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317.えっ、どうしたの!?

お待たせしました。


ふぅぅ……疲れた。



ではどうぞ。

『あは、あはは! ――さぁ~て、もう一回やってあげるとは言ったけど、2回目だもんね~……何の対価も無しに味わえるとは、思ってないよね? “勇者”ちゃん』


 

 沈み込む気持ちを無理やり高ぶらせるように、ネジュリは笑顔を作って織部へと迫る。

 その悪戯な笑みのまま、彼女の手はじわりじわりと織部へと近づいて行った。

 そして、服に手がかかり、一気に脱がす。

 

 ――って何やってんのコイツ!?

 時間停止中に百合百合しいことでもおっぱじめてんの!?



 

『――へっ?』



 

 だが俺が止める前に、勝手にネジュリの手が動かなくなる。

 初めて、彼女が面食らったような、素で意表を突かれたような声が漏れた。

 

 その目は織部の胸元、そして素肌が見えた全身に注がれている。

 何故かというと――

 


『……えっ、どういうこと? “胸”がスライムで膨らんでる!?』

 


 ネジュリは慌てて織部の胸を鷲掴み、その感触を確かめる。

 いや、正確に言うなら――




 ネジュリ、それ、“生物(スライム)”ちゃう。

偽乳(パッド)”や!




『えっ、ええっ!? 何、これ……あれっ、ってか何で“勇者”ちゃん、服の下、鎖で縛られてるの!? 何なの一体!?』



 やめてぇぇぇ!!

 織部の秘密を次々と暴かないで!!

 

 今は君の魔法の正体を暴くターンでしょ!?   



 おそらく時間が動き出した時に服がはだけた状態にすることで、織部を(はずかし)めるつもりだったんだろう。

 だがいくら王国が誇る軍師と言えど、この展開は予想できなかったようだ。

 ……いや、俺もまさか、今度は縄や紐ではなく鎖で自縄自縛しているなんて全く想像してなかったが。



『――あっ、マズっ! もうこんなに時間がっ……クッ、“勇者”ちゃん、ネジュリちゃんの思考時間を奪うなんて、恐ろしい子!』 



 織部も織部で、どこで一矢報いてんだよ!

 赤星が来るから“痴織部”を出せず、服の下だけで我慢してたの!?

 いや、むしろアイツはそっちの方が興奮するとか言いそう……。


 

 何だかドッと疲れて溜息を吐く。

 この時間が止まってる間は絶対目を逸らさないぞと決めていたが、不意に少しだけ視線が落ちる。



 ――そして、そこで偶然、準備したスマホのストップウォッチが目に入った。



「あっ――」



 45,46,47……。


 デジタルの時計は今も、1秒1秒、時を刻み続けている。

 それは一見当たり前のように思えてしかし、全く普通のことではないことに気付く。



『ま、まあ驚かされたけど、結局はネジュリちゃんの勝ちだね。“答えが分かった人は魔法にかからず時間が止まらない”。――誰も聞いてませんね、私が勝った証拠です、はい、終わり!!』



 ネジュリは、まるで目の前に“それを読め”と書かれたペーパーがあるかのように、抑揚のない声で早口に述べてみせる。

   

 それらも全て耳にした上で、俺は体に鳥肌が立つのを止められなかった。



“体感時間を止める”というキーワード。

“1秒1秒時を刻み続ける”ストップウォッチ。

 そして今、彼女自身が口にした“答えが分かった人は魔法にかからず時間が止まらない”という最重要事項。



 ――これは、異世界だからこそ成り立った、完全犯罪ならぬ完全魔法だ。



□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆



『――わっ、わわっ!? あ、あれ!? 私、いつの間に服が……』



 時が動き出したのか、織部が自らの格好に気付き、羞恥で顔を赤色に染める。

 

 ……もっと気にして欲しいことがあるが、もうそこにツッコむのは諦めた。


 そんなことより――



「えっ、あっ、織部さんがああなってるってことは――」


「……クッ、やっぱり、私達も止まってたのかな?」


「みたい、ですね……ロトワはどうですか?」


「うぅぅぅ……ロトワも全く気付けませんでした。申し訳ありません……」

 


 地球(こちら)の皆も動き出し、織部の反応を見てそれぞれが悔しそうにする。

 

 

『あっ、あはっ! あはは! ――だ、だから言ったでしょ? ネジュリちゃんの凄さは、誰にも見抜けないんだって。これに()りたら、潔くお金か人的資源を提供して諦めるんだね~!』



 まだ織部の件を引きずっているのか、多少の動揺を見せながらも自らの勝ちを疑わずにそう告げる。

 俺は同じくタイムリミットが終わった“灰グラス”を外しながらも、確信に満ちた思いで、ゆっくりと口を開いた。



「――そうだなぁ、なんたって“答えが分かった人は魔法にかからず時間が止まらない”んだもんな~凄い凄い。俺達じゃ手も足も出ないわけだ」 


『……は?』



 先程、織部の服を脱がせた時と同様に、全く予想だにしなかった事態が起きた――そんな呆けた声が、ネジュリの口から漏れた。

 そして、一拍遅れて、何かに気付いたような表情になり――

  


『――っっ!!』


『えっ!? どういうことですか新海君、何か――』

 


 織部の言葉が最後まで紡がれることは無かった。

 また、時が止まったのだ。


 俺の周りのラティア達も同じく、また何かの行動途中で体が固まっている。

 

 今回は“灰グラス”の効果もない。

 なのに、自分以外が再び時を止められているのを見て、俺は更に自信を深めた。


 ――俺は、正確に、この古代魔法の制約(タネ)を見抜いたんだ。



『はぁっ、はぁっ……っ!! な、何で!? どうして、そのことをッ!!』


 

 息を荒げて、苦しそうにしながらも、俺を鋭く睨みつける。

 今その顔に、先程までの(ひょう)々としていた時の余裕はなかった。


 そもそも連続の魔法使用が辛いのもあるだろうが、この表情はそれだけではないだろう。



「いやいや、自分で言ってたじゃん」

   


 何かセンチメンタルに、“世界にはきっと、私一人しかいないんだわ……”みたいな感じ出してさ。

 まあ確かに、短時間とは言え自分以外が動きを止める世界と言うのは最初は良いとしても、慣れれば孤独だろうな。

 

 

 ただ本当に、全部答えを理解した今だからこそ心の余裕を持てるが。

 これが“異世界にいる奴だけで気付け”となると、絶望感が凄い。 



 地球人である俺達には、秒を正確に刻んで時の経過を教えてくれる“時計”がある。

 そしてそれが社会に根付き、時間を確認する習慣があるからこそ、“体内時計を止められたんじゃ?”と疑念を抱いた時、その仮説を検証できる。



 だが異世界ではどうだ?

 仮に“体内時計を止める魔法なんじゃ……”と思ったとしても、それを確かめる簡単な術が直ぐには思いつかない。

 

 

 地球にいて、一度だけ魔法の影響から逃れられる“灰グラス”を持っていて、そしてその上で異世界と同時的に双方向のやり取りが行えるDD――ダンジョンディスプレイがあったからこそ理解できたのだ。


 

 数々の偶然が重なり、偶々分かっただけ。

 ネジュリがあそこまで自信を持って誰に対しても挑めた理由が、今ではよく分かる。



「……まっ、織部達に詳細を告げるつもりはない。だってこれで勝ちなんだろ?」



 要するにネジュリの古代魔法の制約は、知る人が少なければ少ない程都合がいいのだ。

 それを指摘することをゲームの勝敗に賭けるなんて酔狂(すいきょう)だと思わなくもないが、それだけ今まで当ててくれる人がいなかったんだろう。


 さっき魔王ですらダメだった、みたいな話してたしな。

 



『――分かったことがあったんですか!? ……って、あれ?』



 織部を始めとして、他の皆がまた動き出した。

 今度は先程よりも圧倒的に短い拘束時間だったが、もう時間を止める必要はないと判断したんだろう。


 あるいは3回連続で魔法を使い、流石に体力的に限界が来たのか――



『――あはっ。あはは! あははははははははは!』



 ヒィッ!?

 えっ、何、どうしたの!?



『凄い凄いっ、凄い凄い凄い凄い凄いっ!! えっ、何、どういう事!? 凄いんだけど!!』



 いやそっちの方が凄いことなってますけど!?

 ……ねっ、ネジュリさん?

   

 目がイっちゃってません? 

 大丈夫?

 飴食べる?



『初めてバレた、初めてバレた、初めてバレた、初めてバレた、初めてバレた……何これ何これ何これ何これ――』


『ヒィッ!! ねっ、ネジュリさんがヤンデレ化してます!! 新海君っ、何かしましたか!?』



 なっ、何で俺!? 

 かっ、勝手にその人が壊れて……ってかヤンデレとか言うなし!!



『あはっ、あははは……――うん、良いよ。ネジュリちゃんの負け。条件無しで協力してあげる』



 歪な笑顔での笑いが収まり、ようやく正気に戻った。

 だが俺達は恐る恐る、爆弾にそっと触れるようにして、ネジュリに確認する。



「だ、大丈夫なのか?」


『えっ、えっと……ほっ、本当、ですか?』


『もう、酷いな~! ネジュリちゃん、嘘はつかないよ?』



 二度三度とそのようなやり取りを繰り返し、ようやく本気で協力してくれるのだと理解する。


 それが分かり、俺も織部も、心から安堵の息を漏らす。



『あっ、でもでも! ネジュリちゃん、お仕事で忙しいからさ。そこまで自由に動けるわけじゃないから。そこは誤解無きようお願いします』


『はい。それは大丈夫です。協力して頂けるという事実が大事ですので』



 途中色々とあったが、今日はそれが聞けるだけでもう十分だった。

 完全に脱力して、後は現地にいる織部達に任せようと通信を切りにかかる。


 が、そこで――



『――フフッ。“私だけの時間”を壊して、入り込んでくれてありがとう。また私を楽しませてね? 私の“勇者”君』



 置き土産の様に、そんなセリフを残して切れたのだった。



 ……えっ、“また”って何!?

 楽しませた記憶無いんだけど……。



 疲労感と一緒に、良く分からない恐怖を覚えながらDDを仕舞ったのだった。 



□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆  




 ――デンデンデンデンデデーンデンデデーン……



「うぅぅ……出たくない……出たくないよう……」



 精神的な疲労感からソファで仮眠をとっていた耳に、嫌な着信音が響いて来る。

 ようやく織部達の一課題が片付いたと思った時に、この音はかなりメンタルに来る。



 でも出ないと後でまた怒られるからなぁ、仕方ない……。



「……はい、もしもし」


『どうも、新海様。椎名(しいな)です』


 

 でしょうね……。

 


『今お時間よろしいでしょうか?』



 よろしくないと言ったら解放してくれるのだろうか。



「えーっと、今あれがそれで、これがあれなんで、ちょっと都合が悪いというか……」


『…………』


「うっす、問題無いっす。自分、超暇してたっす」


 

 無言の圧力に屈した。

 だってすんごい怖いんだもん……。   



『はぁぁ……仮にも受験生でしょう? お気遣いは有難いですが“暇してた”という回答はいかがなものかと』


 

 溜息と共にそんなアドバイスを頂く。

 まあ確かに。


 今後、もし仮に百万歩譲って、女性に時間を尋ねられるような天変地異的なことでもあれば、参考にしよう。 



『……まあいいです。――それで明日の夜の、お祭り、どうされますか? ルオ様とレイネ様は、私達と直接現地に向かいますが、お迎えに上がりましょうか?』


 

 ……あぁ、それね。

 前々から言われてたから、一応予定は空けてある。


 

 何でも、椎名さんの母校、つまりは志木や皇さんの学校で毎年開かれるお祭り行事があるらしい。

 

 伝統ある閉鎖的な女子高だから、参加できるのは女性、そして男性でも生徒の父兄に限られると聞いていたんだが……。



「まあメールで行き方を教えてもらえれば大丈夫です……ただ一応もう一回確認しますけど、本当に俺が行っても大丈夫なんですか?」 

 

『ええ。父兄枠のチケット、それを生徒の父兄から直接貰った人も、入れることになってますから』



 いや、だからそれだと一体誰の父兄から貰うことになんだよ……。 

 だがそれ以上は口にできず、ただただ集合時間・場所を確認するだけに。

 

 

 ……お祭りって言っても、それはそれで胃が痛くなったな……。

一応これで織部さん側は当面の所一段落ですね。


……偽乳や鎖、ネジュリさんの御乱心の件は良いのかって?


知らない子ですね……(目逸らし)


今日明日はちょっとまだ忙しいんですが、火曜日以降に徐々に感想返しをまた一気に始められそうです。

ですので、しばしお待ちを!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ブレカンの本領発揮ですね! でも、これはねじゅりの自爆です。
[良い点] 時を止める系はそういう原理だったんですね [一言] 痴織部さんは本場の人もドン引きしそうだな 新海くんは織部が帰ってきたとき責任とるとかいってたような… いよいよ椎名さんのターンが来るの…
2020/11/09 14:23 え~シィー
[一言] 時止めavの残り一割の真実が明らかに…… 織部さん時止め能力者すらドン引きさせる程度の能力(性癖)を持ってることが判明 もう魔王すら驚愕させられるのでは?(錯乱) しかし問題の対男勇者用の…
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