309.クッ、覚えてろよ!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「≪地獄の闇よ、契約者たる我が声に応え、集い、全てを奪う兵となれ――≫」
3分以上にも及ぶ長い詠唱がようやく終わりに差し掛かる。
ラティアの魔法は何度も見てきたが、ここまで時間を費やす詠唱は初めて見た。
うっすらと額に汗を滲ませながらも、ラティアはその魔法を完成させる。
「――【デモンズ・ドール】!!」
ラティアの目の前に突如、異次元と通ずる門が開いた。
ドス黒い闇が、そこから止めどなく流れ込んでくる。
闇は一定の量になると、突如として方向性を持って集まりだす。
球体だ。
だが言ってしまえばただの黒いボールなのに、その存在感があまりにも強かった。
触れるか、あるいは近づいただけでも。
自分の存在そのものが飲み込まれるのではないか、そう錯覚するほどの圧倒的な闇だ。
「ふぅぅ……意外にぶっつけ本番で何とかなりました――さぁ、行きましょうか」
スッキリとした表情で汗を拭いながら、ラティアは何でもないようにそう口にする。
無茶・無理をしているという風でもなく、本当に発動さえしてしまえば後はもう問題ないといった顔だ。
「“行きましょうか”って……これ、は? えっ、ど、どういうこと?」
俺は混乱する頭のまま、黒い球体を指差してラティアに確認する。
しかしラティアはそれをおかしそうに笑うのだった。
クスクスと笑う仕草、拭い損ねた汗が胸元に垂れる様子。
それだけで物凄く魅力的に、そして淫靡に映る。
……うぐぐっ。
ラティアめ、一生懸命に魔法を頑張るだけで可愛いなどとは。
やはりこやつ、手強いぞぃ……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「グルルルルッ……」
「ガルッ、ガルル!」
ラティアの言う事に従い、ただその後を付いていく。
そこには精霊が教えてくれた通り、8体ものモンスターが。
ホーンドッグは赤茶色の薄い体毛を生やし、額にはドリルのような白い角がある。
あの角を鳴らされると、またドンドンと敵が湧いて来るらしい。
「――では、お願いしますね?」
ラティアがそう告げると、あの闇の球体が動き出す。
ここまで来る間、機械の如くラティアと一定の距離を取って、ただ浮遊して来た。
それが今、その真価を発揮する。
『――』
意味を成さない音を発し、ジリジリとモンスター達との距離を詰めだす。
その言い知れぬ不気味さや威圧感にやられてか、ホーンドッグたちは一歩、また一歩と後退。
だが焦れた1匹が、角を突き出してその闇に飛び込んだ。
「あのモンスターに“勇気”と“蛮勇”の違いは分かんねえか……」
レイネがそっとこぼした言葉が、やけに印象に残った。
そして事態は、一方的な展開に。
「ガルッ――」
飛び出したホーンドッグは球体に触れた瞬間、その接触した角の部分から跡形もなく消滅していった。
まるで沸き立つ溶岩に落ちて行ったみたいに、ジュウゥゥと嫌な音を立てては消えていく。
『――』
そしてその1体を美味しく食べてご馳走様、もっと食べたいよ、とでも言うように。
球体は、姿を変えた。
「……これ、凄い。中位――いや、上位悪魔、みたい……」
ルオが、唖然としたようにそう呟く。
球体はその言葉通り、悪魔の様な形に変形した。
二本の角があり、邪悪な翼を付けている。
そして弧を描くようにして開いた口の先には勿論、底無しの闇が渦巻いていた。
「こっわ……何だこりゃ」
「ラティア曰く“悪魔人形”、らしいけど?」
お化け屋敷とは違う、本物の恐怖を身近に感じ。
背筋に寒気が走る。
リヴィルが味方なんだからあんまり気にしなくても、と言うニュアンスで言ってくれるが、うーん……。
……今後、益々ラティアを怒らせられないな。
闇が作り出した悪魔が、次々とホーンドッグをその身へと飲み込んでいくのを見ながら。
俺は、そんな場違いなことを考えたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「へぇぇ~これ完全に自律して動いてくれんのか。凄い良いじゃん! 戦場に1体欲しい!」
「フフッ、そうですかね。もっと魔力に余裕が出来ましたら、最初から召喚して護衛を任せてみてもいいかもしれません」
あれから、ラティアを含め俺達がしたことと言ったら、しゃべってマッピングをしながらもダンジョンを歩くことだけだった。
モンスターが現れる度に、“デモンズ・ドール”はまるで胃袋に限界がないみたいに全部を闇の中へと吸い込んで行く。
そしてそれは別に戦闘行為ではなく、ただ接触しただけで、だ。
モンスターを自身の体の中へと吸い込むことで、そのエネルギーを賄っているかのように今も現実の世界に留まり続けている。
そこもまた、今までのラティアの魔法とは大きく違う所だった。
「ラティア、本当凄いな……」
「ん? マスター、それはラティアの魅力に見惚れてるってこと?」
リヴィルが隣に来て小さく笑みを浮かべながら、そんな冗談を言ってくる。
前を歩くラティアやレイネに聞かれないか、気が気じゃない。
「……いや、この今の流れ的に、確実に“魔法”の話だろう」
「フフッ、でもラティアの見た目が魅力的じゃない、ってことはないでしょ?」
嫌な聞き方をする……。
そんなもん、議論する余地もないだろう。
男だったら100人中ほぼ100人が肯定する議題だ。
後ろで楽しく会話する、ルオとロトワからの視線を気にしつつ前を向く。
二人は俺の方は見てないな……うん。
それを確認してから、リヴィルの話題に合わせるようにラティアの後ろ姿を見る。
あの極めて露出の激しいサキュバス衣装で、歩くたびに形の良いお尻が揺れる。
前を歩かれると、意識せずとも視線がそこに誘導されそうだ。
「……あんな凄い恰好して、それでも油断仕切って歩いてるってのは、マスターの前だけだと思うよ?」
「……リヴィルから見ても“凄い恰好”なんだな」
何と言って返せばいいか分からないので、苦し紛れにそう呟いておく。
今回、ラティアがあれだけ汗を滲ませながらも頑張ってくれたのは、間違いなく明日のためだろう。
皆が楽しみにしているプール。
ああやって、魔法で生み出した存在が片付けてくれるのなら、皆は疲れを残さず明日を楽しめる。
そんな配慮があったんだろう。
……ったく。
「何だかんだ、皆のことを優先するからな。自分のことは後回しで……ったく」
「きっと誰かさんに影響されてるんだと思うけど……ところでマスター、“ブーメラン”って言葉知ってる?」
わーわー聞こえなーい。
リヴィルめ……ここぞとばかりにラティアに加勢しおって。
後でどっちの勢力に着いた方が得か、きっちりと教えてやらないとな。
さて――
「ん、んんっ――ラティア、レイネ。お疲れさん、おかげで調査はすこぶる順調だぜ」
足を進め、ラティア達に追いつき、思い切って二人の肩を叩いた。
普段の俺なら絶対やらないような、完全なるスキンシップである。
ラティアに至っては肌が出ているので、ただ声をかけるよりも緊張した。
「えっ!? あっ、その、ご主人様!? えっと……」
「っ!? お、おう……その、うん、隊長さんも、お疲れ」
何だ二人して!!
その初心な乙女みたいな反応は!?
そんなに俺が肩に触れるのがおかしいか!?
……ってか、ラティアの肌に直に触れてるせいか、凄い手が熱く感じる。
その影響で、服の上から触ったレイネ相手にも、肩から熱が伝わって来てるような気さえした。
くっ、やっぱ慣れないことはするんじゃないな……。
「あっ……」
「放し、ちゃうんだ……」
手を放すと、二人から小さな声が漏れる。
だがそれを追及する間もなく、ラティアが笑顔を浮かべて振り向いてきた。
「え、えっと、調査が捗って何よりです! この子を呼び出した甲斐がありましたね」
まくし立てるように言って、“デモンズ・ドール”を指差す。
更にラティアは体ごとこちらを向いて、下腹部にあるあのピンク色をした紋様を撫でてみせた。
その手つき、指先の動き一つ一つが異性を誘惑する最上の仕草のようで、思わず目を逸らしてしまう。
「フッ、フフッ。ご主人様が下さったこの紋様のおかげで生み出せたと言っても過言ではありませんから。ご主人様、ありがとうございます」
「い、いや……最初に頑張ってくれたのはリヴィルやレイネだし。実際にあれを生んだのはラティアだから、その、うん……」
恥ずいのもあり尻すぼみになりながら、視線を逸らす意味であの闇でできた悪魔に目を向ける。
味方だから普通に近くにいられるが、あんな怖いの、他人だったら絶対近寄らないようにするな。
ってか俺とラティアが絡んで“頑張って生んだ”って表現だと、何か変な感じに聞こえる。
それにどうせ生むんなら、もっと目に入れても痛くない可愛い娘を――
――はっ!? ち、違う違う!!
今、俺は何を想像していた!?
“娘”!?
俺は一人で何の話をしてんだよ!!
「……フフフッ。ご主人様、どうかなさいましたか?」
既に余裕を取り戻したみたいな笑顔を浮かべ、ラティアがここぞとばかりに追及してきた。
俺の考えていたことを全て見透かしていそうな含みある笑みに、一も二もなく撤退を選ぶ。
クッ、ラティアめ、覚えてろよ!!
明日のプール、絶対にこの借りは返させてもらうからな!
調査に目途が立ち、早速俺は後列に撤退。
こちらに引き込みやすいルオとロトワの買収へと動くのだった。
ラティアの新たな魔法は、本来なら一兵として戦ってくれる召喚魔法みたいな位置付けです。
ただ相手の力量が一定以上ないと、その副次的効果で強者かそうじゃないかの分別機みたいになっちゃいますね。
なので本領発揮するまでもなくお仕事完了しちゃってます。
まあラティア的には“プールのために皆が出るまでもないよ、自分がやりますよ”ということも達成できて。
なおかつ、主人公に他の意味をも考えさせることが出来たかもしれないので、十分働いてくれたと言っても良いでしょうね!