301.夢も希望もない話だな……。
お待たせしました。
すいません、シンプルに体調不良でお休みしました。
ではどうぞ。
「そうそう! 姉さん、右手を上げて――あぁ違くて! それだと後がキツいよ!」
「ロトワ、その青いの掴んで。そう、それそれ」
桜田の妹さんとリヴィルの楽しそうな声が上がる。
「うわっ、ちょっ! 体勢が結構キツイぃぃ……えっ、彩、すいません、もう一回指示をお願いします!」
「えーっと……これがこうで……あっ! 出来ましたです! リヴィルちゃん、次は!?」
一方の桜田とロトワは、それぞれ、張り付くような形で壁の踏破に挑んでいた。
その壁には大小、色も様々な取っ手になる物が付いている。
いわゆるボルダリングと言う奴だ。
「お姉ちゃん、ロトワちゃん、がんば!」
「二人とも~ケガすんなよ~」
下の妹さんの相手をしながら、レイネも二人を応援していた。
皆で遊べるスポーツもいいが、こういう個人のも外野で十分楽しめるな。
バイキングを楽しんだ後、俺達はレイネとロトワの二人と合流した。
そして、二人がそれまで楽しんでいた屋内型の総合レジャー施設にやって来たのだ。
それまでレイネ達と遊んでいた桜田姉妹と更に再合流を果たし、賑やかな午後を過ごしている。
「姉さん、惜しかったね……でもやっぱり凄く速かったよ!」
「……大丈夫? お姉ちゃん」
「はぁぁ……いえ、体力的には大丈夫ですが、これ、結構頭も使うんですね。意外に大変でした」
ロトワとの勝負に敗れた桜田が、床に大の字になって休んでいる。
桜田は探索士だし、本人の言う通り、体力的には問題ないんだろう。
中学生以下が目安のコースでやってたわけだし、むしろそれで勝ってしまうロトワが凄い。
「やったね、ロトワ」
「はいです! お館様にみっともない姿は見せられませんから!」
まだまだ出来るぞとロトワはその場でピョンピョンと飛び跳ねていた。
……まあ獣人の運動能力があるロトワだと、むしろ物足りないレベルだったのかもしれないな。
「……で? 隊長さん、そろそろどうだ。折角来たんだからさ、一緒に何かやろうぜ」
「うっ……ま、まだお腹の調子が……」
運動のことを想像すると、胃に収めた糖分達が我先に逆流しようと、その存在を訴えてくる。
うぷっ……。
「ははっ、冗談だって。もう少しゆっくり楽しもうか。――そっちもそれで大丈夫か?」
「はい! ――あっ、リヴィルさん、ロトワちゃん。あっちでローラースケートやりませんか? 彩も美也も一緒にやりたそうなので」
レイネだけでなく、桜田も俺の胃に配慮してくれる。
うぅぅ……すまん。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
同じ階にあるローラースケートが出来る場所に移動した。
リヴィルやロトワが、妹さん達と楽しそうにシューズを履いて準備する。
……リヴィル、お前俺よりも食ってただろうに、よく動けるな。
「――おっ、空いてるな。皆、ボルダリング、やらない?」
「いいね~! 俊ちゃんのカッコいい所見たいな!」
「私も私も!! ここで“探索士”の凄い所、見せてよ!」
丁度さっきまで俺達がいたところに、他のグループがやってきた。
大学生のサークルか何かだろうか、年上の男女7人がボルダリングのエリアに入って行く。
「丁度良かったみたいですね」
ウィッグも被っている桜田が、頭の蒸れを気にしながら隣に来て、そう呟く。
レイネもその隣に腰かけ、ボルダリングの方に視線をやった。
「だな。隊長さん……あれ、何の集団なんだろうな?」
「さぁなサークルか何かじゃね? ……ただ“探索士”ってワードが聞こえたから……桜田と同業がいるのかもな」
「えっ、そうなんですか? うーん……でも見覚えはない人ばかりですけど……」
まあ探索士だけで1000人はいるんだし、知らない人がいても不思議じゃないが……。
「そうそう……上手上手。ほらっ、そろそろ手、離すよ?」
「あっ……うん――わぁっ、出来た出来た! お姉ちゃん、出来たよ!」
直ぐにリヴィルは滑り方をマスターし、コーチするみたいにして下の妹さんに滑り方を教えていた。
桜田もそれで関心がこちらに戻り、嬉しそうに手を叩いて喜んだ。
「フフッ、ロトワちゃん、運動神経良いのに、ローラースケートだと腰が引けちゃってるんだね」
「うぅぅ……サヤちゃん、この“滑る”っていう感覚、初めてで難しいです!」
一方ロトワと上の妹さんは逆で、ロトワが手を引っ張って教えてもらう側になっていた。
ロトワは俺がバイキングで格闘中だった間に、既に桜田の妹さん達と打ち解けるにまで至っている。
それぞれがローラースケートを含め、レジャー施設内のスポーツを目一杯楽しんでくれているようだった。
「――おぉぉ! 本当に頂上まで行っちゃった!!」
「凄い凄い! えっ、俊君、本当に凄いじゃん!」
「へへっ、これくらいなら、全然余裕だぜ? 伊達に訓練積んでないっての!」
ボルダリングエリアから、小さな歓声が起きる。
そちらに視線をやると、大人用の場所、一番上まで男性が登り切っていた。
おぉぉ。
素直に凄い。
下で見ている残りのメンバーも称賛するように手を叩いていた。
どうやらあの男性が探索士らしい。
「やっぱ探索士って基本的な能力は高いんだよな……」
「……普通にモンスターやボス相手に張り合っちゃう先輩が何を言ってんですか」
そんな呆れたような目で見てくんなよ……。
……レイネも、ジト目をやめなさい。
「そう言うことじゃなくてだな……んーっと。桜田達と一般的な探索士ってさ、普段どういう感じの関係なんだ?」
予想外の質問だったのか、尋ねられた桜田はしばらくポカーンとした表情のまま固まる。
かと思うと、ニヤケ顔になって、それを隠そうとレイネの方を向いたり……。
一般的な探索士って、世間ではどういう感じに扱われてるのかって話をしようとしただけなんだが。
「も、もう……先輩ったら、私のことが気になって気になって、しょうがないみたいですね~。仕方ないな~フフッ」
いや、別に桜田個人について知りたいって話でもないんだけど……。
だがそれを訂正する前に、桜田は嬉しそうに自分の話をし始めてしまった。
……まあいいか、聞いておこう。
「安心してください! メンバー皆、勿論私も! 探索士同士の横の繋がりでラブに陥るなんて話は一切ありませんから!」
「……それ、他の探索士には聞かせない方がいい話だな……」
ああ、一切安心できない、全く夢も希望もない話だ……。
探索士、特に男衆だってワンチャン、桜田や志木達との青春恋物語あるかもって思ってる人もいるかもなのに……。
レイネの呟きに心の中で頷きつつ、桜田の機嫌を損ねぬよう黙って先を促す。
「私達は私達で、アイドル活動や広報だったり、ダンジョン関連で忙しいですから。一般の探索士の人達とは活動が住み分けされてますよ」
つまり、ボーイミーツガールになる機会すらない、と。
そう思うと、自分のここ2年の流れがとても不思議に思えてくる。
探索士に応募して、落ちて。
でも、だからこそ織部に出会って、そこから色々あって。
探索士でないのに、こうして今もシーク・ラヴのメンバー達と関りを持っている。
世の中の縁って本当、不思議なもんだな……。
そんなことを感慨深気に思っていると、予想外にも、当初想定していた話へと戻って来た。
「私達とは違って……ほらっ、あれ。あのパリピっぽい遊んでそうな集団。あの人たちが向ける感覚が、一般的な探索士に抱いてる感想そのままなんじゃないですかね」
桜田はそう言って、あのボルダリングエリアにいる大学生くらいの集団を指差す。
登頂した男性、おそらく探索士の人を、女性陣が囲って褒め称え。
一方残った他の男子は一緒になって盛り上がりつつも、その光景を一歩引いた場所から曖昧な笑みで見つめている。
……うわぁ、複雑そうな表情。
「要するに女性にとっては優良物件って感じか。運動もできて、モンスターとも戦うことになる職種だから、頼りになるイメージもある」
「おまけにチハヤ達のおかげで、今一番勢いがあるんだろ? 政府も力入れてる政策の中核だし、将来性もあって、金に困る心配はしないでいいだろうしな」
「ですです。同性だと羨望と嫉妬の対象なんじゃないですかね。なので、合コンとかこういう遊びの場でも、表向きは重宝されるかもです……」
あれか、大人の世界でいう婚活パーティーに医者や弁護士、実業家を呼ぶみたいな感じか……。
自分で聞いたことだが、何とも現実的な生臭い話になってしまった。
「――お姉ちゃん、見て見てっ! リヴィルお姉ちゃんに教えてもらって、一人で滑れた!」
そんな微妙な空気になりかけたところで、ローラースケート場から楽しそうなはしゃぎ声が届く。
桜田の下の妹さんが完全に滑りをマスターしたようで、こちらに手を振りながらスイスイ滑っていた。
「姉さん、美也もロトワちゃんも滑れるようになったんで、ご褒美下さい! アイス、アイスクリーム皆で食べたい!」
「お館様っ! 見てください、ロトワ、滑ってます! 床の上を滑ってますです!」
今度は上の妹さんがロトワと共演するように並んで滑っていた。
そんな楽し気な様子を眺め、桜田と共に思わず目を細める。
「……ずっとジェットコースターに乗ってるような毎日ですが、こういうのんびりした日も、やっぱりいいものですね……――美也ぁぁ、彩ぁぁ、一つ100円ですからね、先輩が皆の分買ってくれるそうですよ~!」
ちょっ、おまっ!!
だがやはり、否定する前にそれが既成事実化してしまう。
妹さん達は喜び、ロトワと近づいてハイタッチし合う。
リヴィルは3人の様子を優しく見守りつつも、俺に視線をよこして意味深に微笑む。
ぐぬぬっ!
施設内はどこでも100円だし、良いんだけどね!
「まあいいけど……“皆の分”って言っても俺は食わないぞ?」
さっき4つもおかわりしたストロベリーシャーベットが、俺を苦しめようと自己主張し続けているのだ。
アイスなど食ってられない。
そう告げると、レイネが露骨に残念そうに不満を述べる。
「えぇぇ~皆で食べるから美味しいのに……なぁチハヤ」
「ですです! まあバイキング行ってたって話ですから仕方ないですけど……――あっ、そうだ! 先輩、“あの”スイーツバイキングに行ってたんですよね!? 限定グッズ、誰の貰ったんですか?」
ギクッ!!
食べ物、特にスイーツ・デザート関連の話題も辛いが、ここにきて今日一番の爆弾が!
「勿論……チハちゃんの、選んでくれたんですよね?」
「えーっと……――」
「――マスター、カオリの選んでたよ」
答えあぐねていると、スケート場から近寄って来たリヴィルがサラっと告げ口してしまう。
「何ですと!? うわぁぁ……花織先輩ですか、面白味がないですよ、花織先輩のただの一人勝ちじゃないですか」
「ところがね、チハヤ。他に欲しそうなファンの人が丁度いてさ。マスター、何の遠慮もなくあげちゃって」
……何でそこまで言っちゃうの。
飯野さんのもあげたことを、リヴィルはその後に何気なく付け足す。
印象操作だ!
俺が全部の悪の元凶みたいな言い方、良くない!
食べ過ぎとは別の胃痛ががが……。
桜田が驚愕の表情を浮かべ、そして人の弱みを見つけたみたいないやらしいニヤ付きをしてくる。
「ほほう~それはそれは……花織先輩も美洋さんも、さぞかし残念でしょうね~。――ああ~この後、唐突にスマホで花織先輩達と連絡を取りたい気分です。アイスだけじゃなく、ジュースも買ってもらえたら、両手の指が塞がるんですがね~」
「……くっ、全員分、奢ってやろう」
ジュースもサイズ関係なしに100円セール中だし、良いけどな!
「わぁぁ! 流石先輩です、太っ腹!! チハちゃん、先輩のことだ~い好きですよ!」
現金な奴め、そんな心にもないことを……。
そうして賑やかながらも、胃痛と財布の軽さを覚えることになった休日を過ごしたのだった。
次話はもしかしたら第三者視点で描くかもです。
後、今はまだ大丈夫ですがもしかしたらまた明日もお休みすることになるかもしれません。
季節柄なのか雨が厳しいからなのか、ちょっと頭痛が長引いてまして……。
まだ悪寒とかがないだけマシですが、念のため、ですね。
感想の返しもこの休日で一気にやろうと思っていたんですが、また滞りそうです、すいません。




