323.まあ、良いんじゃないか?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「――じゃあお館様、始めてもいい?」
2体の狐達を従え、ロトワは俺達と適度な距離を取る。
キンキン・ギンギンは未来のロトワに困惑することなく、すんなりその指示を受け入れいていた。
「おう、俺達はいつでもいいぞ。――大丈夫だな、ゴッさん、ゴーさん」
今回、ロトワのチームが数的には3ということで、急遽俺とゴーさんも加わることになった。
普段からコミュニケーションを取る機会は多いので心配してないが、一応確認しておく。
「ぁぃ!!」
「Gi,gg,gi」
声が返って来て、こっちも準備が出来ていることを示す。
ゴッさんは未だ発声には慣れていないようだが、軽く動くくらいなら普通にこなして見せた。
屈伸だったり短い距離を走ってみせたり。
ぎこちなさはあるものの、その体に適応しようと頑張っているのが随所に確認できた。
「ん、了解! ……それじゃあ始めますか。後は実戦の中で慣れてもらうのが一番だしね。――ラティアちゃん、レイネちゃん、合図をお願い!」
「分かりました。……これは模擬戦ですから、お互いやり過ぎないように」
臨時の審判役らしく、ラティアはその点を念押しして一歩退く。
「……それと、ロトワのチームが勝った場合はレイネを。ご主人様チームが勝った場合は私を。“1日好き放題出来る権利”が得られますので、是非とも頑張ってくださいね」
「そうだぞ、だから頑張れ……――いやちょっと待て! あたしは知らないぞそんな事!!」
同じく審判としての立ち位置だったレイネが、途中でおかしいことに気付いてツッコんだ。
……うん、俺も知らないそんな事。
「あれ? そうでしたか? ですがロトワが……」
「え? ロトワはラティアちゃんから聞いたような……」
ラティアとロトワは二人して相手の方を指差し、自分が言い出しっぺでは無いと言い張る。
そこで俺の直感が囁く。
――こいつ等、もしやグルか!!
「……まあ、いいじゃないですか。要はレイネの方はご主人様がお勝ちになれば大丈夫なんですから」
「あれあれ~? もしかして、レイネちゃん、お館様の勝ちを信じてないの!? うっわ~お館様可哀そう~!」
「うぐっ!? い、いや……別に、そうじゃないけどさ……」
二人がレイネに照準を合わせて、既成事実を積み上げていく。
くそっ、やっぱり!!
ロトワ的には、自分のチームが勝てばレイネを好き放題出来る。
未来のロトワがレイネと相性が良くないだけに、ここで鬱憤を晴らそうと言うことか!
ラティアとしては……うん、俺が勝ったら本当にどうするつもりなんだろう。
えっ、“好き放題に出来る権利”とか渡されても困るんだけど……。
「レイネも大丈夫そうですね? ――では始めっ!!」
ちょっ!?
いきなり始まったぞ!
あれっ、ラティア実は俺に勝たせる気ない!?
……うわっ、ロトワがもう来やがった!
クソッ、裏の密約でもあんのか!?
審判役に虚を突かれながら、ゴッさんの慣らしを含めた3対3の模擬戦が始まったのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――Giiiiiiii!!」
「おっ、ゴーさんか! ――キンキンっ、“盾”っ!!」
「キュゥゥ!!」
ロトワの短い指示に、金色の狐が即座に応える。
宙で一回転すると、ボフンッと音を立てて煙を上げ、大きな丸盾に姿を変えた。
ゴーさんが殴り掛かろうとするところを、ロトワはジャストタイミングで防ぐ。
獣人だけあって、ゴーさんの重量と力に負けず綺麗に受け止めてみせた。
――上手い。
金狐を1体の戦力として戦わせたり、あるいは今の様に自身をサポートする装備として扱ったり。
状況に合わせて臨機応変に、そして阿吽の呼吸でロトワは戦いを有利に運んでいた。
「チッ! ――せぁっ、はぁっ、うりゃっ!!」
「キュィッ、キュキュッ!!」
それを横目で見ながら、俺はギンギンの相手をしていた。
さっきの金色の狐と同じく、銀狐は自分の姿を巨大化させてロトワをサポートしている。
ロトワと合流されたら面倒なので俺が1対1で引き受け、強制的にあっちを2対2の状況にへと変えていた。
だが、クソッ、デカいしその癖すばしっこい!!
それにコイツ等2体がそもそも“守護者”で、個体としての強さはそうさせた俺が一番よく知っていた。
「がぁっ、鬱陶しい!! ――元は! 俺がDP払って、守護者化して、やったんだぞ!! その恩を、忘れたか!!」
「キュィィキュィイ!! キュキュッ!!」
“それとこれとは話が別だ”とでも言う様に、ギンギンは俺との攻防を止めない。
コイツもコイツで、俺をゴーさん達の方へと加勢させないために必死なのだろう。
【業火】や火魔法は流石にやりすぎだし……。
となると、この1対1はお互いに決定打を欠くことになる。
つまり――
「――ゴッさん! 頼むぞっ!!」
「あぃっ! ――しぃっ、えぃやぁ!!」
舌足らずな声で応え、ゴッさんが奮闘する。
完全な前衛として戦うゴーさんの体を上手く使って、ロトワたちの死角を取ろうと動き回っていた。
「おぉ~いい動き! キレもゴブ時代とは段違いだね~」
ロトワが素直にゴッさんの動きを褒め称える。
それは上から目線のセリフなどではなく。
この短時間で人としての体にかなり適応していることに対する、純粋な驚きからのように聞こえた。
「いいぞっゴッさん! 負けるなっ! 絶対負けるなよ!! “あたし”が賭かってんだからな!!」
審判としての中立性にあるまじき、レイネの心からの応援がダンジョン内に響く。
……でもそれが返ってフラグのように聞こえるので、むしろやめて欲しいんだが。
ギンギンとの鍔迫り合いの状況が続く中、嫌な予感がしてならない。
そんな想像が的中するかのように――
「――でも、本調子には程遠いからね~。残念だけど、負けてあ~げない!」
ロトワの強者感溢れるセリフが聞こえた。
視界の端で、ロトワが目にも止まらぬ速さで駆けたのが一瞬だけ映る。
そして次の瞬間には、キンキンを刃の潰れた刀へと変化させた。
「遅い――」
「Gigi!?」
警戒していたゴーさんの懐に易々と踏み込んだロトワは、刀を袈裟切りにするように鋭く振り下ろす。
直接には触れてないように見えたがしかし、いつの間にかゴーさんが後方へと吹き飛ばされた。
「真空刃か!? クソッ、ロトワ、お前いつからチーターになったんだ!?」
状況が一気に動き、慌ててギンギンの体に抱き着く。
そうして背負い投げの要領で首を固める。
「キュィッ――」
投げられまいと地面に踏ん張った感覚が、腕に伝わる。
今だ!――
「っしやァ、おらぁ!!――」
下に潜って腹に一撃アッパーを加えた。
「キュィッ! キュッ――」
痛がるような悲鳴が上がる。
賭けで一気に動いてみたが、それが当たった!
よし、今の内に――
「――ふぅぅ。危ない危ない。お館様はやっぱり一番危険だったね~」
……え。
目の前に、ロトワが既に立っていた。
チラッと先程いた場所へ目をやると、ゴッさんは狐の姿へと実体化したキンキンに押さえつけられている。
ゴーさんは、今ようやくロトワにやられたダメージから立ち直った所だった。
……ロトワ、速っ!
「キュィィ!! キュゥ、キュキュゥゥ!!」
そして後ろから、ギンギンが復活した声も聞こえる。
挟み込まれ、完全に戦局が決してしまう。
「はい、お館様を拘束っ。――フフッ、これで模擬戦はロトワ達の勝ち、だね?」
腕を動かせないように真正面から抱き着かれ、耳元でそう囁かれる。
いや、うん、模擬戦の負けは認めよう。
……でもさ、この拘束、いる?
両腕を抑え込むようにしてロトワは腕を回してくるので、動くに動けない。
あの……胸が、えっと、当たってますよ?
「フフッ……この勝負、ロトワチームの勝ち、ですね」
「あぁぁぁ……隊長さん負けちゃった。うぅぅ……」
審判役の二人の声が、終了の合図となる。
ゴッさんの調整も兼ねた軽い戦闘訓練のつもりが、ロトワの思わぬ強さを見せつけられた形になったのだった。
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「……フフッ、レイネちゃん、いいの? お館様に下着、見えそうになってるよ?」
「うっ、うぅぅ……だから、ダメ、だって……言ってる、だろ……」
悪戯な笑みを浮かべたロトワが、レイネの短いスカートを摘まんでいた。
それを下着が丁度見えない範囲で上げ下げしては、レイネの反応を見て楽しんでいるのだ。
「……あー悔しい、悔しいですねー」
「その声……悔しい奴の感情の込め方とは思えんがな」
ラティアの棒読みにツッコみを入れつつ、俺は俺でレイネの辱めを出来るだけ見ないように努めていた。
……うん、俺はロトワが暴走し過ぎないよう監視してるだけだから。
決してレイネのチラリズムとか期待してるわけじゃないから。
「フフッ……」
クッ、ラティアがこの笑みを浮かべると言うことは、やはり勝敗はどっちでも良かったらしい。
ラティア的には、レイネがえっちぃ目に遭っても、それを俺が見てあたふたする可能性がある。
それで“フフッ、ご主人様ったらこれしきで狼狽なさって……お可愛いこと”となるのも、ラティアとしてはOKなのだ。
「今日のレイネちゃんはメイドさんだし~。勝負だってロトワが勝ったんだから、ちゃんと言うことを聞かなきゃいけないんだよ~」
「うっ、うぅぅ……だから、ダメだけど、ちゃんと言う通りに、してるだろ?」
ロトワはSっ気を覗かせる。
そうして嫌々ながらも抵抗しないレイネに、得も言われぬ表情を見せた。
「っっっ~~~! うんうん! 今のレイネちゃん、凄く可愛いよ!! ――まさかド正論バイオレンスのレイネちゃんに、こんなことが出来る日が来るなんて!」
やはり未来のロトワは基本的にはレイネに弱かったらしい。
鬱憤を晴らすという意味でも、普通に仲間として好きなレイネを可愛がる意味でも、ロトワは今この瞬間を満喫していた。
「ぅっ、ごめ、なさぃ……ちちう、え」
そんな中、ゴッさんが恐る恐る謝って来た。
こうした申し訳なさそうな表情も、とても人間らしく見え、改めてゴッさんが一段階上の存在へと至ったことを理解する。
「いや、大丈夫だから。俺に実害ないし。そもそもこれはゴッさんのリハビリ的なのも含めてだからな……どうだ? 体、順調か?」
勝敗面での話を引きずってもいいことは無いと、話題を変えた。
ゴッさんは改めて自分の全身に違和感がないかを確かめる。
肘を曲げて力こぶを作ってみたり、前屈して柔軟性を計ってみたり……。
「あぃ! だいじょぶ、れす!!」
「そうか、なら良いんじゃないか?」
まだ日本語を覚えたての外国人みたいな発音になったりするが、今の方が断然コミュニケーションは取りやすい。
笑顔から覗く八重歯がとてもチャーミングに見える。
……うん、これだと正にピッタリだな。
さっきの模擬戦も負けはしたとは言え、相手が悪すぎた。
慣れない体を必死に適応させ、一時はロトワをその場に釘付けに出来ていたのだ。
戦果としては十分だろう。
「おおっ、おぉお!! レイネちゃん、お尻意外にフニフニだ~!! えへへ~、お館様より先にレイネちゃんのお尻撫でちゃった~!」
「うぅぅ、ばっ、ばかっ。別に……異性は、まだだし、隊長さん用に、残してる、わけじゃないし……」
……そろそろやめさせるか。
「ほほぅ? そんなことを言うエッチなメイドさんはコイツか~!!」
「あっ、ちょっ、胸はやめっ――」
ロトワがレイネの胸を鷲掴んだ辺りでストップをかけることにする。
「……ロトワ、ちょっといいか?」
「……ぶ~。丁度今からレイネちゃんの恥ずかしメイドショー第2幕が始まる所だったのに」
いつの間に第1幕を終えてたんだよ……。
「……時間が無限にあるわけじゃないんだろ? そろそろ昼だし。一旦戻らないか?」
間が空き、だが次の瞬間にはロトワもスッとお道化るような笑みを消し、普通に笑顔になって頷く。
そして真面目な声をして告げるのだった。
「……うん、そうだね。――じゃあさ、お昼食べる前に、ダンジョン出たら連絡しておいて欲しい人がいるんだけど。いいかな?」
未来のロトワのお話も、多くて後2話、予定では次話で終わると思います。
後、主人公たちの夏休み自体も終わるのに、10話もかからないはず。
ラティアと出会って1周年記念をしたように、リヴィル1周年のお話をして。
ネジュリさんが加わった上での織部さんの今後の話をして。
……うん、ですね。
それ以上に増えるようなら、またこうして後書きで触れるので、そういう感じでお願いします。




