305.……本当に良いんだな?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「えぃっ、やぁ、たぁ!!」
皇さんの可愛らしくも、力強い声がダンジョン内に響く。
それと同時にロッドから、振るわれた分だけ水の塊が飛び出した。
ヒョロッとした体格の骨――スケルトンにぶつかると、水風船が割れる様に弾ける。
「ヌァァァァァァァ……」
皮のような鎧を纏って武装しているものの、その衝撃に耐えられずモンスターは後退った。
「おぉぉ……」
まだ残っている1体を前衛として引き受けつつも、その奮闘ぶりに感心せずにはいられない。
あのウンディーネ装備……魔法に限らず、直接水を発生させるだけでも戦闘に使えるな。
威力も申し分ない。
後方から水の砲撃が飛んでくると思えば、とても頼もしく思えた。
それを仲間としても喜ぶように――
「――はぁぁっ!! しぁっ!!」
いつの間にか走り込んでいた赤星が吠える。
ノロノロとした動きをする骨のモンスターには、もしかしたら前触れなく、いきなり現れたように映ったかもしれない。
皇さんが吹き飛ばした1体が落下するのに丁度合わせ、見事な脚捌きで蹴りを入れる。
「ヌゥッ――」
ゴキャッ、と骨の折れる嫌な音がし、そうかと思うと次々と蹴りを入れられ。
最後のフィニッシュで、腹に鋭い1発が決まる。
くの字以上、まるでパタンと折り畳まれるようにスケルトンの体は折れ曲がったのだった。
そしてそれは確実に致命傷になり、そのスケルトンは消滅する。
「――ふぅぅ」
「お疲れ、リツヒ! ハヤテお姉さん!」
「はい、ありがとうございますルオさん!」
あっちは片付いた。
赤星と皇さんだけでも十分にやれるな。
念のためと付けたルオも、活躍の場など無いくらいだった。
負けてられない――
「――逆井、ロトワ、やっちまいな!!」
「オーケー!」
「畏まりましたです!」
俺と班を組んでいる二人にタイミングを告げる。
俺が相手している1体は、完全に俺にしか意識が向いていなかった。
そこへ二人がかりで背後を突き、襲わせたのだ。
……いや、他人任せとか言わない。
俺がタンク兼おとりとして立派に頑張ったからこそだよ、うん。
「せやぁぁぁ!!」
ロトワが叩き切るようにして刀を振るう。
“刀の上手な使い方”なんて無視した、単なるパワーのゴリ押しだ。
背後の右肩の骨に入った攻撃で、完全にスケルトンの体勢を崩す。
そしてそこに追い打ちをかけるのが逆井の役目だ。
「ほぃっ、せぃ、たぁ!!」
心臓辺りにある小さな、しかし禍々(まがまが)しい光を放つ、コアのようなもの。
そこへ向けて槍で連撃を決める。
ロトワの攻撃で体勢を崩されて防御も取れず、されるままに、だ。
逆井の槍は骨を砕き、コアに届き、そして突き破った。
「おっし、一丁上り!!」
「やりました! 連戦連勝です!!」
赤星や皇さん、ルオ達に殆ど遅れることなく。
俺達も無事、戦闘を終えたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ふぃぃ……お疲れ、皆」
攻略出来たわけではないが、一先ず皆の活躍を労う。
「はいです! ――お館様、ロトワ、お館様のお役に立てましたでしょうか!?」
真っ先に反応したロトワは、褒めて欲しくて堪らないと言ったように、体全体でウズウズしていた。
「おう、おかげでかなり早く上がれる。もう今日は終わりだな。ありがとう、お疲れさん」
「っ~~! ――ロ、ロトワ……感激です! お館様にお褒め頂いたこと、一生! 一生、胸に刻み生きる所存であります!」
言葉が染み入ったみたいに口をもごもごさせたかと思うと、ロトワは感動に打ち震え敬礼する。
いや、重いから……。
こんだけの言葉でロトワの一生に刻まれるとか、俺の言葉は何かの名言集かよ。
「あ、あはは……――えっと、新海君もお疲れ」
赤星もロトワの忠犬っぷりには苦笑している。
だよな……。
ロトワ、どんだけ俺の言葉を胸に刻むつもりだよ。
俺の言葉のせいでロトワの胸、逆に傷だらけになってないか心配だわ。
「おう。――どうだ、自信は付いたか?」
赤星の気持ちに軽く同意しながら、今回の趣旨は達せられたか尋ねてみる。
赤星は遠くを見つめながらも頷き返す。
未だ攻略はしていないが、今日歩んできた道のりを確かめるように。
「うん。これで≪ダンジョン運営士≫になった甲斐が出てくるよ」
俺が持ってる≪ダンジョンマスター≫の下位互換のジョブ。
それを去年、赤星はラティアと一緒に≪ダンジョン修練士≫として取っていた。
ラティアは結構前にそれが≪ダンジョン運営士≫へと上がっていたが、赤星もようやく同じ位置へと立てたのだった。
「まあこれからだな。これからどんどんダンジョン攻略して、能力付けてって……赤星達もまだまだ強くなるよ」
「うん」
そしてそれは同時に、俺のようにダンジョンを運営することができるようになることをも意味する。
つまり、Gradeを使って仲間にすることは出来ないものの。
俺から所有するダンジョンを譲渡されれば、その限りでスキルや魔法などをDPで取得できるのだ。
ただ、≪ダンジョン運営士≫自体には運動能力や魔力を引き上げるような効果は無い。
なので、今日は≪ダンジョン運営士≫になって、念のため体に違和感がないかの確認も兼ねて、赤星達の成長を見る場という意味でもあった。
「どんくらいDPって今持ってるんだ?」
「えーっと……確か8300くらい、だったかな? これでも結構ある方、なんだよね?」
赤星達もDD――ダンジョンディスプレイを持っていて、今まで攻略して得たDPがそこに貯まっている。
8000か……。
「十分だろう。そんだけあれば……ゴブリンが軽く300体は出来るな」
ゴッさんを創り出した時、1体25DPだったはずだからな。
単純計算だが、どれくらいの量を持っているか、これで感覚的に伝わるはずだ。
「おぉぉ……モンスター300体って聞くと、私達も結構頑張って来たんだな……」
赤星達も、俺達がいない場合でも沢山頑張ってるはずだからな。
そりゃ感動も一入だろう。
しばらくは言葉をかけず、その沈黙に時間の流れを任せるのだった。
「――でもあれっしょ? 流石に新海たちが頑張って攻略したダンジョン、ホイホイ貰うわけにもいかないっしょ?」
しばらく休み、似た話を逆井達も交えてしてみた。
まあ確かに、ホイホイ渡すもんでもないだろうしな……。
「も、勿論! 対価はお支払いします! 陽翔様が望む物で、私達がお支払いできるものでしたら、きちんと!!」
ち、近いっ……。
皇さんが、熱が入ったようにグイっと近寄って来た。
今日ウンディーネ装備で、更に出来ることがあると確認できたからか、興奮度合いが例を見ない程に高い。
だがそれは客観的に見れば同時に、その凄い恰好で興奮して異性に迫っている、とも見えるわけで……。
「リ、リツヒがいつになく熱い! 燃えてるっ!!――いいよ、リツヒ! ご主人にちゃんと効いてるよ!」
こらルオ、変に煽らない!!
この場合“その熱意、ちゃんと届いてるよ!”的な意味なんだろうが、もうちょっと状況を理解してから言ってほしい。
別にダンジョン譲渡の交渉が増えるのはいいのだ。
そっちを躊躇ってまごついてるんじゃなくて!
今俺に効いてるのは、皇さん、君が凄い恰好でグイグイ近づいて来てることですよ!
あ、アカン!
こんな状況が起こったというだけでも、絶対椎名さんに知られてはいけない!!
「は、はいルオさん! ――は、陽翔様、いかがでしょう!?」
だが皇さんにその想いは届かず。
無意識にだろうか、皇さんにしては思い切ったように俺の手を取る。
そうしてその小さくも柔らかい両手で包み込んだ。
自分の想いの強さを、熱を、そのまま手から伝える様に。
そうして自身の胸の近くまで持って行かれる。
――うわっ、ちょ、見えっ……。
それに釣られるように反射的に視線が胸元へと向く。
そこは、頼りないベルトただ一本のみが、皇さんの上半身を隠す衣類の役割をしていて……。
「――こ、交渉ありきって言うんなら、元々断る予定もなかったし、うん! また志木とも相談して、前向きに検討してみるよ」
この状況から脱するために、早口になって答える。
途中上擦った声になってしまった……。
……うっさい、童貞臭くて悪かったな!
おい、ここにいる皆、椎名さんには勿論だが、ラティアにも今のことは絶対言うなよ!!
いいか、絶対だぞ!!
「ありがとうございます! フフッ、帰ったら私からも、花織御姉様にご報告しておきますね?」
とても嬉しそうに、それこそ花が咲いたような見惚れる程の笑顔を浮かべる。
……まあ喜んでくれたんなら良かった。
「ああ、事前に話を通しておいてもらえると、こっちも助かるよ」
「はい! ――あっ、陽翔様、先程申したことは本当ですからね? 私に出来る事でしたら遠慮せず、何でもおっしゃってください」
いや、そこは強調しなくても大丈夫だから、うん。
別に疑ってないし……。
ってかだから、“何でも”とか言わないの。
織部が湧いたらどうするのさ……。
「……フフッ、律氷ちゃんの思わぬ成長だったね、新海君」
「ああ、かもな……」
話し合いが上手く良い所に落ち着いて、皇さんはルオと喜び合っている。
そんな姿を赤星と二人、しみじみと見守ったのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「……いや、ああいう余裕のある態度が、“伏兵”って言われる原因なのに。ハヤちゃん、分かってんのかな……?」
帰り道。
俺の家に一番近い、あの廃神社跡にまで転移した。
そうして外に出る途中、逆井が何か呟きながら近づいて来る。
赤星はロトワと共に、楽しそうに前を歩いているので気付いていない。
「……新海、おっつ。――……けどさ、この後のこと、忘れてないよね?」
声を潜めるようにして逆井に言われ、余計この後待ち受けることを意識させられた。
「ああ、分かってるっての。……さっきまでのダンジョンでの戦闘なんて、準備運動にもならないくらいの難事が、この後あるってな」
俺も同じように声を抑えて、逆井に返す。
そう、俺と逆井は今日、単に赤星や皇さんの用事に付き合っただけではない。
更にこの後、家に戻ってからもう一つ、やることがあったのだ。
俺達はその対象――赤星の後姿を見て、ヒソヒソ言葉を交わし合う。
「……本当に良いんだな? 言ってからはもうなかったことには出来ないぞ?」
「分かってる。アタシだってそれくらいちゃんと理解してるし。……それにそっちこそ、本当に良いんだよね?」
逆井はその後の言葉を告げるのを躊躇うように、一度間を空ける。
赤星の背中を見て、虚空に視線を向け、再び俺に戻し。
そうしてたっぷり時間を空けた後、それを口にしたのだった。
「――ハヤちゃんに、“柑奈”のことを言っても」
逆井さんに織部さんのことを告げて、更に時間が経って……。
遂に、また織部さんの存在を知る人が増える、のか!?
喜ばしいことのはずなのに、何だろう……。
何故か逆井さんや新海君のように、「良いの!? 本当に言っちゃっても良いの!?」と何度も確認したくなる自分がいます。
そんな確認しないとダメだと思われてる織部さん、どんな存在だよ……(白目)