324.夏の終わりを感じるな……。
お待たせしました。
更新時間がまちまちですいません。
ではどうぞ。
「うわぁぁ~! ラティアちゃんとレイネちゃんのお料理だ~! いただきまーす!! はむっ……ずるっ……むぐっ……んぐっ――んん~~! おいしい!」
家に戻って少し遅めの昼食を取る。
二人が下準備してくれていた冷麺と冷製の野菜ポタージュだ。
ロトワは箸を動かし、どんどん自分の分を平らげて行く。
「もう……フフッ、おかわりありますから、そんなに焦らないで」
「そうだぞ? ったく、もう少しゆっくりと噛んで食え」
注意しながらも、自分が準備した料理を美味しそうに食べてもらえて、二人はとても嬉しそうだった。
「むぅぐ……んぐっ――はーい。……ゴメンなさい、ラティアちゃん。それじゃあおかわり!」
差し出されたお皿を、ラティアが苦笑しながら受け取る。
普段良い子で居続けるロトワが、大人の姿になると逆に甘えてみせる場面を今のようによく見かける。
成熟してより余裕が持てるようになったためにか、それとも限られた時間しか“現在”のラティア達とはいられない故の寂しさからか……。
ただどちらにせよ、折角来てくれたんだ。
いられる間だけでも、良い時間を過ごしてほしい。
「……仕方ない。俺の分のチャーシューをやろう。それも食って、ブクブクと太るがいい」
圧力鍋を使ったレイネ自作のチャーシューを、麺の上から1枚取ってロトワに分けてやることにする。
既に3枚も胃の中に収めており、その旨さは十分舌で味わっていた。
ラティアがおかわり分を持ってきたところに、それを追加で乗せる。
フヘヘ……最近は空木に水をあけられていたからな。
負けず劣らずでどんどんロトワを“虐待”してやるぜ。
「あっ……――うん、ありがとう。……お館様の“虐待”だ。えへへ」
…………。
ケッ、嬉しそうに笑いやがって。
だがそんな油断が命取りになるんだぜ、ロトワ!
余分な脂肪を蓄えて、空木みたいにブクブク引き籠りんになっちまえ!
「ん? ……フフッ、これ以上太るとしても、後はもうミオちゃんみたいに胸が大きくなるだけだよ? だから心配いらないかな~」
思わぬカウンターを貰ってしまった。
……いや、それは良いけどナチュラルに思考を盗み見るの止めて。
「ふぅぅ……満腹満腹……――あぁぁ~そう言えばそろそろかな?」
昼食をしっかりと済ませ、食後のティータイムへと突入した時。
ロトワがふと呟いた。
それは、ダンジョンでの模擬戦を終えた時に言われたことだと思いいたる。
ロトワに頼まれて直ぐに連絡を取ったが、意外にも近くにいるということで直ぐに来てくれるという。
「そうなのか? でも忙しいだろうし、もしかしたら――」
“リップサービスで来ると言ってくれたのかも”。
そう言おうとした時、丁度チャイムが鳴った。
ラティアが立ち上がり、インターホンを確認する間もなく玄関へと走る。
その表情には、ズバリでタイミングを言い当てたロトワへの驚きが少しだけ混じっていた。
「……ふふん~!」
「はいはい、分かった分かった。ロトワは凄いなー偉いなー」
ロトワもロトワで、ドヤ顔を作ってこちらを見てくる。
アイコンタクトだけで相手を任せたレイネが、棒読みで適当に応えていた。
……まあ凄いは凄いが、ロトワが限定的とはいえ未来を知っているってことを、俺達は既に知っているからな。
「ぶぅ~。レイネちゃん、淡泊。さっきはあんなにいやらしいエッチなことをし合った仲なのに」
「あぁん!? お前が一方的に触ってきただけだろ!! あ、あたしは別に、ただ罰ゲームとして受けただけで……」
……レイネさん、そうやって感情的になるとロトワの思うツボっすよ。
ほらっ、何かレイネが受けで、ロトワが攻めみたいな百合ップルに聞こえるから、やめとけ。
「――ご主人様、いらっしゃいました」
ラティアが戻ってくると、その後ろには連絡をした二人がいた。
「――ウフフッ。新海君のお家、素敵な所よね。ここで暮らすのも楽しいかも!」
「ちょっ!? 六花さん、意味深な発言は止めてください! ――先輩も、チハちゃんだけを呼んだんじゃないんですか!? 他の女性と纏めて自宅に招き入れるって何なんです!」
変装も含めてではあるが、私服姿の逸見さんと桜田の二人だった。
「フフッ、お館様、流石だな~。大人気スーパーアイドルを、しかも2人も指先一つ呼び出せちゃうなんて。そんなお館様には“テクニシャン”の称号を進呈しよう!!」
いらんわ、んなもん!!
何のテクニックだよそれ。
誤解を生む称号をあえてつけようとしやがって。
しかも呼んでくれって言ったのは自分の癖に、スマホで連絡を取ったらこれだ。
溜息をつきながら、来てくれた二人に礼を言う。
そして今日来てもらった趣旨を、話せる分だけでも話しておいたのだった。
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「えーっと……先輩、このダンジョンの中に、何かあるってことですか?」
桜田が道中、再度俺に確認してくる。
軽く話を終えた後、場所を移してとあるダンジョンに来ていた。
と言っても、俺も来るのは初めてのダンジョンである。
ただここは、志木達が既に攻略したことのある場所だった。
「……らしい。ただ今日は、モンスターが仮に出たとしても俺達で対応するから、そこは心配しなくていい」
攻略済みのダンジョン、それに桜田と逸見さんはプライベートの格好だった。
なので、そこの安全は俺が保障すべきだと思った。
昼間、まだ明るい時間帯にも拘らず人通りの少ない閑静な住宅街。
そのまた更に奥へと進んだ所にある公園の木陰に、このダンジョンはヒッソリと存在していた。
帰りも勿論、DD――ダンジョンディスプレイの機能を使うにしても、安全な場所までは同行するつもりだ。
「……フフッ、今日に限らず、一緒の時はいつも気にかけてくれてる様に思うんだけど」
うわっ!?
……あの、逸見さん、コッソリと耳打ちしてくるの止めてくれません?
息がふ~ってかかるのもゾクゾクッてなるし、あの、良い匂いもして来るんで。
ご自身が魅力的な容姿をしてらっしゃるのも相まって、何でもないことなのにいけないことしてる気分になるんで。
自重をお願いします。
「あはは! お館様は言葉にしないだけで紳士だからね~。……ただ、夜はオオカミさんになっちゃうかもしれないけどね!」
ロトワさん、下ネタ混じりにデマ流すの止めようか。
……いや、今のを“デマ”っていうと、何か誤解を生むな。
“えっ? じゃあやっぱり夜も紳士に誘ってくれるんですか?”って聞かれると……うん。
思春期ボッチにそこまでする勇気も度胸も無いです、はい。
「……なるほどなるほど。……それで、レイネさんは何でメイド服なんですか? ああいや、似合ってはいますが……」
「うぐぅっ!! いやもう聞くなよ! その事実を思い出させるな!!」
桜田はこの攻略済みのダンジョンに何があるのかよりも、むしろこっちの方に興味が湧いたとでもいう様に食い気味に尋ねていた。
まあ確かに、いつものサバサバしたレイネからはこの恰好は想像もし辛いだろうからな……。
「――あっ、多分ここかな? ……うん、そうみたい、着いたよ皆」
そうして会話を重ねていると、ようやく目的の場所に辿り着いた。
やはり攻略済みと言うことで、モンスターと会うことも無く。
危険なく訪れることが出来た。
「えっと……ここ、でいいの? あの奥の広間みたいな場所じゃないみたいだけど」
いつも落ち着いた逸見さんでも、ここが目的の場所だというのは意外だったようだ。
俺も同じで、枝分かれした道のそのハズレの方だとは思ってもみなかった。
そして辿り着いたのがただの行き止まりだ。
確認したくなるのも無理はない。
だがそれを想定済みと言う様にロトワは振り返り、笑顔で俺達に答えてみせる。
「うん! 大丈夫、ここで合ってるよ~。ええっとね……ここに来たのは、見てもらいたい“物”があって。特にロッカちゃんとチハヤちゃんはこのことを皆に教えて欲しいんだけど……」
ロトワはしゃがみ込み、地面を調べ始めた。
流石に足元は少し暗いので、視界が利くよう懐中電灯を取り出す。
そうして照らしてやり、ロトワが何かするのをサポートした。
「そうそう、これこれ――」
「えっ……ひゃぁ!?」
ロトワが手に取って見せてきた物を目にし、桜田が驚きの声を上げる。
俺も声にこそ出さないものの、内心では桜田と同じ気分だった。
人骨らしき物。
そして血か何かの体液で刃が錆ついた短剣だったのだ。
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「なっ、何ですか!? 骨っ!? 血の付いたナイフ!? えっ、ここっ、殺人現場だったんですか!?」
「落ち着いて、知刃矢ちゃん。うーんと……ロトワちゃん、これは?」
驚きが表情に出ているものの、逸見さんはやはり冷静だった。
そこはやはり年の功というか、年齢を重ねたからこそ得られる落ち着きなのだろう。
「……新海君? 酷いこと考えていると、今度私と椎名ちゃんの二人で意地悪、しちゃおうかしら。フフッ」
いや、今のは全く悪意無かったですって!!
“ナツキ・シイナ”をイジるのとは違って、普通に逸見さんを褒めてただけなのに……。
「あはは! お館様、そう言うの、女の子は分かっちゃうんだから気を付けないと。――それで、続きだけど。これは……ラティアちゃん、レイネちゃん、何だと思う?」
ロトワは質問に対して、他者への質問で返す。
だがそれははぐらかしているというよりも、話をスムーズに進めるための配慮に思えた。
……ただ、最初の俺への助言はもっと早くに言って欲しかったかな。
「…………」
「んーっと……」
二人して一瞬、俺の方を窺う。
異世界の事情が絡むかもしれないから言ってもいいか、という確認だと受け取った。
無言で小さく顎を引き、肯定する。
それを受けて、ラティアから口を開いた。
「……“死体”と“遺品”、でしょうね」
そのワードを聞いて、桜田がビクッと体を震わせる。
だがそれ以上に驚いたり不安そうな表情をすることは無かった。
……ふむ。
「ああ……ラティアの言う通り、このダンジョンに入った“冒険者”か誰かの死体だろうな。ダンジョン内でやられたんだと思う」
レイネの補足を受けても、桜田も逸見さんも大きな反応は示さなかった。
……逸見さんはともかく、桜田の方は意外だな。
最初こそいきなり見せられて驚いていたが、肝が据わっているといか胆力があるというか。
……まあそうじゃないとぶりっ子の“小悪魔系アイドル(自称)”なんてやってられないかもな。
「……先輩、失礼な電波を受信しました。謝罪と賠償を要求します」
「今のは隊長さんが何かそう言う事を考えてる感じだった。隊長さんが悪い」
……だから何で直ぐ俺の思考を見抜くの、君らは。
「あはは。……うん、で、話を戻すと――ラティアちゃんとレイネちゃんの言ったことが正解だと思う」
ロトワは再び近くを軽く見渡し、今度はくたびれた防具の欠片なんかを見つけてきた。
「何でここまで連れてきて、こんなのを見てもらったのかっていうと、別に夏休みだし肝試し風に意地悪したかったから、とかじゃないよ?」
人骨や短剣、それと防具などを一纏めにして間を置き、ロトワは続ける。
「……これは要するに、ダンジョン単体が異世界から地球に来て、その後に“異世界人”がこのダンジョンに入ったんじゃないでしょ?」
“異世界人”というワードに、逸見さんが反応する。
チラッとラティアやレイネを見たが、それだけ。
一方で桜田はむしろ、その話題については特に驚くことは無かった。
レイネと個人的に過ごすことが多い分、薄々勘付いていた部分もあるのだろう。
「――異世界にあったダンジョンに、異世界人が入っていて。で、そのまま何かの原因があって地球にセットで来てしまった……こういうことだと思うんだ」
ロトワの説明はつまり、簡単に言うと――
「――今回、ここのダンジョンでは既に事切れていたが、どこか別のダンジョンでは“生きている異世界人”がいるかもしれない。……そう言いたいのか?」
俺の要約に、ロトワは頷きで返してくる。
「お館様の言う通り。……だからさ、今はまだ大丈夫だけど、もし今後もダンジョンがどんどん地球に現れ出したら、その分異世界人が入ったまま来てしまうダンジョンも増えてくると思う」
「……それは、大変な事ね。まだ国は異世界人を受け入れることまでは、話題に上げてすらいないわ」
「ですね……花織先輩でようやく念頭に置いている、ってレベルでしょうから」
ロトワが言及した可能性に、二人は眉を潜めて懸念を言葉にし合う。
俺達が一番ダンジョンを攻略して来た自信があるが、その俺達でさえ今まで生きてダンジョン内にいた異世界人とは会っていない。
国とか自治体のレベルでそれを念頭に置いて動いているかどうかは怪しい。
「うん。だからせめて第一線で活躍しているロッカちゃんやチハヤちゃん達には知っておいてもらいたくて」
「……そう、分かったわ。飛鳥ちゃんや美洋ちゃんにもこのことは伝えておく」
「ですね。花織先輩や颯先輩の耳にも入れておいた方が良いでしょうね。――ふうぅぅ……お休み入れておいて良かったです。皆さん忙しいですからね、チハちゃんが頑張って間に立たないと!」
……なるほど。
今日ロトワがこの二人をわざわざ指名して、その上で呼んで欲しいと言った理由が何となくだが分かった。
逸見さんは先程“人の死体”だと言われても大きく取り乱すことはせず、冷静に状況を把握しようとしていた。
桜田も意外に肝が座っていて、それに話を理解して実行に移せる頭と行動力もある。
二人を介して、それぞれ親しいメンバーを中心に伝えて行ってもらえればという趣旨だったんだろう。
「……ではこれからのダンジョン攻略は、今まで以上に精を出さないと、ということですかね」
「まあ難しく考え過ぎなくてもいいんじゃねえか? 運も絡むことだし……」
ラティアとレイネは一方で、同じ異世界出身である自分達がどうするべきか話し合っていた。
その様子を、ロトワが目を細めて見守っているのが視界に入る。
――あぁぁ、そうか。
ロトワの本心というか、本当の目的が見えたような気がした。
勿論、逸見さんと桜田にこのことを伝えて、少しでも志木達や、もっというと国なんかに準備して欲しいという気持ちもあっただろう。
ただ、ロトワ自身はもっと先のことを見ているんだ。
生きている異世界人が多数見つかったら、それはこの日本で保護することになる。
最初は驚きを持って受け取られ、世間も小さくない騒ぎになるだろう。
ただその時期を過ぎると、それが日常になる。
つまり、そこまで行ったら、ラティアやレイネ、それにここにいないリヴィルやルオも、同じ立場になりうる。
ラティア達が少しでも公的な居場所を得やすいよう、下地作りの意味合いもあったということだ。
その後、切りの良い所でダンジョンを出て、逸見さんと桜田を最寄りまで送り届けた。
そうして家に帰って来たところで、ロトワの体が光り始める。
「――ゴメン、ロトワ、そろそろみたい」
それで、ロトワがまた未来へと帰ることを察する。
「……そうか。何だか、初めてじゃないのに、やっぱり寂しいもんだな」
また時間を置けば魔力が溜まり、呼び出せることは分かっている。
それでも、未来のロトワの去り際はいつもこんな気持ちになるのだった。
夏の終わり頃に感じる、物悲しさというか、特別な時間が終わってしまいそうな寂しさというか、そうしたものに似ていた。
……ああそうだ、花火が終わってしまう感じに丁度似てる。
「フフッ。そう言ってくれて、ロトワも嬉しい。……お館様、一つだけ、わがまま言って良い?」
「ああ。でも出来ないことは無理だぞ?」
そう前置いて、次第に輪郭を失っていくロトワを見守る。
ロトワも寂しそうな笑みを浮かべながら、だが一瞬だけ、冗談とも本気ともつかぬ表情をした。
そして――
「――お館様、生きて。ずっと、ずっと元気で」
……え?
「……フフッ。嘘だよ嘘。あはは、お館様、凄い変な顔してた! 最後に良い思い出貰っちゃった~!」
次の瞬間には、完全に茶化すようないつものロトワに戻っていた。
それ以上今のことについて尋ね返すことを拒んでいる様にも思えて……。
……なら、しょうがない。
「……ばかっ、俺その内死ぬのかよ。やめてくれ、俺は大過なく老衰して死ぬのが目標なんだぞ」
ロトワが無言の中に求めている、笑いある別れで応じることに。
その対応に感謝するように、ロトワも最後まで俺を揶揄って行った。
「え~無理じゃない? だってお館様、どう転んでもラティアちゃんに絞られ――おっと、これ以上は禁忌事項に触れるね」
「言ってる! ほぼほぼ言っちゃってる!!」
また笑いながら、ロトワは最後に笑顔を浮かべて挨拶した。
「……うん、じゃあね。“また”」
「おう。“また”な」
満足したようにロトワは目を閉じる。
そこで完全にロトワは未来へと戻って行ったのだった。
これで、一応夏休み中の未来のロトワの話は終わりです。
ふぅぅ……疲れました。
こういう真面目が混ざる話だから、というのもありますが。
純粋に指が動かない、気が乗らない日というのもやはりありまして。
これらが同時にくると極端に遅くなりますね……。
で、それで感想返しにしわ寄せが行き、遅滞へとつながると……(白目)




