閑話④.もしもの……。
お待たせしました。
今回は本編ではなく、閑話になります。
どうしようか迷いに迷ったんですが、こういう形にしました。
終始、第三者視点です。
また、題名にもあり読んでいただけたら分かると思いますが、あまり深く考えずにご覧ください。
趣旨は最後、あとがきにて説明します。
ではどうぞ。
――――
「――ねぇ、ねぇったら!」
自分を呼ぶ声に気付き、青年は思わず驚きながら視線をあげた。
昼休み、そして誰も使わないからこそ青年が常用する屋上の隅。
そこに、自分以外の存在がいて、自分に影を作っていたのだ。
「やっと気付いた……フフッ、流石の貴方も驚いているみたいね。“どうしてここが?”って顔をしてるわ」
「……志木か、俺になんか用か?」
自らの気持ちを言い当てられた青年――新海陽翔は面白くないように視線を逸らす。
それは拗ねるような意味以外に、自分を覗き込むようにして見る彼女が、あまりにも眩しく。
そして、あまりにも魅力的な笑みに感じたから。
「……クラスが違うんだもの。お昼休みくらい貴方に会いたかったの。――そんな理由じゃダメかしら?」
「…………」
ストレートな言葉に、青年は答えに窮する。
彼女はこの御嬢様ばかりが通う学園でも大人気の生徒会長。
自分が彼女なんかと一緒にいるところを見られたら、彼女に迷惑が掛かる。
それに彼は、この学校が共学になるかどうかを判断するために送りこまれたテスト生だ。
変な誤解を生まないためにも、特定の女子生徒と二人っきりにはなりたくない。
「……だんまりなのね。でもそれは貴方が私のためを想ってしてくれてることだって。私は分かってるから」
「えっ? いや、違っ――」
否定しようとした彼の唇に、細い人差し指が優しく触れた。
そして彼女がグッと顔を近づけてくる。
その拍子にフワッと柔らかな花の香りがした。
吐息も当たるほどの、とても近い距離。
青年は鼓動が早まるのを抑えられない。
「――ねぇ、私じゃダメかしら? 貴方の前でだけなの。本当の、ありのままの私でいられるのは。そんな私を受け入れてくれた貴方のことが……」
彼女と出会ってからのことが、青年の頭を駆け巡った。
帰り道、彼女が他校の男子生徒に絡まれているのを助けて以来、何だかんだと付き合いが出来た。
ふとした拍子に、彼女が生徒たちの前では自分を偽り、皆が望む自分を演じていると知り。
だが青年はそれでも彼女の前から離れず、それどころか自分の前だけは素の彼女でいられるよう、ワザと煽ったり、時には敵対する役目まで引き受けた。
そして彼女は偶然にも、それらが青年の優しさ故の演技だと知り――
「ッ!! おっ、俺は……あっ――」
何とか言葉を発そうとして無理やり口を動かし。
ただそれが災いし、青年の舌先が、彼女の細い人差し指にチロッと触れてしまう。
それでもう頭はパニック状態に。
青年は体をガチガチに拘束されたように動けなくなる。
「……フフッ、これで間接キス、かしら」
少し興奮したような彼女が、その指先を自分の唇へと持って行く。
青年はその一連の動作から、そして彼女から目を離せない。
この後どうなってしまうのか。
大きな不安と少しの期待のような感情が入り混じった中、彼女の顔が少しずつ近づいて来る。
そして――
「――ご主人様! ご主人様、こちらにいらっしゃいませんか?」
割って入るように、別の少女の声が届いてきた。
それでビクッとしたように、目の前の彼女の動きも止まる。
「……流石ね、ラティアさん」
独り言を呟くように、志木は告げる。
そして悔しそうな、でも一方ではこうでなくてはと自身に納得づける様な表情をした。
足音と共に、その少女が屋上内を探し回っている声がした。
彼女は離れて行き、青年に挑戦的な視線を向ける。
「……私は必ず、どんな手を使ってでも貴方を。私の虜にしてみせます。――フフッ、覚悟しておいてね?」
そう言って志木は、割り込んできた少女と入れ替わる様に去って行った。
「あっ――ご主人様っ!!」
制服姿の美少女――ラティアが青年に気付き、駆けてきた。
一つ後輩の彼女は、志木が去って行った方と青年を交互に見て、状況を直ぐに察する。
「良かった、間に合った……大丈夫ですか、ご主人様?」
「あ、ああ……」
一先ず二人はこの場を離れることに。
そして自分を慕うこの後輩に気遣われながら、青年は遅い昼食をとったのだった。
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「フフッ、ご主人様。これも家庭科で作ったんです。どうぞ召し上がって下さい」
放課後。
まだ慣れない部室の雰囲気に戸惑いながらも、二人はまったりと過ごしていた。
人数が一気に6人となって“同好会”から“部”へと昇格し。
その中で他の部員がおらず、二人きりで過ごすのは初めてだった。
「お、おう、ありがとう……」
差し出されたマフィンを受け取り、かぶりつく。
甘く柔らかい生地の触感が口の中に広がる。
その美味しさに思わず二口、三口と止まらなくなった。
「うん、美味いよ、流石ラティアだな」
そう褒められたラティアは緊張から一転、ホッと胸をなでおろす。
学園内でも一二を争う大きな胸。
服の上からでも分かるその形のいい巨乳が上下し、思わず青年の視線が釘漬けに。
「良かった……あっ! 喉も渇くと思いますので、紅茶も入れますね!」
「あ、ああ。頼むな」
立ち上がったラティアを見て、青年も視線を逸らし、食べることに集中する。
この自分を慕ってくれる、とても魅力的な後輩。
歩くだけで同性からすら見惚れられ、羨望の溜め息を引き出す。
そんな美少女の後輩を、青年も憎からず想っていた。
他の部員――無表情だが、誰もが一目置く程全てに優れるクールな少女。
明るく元気一杯な可愛らしいボクッ娘下級生。
不良気質だが、実はムッツリツンデレな美少女。
最年少だが、犬みたく忠誠心を持っている真っ直ぐな女の子。
皆、青年が大事にしている少女達だ。
「…………」
青年はカップにお茶を注ぐラティアの姿を眺め、そして皆のことを想う。
皆、過去に沢山辛いことがあって。
一時はとても暗い表情で、全てを諦めていた。
それを青年が一人ずつ、ゆっくりと向き合い。
暗い闇の中から温かい陽の当たる日なたへと引きずりあげたのだ。
だからこそ、この居場所を大事にしたい。
彼女達の帰るべき、いるべき場所を守りたい。
そう改めて思うのだった。
「――どうぞ」
目の前にカップが差し出される。
考え事をしていたからか、いつの間にか準備は終わっていたらしい。
湯気が立ち上り、良い匂いが漂ってきた。
「おう、ありがとう」
猫舌なのを気にして息を吹きかけ、慎重に口の中へと傾ける。
苦味の中にも確かな酸味があり、そして香りが鼻の中を過ぎていく。
「あぁ、美味い、マフィンと合うな……他の皆も早く来ればいいのに」
ラティアが作ったのはこの部の人数分。
皆にも、この美味しさを味わってほしいと純粋に思った。
だが今の所、誰もやってくる気配はない。
不思議に思いつつ、もう一度、紅茶を口へを運ぶ。
――そこで、違和感が体の中で生まれた。
「んっ、な、なんだ――」
いきなり、妙にムラムラし出した。
青年は自分の体の変化に戸惑いを隠せない。
カップもマフィンも置いて、苦しむように額にかいた汗を拭う。
ラティアを見ると、更にその衝動は膨らみ、息が荒くなってしょうがない。
「ラティ、ア……何、を――」
「――フフッ」
ラティアの笑みが、さっきまでの物とは一変する。
純粋に二人きりの時間を楽しんでいる物から、他に邪魔者がいないのを確信した、捕食者のそれへと。
青年はそれを見て確信する。
他の4人が来ないのは、偶然ではない、と。
「クッ!」
「あらあら、ご主人様。お苦しそうですね……大変です、私に出来ることはありますか?」
白々しい演技をしながらもラティアにグィッと近づかれ、青年の中は感情の激流が渦巻いてしょうがなかった。
ムラムラを今直ぐ目の前のラティアにぶつけたい。
魅力しかない見た目のラティアに襲い掛かりたくて仕方ない。
そして相手もそれを察した上で、目の前に免罪符をぶら下げてくるのだ。
「何でも……ご主人様が望むことでしたら、私、何でも致します。――さぁ、お聞かせください。ご主人様、私は何をしたらよろしいですか?」
それが悪魔の囁きだと分かっていても、青年にそれを聞き流すという選択肢は無かった。
このまま、全てをラティアのせいにして。
ラティアの行動を言い訳にして、感情に身を任せ――
「――新海君っ、無事ですか!?」
部室の扉がいきなり開いた。
そこに立っていたのは、青年のクラスメイトで委員長をしている同級生。
織部柑奈だった。
「っっ!! ――……あら、カンナ様。ご機嫌麗しゅう。今ご主人様が丁度、体調を崩されて、看病していたところです」
「……そう、ですか」
織部はラティアと、そして青年を交互に見て、それだけ告げる。
後は何も言わず、青年の傍に歩み寄った。
「大丈夫ですか? 新海君、立てますか?」
「あ、あぁ……織部か、すまんな」
「いえ。私と新海君の仲じゃないですか――ラティアさん、新海君はこのまま私が一緒に帰ります。新海君の家は知ってますので」
淡々と告げられたそれはしかし、有無を言わせぬ響きがあった。
ラティアはそれを感じ取り、今回は仕方ないと割り切る。
「ふぅぅぅ……――分かりました。ご主人様のことをよろしくお願いします、カンナ様」
「ええ」
二人が視線を交わした時間はこの一瞬だけ。
しかし、その無言の裏で行われた激闘は熾烈を極めた。
織部はその戦いに区切りをつけるように、青年のカバンを手に取る。
そして青年に肩を貸し、二人で部室を後にしたのだった。
「――さようなら。……ご主人様、今度こそは、二人きりで、邪魔の入らない場所でお茶会、しましょうね?」
そのあえて聞こえるように呟かれた独り言を耳にし。
織部は改めて青年を守り、そんなことが実現されないよう自分達の関係を前に進める決意をしたのだった。
――――
「――グフッ、グフフッ……」
「? どうされたんですか、カンナ様? そんな変な笑い声出して」
場所は異世界。
野宿となって各自が自由時間を楽しんでいた時だった。
自分の従者――エルフの美少女であるサラにそう指摘され、思わず動揺して顔を上げる。
「なっ、何が気持ち悪いですか! 失礼な!!」
「いえ、別に気持ち悪いとは言ってませんけど……紙、ですか?」
気になったサラが覗き込むようにして織部の手元を見る。
それは何枚もの紙だった。
そこには文字が沢山プリントされており、織部はそれを読んでいたのだと分かる。
「フッフッフ、気になりますか? ――実はですね、何と! これはレイネさんやラティアさんお手製のお手軽小説なんですよ!」
それを自慢するように、プリントアウトされた紙の1ページ目を見せつける。
そこには“作:ぶっきら天使 編集:淫乱サキュバス”とあった。
サラはどう反応していいか分からず、それをただ眺め続ける。
すると、織部は何故か気を良くし、先を続けた。
先を促す程に関心を示してくれたと勝手に受け取ったらしい。
「良いですよね、良いですよね! 現役トップアイドルの超ハイスペック美少女! 異性の憧れや欲望全てを体現化したようなエロイン、ラティアさん! そこに割って入って、新海君の信頼を勝ち取る私! もう最高ですありがとうございました」
「あー……つまり、カンナ様のご要望が叶った物語を書いて、送って下さった、ということですか?」
申し訳程度に付き合う意味で、サラも質問してみる。
主人の機嫌が良いに越したことはないが、度を超えると面倒なのをこれ以上ない程に理解しているのだ。
「ですです!! フフッ、新海君には内緒なのがこれまた背徳感があって良いんですよ! 何でしょう、ゲームのキャラの名前を、気になる異性の名前にコッソリ変えてプレイする、みたいな!?」
「あ~そうですか、それは良かったですね~」
投げやりな感じの相槌も、織部は全く気付かない。
それだけ、コッソリ物資に紛れさせて送って貰った物語が、主人のツボに入ったのだろう。
サラはそう結論づけてその場を後にしようとする。
が、そこで気になる物を見つけた。
「あれ? これ……まだこの先があるようですけど」
「え? ……ああ、続きというか、エンディングでしょうね。まあもう私ルート確定なんで、読まなくても分かってるんですが……一応読んでおきましょうか」
親切にページ数も振ってあり、サラが拾った紙にはその最後のページ番号が書かれていた。
まだ読んでない間部分はある。
しかし、織部は果たしてどんな自分とのゴールインが描かれているか、ワクワクしながら、先に結末だけを覗き見ることにしたのだった。
“――レイネっ! 俺、やっぱりレイネじゃなきゃダメなんだ!!”
“ほぇっ!? た、隊長さん!? あ、あたしじゃなきゃダメって……”
「……あれ?」
織部は固まり、一瞬目を閉じ、疲れた目をほぐすように指先で揉む。
そうしてもう一度、文書に目を通し始める。
“で、でも! あたしなんて、この学園じゃ不良だし! 隊長さんは人気者で――そ、それに! ラティアはどうしたんだよ!! 部室で二人きりになったんじゃ……”
“ラティアも勿論大事だ! だけど、先ずはこの想い、一番にレイネに伝えたくて!! レイネが最初の相手なら、きっとラティアも受け入れてくれる! 皆で幸せになろう、レイネ!!”
“た、隊長さん……ば、ばかっ”
「……え? 私との真実エンドは? これ、ページ数、順序、間違えてませんか?」
「……カンナ様、お気を確かに。作者が誰か、今一度思い出してください」
しかし、壊れた人形のように、主人は同じことを呟き続ける。
「同級生とのゴールインルート……アフターストーリーで明かされる“実は子供の頃大の親友だったけど、親の事情で離れ離れに”展開……そして粘着質の自称幼馴染から助け出してもらい、晴れてハッピーエンドに……」
「…………」
サラはそこで、色々と諦め、その場を離れることに。
こういう時は放っておくことが一番の対処法だと、その物語に描かれている青年から言われて、身に染みているからだ。
その後、タルラとシルレが呼びに来るまで、織部は一人、壊れ続けたのだった。
はい、ということで、織部さんの妄想が文章という形になったお話でした。
何で閑話を挟んだかと言うと、今日10/27で、この小説を投稿し始めて丁度1周年になるからです。
本当なら人気投票でもして、上位3位くらいのメンバーを中心にしたお話でも1話分書こうかなと思っていたんですが……。
集計とかその他諸々を考えると、ちょっと負担が……となり。
そのため、私が今まで頂いた感想を拝見した上で感じた、独断の上位3人を中心としたお話として構成しました。
1位:織部さん!!!
2位:ラティア!!
3位:かおりんりん!
※なお、異論は認めます!
何かまた閑話を入れるかなと言うことになったら、改めてどういう企画をするかは考えますので、気軽にお知らせください。
そして、この小説が1年も投稿し続けることが出来て、更に書籍化にまで至れたのは偏に皆さんが読んで支えて下さったおかげです。
318部/365日、つまり1週間に6話以上も投稿した計算ですから、本当に感慨深いです。
本当にありがとうございます!
これからもコツコツと頑張って更新していこうと思っております。
今後もよろしくお願いします!!