299.二人きりって……結構珍しいよな。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「Gigigi!!」
「チッ……!」
ゴーさんの右腕が目前に迫る。
回避することはできず、両腕を交差させて受け止めた。
「ぐっ――」
息が詰まる。
鉄球をぶつけられたみたいな衝撃を受けた。
内臓まで響く、とても重く鋭い攻撃だ。
踏ん張って、脚が地面を抉りながら後退する。
そこで、俺とゴーさんの間にスペースが空いた。
「っ! ――やれっ、“シーさん”!!」
「ニュィィィ!!」
味方のシーさん――シー・ドラゴンが待ってましたとばかりに声を上げる。
俺に攻撃したばかりのゴーさんに狙いを定め、充填した水のブレスを放った。
「ニュッニュゥゥ――」
ウミヘビをそっくりそのまま大きくしたような体から、水の弾丸が一直線に飛んでいく。
「Giiiiーー」
自身に迫る水の塊を、何とか左腕を盾にしてガードする。
ゴーレムだからと言って、そこに鈍重さはない。
ブレスが衝突し、爆発音に似た大きな音を引き起こす。
それがシーさんの攻撃の威力を物語っていた。
ゴーさんは何とか耐えた……ものの。
思わずと言った風によろめき、2歩3歩と後退した。
よし――
「――今だっ! シーさんサポート!!」
「ニュィ!」
合図と共に、2人で一気に駆ける。
ゴーさんがそれを何とか防ごうと両腕を広げた。
しかし、一瞬遅い。
脇をすり抜けると、奥の視界が広がった。
そこには――
「――クニュゥ!? クッ、ニュニュ!?」
ワっさんが風のブレスを準備して待ち構えていた。
その後ろには、今回の模擬戦の勝利条件たる簡易の旗が立っている。
攻撃手段を揃えていたのに、いきなり俺達が旗を取りに来たと言うことで、ワっさんは焦りを隠せない。
そこを捉えて、シーさんが飛びつく。
ドラゴン同士だからか、率先して妨害に動いてサポートしてくれた。
「ニュニュゥゥ……!!」
「クッニュッ! ク、クニュ!?」
ネバっこい粘液を分泌するシーさんに絡みつかれ、ワっさんは堪らずブレスの発射をキャンセル。
その対応に追われている間に俺は一気に加速した。
「GGGGG!!」
真後ろからゴーさんの手が迫るのを感じる。
が、こっちの方が速い!!――
「――っしゃぁぁ!! とったど~!!」
ビーチフラッグを取るように滑り込んだ俺の手には、今回のために適当に作った旗が。
この模擬戦、俺とシーさんタッグの勝利を意味していたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ふぃぃぃ……」
家に帰って一人、シャワーを浴びる。
今日は珍しく、家には俺を含め2人しかいない。
ラティアは逆井の家に行き、ルオは皇さんとお泊り会だ。
レイネとロトワは午後に合流予定で――
「マスター、タオル、忘れてるっぽかったから置いておくね?」
脱衣所からリヴィルの声がする。
「おぉ、悪い! そっか……そう言えば着替えだけしか準備してなかった」
リヴィルに感謝を伝えつつ、シャワーの栓を閉める。
頭や体に残った水滴を軽く振るい落として出ようとして……止まった。
「……あの、リヴィルさん?」
「ん? どうしたの? ――ああ、あんまり急がなくても良いよ。ちゃんと予約はしてあるから」
これから向かう、ケーキバイキングのことだ。
レイネ達と合流するまで二人きりの時間が出来たので、珍しくリヴィルが誘ってきた。
……だが問題はそこではなくて。
「いや、体拭いて着替えたいからさ……脱衣所から出てくれると非常にありがたいんだけど」
「……ラティアがいなくても、中々油断しないね、マスターは」
そう言うと、ドアの向こう、人の気配がしなくなった。
どうやら諦めて出て行ってくれたらしい。
……何を期待してんだよ、リヴィルの奴は。
「――で? ゴーさん達、どうだった?」
着替えてキッチンへと向かい、麦茶を取り出す。
コップに注ぎ、喉へと流しこんでいると、リヴィルが尋ねてきた。
「んぐっ……ふぅぅ。――良い感じだったよ? 攻撃も一発受けてみたらやっぱ重いのな。それに動きも想像よりかなり俊敏でさ……。あれくらい早く動けたら十分だろ」
喉を潤し、もう一杯コップに注ぎながら答える。
リヴィルは相槌を打ちながらも、その回答が聞けて満足そうだった。
「そっか……ドラゴンたちは? まだ実戦経験ほぼないでしょ」
ゴーさんへの指導で、モンスターへ教えることに興味が湧いたのか、リヴィルは次々に質問してきた。
普段から表情がクールで、あまり変化がないために何事にも冷めている印象を持たれがちだ。
しかし実際には違っていて、リヴィルは大体のことにセンスを発揮するので人より“できる”という感覚が分かり、多くのことに興味を持つ。
……まあ、ラティアや織部に影響されることは控えて欲しいが。
「シーさんは指示通りに動ければバッチリだな。多分上に立つよりも誰かに引っ張ってもらった方が活躍する褒めて伸びる部下タイプ」
「……ワっさんは?」
そう質問され、あの模擬旗取り合戦の最後を思い出す。
ワっさん・ゴーさんチームも、俺達と基本戦術は同じだった。
壁役たるゴーさんが、相手、つまりタンクの俺と組み合い。
そして後ろで、大砲であるワっさんがブレスを準備する。
だからどっちも2人の役割りは相手チームと鏡合わせで、勝敗を大きく左右するのはチームワーク・情報の伝達速度だった。
「うーん……ワっさんは指示を出してくれる人によって、反応がかなり違う。レイネとか俺だとすんなりいくのに、ゴーさんだと戸惑ったりしてた」
「信じた上司にはとことん付いていくタイプ、みたいな感じ?」
そうそう、そんな感じっすわ。
ゴーさんやモンスター達のことについて、軽い雑談を交わし、少し時間を潰す。
ようやく汗も完全に引いてきた。
またこれから暑い中出かけると思うと、気が滅入るが、そうも言ってられない。
「――うっし、じゃあ行くか」
「ん」
リヴィルもソファーから立ち上がる。
デニムパンツに、肩が出るシャツと、涼し気でクールな出で立ちだった。
日差し対策や目立つのを避けるために、俺があげた帽子を手に持っている。
「へぇぇ……いいんじゃないか? リヴィルらしくて、その恰好」
「……そう」
……折角褒めたのに、プイと顔を逸らされてしまう。
そう言うのは良いから、さっさと行こうぜ、と言うことだろうか……。
「――マスター、そう言うの、私も勿論嬉しいけど。もっとラティア達にも言ってあげてよ?」
と思っていたら、リヴィルからそんな注文を受ける。
……やはり口にしてみたのは間違いではなかったらしい。
でもそうか……他の皆にも、か。
リヴィルはやはり、顔に出すことってそう多くはないが、知らないところで人一倍、仲間を大切にしてくれているんだな……。
それが改めて分かっただけでも、今日二人きりで過ごす時間が出来たことが、悪くなかったと思える。
「ああ。出来るだけ口に出すようにはするよ」
「ん。そうして――でないとバレた時、ラティアを筆頭に、私が後で抗議を受けることになるからさ。抜け駆け的な意味で」
Oh……もっと現実的な未来の懸念からだった。
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家を出て、二人で電車に揺られ。
目的地のお店に到着する。
それは良いのだが……。
「凄い人だな……」
「……だね」
その店目当てのお客が長い列を作っていた。
並びきれずに角を曲がって、その先にまで列は続いている。
「これ全部がこの店目当ての客かよ……凄い人気店なんだな」
「うん……元々人気だったらしいけど。テレビで、ハヤテ達が紹介したからかも」
へぇぇ……それは知らなかったな。
というか、今日ここに来たのはリヴィルが誘ってくれたからではある。
が、その誘い言葉が“ハヤテ達に関係ある店らしいから、行ってみない?”というものだったのだ。
まあ嘘ではないんだろうな……。
そう思いながら、壁や店の前に出ている幟に視線をやる。
『期間限定! シーク・ラヴとコラボ!! 限定クリアファイル・コースタープレゼント!』
対象のスイーツセットや、バイキング客に、先着でコラボグッズをプレゼントするという企画らしい。
「……マスター、集めたいんなら、私、明日からも付き合うよ?」
「いや、ここ、見たところほぼ女性客じゃねえか……」
大ざっぱだが、列をなす客の9割くらいは女性しかいなかった。
女子高生や女子大生っぽい集団が殆ど。
俺みたいに女性とペアの男子がせいぜい5人いるかどうか、くらいだ。
そんなところに毎日通ってまで集めたい程、限定グッズに執着はない。
……リヴィルの容姿を盗み見たのか、さっきからチラチラと女性が俺達を見ている気もするし。
「ま、そっか……」
リヴィルも軽い冗談で言ったんだろう、直ぐにその話題をひっこめた。
……と思ったら、スマホを取り出して写メを撮ろうとする。
「マスター、折角だし一枚撮らない?」
何の“折角”だよ。
……だが予約をやったのはリヴィルだ。
これをしないと中に入らない、みたいな抵抗を見せられても困る。
何よりくっそ暑いし。
「……一枚だけな?」
「フフッ……ん」
小さく笑んだリヴィルは俺に顔を寄せてくる。
そして少しかがむよう求めてきて、更に顔を近づけた。
パシャリと写真を撮る。
二人分の顔が収まっていることを確認すると、嬉しそうにスマホを操作し出した。
……凄いな、本当に1枚だけでちゃんとブレとか無しに撮っちゃったよ。
「――あっ、もう返信来た」
リヴィルはどうやらメールしていたらしい。
今時の女の子みたいにSNSに載せる、とかではないと思っていたが……。
「……フフッ、マスター。リア、面白いよ」
リヴィルはそう言ってスマホ画面を俺に示してきた。
『Re:マスターとスイーツ食べ放題に来た』
件名には、リヴィルが送信した時の物がそのまま書かれている。
それにそのまま、メール相手の逆井が返信をよこしてきたということらしい。
『ちょっ!? 何この写メ!! 飯テロならぬ新海テロだし! リヴィルちゃん、これは宣戦布告ととってもいいんだよね!!』
そして逆井のメールにも添付ファイルが付いていた。
リヴィルがそれを開くと、学校の教室で上手いこと撮られた俺と逆井の2ショットが表示される。
……うわっ、これ、いつ撮ったんだよ。
俺、全然知らねえぞ。
盗撮だ盗撮!!
「……あれ? ハヤテからも来た」
不思議そうにリヴィルが首を傾げながら、受信メールを開く。
『梨愛から新海君テロの写真が送られてきました。リヴィルちゃん、流石にこれは見過ごせない、かな? 私も参戦するね』
皆して“俺テロ”ってなんだ。
これ、新手のいじめ?
逆井の時のように添付ファイルを開くと、いつか一緒にダンジョン攻略していた時の写真だった。
休憩時で気を抜いていた際に、赤星と俺が上手いこと収まるような角度でパシャリとやられている。
……えっ、これ盗撮自慢の大会?
俺がどんだけ盗撮されやすい間抜けかを言い合うの?
……ぐすん。
「……大丈夫、マスター、安心して。ラティアの本格参戦は回避してるから」
「それを聞いただけでちょっと安心できてしまうのが、何とも言えないな……」
微妙な心境になりながらも俺はリヴィルを促し、お店へと入って行ったのだった。
リヴィル、あまり表情には出てないですが、内心では結構はしゃいじゃってます!
それが微妙に言動とかに出てる感じが伝わればいいんですが……。
そしてまた新たなワードが……。
“新海テロ”……リヴィルはこの戦争の一番の強者を事前に察知して、参戦を回避するよう上手く動いていたようです(白目)




