308.明日、ちゃんと皆で行けるよね!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「っと……ここ。あたしとルオが見つけたダンジョンは」
レイネの示した先、自宅の物置内にダンジョンの入り口が出来ていた。
あまり大きくない庭で、その中に工具や器具など色んな物を仕舞っている。
その物置の中に入り右を向くと確かに、壁面にあの異次元へと通じる穴ができていたのだ。
「確かに……灯台下暗しというか何と言うか……盲点でしたね」
よくここに来るラティアも驚いたというように目を見開いている。
俺もビックリだ。
ってかこれ、本当どうなってるんだろうね……。
一旦外に出て、庭から見てみる。
だが外から見ても、入り口の穴に当たる部分はキッチリと壁が残っていて、こっちからは勿論入れない。
うーん……謎だ。
「……で、ご主人、どうするの? 攻略、する?」
これを見つけた一人であるルオは心配そうに聞いてくる。
ルオが不安がっているのは、多分、複数の意味があるんだろう。
自宅近くにダンジョンが出来るということ、あるいはこの物置をレイネと二人で見ていた理由、とか……。
「ん~……まあちょっと様子見はするだろうけど……レイネ、リヴィル。どう思う?」
尋ねると、リヴィルが難しそうに唸りながら先に答えてくれる。
「うーん、攻略“できない”とは感じない。ただ、今までで一番、難しそうな雰囲気はする、かな」
「あたしも。何か異世界で苦労したダンジョンと似た雰囲気を感じる。時間はかかるだろうぜ?」
代わる代わる物置の中に入り、二人は入り口を眺めてそう告げる。
なるほど……ん?
「うずうず……ドキドキ……」
「ハラハラ……そわそわ」
ロトワとルオが、何事かを口にしながらジーっと見つめてくる。
……そんなに予定が気になるのか。
「はぁぁ……――大丈夫。今日軽く見るだけ見て、緊急性が無かったら、攻略は急がないから」
その言葉で、二人の表情は瞬く間に明るくなっていく。
「じゃ、じゃあ明日は、だ、大丈夫でありますか!?」
「ご主人! 明日、プール皆で行ける!?」
「はいはい……行ける行ける」
“やったぁぁー!”と声を上げ、二人はハイタッチして喜んだ。
まあね、夏休み、皆で遊べる機会だから分かるけど。
「フフッ……――さぁ、ロトワも、ルオも。そうと決まったらダンジョンへ行く準備、してきましょうね」
ラティアの纏めるような言葉で、二人はハッとしたようになる。
そうして我先にと一目散に家の中へ戻って行った。
「二人とも、分かり易いったらねえな。ははっ!」
「だね。私達も準備、しよっか」
レイネとリヴィルも、二人の気持ちは分かるという風に優しい眼差しだった。
俺は残ったラティアとともに、一先ず入りやすいよう物置を軽く整理する。
「……ご主人様。使用期限はまだあるようですし、あまり明日に拘らなくても、私達は大丈夫ですよ?」
ラティアは浮き輪の入った箱を、他の荷物とは分けて外に出しながらそう言ってくれる。
ルオやレイネが今回のために探していた物だ。
俺が小学生の頃、親父が買ってくれたが、使われずに置いておかれたと記憶している。
懐かしいな……。
使った記憶がないのに懐かしいってのも変だが。
「プール優待券の使用期限……ああ、確か再来週までだったか。――まあそうなんだけど。あんまし先延ばしにし過ぎるのも悪いからな」
俺ももっと小さかったころ、欲しかったゲームの購入日を延ばしに延ばされて、遂には親父にキレた記憶がある。
ルオやロトワも明日を心待ちにして、きっと今まで指折り数えて楽しみにしてくれていただろう。
ダンジョン関連という理由なら延期も納得はしてくれるだろうが、俺の見てないところで落ち込む姿が容易に想像できた。
……出来るならそれはしたくない。
「……フフッ、分かりました。では私も、この調査。明日のためにも全力で頑張りますね?」
「お、おう……よろしく」
ある程度片付いたところで、ラティアも家の中へと戻って行った。
ラティアもダンジョンに入る準備をするのだろう。
……ただ、ちょっとあの笑顔が気になるけど。
そうして俺も後から、自室へと戻り準備をするのだった。
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「中々このダンジョン、手強そうだな……」
「うん、初っ端から“ホーンラビット”だもんね。これはちょっと慎重に行った方がよさそうかも」
レイネとリヴィルが、先の戦闘について思った意見を交換し合う。
1階層。
直ぐモンスターとばったり、と言うことは無かったものの、1度戦闘があった。
遊撃として完全に自由に動くリヴィル、そしてレイネの二人があっさりと倒してしまう。
ただ、最初の階層に5体もの角ウサギが出てくること自体が、警戒に値する要素となるらしい。
「まあ今日は調査だけだから。奥まで行くつもりもないし。不要な戦闘は避けていいからな?」
皆に言い聞かせるようにして告げる。
特にレイネは精霊に頼んで索敵をしているから、よりモンスターの動向には敏感になってもらう。
ダンジョン内は物置の中に出来たものとは思えない程に奥行きがある。
入り組んでいるわけではないが、1階層から道も複数存在し、攻略の難易度が高そうなのを窺わせた。
夏真っ盛りなのに、中はじんわりと汗をかく程度で、外と比べると随分涼しい方だ。
「了解。――っし、じゃあパコピー、また偵察、頼むぜ」
この中で俺とレイネだけが見えている精霊――ハート型の愛の精霊に方針を改めて伝える。
『パコー! 分かったパコっ、パコに任せるパコっ!!』
そう言ってくるくる縦回転しながら、俺達を先導するように前へ前へと進んで行った。
……やはりコイツ、話し方もどうかと思うが。
動きや見た目そのものもちょっと待てと言いたくなる。
でもレイネは全く気にしないというか、アレが可愛く見えてんだよな……。
世の中、不思議なことばっかりだ。
『――パコッ! モンスターだパコっ! 角の生えた犬型の奴が4体いたパコ!』
「また角か……ホーンドッグだな。アイツら、面倒なんだよな~」
「ホーンドッグか……うん。繁殖力も凄いしね~」
精霊の報告を聞くと、レイネがうんざりするように呟く。
ルオも同意なようで、苦笑いしてその特徴を告げた。
「えっ、角による攻撃、ではないのですか? さっきもリヴィルちゃん達が直ぐ倒しちゃったから気になってたんですが……」
ロトワが尋ねると、そのモンスター達を知ってる組――レイネ、リヴィル、そしてルオが揃って頷いた。
「あ~まあ見た目がああだからな、そう思うのも無理はない。駆け出しの冒険者とか新兵はよくそれだけに目が行きがちになるけど」
「ドッグだろうとラビットだろうと何だろうと。大きい角での攻撃力って実は左程大したことはないよ。面倒臭いのは、あれで仲間を呼ばれること」
レイネとリヴィルがそんな話をしていると、いきなり音が聞こえてきた。
カチンカチンッという、刃物か何かを叩き合わせたような、そんな高い音だ。
それが聞こえた瞬間、ルオ達3人が一気に顔をこわばらせる。
「えっ……嘘っ、ボクら、気付かれてないよね?」
「だよな……パコピーに先行して見て来てもらっただけだから、まだ大丈夫なはず」
「……敵がいなくても、呼んだんじゃない?」
つまり、今の音は、そのホーンドッグとやらが、その角を使って仲間を呼んだ音らしい。
戦闘体勢になってからもう一度、精霊に偵察をしてもらう。
「……おっ、戻って来た」
『……パコォォォォ。8体に増えてたパコ。でもこっちに来る様子はないパコ』
うわっ、倍か……。
「これ、もしかして無限にあり得るの?」
「……そうだね、酷い場合はギルドとか国レベルで討伐隊が組まれるレベル。だからそこが一番面倒かな“ホーン”タイプのモンスターは」
リヴィルの答えを聞いて、思わずうんざりする表情が出てしまう。
なるほどな……それは確かに面倒だ。
「――ご主人様、それに皆。ここは一度、私に任せてもらえませんか?」
少し雲行きが怪しくなり出した時、そう手を挙げたのはラティアだった。
ラティアはあの、記念日に贈ったサキュバス服でこのダンジョンに挑んでいた。
このダンジョンが家の庭、それも物置の中に出来たこともあるだろう。
「“任せてもらえませんか?”って言うけど……どうするつもりだ?」
そう尋ねると、ラティアはスーッと目を細めて微笑んだ。
……えっ、怖い。
「フフッ。ご主人様に頂いたこの紋様もありますから。少し大がかりな魔法を使ってみたいと思います」
ラティアはその笑みのまま、下腹部辺りに浮かんだピンク色の紋様を愛おしそうに撫でて見せる。
あれもプレゼントとして贈った魔法筆で描いた、いわば装備の強化済みの証だ。
ラティアが選んだのは魔力の上昇する紋様だったのだが……。
――ヒィッ!? 何か仕草がエロいのに怖い!!
「そ、そうか……まだ見えてないけど、魔法、使うの?」
「はい。――では、詠唱に入りますね?」
う、うっす……。
ラティアはそう言って、魔法の発動準備に入った。
接敵していない状態で発動するということで、護衛の必要もない。
かなりの大規模魔法を使うつもりらしい。
ラティアの使う魔法って、ただの攻撃魔法……だよね?
魔力を強化したからって、異性の理性を吹き飛ばす魔法なんて持ってないよね!?
俺、無事に明日、皆と一緒にプールに行けるよね!?
そんな方向違いの心配をしてハラハラ・ドキドキしながら、ラティアの詠唱を見守るのだった。
プールってのは、あれです。
リヴィルと二人でスイーツバイキングに行った時のです。
シーク・ラヴ大好きな女性に、限定グッズをあげた代わりに貰ったあれのことですね。
ちなみに4枚貰いましたが、大丈夫です、皆で行けます……チケットの条件に関しては、ね(無意味に意味深さを煽っていくスタイル)