318.お祭りって感じだな……。
お待たせしました。
ちょっとネジュリさんの話で真面目な空気が続いたので、ほのぼの回……になるはず。
……織部さんのお色気回()なんてなかったとか言った人、怒らないから今の内に自首するように。
ではどうぞ。
「……ですので奥様。あまり椎名を甘やかさず、御嬢様の身の回りの世話をもっと頑張らせるようして下さった方が、私共も有難く――」
バス停近くのコンビニ前。
そこからバスに乗って、お祭り会場の学校へと向かうことになっている。
「あれは……?」
椎名さん達よりも一足早く、その集合場所へと辿り着いた。
そこで俺の知らない女性が一人、携帯で電話しているのが目に入る。
“シイナ”というワードがあったので、もしかしたら椎名さんか皇さんの知り合いかもしれない。
「…………」
あっ、こっち見た!
視線が合って、思わず目礼してしまう。
まだ関係者と決まったわけではないのに。
……相手も軽く会釈で返してくれた。
ってことは、やっぱりそうなのかもしれない。
「……はい、はい。では失礼します――」
話が終わったようで通話を切り、女性はスマホを革のバッグにしまい込む。
黒いきちっとしたスーツ姿で、仕事が出来そうなカッコいい大人の女性に見えた。
「――はじめまして。貴方が“新海陽翔”さん、ですね?」
凛とした声で話しかけられる。
自分のことを知っているということは、つまり、この人が椎名さんの言っていた“チケットを手配してくれた人”なんだろう。
「はい。どうも、はじめまして。えーっと……」
ただこちらはどこの誰か思い当たる節が無いので、こうして尋ねることに。
「いつも娘がお世話になっています。椎名の母です」
「えっ――」
“椎名さん”の関係者だとは思っていたが、まさか親が来るとは。
……と言うか、そう言われてみれば確かに、椎名さんと雰囲気がソックリだ。
こう、クールっぽい所とか、目がキリッとしてる所とかね。
仕事をテキパキとこなしそうな所もそうだ。
「あ、そ、そうですか。こちらこそ、椎名さんにはいつもいつも助けて貰ってます」
「“椎名”? ……そう。そう呼んでるのね」
は?
いや、お母さん、貴方が娘に付けた名前でしょう?
他にどう呼べと。
……“ナツキ・シイナ”の方がお好みでしたか?
「――では手短に済ませましょう。こちらを、お渡ししておきます」
椎名さんのお母さんは先程スマホをしまったカバンから、今度はチケットケースを取り出した。
紙で丁寧に作られていて、しわ一つ見当たらない。
「もしかしたら聞かれるかもしれませんので、元々誰の物かもお教えしておきます。これが“花織様”の御父上から譲り受けた物、こっちは私自身の物で――」
そう言いながら、3枚のチケットを手に取って説明してくれる。
俺とレイネ、そしてルオの分だろう。
「……最後、これが御嬢様の御父上――つまり“皇律志”様の分です」
……なるほど。
つまり、椎名さんのお母さん以外は志木と皇さんのダブルパパんの物なのか。
えっ、これ聞かれて答えたら騒ぎとかならない?
大丈夫!?
「あっ、えっと、ありがとうございます。その……」
椎名さん自身は参加するが、お母さんのチケットを譲ってくれると言うことはつまり――
「……申し訳ありませんが、私は今日これからも、まだ仕事がありますので」
俺の疑問を先回りして、お母さんはこれ以上の問答は不要だとばかりにそれだけを告げる。
俺もだから、更に言葉を重ねて尋ねることは出来なくて。
椎名さんとお母さんの関係って、もしかして……。
「では、確かにお渡ししました。私はこれで――」
そうして一礼して去ろうとした時、丁度またあのカバンから可愛らしいメロディーが聞こえてきた。
スマホが鳴っているのだ。
お母さんがそれを取り出して、発信者の名前を見た。
「…………」
そして俺を見て、ちょっと距離を取る。
……?
あっ、出た。
「――はい、もしもし? ……何、椎名ちゃん、ママこれからまた仕事に戻らないといけないんだけど?」
……ん?
んんんんん!?
“椎名ちゃん”!?
それに“ママ”!?
抑え気味に話しているようだが、それでも静かな周囲での通話なため、どうしても俺の耳に会話内容が届いて来る。
「もう! だから、この前も電話で言ったでしょ!? 今日はダメだって! またワガママ言う。“むぅっっ”て、むくれてもダメ。ママ、ワガママばっかり言う椎名ちゃんは嫌いです!」
椎名さんがワガママばっかり!?
えっ、相手は椎名さんなのか!?
……ってか親子で全然仲良しじゃねえかよ。
コミュニケーション、ガンガン取ってるし。
「しょうがない子ね……分かりました。また大好きなママ特製のカレー作ってあげるから、そんなに拗ねないの。うん、うん……そう、新海さんにはちゃんとチケット渡したからね、はい、はい――」
そうして物凄く気になる会話を終え、再びお母さんがこちらに戻ってくる。
「……娘はもう直ぐ着くそうです。ですのでもうしばらくお待ちください」
「は、はぁぁ……」
さっきの通話での変貌がまるで嘘のように、お母さんはまた外行きらしいクールな表情でそう告げる。
いや、さっきの凄い聞こえてましたけど。
でもここは難聴系主人公スキルを発動して、聞こえてなかったフリをした方が良いんだろうな……。
ただ……ちょっと後で椎名さんと顔合わせ辛いんだけど。
挨拶して去って行く椎名さんのお母さんを見送りながら、集合場所に椎名さんが現れるのを複雑な気持ちで待つのだった。
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「……何ですか? さっきからチラチラとこっちを見て」
「いえ、別に……」
合流をしてバスに乗り、目的地はもう目と鼻の先という所まで来た。
だが未だに先程のことが気になって気になってしょうがない。
椎名さんの反応からして、通話を聞かれているとは全く思ってもいない様子。
うーん……あのことについて聞いてみたらダメ、なのかな?
あれは夏生家だけの秘中の秘として、俺は墓場まで持って行った方が良いのだろうか。
……とりあえず、出店でカレーがあったら探りの一発を入れてみるか。
「……むむむっ。陽翔様が椎名のことを気にしていらっしゃる。……これは伏兵の匂いです」
いや皇さん、考えてたのは椎名さん個人と言うよりも夏生家全体の秘密だから。
ってか伏兵の匂いってなんだ……。
「――わぁぁっ、ご主人! 凄い良い匂いがしてくるよ!」
ルオの言葉で一瞬ドキッとして意識を切り替える。
と同時に、香ばしいソースの匂いが俺の鼻を刺激した。
あぁぁ、何か、お祭りに来たって感じがするな……。
学校の校門前、入り口辺りで複数の生徒が入場の管理をしていた。
やはり女子高だけあって、全員が全員、スカートを履いた女子生徒だった。
俺達と同じバスに乗ってやって来た参加者が、先に係の生徒へとチケットを渡す。
チケットの半分程を千切って渡し、滞在する間は保管するよう伝えていた。
「ご来場ありがとうございます! ごゆっくりお楽しみください!」
「ありがとう」
前の人達は特にチケットの出所を尋ねられてる様子はない。
……が、もう半分のチケットを受け取った生徒が、名簿のような物と比較してチェックしていた。
「……大丈夫ですかね? 俺、何かツッコまれませんか?」
「ちゃんと正規で譲り受けたんですから、大丈夫です。……貴方はもっとダンジョン関連でツッコまれることを気にした方が良いでしょうに」
クッ、いや、その通りなんだけども。
でも、椎名さんに面倒事が及ばないようにという配慮もあったのに、何か今のツッコミは納得いかない。
……俺も拗ねて、むぅって膨れてやろうかな。
「……あ゛ん?」
ヒィッ!?
なっ、何でもない何でも!!
……何で俺の考えてる悪意を一瞬で見抜くかね。
エスパーかよ。
「あ、あはは……――あっ、はいこれ。チケットです」
ルオが苦笑いしながらも、先に生徒さんへとチケットを渡す。
あれは皇さんのパパん、つまり律志さんの分だ。
「はい、ありがとうございます」
特に指摘されることもなくルオは通過した。
「あ、あの……ど、どうぞ」
「おっ? うっす、ありがとう」
レイネも同じ様に入場できている……いや。
係の生徒さん、普通にレイネに見惚れてたな。
流石、マジの天使は同性・異性関係なくおモテになられる。
俺も心配したようなことは起こらず、ただ“男性”の参加希望だという点で少しだけ時間を取った。
注意事項の確認を他の参加者よりも多めに告げられたくらいだ。
それよりもむしろ、皇さんと椎名さんの方がやはり有名人なので、係の人皆から歓迎されて時間をとっていた。
「あの、椎名様! お噂はかねがね! 今日はいらしていただき、お会いできて本当に嬉しいです!!」
「六花様や菜月様との武勇伝、今でも私達の間で語り継がれてます!!」
「律氷と椎名様のご関係、凄く素敵です! わぁぁぁ、この目で見られるなんて……!」
中には皇さんと同級生、つまり中学3年生もいたらしいが皆してきゃぁきゃぁと騒いでいた。
「……すげぇな、二人とも」
レイネもそれを目の当たりにして、苦笑気味に驚いていた。
「ああ。……探索士やアイドルと関係する前から、二人はこの学校の有名人らしいからな」
皇さんは高校生からも憧れと尊敬の眼差しで見られ。
椎名さんに至っては卒業生なのに、在校生からその存在をしっかりと認識されている。
二人の凄さや人気ぶりを改めてその目で実感したのだった。
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「へぇぇ……これが“地球”のお祭りか。出店が沢山あるんだな」
入場し、お祭り会場の出店ゾーンへと入ると、レイネが物珍しそうに周囲を眺める。
「まあ本格的な料理人ではなく、毎年生徒が出したい店を話し合って決めて、練習して、そうして出店するんですけどね」
皇さんがガイドを務めるようにして説明してくれる。
彼女は今年は係ではないので、イベントの時間が来るまでは俺達と一緒に回れるようだ。
「先ずは何かお腹に入れましょうか。――椎名、買ってきてもいい?」
「ええどうぞ。ここでお待ちしています」
椎名さんからの視線を受け、俺達もどうするか考える。
「えっと……ルオ、レイネ、どうする? 自分で買うか? それとも買ってこようか?」
お小遣いは自分で持っているはずだが、今日は俺が奢ってもいい。
そう言う意味以外にも、こうしたお祭りなんかでは自分で選んで買った方が楽しかったりもする。
そうした諸々の要素を踏まえ、尋ねると――
「うーん……じゃあボク、自分で買ってみる!」
「あたしもそうすっかな? ……ああいや、やっぱルオか隊長さんか、どっちでもいいけど頼めるか? あたしは待ってるよ」
レイネはお姉ちゃんだな……。
こんな時までルオや皇さんに配慮しなくても、自分が楽しむ方に考えればいいのに。
……良し、レイネの分も、沢山買って来てやるか。
「っし、分かった。じゃあ俺も付いて行くから、ちょっと待っててくれ」
俺がルオと皇さんに付き添うことにする。
「それじゃあ行こっか」
「はい! ――ルオさん、行きましょう!!」
「うん!」
ワクワクした気持ちを前面に出した二人は、駆けっこするようにして近くの出店へと向かっていった。
それを俺は、追いかけるようにして付いていくのだった。
「おぉぉぉ……たこ焼き、アツアツだけど、美味しいね!」
買ったばかりのたこ焼きを爪楊枝で器用に掬い、次々と平らげて行く。
口に運ぶ前に息で冷まし、そうしてまた一つ、口の中に。
……本当に美味そうに食うな。
だが俺の両手は沢山のビニール袋で塞がっている。
焼きそばや人形焼き、お好み焼きにクレープまで。
どれもこれも袋から出来立ての美味しそうな匂いが漂ってくるが、レイネや椎名さん達の元に戻るまではお預けだ。
「はい! ……最近は食べる機会も増えましたが、こうした一般の方のご飯って、私達はあまり食べることが無くて……」
対する皇さんは、行儀を気にする様にして綺麗な仕草でたこ焼きを口に入れて行く。
口の中で熱そうに息をする時も、手で口元を上品に隠して食べていた。
「ああ、まあそうか。ここの学生は皆、基本的には御嬢様だもんな……」
皇さんの所作を見て、改めてそう実感する。
「はい。ヨーロッパにある学校とも姉妹校として提携しているんです。ここは元々は西洋の宗教と関係が深い学校でして……」
歩きながら、この学校やお祭りについて、簡単に説明してくれた。
「私や御姉様は探索士やシーク・ラヴ活動で特例を貰っていますが、基本は全寮制です。長期の休みでもないと中々生徒は外へと遊びに行く機会がもらえません」
「へぇぇ……んぐっ。――じゃあこのお祭りって、生徒のために出来たってこと?」
1パック分のたこ焼きを食べ終え、ルオは歩きと話に集中する。
……もう食べたのか。
「そうらしいです。夏季休暇でも実家に帰れない生徒に配慮して、というのがきっかけで。後は外国のことも良いけど、日本の伝統的な価値観もしっかりと学ぶべきだとOGの方々からの意見もあり、それで……」
なるほどな……。
その話を聞いたうえで、ザっと視線を周囲へと向ける。
不慣れながらも、楽しみながら祭りを運営する女子生徒たちを見て、何だかホッコリする気分だった。
「――そこの貴方。今、何か不審な考えをしてなかったかしら?」
そんな俺達に向かって、呼び止める声があった。
いや、これは“俺達”と言うよりは“俺”に、かな。
……酷いなぁ、俺は普通に女子生徒たちを見て、心をポカポカさせてただけなのに。
……アカン、文字にするとダメだな、ちょっと変態っぽくなる。
「それは心外だな、俺は純粋にお祭りを楽しんでるだけなんだが……――“志木”よ」
声を掛けて来た相手――志木は悪戯が成功したと言う様に小さく微笑んだ。
「フフッ。言ってみただけよ。――ルオさんも、貴方も。ようこそ。後でイベントもあるから、今日は楽しんで行ってね?」
お祭り回とは言え、そう長くはかからないと思います。
多くとも2~3話で終わるはずです。
後、今日から頑張って感想返ししていきます。
何とか最新のに追いつかないと……!
土曜日までには全部、と思ってますのでもうしばらくだけお待ちを!!




