31.下見で来たんだが、これは大変なことになりそうだ……。
ふぅぅぅ……。
どうぞ。
「……良かった、マジで良かった」
タクシー料金、高速代も含めて、凡そ58000円。
もう俺の財布には20000円と小銭が幾らかしかない。
高速降りた後なんか、もうメーターが上がる度に「足りるかな、これ……」と冷や冷やしていた程だ。
今後、何もないなら暫くタクシーは乗りたくない。
……帰りは電車か、最悪DD――ダンジョンディスプレイでテレポートだな、これは。
「――うわぁぁぁ!! 温泉! ザ・温泉って感じ! 温泉の素の匂いっぽくて凄くない!?」
隣では、テンションが上がってアホっぽいコメントをする逆井が。
コイツ……。
「いや温泉なんだよ。“素”の匂いじゃなくて」
俺は若干うんざりしながら、辿り着いた先の周囲を見回す。
ネットの旅行サイトなどで、毎年高い評価を獲得している温泉街。
いくつかの有名な温泉が歩いていける距離にあり、それを目玉にしている。
近年再開発して、景観にも配慮して道を舗装したり、案内板を立て直したりしたそうだ。
おかけで年配の人や外国人にも歩きやすく、更に人気が出たという。
もう既に暗くなり始めているので、逆に観光客にとっては今からがいい時間帯なんじゃないだろうか。
それに、逆井の探索士の制服を見ても、特に気にしていないところを見るに。
まだそこまで浸透していないのか、あるいは温泉に夢中なのか。
特に混乱も起きないようだった。
むしろ道行く人々が関心を向けるとしたら。
それは逆井を始め、ラティアやリヴィルその人――まあ綺麗で可愛い女の子たちに向いているっぽい。
時々振り返ったり二度見する人もしばしば見られた。
「――凄く良い匂いですね……」
「うん……上手く、言えないけど、“温泉”、良いね」
付いてきてくれているラティアとリヴィルは、それぞれ落ち着いてはいるものの。
ほんのりと香ってくる硫黄が混じった温泉の匂いを堪能しているようだった。
「――で、温泉は良いとして、第一発見者は?」
このままだと本当に温泉旅行に来たみたいになってしまいかねない。
「えーっと、ちょっと待ってね……」
逆井も流石に切り替えて、自らのスマホを操作する。
そして耳に当てて、通話を始めた。
「――あっ、ハヤちゃん? ウィウィ~ッス! アタシアタシ、梨愛だけど」
いやなんだよその挨拶。
“ウェーイ!”の派生形かよ。
お前ら言葉捻じ曲げすぎてない?
だからメールとかで伝えたいこと絵文字ばっかで表現することになんじゃねえの?
「そうそう……え!? えーっとうん、今多分そこにいると思う――」
逆井は一旦耳元からスマホを離すと、何かを探すようにして周囲をぐるっと見た。
そしてまた耳に近づけ、会話を再開させた。
「うん!! OKOK、フフンッ、じゃあナビお願いね――新海、場所、電話で誘導してくれるって!」
通話口を手で押さえ、俺にそう告げ、先に歩き出した。
…………。
まあ現在地分かって無さそうな逆井はいいとして。
確か相手もここに旅行目的で来たんだよな。
それなのに、電話でナビゲートできんのか。
「――じゃあ、二人とも、行くか」
「あっ、はい!!」
「うん……」
俺は電話の相手に、若干感心しながらも。
二人を促して、グングン先を行く逆井の後を追った。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――あ!! ハヤちゃん!!」
「おっ、着いたようだ――って、おや?」
「あっ……」
「……今朝の」
少し繁華街を外れて、露天風呂へと続く道を更に少し行った場所で。
その少女は携帯電話を耳に当てて、待っていた。
引き締まった体をしていて、ショートカットが良く似合う、健康的な女の子。
ハーフパンツにシャツと、その子は非常にラフな格好をしていた。
「へ~。リア、意外に大所帯で来たんだね。しかも――」
その“ハヤちゃん”さんは、逆井の後ろをついてきた俺、ラティア、リヴィルを順に見る。
そして興味深そうに何度か頷いた。
「そちらは、リアが良く話に出している、所謂“彼”、だよね」
「な!? ――い、いや、ちがっ、くはないけど、でも違くて!!」
……逆井は何を慌ててんだ。
目の前の彼女は、少し意地悪そうな笑みを浮かべて、逆井をスルー。
そして視線をラティアとリヴィルに移した。
「お二人は、今朝ぶり、かな。なんだ、案外世間は狭いな……」
「はい、かもしれませんね」
「…………」
やはりラティアとリヴィルは、この少女と今朝知り合っていたらしい。
「とはいえ、彼とは初めましてだから、改めて自己紹介を――」
少女は柔らかな笑みを浮かべ、名前を告げた。
「――私、赤星颯です。リアと同い年で、先日までは陸上で短距離走ってました。よろしく」
「――……それで、赤星。例のあれは?」
互いに簡単だが自己紹介した後。
逆井が俺たちのことをダンジョン関連の助っ人だと説明し、今回の問題に話が移る。
「うん、ちょっとだけまたここから歩くけど、直ぐそこにあるよ。着いて来て」
直ぐに赤星は切り替え、その場所へと案内した。
100mも歩かず、そこにたどり着く。
そして――
「――あそこ。空が暗くはなってるけど、見えると思う」
赤星が腕をピンと伸ばして指を差したその先。
人が通ることが殆ど想定されていない、入り組んだ場所へと誘う裏通りの一画。
そこに、宙を漂うようにして――
「…………これは、デカいな」
ダンジョンの入口――一際大きな穴が、開いていた。
「あっちに、言ってたもう一つの穴があったんだけど――」
実際に目の前にある穴とは真反対、つまり俺たちのいる方からさらに後ろを行って。
その先の行き詰まりである建物の壁を、赤星は指さした。
飲食店の厨房裏のようで、大きなゴミ箱が幾つも置かれている。
「それが、この“ダンジョン”に食われた、と」
「うん……」
今なおグニャグニャとスライムの如くその周囲を伸び縮みさせる、目の前の穴。
不気味な動きを目の当たりにし、どうしたものかと思案する。
――だが、丁度その時、その穴に、変化が。
「――マスター、出てくる」
一番にその変化に気づいたのは、リヴィルだった。
その言葉にハッとして、その入口を注視する。
すると、こちらとダンジョンを隔てる穴から、明らかに人のものでない生き物の声が近づいてきていた。
――ビヒィィィィ
――グィィィイ
「――おいっ! 何か出てくるぞ!!」
「っ!! こっち!! あそこに――」
走り出した赤星に、皆がついていく。
反対側――食べられてしまったダンジョンの入口があったという建物。
その前に幾つも置かれていたゴミ箱の裏に、身を潜めた。
おそらく赤星は俺たちが来るまでも、ここから観察していたのだろう。
「……来ます」
「……なになに!? 何が出てくんの、もう……」
左右で同じように身を屈めるラティアと逆井が、それぞれ小声でそう呟いた。
俺は、何が出てくるのか見逃さないよう、目を凝らす。
そして、俺たちが隠れて1分もしないうちに、そいつらは、姿を現した。
「――ブヒヒィィィィ」
「――ギィィッ」
「――!!」
「うそ、何あれ……」
赤星が息を飲む気配が伝わって来た。
逆井に至っては、信じられないと口に手を当てて呆然としている。
――オークと、ゴブリンだ。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「何あれ……マジで」
40m程先で、穴から姿を現したオークとゴブリンを指し、逆井は壊れた機械のように同じ言葉を繰り返した。
ゴブリン自体は俺も見たことがあるが、オークは初めてだった。
2m程の巨体で、ここからでも分かる肌色をしている。
そしてゴブリン自体も、何だかシュッとしていて、今までのそれとは違い、何だか強そうに見えた。
両者に共通しているのは、人と同じように歩き、会話していること。
勿論俺たちが分かるような言葉ではないだろうが、それでも。
モンスターが、人のような姿をして、そして互いに意思疎通を図っており。
更にそいつらは明らかに普通の人間が脅威を抱くような雰囲気を纏っている。
それが、逆井にとっては衝撃だったようだ。
「……何をしてんだろうな」
「……警戒、しているように見えますね」
オークたちは外に出たは良いが、その場から一切動こうとしない。
それこそ目の前に地雷でも埋まってるんじゃないかと恐れているくらいに、一歩を踏み出すことすらしなかった。
「あのモンスターたちからしたら、ここは未開の地、ですからね」
「なるほど……」
俺はラティアの分析に頷く。
そして改めて慎重になっているオークとゴブリンに目をやる。
「……今までとは一線を画す相手だな、こりゃ」
モンスターとしての格が、一段上がった。
そんな感じだった。
ゴブリン単体ならともかく。
オークは今まで戦ってきたモンスターとは違って、普通に脅威を感じた。
そしてそのオークが、見える限りでは他のモンスターと歩調をそろえている。
それだけで十分警戒に値することだった。
「……リヴィル」
俺は中腰になりながら、二つ右にいたリヴィルへと近づいて、小さく声をかける。
「なに、マスター?」
俺の問いかけに、リヴィルは首を傾げて返す。
その表情に、普段と違う強張りみたいなものは、見て取れない。
……頼もしい限りだ。
「あれは、来る前にリヴィルが言ってたように――」
俺が顎でオークらを差し、幾らか話すと直ぐリヴィルは俺の意図を理解してくれる。
「あぁぁ――うん」
リヴィルはチラッと赤星を一瞥し、また再び前を向く。
「そこの人の言う通り、あの“ダンジョン”が別のダンジョンを食べたんなら――」
リヴィルは淡々と告げる。
そんなこと、ありふれたごく一つの事例に過ぎないとでも言うように。
「――“ダンジョン間抗争”で負けて、捕食されたんだと思う」
「「……」」
逆井と赤星は、リヴィルの言葉が、意味が、分からないというように沈黙する。
対する俺とラティアは一応2度目になるが、最初は二人と同じ反応だったので、もう一度聞いておく。
「勝ったダンジョンは相手のダンジョンを捕食して、その分一気に強くなる。それはそのダンジョンで飼っているモンスターも一緒――」
リヴィルは感慨もない無機質な視線で、オークとゴブリンを見る。
「――あいつ等は、だからその恩恵に与ってパワーアップしたってことじゃないかな」
ダンジョンも厳しい生存競争があるんです。
大変です……。
次回はようやく戦闘回です。
パーティーメンバーが増え、相手もまた強くなっております。
一体どうなってしまうんだー(棒読み)。
さて、それはいいとして。
今日までに――
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