、既にゴッさんは動いていた。
牽制役から一転、残り2体のスライムの内の1体を、積極的に攻撃し始める。
圧倒的な脚の捌きとナイフの速度。
ゴッさんの猛攻に、片方のスライムはなす術なく後退していく。
――ここだ!
「っらぁ!! うらっ、この、らぁぁ!!」
拳で、そして脚で、最後の1匹を攻撃。
触れた瞬間、皮膚が熱した鉄板に当たった様な、焼ける感触を覚える。
ジュゥゥっと火傷みたいな痛みが拳に走るも、気にせず攻撃し続けた。
「この野郎っ、見た目、トマトゼリーみたいな、癖に!!」
無害そうに見えて、実はボディーが完全に火属性である。
“ボク、悪いスライムじゃないよ!”詐欺だ。
主人公がいつもいつも絶体絶命のギャンブルマンガじゃあるまいし。
何で焼きごてを押されたような熱の痛みを知らないといけないのか。
「らぁっ!! このっ、くたばれスライム野郎っ!!」
ってかコイツ、全然やられてくれないんだけど!?
えっ、レイネ達は普通にコイツ等倒したって事!?
俺が単に弱いだけ!?
「ブニュッ――」
偶に反撃のために跳躍する構えを見せるも、その隙を与えない。
拳、蹴り、拳、蹴り……そしてまたまた拳、蹴りだ。
その連続を繰り返していると、ようやく赤スライムは限界に達したように弾けた。
ゆで卵をレンジでチンした時の様に、赤いスライムは体を爆散させて消滅したのだった。
「うぉっと、っぶねぇ……」
噴火で飛来した石を避けるように、赤いブニョブニョを避けて行く。
ふぅぅ……。
終わったか。
5体とは言えスライムだから、直ぐ終わるだろうと高を括っていたが……。
「意外にタフな奴らだったな……」
指の第一関節辺りが赤くヒリヒリする。
痛む拳を労わるように撫でながらも、この先の戦闘について、早くも嫌な感じを覚え始めたのだった。
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「ご主人、大丈夫!?」
「ケガはありませんか、ご主人様!!」
他のスライムも片付いたらしい。
戦闘終了と共にルオやラティアが駆けてくる。
「おう。ちょっと手が痛いくらいかな。……次からはゴーさんにも前に出てもらった方が良いかもしれない」
「Gigi,giga」
ゴーさんは中衛より後ろ、つまりルオとラティアの護衛役を任せていた。
だがこの先も同じような相手なら、隊列は考えた方が良いだろう。
「隊長さん、悪ぃ……4階層で倒した奴らだったからてっきり楽勝かと思ってたんだが」
「うぅぅ……ロトワもであります。明らかにスライムたち、4階層よりも強かったであります」
申し訳なさそうに二人が謝ってくる。
別に二人を責める気持ちは全くないんだが……。
「いや、それは良いんだけど……まあでも、やっぱり皆で来て正解だったな、5階層は」
まだ1回しか戦闘していないが、いよいよ“5の倍数階はヤバい説”が現実味を帯びてきた。
直接戦ったレイネやロトワも相手が1段階強いと感じているんだから、やはり慎重に戦った方がいいだろう。
「……ルオに“シルレ”様で前に出てもらいましょうか? それで前衛に厚みを持たせるのはどうでしょう?」
「あぃ!! ちちっ、うえ! ワタ、シも、賛成です! 守り、を固め、ましょう!」
ラティアの提案に一番に賛成したのは、意外にもゴッさんだった。
決して仲が良くない二人の考えが揃うのが珍しく、皆して二人に注目する。
「……貴方と意見が合うのは不服ですが。でも、全体の安全性を考慮するならこれが最善かと」
ラティアは本当に嫌そうな表情でゴッさんを睨みつけていた。
ゴッさんもそれに負けず、舌を出して応戦する。
「ふんっ!! ワタ、シは! ちちうえ、の御身を、考えたまで! 頭からっぽ、な淫魔とは違う、のだ!!」
あっ、ちょっ、何でそんなケンカ腰の表現を使うの!!
……うわっ、ラティアさん!?
顔、“ラティア様”になってるよ!?
良いの!?
表世界に出しちゃって!?
「……フフッ、愚かしいですね。繁殖以外が頭にないゴブリンは、考える事・言う事全てにその野蛮さがにじみ出ていますよ」
ちょっ、ラティア様、完全に顕現しちゃってる!?
意見が一致したらしたで不穏な空気になるの何なん!?
何で二人ともそんなに仲悪いの!?
「分かった、分かったから!! うん、ゴーさんとルオにも前衛に加わって貰おう!」
その分俺とロトワが一列分後ろに下がって、フリーアタッカー2枚、それでいいでしょ!?
うぅぅ、怖い、怖いよ……。
この二人、何でこんなに相性悪いんだよ……。
「……マスターが後衛に回ってくれたらもっと安心出来るんだけど」
そこ、リヴィルうるさい!
俺は回復を除くと、火属性魔法しか使えないの!
またレッドスライムの団体さんが来たらどうすんだ!
俺タダの役立たずだぞ!!
「まあ隊長さんはヘイト集めの役回りもしてくれてるからな……後衛に回ったらラティアとの兼ね合いもあるし……」
うんうん、レイネはやはり戦闘たるものを良く分かっている!
詠唱中のラティアの近くにモンスターを集めるわけにも行かないし。
やっぱり、これが現状最善なんだよ。
そうして作戦会議を終え、俺達は改めて5階層攻略を慎重に再開したのだった。
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「はぁぁ……ボス戦してないのに、今までで一番疲れたな」
「だねぇ~」
「でありますぅぅ……」
学校が始まってから初めての休日。
それなのに、家に帰って来て得たのは達成感でも満足感でもなく。
ただただ疲れた、その一点だけだった。
「直ぐに晩御飯の仕度しますので……」
「ああ、悪い……」
直ぐにキッチンへと向かったラティアを見て、一瞬呼び止めようかと思った。
もう今日は皆クタクタだから出前でも良いんじゃないか、と。
だがラティアだけは今日、魔法を使っていなかった。
つまりそこまで疲労は無いのかもしれない。
「いえ……」
ラティアもそこに申し訳なさを感じているのか、皆が手も洗わずソファーやイスに座り込んでも何も言わない。
黙々と料理を始めていた。
……あえて魔法を使わずにいてもらったのに、逆にこっちが申し訳ないな。
「……やっぱりマスターの言った通りになったね。5階層、普通に1~4階層の強いバージョンだった」
「ああ、だな……」
反省会をする気力はるのか、今日一番の功労者たるリヴィル・レイネが口を開く。
「……ホーンドッグも、包帯のアンデッドも。1階層・2階層で戦った時より明らかにタフだった」
俺も先程の攻略時の様子を思い出す。
探索を再開すると、レッドスライムだけでなく、今までの1~4階層で戦った全ての種類のモンスターと遭遇した。
しかもただ単にそれらの焼き直しというわけではなく、1段階強くなって、だ。
さらに厄介だったのは、レッドスライムとアンデッドが一緒にいたり。
あるいはホーンドッグと、3階層で偶に出たプラントという植物モンスターのセットということもあった。
つまりそういう風に、階層や種類の垣根を超えてモンスターたちが群れていたのだ。
何でそこで共闘すんだよ、と思わなくもない。
まあだから、ラティアに魔法を使わないでもらったのも、何か本当に予想外の対処し辛いことが起きた時に備えて、使用を控えてもらったのだ。
「まあ、確かに。手強いって言えば手強いね。……ただ考えようによっては良かったかもよ?」
リヴィルの言葉に引っ掛かり、その真意を問う様に視線だけを向ける。
ルオやロトワたちもクタクタになりながらも顔だけは上げて、俺達の話に耳を傾けていた。
それを確認してから、リヴィルは続ける。
「……だってさ、このダンジョンが“もし他の場所にあったら……”って考えてみたら。……どう?」
ああ……確かに。
「そうだな……俺達以外だと、対応出来ないかもな」
かろうじてシーク・ラヴのメンバーが、まだ何とか出来る……かもしれない。
後は梓くらいか。
……でも、5階層はちょっとキツいかもな。
「確かにな。……はぁぁ。まっ、急ぎじゃないんだろ? だったら、ゆっくり潰していこうぜ?」
レイネにそう確認され、俺は疲れた頭をゆっくりと縦に動かして返事する。
「ああ……あのボス部屋も、また体調を整えてから。日を改めて行こう」
今日辿り着いた5階層最奥は、一先ず放置して帰って来た。
明らかにここから先は何かありますよ、ボスとか強い相手がいますよ的な厳かな造りだったので、念には念を入れて挑戦しなかったのだ。
「うん。そうした方が良いと思う。――あれ? レイネ、携帯、鳴ってない?」
同意したリヴィルが、直ぐに音に気付いて指摘する。
確かに、テーブルの上にあるレイネのスマホが鳴っていた。
「んぁ? ……あぁぁ、本当だ。やべぇ、ボーっとしてるわ」
今日は斥候に攻撃役にと大忙しだったからな、レイネは。
こうまでクタクタなレイネを見るのも珍しい。
どうやら電話らしく、スマホを耳に当てて通話し始める。
「――ん。悪い悪い。ちょっと用事で出られなかった。……ん? ああ、それで? 何かあったか?」
かなり気安い話し方だった。
出た瞬間には笑顔も漏れていたので、この反応はおそらく桜田一家の誰かだと思う。
特に聞き耳を立てるではなしに聞いていると、突然レイネの表情が曇った。
「えっ? ……でっ、チハヤは、どうした?」
……桜田本人が、何かあったのか?
「……チハヤの妹達、かな?」
「だろうな……」
リヴィルと小声で確認し合う。
レイネは2,3のことを確認すると、通話を切って俺達に向き直った。
「……チハヤの妹達だった。何か……チハヤの様子がおかしいんだって」
やはり予想が大体合っていたようだ。
ただ、その続きを耳にして、俺は頭を痛めることになる。
「――何でも“誰かが、自分を呼んでる気がする……”って、変な事を繰り返し呟いてるって」
な、何か霊的な物にでも呼ばれてるのかなー?(棒読み)
来週には私情も多分片付いてる、と思うんで。
感想の返しもそれから頑張ります!
更新も合わせて、少し気長にお待ちいただければと思います。




