313.平和だな……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「……マスター、もっと前、詰めて」
「お、おい、分かったから、ちょっ押すなって……」
昼食後、俺達はこのレジャー施設内で最も高い場所に来ていた。
そう、ウォータースライダーだ。
救命ボートみたいな乗り物に複数人で乗り込み、グルグルと滑っていく。
一番の人気アトラクションのようで、かなり並ぶ。
先程ルオとロトワと一緒に乗ってやり、ようやく2回目の順番が回って来たのだ。
「は~い、男性の方、もっと肩の力を抜いて下さーい。前の女性の方を、できる範囲でギュッとしてあげてくださいね~」
従業員の女性が軽い調子で言ってくる。
あまりにグズグズしていると、係員や後ろの客から無言の圧力が増してしまう。
クッ、仕方、ないか……。
「わっ、悪いラティア……その、ちょっと腕、回す、からな?」
「は、はい……っっ」
了解は得たものの、恐る恐る腕を回す。
出来るだけ触れないようにと意識していても、こうも肌と肌が触れ合う程に密着していてはそれも難しく。
丁度ラティアのお腹辺りに、柔らかい人肌を感じた。
それでラティアも手で触れられたことを感じ、肩を跳ねさせて反応する。
「だっ、大丈夫か!?」
「あっ、はい……」
「……マスターもラティアも。付き合いたての初心なカップルみたいだね。初々しい」
こらリヴィル、自分が余裕だからって茶化すな。
俺の体勢に倣うように、リヴィルもお俺のお腹に腕を回して来る。
そしてこっちは遠慮なしに、俺の背中へと体を預けてきたのだ。
その拍子に、背中へと柔らかい何かが押し付けられる。
密着しているために、ムニュっとその形が変わることまで感じ取れてしまう。
「おっ、おい――」
「――はい、では出発しますね~」
指摘する前に、女性に遮られてしまう。
先程も聞いたケガ防止のための注意を幾つか告げられ、ウォータースライダーの旅へと押し流される。
「うぉっ、ちょっ!?」
「きゃぁっ!」
「んっ――」
グンッと前へと進む力が加わる。
反対に、ラティアの体が大きく俺へと仰け反って来た。
更に俺も同じくリヴィルの方へと倒れ掛かる。
「ちょっ、リヴィル!? おまっ、そんな、しがみ、付くな!!」
飛沫が左右で跳ねる。
ドンドン流れていく景色に翻弄されながらも、何とか後ろに訴えかけた。
「危ない、から、仕方ない。マスター、も。ラティアをちゃんと、抱きしめて、あげないと」
あっ、凄い、頭の辺りに、柔らかい感触が――
「くっ、このっ――あうっ!?」
「も、申し訳ございません!! ご主人様、その、どこか、傷めましたか!? ご、ご迷惑を――」
直角に曲がるコースの辺りで、ラティアの上半身がバウンドした。
反射的にそれを守るようにして押さえつけると、丁度マイサンにラティアの背中が強打。
何でや!?
「だ、大、丈夫……それより、そろそろ――」
体感時間的に、終わりに近づいている。
最後はプールへと飛び込む形で終わるので、心の準備を、と言おうとした。
……が、それは少し遅かったようで。
「あっ――きゃっ!?」
「うわっぷ!」
「んっ――」
滑り台の最後に到達。
3人で飛び跳ねるように、プールへと着水した。
しばらくゆっくりとプールを流れ、余韻のような時間を過ごす。
「……衝撃が結構ありましたけど、内容自体は凄く楽しかったですね」
「……うん、まあこれはこれで楽しかったかな?」
二人は驚きはしたものの、どうやら概ね喜んでくれたみたいだ。
……いや、まあ俺も楽しかったよ?
ロトワとルオの時には感じなかった体験も、その、あるにはあったしね。 手で触れたラティアのおへそとか、頭に感じたリヴィルの胸枕とか……うん。
……だがこれは秘密にして、墓場まで持って行った方が良いだろう。
「はーいお疲れさまでしたー。ボートは回収しますので、そのままお降り頂いて大丈夫ですよー」
別の係員がいて、降りる様に促される。
指示に従い、降りて、プールサイドへと向かう。
「ご主人、お帰り! もう一回、ねっ、もう一回だけでいいから乗ろう!」
2連続で乗ったので休みたいのだが、ルオからアンコールを求められる。
嫌そうな顔をすると、別の所からも声が上がる。
「……お兄さん、ウチも同乗希望です。何なら、お兄さんは天井のシミを数えてるだけで良いんで」
「……それは流石にワザと言ってるだろ」
空木をジト目で睨みつける。
ラスト1回という確約の下、しょうがなく付き合ってやったのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ふあぁぁ……落ち着くわ」
「ははっ、魚に体の垢を食われながら落ち着くって、おかしいって隊長さん」
隣に座るレイネに屈託ない笑顔で笑われてしまう。
いや、それだけ疲れるんだって、あのウォータースライダー。
「むぅぅ。結局ウチは乗れなかったな……」
空木は先程、ウォータースライダーの同乗者を決めるジャンケンから身を引いていた。
まあ怖気づいてと言うよりは、滑った後の無防備な状態を想像して、身バレに配慮したんだろうと思う。
「ミオちゃん、元気出してくださいです。ほらっ、お魚さんも、“元気出して~!”って来てくれてますよ?」
小さな黒い線のように見える魚の群れを指し、ロトワがそう励ました。
いや、普通に空木の足の垢を食いに来てんだと思うぞ……。
俺達が足を突っ込んでんのは、ドクターフィッシュのいる水なんだからな。
だがロトワの言い様がツボに入ったのか、空木は楽しそうにクスクス笑う。
「フフッ、だね~。お魚さんも、きっとお芋教の良さが分かって寄って来てくれたんだろうね~」
物凄い適当な返しだった。
「お前……まだそれ広めてんのか」
呆れたようにツッコミを入れる。
空木は悪びれもせず、前に座るレイネを勧誘した。
「お姉さんも、どうですかお芋教。良いことづくめですよ? 友人は増えるわ、不治の病は治るわ、神の声が聞こえるようになるわ、もう万能薬です」
「ははっ、なんだそりゃ。お芋教すげぇ~」
レイネもまともには取り合わず、ただの他愛ない会話の一部として楽しんでいる。
この場ではこういうのほほんとした会話がふさわしいのだと、空木も理解し、あえてその話題をチョイスしているようだった。
「――えっ、友が増える!? ど、同志よ! わっ、我でもその神の教えに習うことは可能か!?」
光原妹が食い付いた!?
「……いや、ただ芋ばっか食う、やべぇ宗教だぞ? やめとけ」
「? でもお館様、そのおかげでミオちゃん、お胸も大きくなったって、ラティアちゃん言ってましたですよ?」
……それは別に芋の不思議パワーとかではないだろうに。
普通に栄養素が胸に集中して――ってそうじゃなくて。
「……お兄さん、今、ウチ、凄い視線を感じましたけど? しかも特定の部位に」
「……気のせいだろ」
追及の眼差しを知らぬフリして、ドクターフィッシュの感触を楽しむ。
何か、細い先端の棒状をした物で突かれているような感じだった。
ツンツンと突かれて、ロトワや光原妹はくすぐったそうにはしゃいでいる。
「これ、魚ですら人の垢を食べたら“ドクター”と命名されるんです。人が人の体を舐めたりしたら、もっと崇高なものとして扱われてもおかしくないような気がするんですよ」
何言ってんだコイツ。
そんな即反論されても気にしない風な顔しつつ、織部の喜びそうな説を唱えるな。
お芋教、思考回路がブレイブ教と近くないか?
「かもな~。うん、だからあたしも、もっと隊長さんの首筋とか耳とかおへそとか。舐めてみてもいいかもしれないよな~」
「…………」
「…………」
おいレイネ、お前も何言っちゃってんの?
気付け、この微妙な空気に。
その後も殆ど、どうでも良い会話が続いたが、それはそれで嫌な空気ではなく。
忙しい、目が回るような毎日を送る俺達にとっては、とても気が休まる穏やかな一時となったのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「……はいはい、分かった分かった。勝った方のお願い、聞くから。頑張って来い」
時間も良い感じで過ぎて行き、そろそろ帰る準備でもするかという頃。
後一つ、最新の“水の迷路”だけ挑戦させて欲しいと言ってきた。
そしてチームに分かれてポイントを競うらしい。
「隊長さんっ、言質取ったからな!? ――っし! ルオ、リオン、頑張ろうぜ!!」
「……フフッ、レイネ、負けませんからね? ――ロトワ、リヴィル、絶対勝ちましょうね?」
二チームのリーダーがメンバーを率い、気合いを入れてアトラクションへと向かっていった。
「……お兄さん、ウチは知りませんからね? 飢えた肉食動物の前に、霜降り肉をぶら下げるような蛮行。あぁーあ、ウチ知ぃ~らない」
……そこまで言うか。
「まあ夏休みだしな、それくらいのサービスはするさ。――お前は良いのか? 参加しなくて」
「ウチ? ウチは良いんですよ。こうしてのんびりするのが休暇ってもんです」
空木は観覧ブースの手すりにもたれ、下にあるモザイクがかった筒の迷路を眺め下ろす。
“水の迷路”。
ダンジョンを意識して、去年から工事を始め、今年に完成したばかりのものだ。
足首まで水が使っている筒の迷路を歩き、事前に設置された宝を目指す。
途中、様々な色の照明が点って水を彩ったり、上から突如ミストが吹き付けるなど、工夫が凝らされている。
「――お兄さん。ダンジョンがいきなり出来て、ウチらだけじゃなくて、国そのものがどうなるか分からないって感じ、あったじゃないですか」
空木が下へと視線を落としながらも、急に俺に語り掛けてくる。
下では他の客が迷路に突入しており、あちこちで楽し気な声が上がっていた。
迷路の宝は小さなカラーボールのような見た目で、手首のロッカーの鍵に反応するらしい。
そういう小さな機械が仕込まれているんだと聞いたが、詳しくは分からん。
で、だから別の人が入る度に宝となるボールを、係員の側から機械で設定し直してランダム性を実現している。
それが何度も訪れたいという感情を引き出すのに上手くハマり、今の所はかなりの人気を得ていた。
「ああ、まあな。あの時はどこもかしこもバタバタだったな」
「はい。……でも今こうして、また変わりない日常を送れている。……自分がそれを支える一役を担っているって、助けになれているって、今実感してるんですよね。しみじみ、です」
空木が改まってそんなことを言うのが珍しく、ついつい話に聞き入ってしまった。
特に重い雰囲気を発しているというわけでもなく、本当にただ感慨深気に、この施設全体を俯瞰して見ているようだった。
勿論ダンジョンの脅威が去ったわけではない。
しかし、俺達人類は少しずつだが、このダンジョンがある世界に慣れ始めてきた。
そうして共存する道を模索し、今では“ダンジョン”自体をエンターテイメントの題材にして消費するにまで至っている。
人の適応能力は凄いな……と感心するばかりだ。
「――ああ、勿論、お兄さん達の貢献度合いに比べれば、ウチなんて芋の根っこ程度の存在価値なんでしょうけど」
ハッとして、慌てて補足するような空木を見て、思わず苦笑が漏れた。
「お前の芋の例えは良く分からん……芋を神格化してる癖に。なのにその根っこは価値が下がるのか? 月とスッポン的な?」
「うーん……その例えだとちょっと離れちゃいますね。ウチの中での芋と根っこの関係は言葉では言い表せない、難しい関係なんですよ」
何だそりゃ……。
「――あっ、お兄さん、下、そろそろお姉さんや凛音ちゃん達の番ですよ!」
そう指差す方、入り口にはレイネ達が立っているのが見えた。
その後ろにはラティア達のチームが控えている。
そして――
「……やっぱり、ラティア達は目立つんだな」
「特に男衆の視線を一身に集めてますよ。ナンパしようかしまいか、迷ってるのが沢山見えますね」
他の多くの客、とりわけ男性がこぞって列に並んでいるのが見て取れた。
……あれはただ“水の迷路”にチャレンジしたいからと並んでいるようには、どうしても見えなかった。
「しかも互いに互いを牽制し合ってますね」
確かに、誰か抜け駆けしてラティア達に声を掛ける奴がいないか、お互いに監視し合ってるようにも見える。
……何だかなぁ。
「うーん……お姉さん達も、ロトワちゃんやルオちゃん、凛音ちゃんも。結局は皆お兄さんに美味しく頂かれちゃう運命なのにな~気付かずギラギラしてるわけですか。ご愁傷様です」
いやいや、頂かないから。
ってか1万歩譲っても、光原妹は違うだろ。
「またまた~お兄さんは冗談がお上手なんですから~。……平和ですね。こんな話をのほほんと出来るなんて。……あぁぁ~アイドル辞めたい。誰もいない森の中でヒッソリと暮らしたい」
「それな~。あぁぁ、勉強したくない。受験も嫌だぁぁ……何も考えず、ぐーたら過ごすだけでお金貰いたい」
そんなどうでも良い話で盛り上がりながら、俺達は残りの時間を楽しくのんびりと過ごしたのだった。
……え?
勝った方のご褒美?
……さぁ、帰るまでが日帰りプールだぞ!!
ふぅぅ……。
久しぶりに今日はちょっと疲れました。
こういう日は早く寝るに限ります。
次回は多分、織部さん、かな?
また疲れる流れになりそう……(涙)