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319.俺、そんな記憶全くないんだけど!?

お待たせしました。


はぁぁぁ……砂糖を吐きたくなるくらい甘ったるいぜ。


ではどうぞ。



「御姉様! お疲れ様です、休憩ですか?」


「ええ。トークイベントまでの羽休めと言ったところかしら」


 

 志木は運営側で、自由時間は殆どないと聞いていた。 

 ただでさえアイドル、探索士と忙しいだろうに、他の学生や保護者のために運営まで担って……。


 本当に頭が下がる思いだ。



「お疲れさん。……食事は大丈夫なのか? さっき買ったばかりのが沢山あるから、どうだ?」


 

 両手を塞ぐ大量のビニール袋を掲げるようにして志木に見せる。

 その多さにクスクス笑いながらも、志木はその提案には遠慮気味だった。



「とても嬉しいお誘いだけど、それ、貴方が買った物じゃ……」



 そんな一つや二つ減ったところでまた買えばいいし、全然気にしないのに。

 ……そうだ。 



「まあそうなんだが……この通りの量だ。手が塞がってるから、少しでも軽くするの手伝ってくれ」


「うーん……――えっ、ちょっと待って。“手が塞がって”?」



 完全に断る流れだった志木が、いきなり重大な事実に気付いたとでもいう様に表情を変える。

 そして俺の両手を見て、しっかりとそのことを確認していた。



 ……えっ、何ですか?



「……そ、そうね。そこまで言って貰って断るのも失礼ってものですし。ええ、じゃあ一つ頂こうかしら」

 

「お、おう……えっと、どれがどれだっけ?」


 

 自分の指にかかる袋を動かし、皇さんとルオに確認する。


 二人でビニール袋の中を見てもらう。

 そうしてどの袋に何が入っているかを志木に伝える。



「コチラがたこ焼きで、この袋には焼きそばが入っています」


「えーっと……これはタイ焼きで、こっちは……鈴カステラ、かな?」


「鈴カステラを頂こうかしら」

 


 即断即決だった。

 ……早いなぁ。


 リーダーの資質として、決断の早さが重要な要素だとよく聞く。

 こういう決断の早さが、志木の優秀さたる所以(ゆえん)なのだろうか。


 ルオに手伝ってもらい、奥にあった袋を前に出す。

 それを受け取って、志木は更に別の透明な袋に包まれた鈴カステラを取り出した。

 

 上下で色が違う、一口大の丸くて甘いカステラだ。



「さっ、椎名さんとレイネさんが待ってるんでしょ? 歩きながら行きましょう」



 志木の急かすような言葉で、ルオと皇さんが歩き始める。

 俺もそれにならって後を追う。



「……あむっ、んっ。……うん、甘くて美味しい」



 お祭りということで、立ち食いする生徒たちも多い。

 志木は周囲を気にせず、少しゆっくりと歩きながら軽食を楽しんでいた。


 幾つか素早く口に入れて食べ終えると、急に速足になって俺の隣に並ぶ。

 そして――

 

 

「……その、これ、とても美味しいわね。貴方も食べる?」


 

 志木が、鈴カステラをまた一つ摘まんで袋から取り出した。 

 


「おう、そうだな――」



“残しておいてくれるのなら1個でいいから”、そう言おうとしたものの。

 

 志木の次の行動が全てを言い切らせてくれなかった。 



「――じゃあ、その……はい」


 

 志木の指が、それに挟まれた鈴カステラが、俺の口に近づいてきた。

 …………えっ?

     


「……貴方、“手が塞がってる”んでしょ? ――ほらっ、私が食べさせてあげる、から」


「…………」



 ん、ん!?

 ど、どう言う事!?


 俺の困惑が伝わったのか、鈴カステラがちょっと遠ざかる。

  


「……今日はお祭りだし、その、特別よ?」


 

 えっ、お祭り効果なの!?

 すげぇ、お祭り!!

 

 おい、皆聞け!

 お祭りだとあのかおりんが、カステラをあーんしてくれるぞ!!


 ……あっ、でもちゃんと買い物で両手を一杯にして、フラグも立てとけよ!!


 

 お祭りってすげえ……。

 


 ……って、ここまで来て冗談でした、とかはないよね?




「――もう! ほらっ、口、開けて!」



 頭の中で混乱していたら、焦れたようにして志木にカステラをねじ込まれた。

 


「むぐっ――」 



 柔らかさと砂糖の甘さを舌に感じながらも、俺は一瞬にして噴き出した冷や汗が止まらなかった。  

 

 っぶねぇぇ……。

 今危うく志木の指まで口に入りかけたぞ!?


 そんなことにまでなったら、お祭りパワーでもカバーできない雷が落ちることになってたかもしれない。


“……ねぇ、折角手が塞がった貴方を気遣って食べさせてあげたのに。私のこの高貴な指に、あろうことか汚い唾液を触れさせるなんて。……フフッ、物理的死か社会的死か、選ばせてあげるわ?”



 ――っっ!!



「すっ、すんません! ゴチになります姉御(あねご)っ!!」 



 物理的死も社会的死も嫌だぁぁぁ!!

 必死にカステラが美味かったとゴマを擦るのだった。



「その口調は何なのよ……って言うか元々貴方が買った物でしょうに。それに、“姉御”って、私のこと?」



 うぅぅ……鋭いジト目が突き刺さる。



「いや、あの……うっす、姉御に頂いたカステラ、美味かったっす」  


「っっ! ――もう……ばかっ」



 小さくそれだけを呟き、志木はプイっと顔を逸らしてしまう。

 


 ……あっ、これ終わったわ。


 

 丁度レイネや椎名さんが待つ休憩スペースに辿り着いてしまう。

 フォローする時間も無く、俺は既に祭りの終わりのような物悲しさを感じ始めたのだった。



 あぁぁ、社会的な死か……。

 ワンチャン隠遁(いんとん)生活で仙人にでもなろうかな……。

  

  

□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆



「へぇぇ~今日はロッカとリアも来てんのか」


「ええ。六花(ろっか)さんも梨愛(りあ)さんも、トークイベントでゲストとして招待してるの」



 レイネと椎名さんと再び合流を果たし、腰を下ろしてしばしの間、落ち着いた時間を過ごしていた。

 祭りの雰囲気を楽しみつつ、買って来た食べ物に舌鼓を打つ。


  

「えっと……逸見さんは元々ここの卒業生なんですよね?」


「……何で私に聞くんです?」 

       


 不満そうな椎名さんが質問に質問で返してきた。

 ……いや、貴方が一番親しいからですけど。


 

「六花さんと椎名と、菜月(なつき)さんは同級生で、大の仲良しさんなんです! 学生だった頃もなので、3人で生徒会を運営していて……」


 

 代わりに皇さんが進んで答えてくれた。


“なつき”さん?――ああ、三井名(みいな)さんね。

 

 あの人も、逸見さんや椎名さんとはまた違った個性のある人だ。

 御嬢様学校に通ってたとは思えない程バイタリティーがあって、今も沢山の店の経営に関わってると聞く。


 去年の冬の焼肉パーティーの時みたく、今年ももしかしたらお祝い事でお世話になるかもしれない。



「……腐れ縁なだけです」


 

 椎名さんは皇さんの説明を真っ向から否定することはせず、そうした表現で言い換えるだけで収めた。



 ……フフッ、素直じゃないな。

 家族や親しい相手、それこそお母さんにも、そういう風な態度で甘えてるのかな?

 

 でもやっぱり良くないと思うな、素直じゃないと、擦れ違いとかも起こるかもしれないしね。

 ――だからハルト、素直じゃない椎名ちゃんは嫌いです!



「……コヒュゥゥゥゥゥ――」



 ヒィェェ!?

 な、何今の凄い呼吸!?


 殺人拳の前動作か何か!?

 

 ちょっ、椎名さん、冗談ですって!

 お祭りパワーがさせたんです、ねっ!?

 


「? ……椎名、どうかした?」


「……いえ、何でもないです。――御嬢様のおかげで、命拾いしましたね」


 

 ……そう言う事を俺にだけ聞こえるように言わないでください。

 更に寿命が縮みます。



 ……黒かおりんからも命の選択を迫られるかもしれないのに、他にも俺の命を狙う人がいるんですけど。


 この世の中、ダンジョン以上に日常の方が危険かもしれないね、うん。






「――射的かぁぁ~。でもボクはお化け屋敷とかの方が体験してみたかったかな?」


「そうか? あたしはやっぱ遊びでもいいから“銃”を使ってみたいけど」



 買って来た物も綺麗に食べ終わり、話は出し物のことについて移っていた。

 今日のお祭りには無いものの、来年以降の参考にと志木がメモを取りながら聴いている。 



「ふんふん……なるほど。私達にはない視点だから、参考になるわね」


「ですね! 来年は私も運営側に回るので、頑張ります!」



 へぇぇ。

 ただ、そんなに言う程奇抜な発想か?


 お化け屋敷は……まあ文化祭とかでやるイメージが強いが。 

 射的に関しては正に夏のお祭りって感じで、直ぐに思いつきそうな気もするが。



「まあそうね……でも、ここは争いや恐怖なんかとは殆ど無縁の御嬢様学校だから」


 

 俺の疑問に理解を示しながらも、志木がそう説明してくれる。

 更にそれを補足するようにして皇さんが言葉を継ぐ。



「私もそうですが……箱入りで育ててもらった人ばかりですので、“お化け”や“銃”で遊ぶという発想が、中々出てこないんです」



 それによって守られるという側面もあるが同時に、社会一般とはかけ離れた価値観が形成されるという弊害もある。

 それを、アイドルや探索士で外に出る機会の多い皇さんや志木は複雑に思っているんだろう。

 


「ああ……そう言えばさっきも似た話あったね」


 

 ルオの相槌を聞いて、レイネが首を傾げる。

 その場にいなかったレイネに、さっき聴いた話を掻い摘んで話した。



「あぁぁ……そう言うことか。でもそれを言ったら、この学校はある意味凄いよな。何たって、ダンジョン攻略で最前線にいるシーク・ラヴメンバーを複数人も出してるんだからさ」



 そう言われればそうだな。

 志木や皇さん、それに卒業生としては今日もゲストとして来ているはずの逸見さんもいる。


 研究生も含めるなら、それこそ椎名さんだって立派なメンバーの一人だ。

 

 

「……そうですね。ただ目の前のことに必死で取り組んできた結果ではありますが、随分と大きなことになったな、とは思います」


  

 皇さんはくすぐったそうに今まで歩んできた道のりを思い出し、感慨深気にそう口にした。

 

 

「ええ……フフッ。貴方と最初に出会った時は、まさかこんな感じになっているとは思ってもみなかったけど」



 微笑みながら志木にそう言われて、俺は少々複雑な心境だった。

 ……うーん、俺のファーストコンタクトは、あのアーマーアントの時なんだが。


 多分、志木の言ってる“最初に出会った時”は、この学校の敷地内の話なんだろうな……。


 いや、まあ良いんだけど。

 だって俺も俺で、一番最初に見た志木が純度100%の黒かおりんだったし。


 

 お互いに綺麗な思い出として共有するのなら、俺が志木に合わせる方がどっちも一応WinWinとは言えるしな。



「……まあ隊長さんはハプニングに縁があるもんな。自分から首を突っ込んで行って、それでいつの間にか女と顔見知りになったりして」 



 ……おいレイネ、それはどこの誰の話だい?

 そんなヤバイ奴、俺の知り合いにはいないからな……。


 きっとレイネは他の世界線の知らない奴と混同しているに違いない。

 


「フフッ、そうね」


 

 志木さん、どうして俺を見て微笑んでいるんだい?

 ……椎名さんに至ってはツボに入ってやがる。

 

 クソッ、ルオに頼んで、椎名さんの姿で特製カレーでも持ってきてもらおうかな……。



 盛り上がって気が良くなったのか、レイネは更に饒舌(じょうぜつ)となって――



「隊長さん、カオリのためにヤバい男子校の男共相手にも一人で突っ込んで――」


「――あっ! レイネお姉ちゃん、それ、違っ……」



 ルオが物凄く慌てた様子で話を遮った。

 レイネも最初は何で止められたのか分からなかったらしいが、一拍置いて――



「――あっ、あぁぁ、いやー、違う違う! 今のはあたしの勘違いだった! あはは!」


 

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして否定しているが、もう遅い。

 


「えっ……――その、貴方、そんなことが?」



 志木に真剣な表情で尋ねられ、俺は内心頭を抱える。



 



 ――えっ、何の話!?



 

 レイネさん!?

 他の世界線の知らない俺と混同してない!?


 

 俺、全くそんな記憶無いんだけど……。

 

 

     

→レイネのミスッ、詳しくは“318部”の閑話④へ!!



織部さんが痴女イン力(=痴女ヒロイン力、略して痴女イン力)を上げてるから、相対的に志木さんが正ヒロイン力を上げている!



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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりかおりんが正ヒロイン [気になる点] 痴女インカに見えてなんだそれって一瞬なりました 椎名さんは新海くんの考えを悉く読めるとかもはやヒロインでしょ [一言] 織部?知りませんねそん…
2020/11/12 14:51 え~シィー
[一言] あらたなパワーワード痴女イン力(ちから)… 最初見た時自分も痴女インカにみえました。世界不思議発見にでもでそうですよね。
[良い点] なぜか発揮されない、椎名さんへの主人公勘違い力 [気になる点] 痴女イン力(ちから) 痴女インカと勘違いしかけました。 [一言] 痴女インカ帝国とかありそう・・・ありませんよね?
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