325.早くも!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「……じゃあリヴィル、本当に良いんだな?」
「うん。だから本当に大袈裟にしなくていいから」
買い物に行こうとするリヴィルを引き留め、日曜日のことについて確認していた。
夏休みも残り5日。
皆とゆっくり出来る時間も、再び終わりへと迫って来た。
だからこそ、リヴィルの記念日も精一杯楽しく賑やかにしようと思っていたら……これだ。
「本当に本当に良いんだな? 実は心の中ではちゃんとお祝いして欲しいけど、恥ずかしくて言い出せないシャイガールぶってる可能性は?」
「ちょっとマスターが何言ってるか分からないんだけど」
むむぅ……念のためと言い出しやすい雰囲気を作ってみたのに、素っ気ない反応だ。
誕生日を祝う習慣がないということなので、ラティアの時に出会って1周年記念を祝う内々のパーティーをやった。
それをリヴィルの時もやろうということだが、リヴィル的には盛大に祝われるのはどうも違う感じらしい。
「……だから、前もって言っておいたでしょ? ルオ達の時はちゃんとやってあげて欲しいけど、私は別に良いよ。マスターも毎回毎回フルで準備ってなるとしんどいだろうし」
「……まあそりゃそうだけど。……確かに厳密に“出会った日”から1年にすると、色々あるからな」
リヴィルとは、出会って直ぐに“殺しちゃうかも”宣言を頂いてるし。
「……それ。それも大袈裟にしないで欲しい理由の一つ」
ああ、やっぱり。
リヴィルも、あの宣言は今となっては黒歴史的な感じになってるようだ。
……まあそう言う事なら、リヴィルの意思を尊重した方がむしろ良い思い出になるか。
「分かった。じゃあ丁度1年は過ぎちゃうけど、日曜ってことで進めるからな」
「ん。そうして。――あっ、ただ、そのさ……」
話が終わったと見て再び玄関から出て行きかけてしかし、自分で足を止め、言い辛そうに振り返る。
おっ、やっぱり実は想いを中々打ち明けられないシャイガール説だったか?
「……はぁぁ、違うから」
即否定された!
何も言ってないけど!?
えっ、最近エスパータイプの女の子増えてない!?
俺はロトワに“虐待”を繰り返すあくタイプだから、効果ないはずなんだけどな……。
「……顔と言うか、マスターの雰囲気が酷いこと考えてそうな感じだった」
クッ、リヴィルめ、勘の鋭い奴め。
今度からはもっと思考を複雑化して挑まないと……。
「そうじゃなくて――ラティアには服というか、サキュバスの衣装、上げてたでしょ? 私はさ、プレゼントとかは良いから、その……」
ああなるほど、欲しい物を言ってくれるのか。
それは助かる。
“何でもいいよ”とか言う奴は信用してはいけない。
そう言っておきながら本当にこっちがフリーで選んだら、絶対不満を持たれるのがオチだからな。
リヴィルが自分から何かを欲しがるのは珍しいので、どんなことを言うのだろうと少しワクワクしたような気持ちになりながら待つ。
頬を掻いて誤魔化しながらも、リヴィルは何とかそれを口にした。
「――えっと。これからもマスターの傍にいられれば、それでいいから、うん」
「…………お、おう」
それ以上の言葉は出なかった。
俺も俺で、どう返せば良いか分からず、どもったような声だけが出てしまう。
うぅぅ、情けなし。
「ま、まさかそんなことを言われるとはな……ちょっとビックリした」
何とかそれだけでも口にすると、リヴィルも照れることを言ったと自覚して、薄っすらと頬を赤くしてしまっている。
「……う、うん。ちょっとハヤテを見習ってみた。“ハヤテならこういう時、どんなことを言うかな”って」
ああ……赤星を、ね。
確かに、赤星ならそんなこと言いそう。
でも、そう言う事を言ってくれるのはやっぱり嬉しかったりする。
ダンジョンが出現して、否が応でも周囲の環境が変化していく中。
変わらず傍に居続けることを大事にしてくれる、そんな感覚がボッチ歴が長い俺には染みるのだ。
「……そうか。うん、ありがとうな。リヴィルがそういう風に考えてくれてるってわかると、何か嬉しいわ」
「ん。……なるほど、ハヤテの伏兵ポジションの旨味、何か分かった気がする」
リヴィルの成長を喜んでいると、何やら素直には喜べない成長の実感を口にしていた。
いや、リヴィル、“伏兵”はやめとけ!!
俺も未だによくわかってないが、あれ多分良い意味で使われてないぞ!!
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ご主人、これからカンナお姉さんとお話?」
「ああ。……定期連絡もそうだが、メンタルケアも含めてな」
夕方近くになり、空いた時間で織部との連絡を済ませることに。
椎名さんの代わりを務めて帰って来たルオがそれを察し、声を掛けてくる。
終わりが近づく夏休み。
そうすると、嫌でも受験のことを意識せずにはいられない。
織部は異世界にいて季節感はアバウトだが、地球の時事的なことはよく話している。
なので、それを思いだしてホームシックになっていたりしないか、気を配る必要があると思ったのだ。
「それ、ボクも一緒に聞いていていい?」
「おう、大丈夫だぞ。ロトワも一緒にいるらしいからな」
それに、今日はリモートとは言え逆井と赤星も参加することになっている。
テレビチャットを挟んでDD――ダンジョンディスプレイで会うのだ。
……赤星がいるからむしろ織部は暴走しないだろうし、多分大丈夫だろう。
「――あっ、お館様!」
二人で2階に上がると、既に部屋の前でロトワが待機していた。
直立不動だったところで俺の姿を認めた途端、パッと顔を輝かせて喜ぶ。
……正に忠犬可愛いだな。
未来のロトワが再び去ってから、特に変わったことは無かった。
ただ未来のロトワとの限りある時間を過ごした分、余計に現在のロトワをしっかりと、愛情持って育ててやろうという思いが強まった。
「えへへ……お待ちしておりましたです!」
…………。
……グッ、グヘヘッ、俺を信頼し切ったその目が、虐待で絶望に染まるのが楽しみだぜ。
今日の晩飯も、お前の好きなお稲荷さんだ。
俺の分もコッソリとロトワの皿に移してやるから、覚悟してブクブク太るんだな!!
「うっす、お待たせ。直ぐ準備するから、適当に中で待っててくれ」
ルオとロトワには先に入室してもらい、早速俺はPCの方を準備する。
もう既に何回もやって来たことなので、逆井の奴とは直ぐに繋がった。
……いや、何かこの言い方だけだと卑猥な意味にも聞こえるな。
勿論そんなことではなく、遠隔の相手とテレビチャットの準備が出来たということである。
『あっ、新海! うぃっすー! ――おぉっ、ロトワちゃんとルオちゃんもいるじゃん! うぃうぃっすー!』
……本当、逆井の挨拶はいつも良く分からんな。
メールでは謎の絵文字で暗号化させるし、普通に言葉で話しても俺の知らない省略化されたワードが頻繁に飛ぶし……。
それでキャァキャァ言われるのだから、世間の需要というのは分からないものだ。
『新海君、こんにちは。ルオちゃんとロトワちゃんも』
「うっす。直ぐ織部とも繋ぐから、少しだけ待っててくれ」
先程のリヴィルの件があり、思わず赤星のことをチラッと見てしまう。
ホテルの部屋で、逆井と一緒にベッドに腰かけている。
その様子はとても自然体で、でも裏では志木の代役を務めているという風格みたいなものもあった。
そんな頼りになる切れ者であるにもかかわらず、織部とだけは悪い意味で好相性なんだよな……。
『むむっ! 何かまたハヤちゃんが好感度を上げている!? ハヤちゃん伏兵として余念無さ過ぎだし!!』
『えっ、今私なんかした!? 全然そんなこと無かった気がするけど……』
「ルオちゃん、ハヤテちゃんは“伏兵”さんなんですか?」
「……“ボクが椎名さんの時”でも、ハヤテお姉さん、伏兵してる時あるからね……“伏兵”さんでいいんじゃないかな?」
ルオがこんな投げやりに言うなんて、赤星は普段から余程伏兵しているらしい。
……ってか何だ、“伏兵している”って。
「……っと。よし、じゃあ繋ぐぞ――」
そんな他愛無い会話を耳にしながらも、織部と通信を繋ぐ作業を進めていた。
今回は以前に協力を取り付けることに成功した、あのネジュリと再び会う日にもなっていた。
彼女は王都の守護も任されているので、五剣姫の中では一番忙しく自由が利かない。
だから、俺達との定期連絡時にネジュリに会えるかどうかは分からないが……。
まあちゃんと協力してくれることにはなったんだ、それでも問題無いだろう。
『……ハヤちゃん、本当に柑奈のこと気に入ったんだね。何かいつになくソワソワしてる』
『そ、そうかな? ――いや、うん……だって織部さん、綺麗だし、なんかこう、話したり見てるだけでも心が洗われるっていうかさ……』
……こうして赤星が憧れの眼差しを持っていることには違和感しかない。
が、そこはもう割り切って言及せず、当人たちに任せる。
織部も、少なからず赤星の存在を意識しているだろうし、ボロは出さないんじゃないかな。
『――あっ、カンナ様、映りましたよ! ――どうも、ニイミ様。サラです。また今回も私がDDを持っています』
画面に映らない場所からサラの声が聞こえた。
織部達と完全に繋がったのだ。
……いや、だからそれだけじゃ誤解を生む表現になるから。
DDの画面が異世界を映し出した時――
『――どうも、ネジュリさん。これはつまらぬ物ですが、お近づきの印としてお納めください』
『あっ、これはこれは。……何とも凄い物を送ってくるね、君は』
丁度、ネジュリと織部が1対1でやり取りをしている場面だった。
そして織部が腰を低くして手渡している物には心当たりがあって……。
“縄と鎖で動けず抵抗できない私を、どうするつもり!? ~クラスメイトの冴えない彼にいつの間にか縛られて迫られていた件~”
“コートの下を確認するのはおやめになって! ~そこは二人っきりの時に開かれる楽園の入り口~”
……とてもマニアックな題名と、文字が分からずともそれを一目で印象付ける表紙。
要するに、エロ本である。
織部がネジュリの協力を取り付ける前、俺達に送って欲しいと言っていた物の一つだった。
――アカンっ! 織部、早くも尻尾を出してしまってる!!
織部さんが関わると、話は次々に浮かんでくるのに疲労感がその分凄い……。
織部さんは正に諸刃の剣で、ストーリーを進める上で欠かせない、重要な人物であると同時に私を日々悩ませる相手でもあるということですね(白目)




