321.あれ? 俺何か同じ事ばっかり言ってない!?
お待たせしました。
すいません、明日も頑張るんで勘弁してください……。
ではどうぞ。
「ふぅぅぅ……ちょっと休憩しようかな」
朝食後の暑さが比較的マシな時間帯。
日本史と現代社会の問題を解き、答え合わせを終えた。
この辺りはもう3週目に入っており、解説も大体は頭の中に入って来ている。
ダンジョンが出現しても、受験自体に根本的な変化はない。
ただし、もう少し先の未来では“ダンジョンの出現”そのものが社会の授業の教育課程に乗る可能性があった。
だから、空木とか皇さん辺りの代は、もしかしたら探索士をしていることが勉強的に有利に働く……かもしれない。
つまりどういうことかというと……。
「志木がいなくても、俺はちゃんと勉強しておかなくちゃな……」
もう既に夏休みも残り約1/4。
皆と楽しい思い出作りもこなしつつ、でも受験への備えもしっかりと進める必要があるのだ。
有難いことに、志木は自分の数少ない時間を割いてまで、俺の勉強を見てくれていた。
先日のお祭りの運営もそうだが、アイドルもやって、探索士もしていて、更には幾つか会社の経営に口を出してもいるという。
「もっとプライベートに時間を使っても良いだろうに……」
志木なら、本気を出せば直ぐにでも彼氏の一人や二人、簡単に作れるはずだ。
俺へ割く時間が多くなる分、相対的にそういったプライベートに割ける時間が少なくなっている可能性もある。
こうして自分だけで勉強する時間を積み重ねて実績を作り、志木を安心させてやるのもいいかもしれないな……。
そんなことを考えつつ、俺は現実逃避から帰還し、未だ返信していないメールの文面を再び見返した。
『――そうそう! 知刃矢さんから聞いたんだけど、私達がコラボしたスイーツバイキングのお店に行ってくれたんですってね! それで、誰のグッズを貰ったのかしら?』
「…………」
やはり見間違いではなく、現実に届いてしまったメールらしい。
クソッ、桜田の野郎……アイツ、志木にチクりやがって。
この前遊んだ時に、ちゃんと口止め料としてアイスとジュース奢ったのに。
……まあ俺が誰のを選んで、その後どうしたかは確かに告げてないっぽいが。
アイツもレイネみたいに、ちょっとお説教か罰が必要かもしれないな。
「……あぁ、疲れたー勉強忙しすぎてメール見る暇ないわー」
自分以外は誰もいない自室で、ワザとらしく棒読みしてアリバイ工作を行う。
これで後に返信する時、勉強頑張ってますよアピールにもなり、なおかつメールに気付かなかった言い訳にも使えるという高度な戦術なのである。
「――さてと……ちょっと何か腹に入れるか」
勉強を頑張っていたのは事実なので、お菓子か何か軽食でも取ることに。
ラティアがタイミングを計ったかの様に、よくお菓子を持ってきてくれたりもする。
でも、それに任せて自室に籠りっぱなしも気が滅入るからな……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――ほらっ、レイネ。早くしないとお昼になっちゃいますよ?」
「うぅぅ……わっ、分かってるって。これ、着慣れないんだよ。だから急かすな……」
1階に降りると、キッチンから楽しそうな会話が聞こえてくる。
包丁がまな板へと当たる音もして、どうやら料理中らしい。
「……おっす。あれ、二人か……?」
ラティアとレイネが二人並んで昼食の下ごしらえをしているのを見て、思わずそう口にする。
今日はロトワも家にいるとばかり思っていたんだが……ってか。
「……レイネ、“それ”。今日にしたのか?」
「うっ! ――だって……今日は、リヴィルの奴、いないしさ。どうせならその方が、良いと思って」
油断すると聞き逃しそうな程小さな声だった。
そうしてレイネは今も所在無さげに“メイド服”のスカートを摘まみ、恥ずかしそうにモジモジしていた。
――そう、メイド服姿で、である。
「フフッ。似合ってるのに、本人はこの調子ですからね……」
ラティアのそれは、レイネの姿を揶揄う感じではなく、純粋に褒めているニュアンスだった。
ただそれでも、レイネとしては羞恥心が絶えず噴出してくるらしい。
「うぅぅ……だから、こういうのはあたしの柄じゃねえって……ばかっ」
非難の声も、その姿に引っ張られてかとても弱々しいしい。
だがそれがかえって普段とのギャップを生んで、非常に可愛らしくなっている。
「いいじゃないですか。……ですが今日は一日メイドさんなんですからね。メイドさんはご主人様の言いつけを何でも聞かなければなりません。良いですか? “どんなことでも”・“何でも”ですよ?」
……いや、メイド服の格好そのものがレイネにしたらある意味罰みたいなもんだから、さ。
俺からは別に何も言いつけたりしないから。
「いや、うん、ちゃんと似合ってる。ただ……何でわざわざそんな短いスカートの奴を選んだんだ?」
ラティアに主導権を渡さないためにも、別の話題へと持って行く。
レイネはそう指摘され、更に恥ずかしがるように、短いスカートの裾をちょっとでも伸ばそうと下へ下へと引っ張ろうとする。
だが勿論それで生地が急激に伸びるわけもなく、露わとなっている太もも辺りに視線が集まるだけだった。
「それは! ラティアが、“夏だから見た目から涼しくした方が”って!」
「私は事実を言っただけですよ? フフッ……」
今のラティアの笑みには悪戯っぽいニュアンスが感じ取れた。
あぁぁ……なるほど、狙ったな。
ラティア自身もそれを認めるかのように俺の顔を見ては、レイネの太ももと俺の目へと交互に視線を送る。
そして含みのあるあの笑みで笑うのだ。
くそっ……!
ああそりゃ見ちゃうよ!
でもそれは下心的なアレではなくて、もうちょっと隠してもいいんじゃないかな、みたいな親心的サムシングであって――
「……フフッ」
「……ロトワは? 隣の方にでも行ってるのか?」
そんな心の中すら見透かしていそうなラティアの笑みに、早々に戦略的撤退を決断。
冷蔵庫の中にあったブラックのチョコレートを取り出して、話題を変える。
「ロトワですか? ……お外のお庭で遊んでると思いますけど」
ベランダはここからでも見えるが、ロトワの姿は見当たらない。
いいタイミングなので、ロトワ探しを言い訳にここを離れることに。
「あっ! たっ、隊長さ――ごっ、ごしゅ、“ご主人様”……行ってらっしゃいませ」
「……まあ目と鼻の先なんだけど……行ってくる」
こっちの方が何だかこそばゆく感じるやり取りを済ませ。
俺は逃げる様に、チョコを頬張りながら外へと出たのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「あっれぇぇ……ロトワの奴、どこ行った?」
個別包装の小さなチョコを2つ平らげ、改めてロトワを探す。
庭に出たは良いが、やはりそこにロトワの姿は無かった。
もしかしたら隣の空木の所かもしれない。
が、もしそこに行っていなかったら……。
そのことを考えると、少し不安が増してくる。
「大丈夫、だよな……」
自分に言い聞かせるようにそう呟く。
サンダルのまま隣へと駆けだそうとしたその時――
「――あれっ? お館様? どうかしたの?」
そんなとても軽い感じで声がかけられたのだった。
「……は? あっ――何だ……そこにいたのか……」
ロトワは普通にあの物置にいた。
そしてそこからひょっこりと顔を覗かせたのは、昔の武士のように真面目な口調で話すロトワではなく。
「……いつも思うが、唐突だな」
「うん! えへへ~! お館様が驚いてくれた! 嬉しいな~」
とてもフレンドリーに接してくる、体つきも大人らしくなった、未来のロトワなのであった。
「ああ驚いた驚いた……で? 物置ってことは、あのダンジョンでも見てたのか?」
ロトワが直ぐに見つかって安心したのも束の間、今度はロトワの“行動の意味”が気になった。
だがロトワは多くは答えてはくれず。
「まっ、そんなところかな~。――はぁぁ。それにしても、やっぱり日本の夏って暑いねぇ~。お姉さん、折角着替えてから外に出たのに。汗で服がもうベトベトだよ~」
そう言って白地のタンクトップを指で引っ張り、パタパタと空気を送る。
……確かに、汗のせいで服が肌に張り付いていらっしゃるご様子。
や、ヤバイ……さっきのレイネの件もそうだが、朝から目が自然に惹き付けられる様なイベントばかり起きている。
俺は受験生なんだ、退廃的バッドエンドルートは回避しないと……。
「服が一枚でこれだもんな~谷間にまで汗が入り込んで気持ち悪いし……シャワーでも浴びて着替えないと」
服が一枚!?
しかも谷間!?
……クッ!
俺を受験勉強から遠ざけようという魂胆か?
その手には乗らんぞ!!
“谷間”なんてワード、受験生には必要ない。
ずっと勉強、勉強、ひたすら勉強。
勉強という名の平坦な厳しい道のりがずっと続くのみ!
――だよな、織部!!
“……新海君? 何で今、私の名前を出したんですか?”
深い谷間は――間違えた。
深い意味は無い。
……ふぅ、織部のことを想像して、初めてプラスな効果が得られたぜ。
「そうか……で、何か面白い物でもあったのか?」
「ん? ――あぁ~まあ、うん。この“物置ダンジョン”、今は3階層目なんだね」
ロトワの確認に頷いて答える。
以前ゴッさん達が頑張ってくれたおかげで、2階層目も無理なく片付けることが出来ていた。
そうして次に挑むのは3階層目となっている。
「うーん、そっかそっか。……じゃあそこまで差異はないのかな?」
先程、ロトワ一人で中に入っていたのもそのことを確認したかった様に感じた。
そうして自分の知識と照らし合わせるようにして、そんな独り言を呟く。
やはり、今回もただ闇雲に現代へと呼びだされたのではなく、何かしらの意味があって来たんだろう。
「――うん。お館様、あんまり急ぐ必要はないけど、余裕のある時にコツコツ攻略は進めた方が良いよ。これ、お姉さんの有難い助言、だぞっ!」
腰に手を当て、可愛らしくウィンクを決める。
大人の姿なこともあり、その仕草がとても様になっていた。
……レイネもそうだが、やっぱり皆、普通にドンドン可愛いくなっていくよな……。
クソッ、ラティアが手を加えずとも手強い。
「ああ、分かった。暇なわけじゃないが、出来るだけこっちも気にしておくようにするよ」
ロトワは満足気に頷く。
そしてシャツの汗をまた気にする仕草を見せながら、ロトワは笑顔で言葉を継いだのだった。
「――うん! じゃあお館様。外に出てきたついでに、他の用事も済ませちゃおう! ではでは~“ゴッさんとゴーさんの守護者化”へレッツゴー!! ……なんちゃって」
そんなダジャレでさえも、舌を出して見せる仕草と相まって、何だか苦笑してしまう可愛らしさがあった。
……あれっ、何か今日俺、“可愛い”ばっか言ってない?
感想の返し、昨日結構頑張ったんですがまだ折り返しまで来ないです。
ただペース的に目途は立ったので、今週で何とかなりそう、かな?
度々延びて申し訳ないです、またお待たせすることになりますがしばらくお待ちください。




