307.俺は、何か大事な物を失ったのかもしれない……。
お待たせしました。
更新時間がバラついてすいません。
ではどうぞ。
「……へぇぇ、なるほど。“異世界”で“勇者”か」
通信が繋がって自己紹介を終えてから直ぐ、織部は今までの経緯を簡単に説明し始めた。
それが終わると、赤星は感嘆とも思えるような深い息を吐く。
綺麗な織部効果か、今の所赤星は疑いを挟まず、純粋に話を聴いてくれていた。
『ウフフ。直ぐには信じられないかもしれませんね。ですが、本当なんです。――あっ、何なら、私が新海君達からずっと協力を得ていた証拠、お見せしましょうか?』
……“ウフフ”ってなんだよ“ウフフ”って。
そんな上品な笑い方、皇さんか志木がお茶会とかでする様なもんだぞ。
あまりの違和感に、思わず眉をひそめる。
ラティアが“エッチなゲームなんていけません! 風紀が乱れてしまいます!”とか言い出すくらいの違和感だからな……。
「……あっ、それ、私達の最新シングルの――」
赤星が思わず見惚れてしまったと言う様に、その目がまた、画面越しの織部に固定される。
織部は照れ混じりにだが、逆井や赤星達シーク・ラヴの歌を歌ってみせたのである。
一番最近の歌のサビ部分で、それは今も織部が生きていて、そしてこの地球の情報を得ていないと歌えないものだ。
『……あ、あはは。やだ、恥ずかしいです。赤星さん本人の前で歌うなんて、下手っぴで、すいません』
本当にただの恥ずかしがり屋な一女子高校生が、本物のアイドルを前にして歌ったように照れている。
……だから、お前誰だよ。
ええーっと……ルオは家にいる、よな?
思わずリヴィルに視線を向けると、俺の懸念が通じたように小さく頷いてくれる。
「普通に下にいるよ。……残念だけど、あれは本人なんじゃないの?」
だよな……。
「っっ!! ――は、恥ずかしくなんてないよ! 凄く上手だったし、とても可愛らしかった! 志木さんみたいな、他とは一つも二つも違うアイドルみたいだって思ったよ、私っ!!」
織部の謙遜を前に、赤星が意外な反応を見せた。
本気でそう思ってるみたいに強く否定をし、織部に自らの気持ちを訴えかける。
そして周りに沈黙が降り、自分の声の大きさに気付いたように照れてみせた。
「ご、ゴメン……。あはは、どうしちゃったんだろう私。ちょっと緊張しちゃってるのかな?」
赤星にしては珍しく、恥ずかしそうに顔を手で扇ぎ、顔の火照りを誤魔化そうとする。
……これも、綺麗な織部効果か。
『ウフフ、私も梨愛以外に本物のアイドルさんとお話するのは初めてですから、緊張してます。一緒ですね!』
「そう言ってもらえると助かるよ。あはは、織部さんって、凄く話しやすくて良い人だね」
「…………」
「…………」
「…………」
ファーストコンタクトに成功して、直ぐ仲を深める織部と赤星に対して。
俺を含め、逆井もリヴィルも無言だった。
……というか、皆してジト目だ。
何だコイツ、という思いが顔に出ているはず。
『――それと……新海君。何か今、異世界に送ってもらってもいいですか? 何でも良いんですが、見てもらった方が早いと思うので』
だが織部は、ここぞとばかりに鈍感系主人公スキルを発揮。
俺達の視線や疑問には気付かないフリで、綺麗な織部を続けた。
「……はいよ」
俺もそれ以上は言及せず、頼まれたことに従うことにした。
言ってること、つまり、赤星の理解を早めるためにはそれが一番だというのは本当だからだ。
その後、マジックの種を疑うお客の納得感を上げるためみたいに、赤星の指定する物をDD――ダンジョンディスプレイにて織部へと送った。
それこそペンで、この世に一つしかないサインを描いた物だ。
「……うわっ。本当だ、織部さんの所に、今正に行ったんだね」
それが織部の手元に転送されると、赤星はこの話を完全に信じてくれた。
当初これだけは、と思っていた部分が片付き、ホッと安堵する反面。
「なんか……複雑だね」
「……まあアタシは柑奈が良いんなら、それで良いけど」
リヴィルや逆井の呟き方にも現れているように、何とも言えない微妙な気持ちが残ったのだった。
織部め、何を企んでるんだ……。
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「うん、異世界にいるってことも、まあ何となく分かったから。事情が事情だしね、教える人を選んでるってのも理解できるよ」
「そう言ってくれると助かるよ」
やはり頭が切れる赤星だけあって、理解してもらえれば早いもので。
こちらがあまり説明したくない部分は曖昧にしたままでも、特にそれ以上の説明は求めてこなかった。
そう言う所も赤星の気遣いを感じられ、本当に助かる。
助かるのだが――
『――ウフフ、そんな~。お世辞でも嬉しいです。ですが私なんて全然、アイドルなんて向いてませんよ~』
「え、本当にそんなこと無いと思うけどなぁ。織部さん、凄く綺麗で可愛いし。スタイルも抜群に良いしさ。――あっ、勿論、さっき聴かせてくれた歌、声も良かったよ?」
赤星……そこは説明してないから仕方ないかもだが。
――その体型には一つ、嘘が混じってるぞ!
まあそっちについては、俺はもう慣れてるからあまり多くは言わないが……。
織部の猫被りは流石に違和感が尽きない。
断っても断ってもあのグータラな空木が“働かせてください!! ここで働きたいんです!!”と言ってくる位の違和感だからな。
「まあ、柑奈とハヤちゃんが仲良くなってくれて、アタシは嬉しいけど」
「うーん……大事な部分は話した上で、だから。それ以上については私も、カンナのことをどうこう言うつもりないけど」
二人とも語尾に“けど”と付けながらも、それ以上は言わない辺り、やはり胸につかえる物はあるんだろう。
それは俺も同じである。
ただ、織部が痴女い奴だとか、ドMの疑いが濃厚であるだとか。
そこん所は別に教えなくても、本筋とは関係ないのだ。
例えばオタクや二次元好きを隠してるのに、あえて外野がそこに言及して、折角新たに出来た関係に水を差すこともないのと同じだろう。
だから俺は織部のあれこれについては触れず、目を瞑っておくことにした。
「――えっと、うん。最近は“風の精霊シルフ”の装備も適合? したらしくて。皆の役に立ててると、嬉しいな」
そうしてしばらく二人でのやり取りを見守っていると、話がダンジョンやモンスターとの戦闘に移っていた。
『!! ――……そう、ですか。“風の大精霊シルフ”とは私がいる世界でもよく聞く名前なので、その装備をしている所、少し見てみたいものですね……』
――そこでほんの一瞬だけ、織部の目が怪しく光った……ような気がした。
「えっ? ――えっと……その、流石にちょっと、恥ずかしい、かな?」
赤星がある意味当然の反応を返す。
織部とどれだけ打ち解けても、今さっき会ったばかりの相手だしな。
はにかんで抵抗を見せ、話を逸らそうと試みるが――
『――っっ!! 何が恥ずかしいんですか! 何がうつるんですか! バカなことを言わないでください!!』
真面目な顔でピシャリと言い付ける。
……いや、“うつる”とまでは言ってない気がするんだけど。
ってか“うつる”って何だ。
織部がいきなり真剣になって叱って見せたので、赤星は驚いたように口を開けたまま固まる。
それを見て、織部はゆっくり表情を緩め、優しい笑みを浮かべて赤星へと語りかけた。
『……颯さん。何も気にすることはありません。“大精霊シルフ”と言ったら、誰もが恐れ戦く、畏敬の念をもって扱われる存在です』
「…………」
赤星はその高説に圧倒されるみたいに、織部の言葉に聞き入っていた。
……あれ、何だこれ。
『そんな存在から贈られたものなんでしょう? ――誰に恥じることはありませんよ。むしろ堂々と、その存在を見せつける様に着れば良いんです』
「堂々と……見せつける様に……」
大事な言葉を忘れないために繰り返すように、赤星は織部の言葉を復唱する。
――っていや、ちょっと待て!!
赤星、正気に戻れ!!
アレは本来、堂々と人前で着られるような生地面積じゃないぞ!!
だが、俺の心の声は届かない。
「……ゴメン、織部さん。私が間違ってた。――そうだよね、皆を守るために装備する物で、しかも格式高い立派な物なんだ。恥ずかしがる必要なんて、一切、ないんだよね?」
赤星が確認するように口にしたことを、織部はゆっくりと頷いて肯定する。
まるで、弟子がようやく自分の教えを理解し、真理に近づいてくれて喜ぶかのような反応に、俺はイラっとするのを止められない。
『はい。分かって貰えて、私も嬉しいです。――さぁ、颯さんの戦いでの正装を、私に見せて下さいな』
「うん! ――ゴメン、新海君、またちょっと着替えるから、下かどこか部屋借りるね!」
赤星はそうして部屋を出て行ってしまった。
…………。
「――どういうことだ、織部」
厳しいジト目を向けられてもどこ吹く風。
織部はむしろ赤星の加入に喜ぶように、その仮面を自ら脱いで感情を露わにする。
『新海君! 梨愛! リヴィルさん! ハヤちゃんさん――颯さん、凄く良い人ですね! 私、もしかして故郷に同士を得たのかもしれません!!』
踊りださんばかりの盛り上がりに、俺はもう呆れて言葉も出なかった。
つまり、綺麗な織部で信頼を得て、赤星の油断を誘い。
気付かれないよう“シルフ装備は良い物だ”みたいな暗示をかけていた、そんな感じだろう。
クッ、気付くのが遅かった。
……残念だが、赤星は堕ちたかもしれん。
その後、赤星はあの恰好に再び着替えて来て、堂々と登場してしまう。
それを見て、悟ってしまう。
俺は何か、大事な物を一つ、失ってしまったのかもしれない。
そんな寂しさを覚えたのだった。
【悲報(!?)】赤星さん、ブレイブ教に堕ちる!?
ま、まあ物語の方向性――骨格に変わりはないから大丈夫……ですよね?(震え声)
赤星さんにはサラと同じくストッパー役を期待しているのに。
クッ、織部さんめ、なんて卑劣な!!