293.えっ? んっ!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
『――フフッ、ええ。毎日有難いことに、忙しくさせてもらっています』
『志木さんは学生でもあるわけですよね? 辛いとか、辞めたいとか、思うことは?』
車での移動中を映した映像が、テレビで流れている。
質問者は同時にカメラマンとしても同行しており、その声はテロップとして表示されていた。
『そうですね……疲れて倒れ込むようにベッドに入ることも沢山あります。けれども辞めたい、と思うことは不思議と一度もないですね』
『――流石は現役の大人気アイドル、そして最前線で活躍する探索士。我々は彼女の笑顔の裏にある頑張りを、忘れてはいけない』
志木の回答に返すような形で、ナレーションが入った。
……いや、志木のあの笑顔の裏にあるのは、黒かおりんじゃないの?
「ほへ~。かおりん、凄いね。単独の密着取材受けるなんて」
一緒に見ている逆井が、別の世界の人でも見るかのような感想を告げる。
……いや、お前も志木と同じアイドルグループで、第一線にいんだろ。
「これ、有名なあのバイオリンのテーマ曲以外あんまり知らなかったんですけど……凄い番組なんですね。メダリストとか、“経済界の異端児”とか、とんでもない人ばかりが出てて」
逆井の言葉に続けて呟いたのは九条だ。
さっきからチラチラと俺やルオの動向を気にしていたが、志木の出る番組が始まった途端、テレビに集中し出した。
そして時にはスマホで番組のこと自体を調べながら視聴している。
それだけ志木のことをリスペクトしてるんだろう。
「――うぃぃ~。サッパリした……おっ? もう始まってたんだ」
「あうぅぅ……ミオちゃんとの芋談義が長引いてしまいました」
お風呂に入って来た二人が丁度戻って来た。
空木はタンクトップにホットパンツと、とてもラフな格好だ。
ムニャムニャと干芋を口にしながら戻って来た。
ロトワは可愛らしいパジャマに身を包んでいる。
……風呂上りの女子、か。
「……ってか流石にこの部屋に6人はキツくないか? 俺、帰ろうか?」
これが自室、ホームならまだ心の持ち用もあっただろう。
が、今はアウェー。
隣のシェアハウスの、空木の部屋での男1人:女子5人だ。
撤退したいと思うのも無理ないと思う。
「? ――ニシシッ、新海、女子の部屋で緊張してんの? それともツギミーの風呂上り姿に興奮した?」
……逆井め、変な嗅覚を身に付けおって。
どう答えたものかと思案していると、ロトワが小さく歓声を上げた。
「おぉぉ! ではでは! ミオちゃんの頑張りが報われたですね! 勝負パジャマ、一生懸命に選んだ甲斐が――」
「――お、おーっと! 手が滑って干芋がロトワちゃんの口の中にぃぃ~!!」
「むぐっ!?」
……何やってんだ二人とも。
ってか勝負パジャマってなんだ。
『――志木は、大人気アイドルであると同時に、ダンジョン攻略を成し遂げた数少ない探索士でもある。我々は、ダンジョン内部に同行することを特別に許された』
ナレーションと共に、テレビの場面が移り変わる。
志木と他に数人、探索士が随行してダンジョン内にいる映像だった。
『“自分だけがライトに当てられれば満足だ”などという狭い考えを、志木は持ち合わせていない。こうして、他の探索士の育成にも余念がないのだ。このような慈愛の心を持つことも、彼女が誰からも愛される理由なのかもしれない』
“慈愛の心”……。
密着取材……かおりんの綺麗な部分しか見てないんだろうな……。
逆に俺は黒かおりんばかりを見ている気がする。
かおりん、俺にも慈愛の心を!
ぷりいず!
『無理に“攻略しよう”“やってやろう”と思わないでください。命懸けの場所です、地に足着けて、しっかりこの独特の空気・場所に慣れるところから――』
志木の言葉に、同行した探索士の女性たちはうっとりと聞き入っている。
そして、それを受けてのナレーションもまた、志木をヨイショする内容に終始するのだった。
……お前ら“かおりん教”の信者かよ。
もっと黒かおりんの部分も引き出して見る様にしないと、後で痛い目見るぞ。
……黒かおりんの犠牲報告は俺以外出ないのかな……?
「むぐっ、ミオちゃん、良いんですか? パジャマ着てからお風呂場出るまでの葛藤の数々を――」
「――おぉーっと!! 手がまた言うことを聞いてくれないぃぃ!! ロトワちゃんの口に芋ケンピを突っ込んだぁぁl!!」
二人はまだやってんのか。
「……ほれっ、静かにな。九条もルオもテレビ見てるんだから……って、ルオはもうおねむか」
気分を変える意味でも、まだ騒いでいた二人に軽く注意する。
が、ルオは既に瞼が閉じそうになっていた。
この賑やかさがかえって、眠気を誘うBGMにでもなっているのかも……。
「うにゅぅぅ……大丈夫、寝てないよ~、起きてる起きてる……」
頭がカックンカックンなってんじゃねえか。
普段はロトワの方が先にダウンするんだが……。
お風呂効果か、ロトワは眼が冴えて、ルオが寝そうになっているという逆の現象が生じていた。
……仕方ない、おぶって連れて帰るかな?
「あの……私、の部屋。布団、ありますので、どう、ですか?」
そう申し出てくれたのは、九条だった。
要するに、布団、持ってきてルオを寝かせてやったらどうか、ということか。
「そうか、悪いな……えっと――」
「ウチなら大丈夫ですよ~? どうせロトワちゃんもお泊りだし、3人くらいなら寝られますから」
ルオを抱っこして九条の部屋に連れて行くより、布団を持ってきてそのままルオをここで寝かせる方がいいか……。
部屋の主もこう言ってくれている。
「じゃあ行きましょう――えっと、“ハルさん”」
「お、おう……」
呼ばれ慣れない名前にドギマギしつつ。
立ち上がった九条へと付いて行ったのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ど、どうぞ……」
「うっす」
緊張したように入室を促すので、自然と俺も声が上ずる。
と言っても、空木の部屋程には生活感はない。
まあここは仮の宿の一つだ。
空木みたいに、ここを拠点と定めて暮らすメンバー以外はあまり物を置く機会もないんだろう。
「おっ、あったあった……」
確かに、九条用に敷かれた布団の奥にもう一組、敷布団が畳まれて置いてある。
傍にボストンバッグもあるので、おそらく九条の荷物だろう。
……あれ?
何か布が……はみ出てる、けど。
クリーム色の、ヒラヒラしたの……。
「……? どうかしましたか……――っーーーーー!?」
視線の意味に気付いた九条が声にならない声を発する。
そして目にも止まらぬ速さでバッグへと駆けて行き、布を中にぶち込んだ。
……異性に見せることを予定していない“布・生地”だったらしい。
「うゅぅぅぅ……折角再会できたと思ったのに~、目の前でドジ発動した~……何でちゃんと片付けてないの私ぃぃ~!」
しゃがんで顔を両手で覆い、独り言を呟く。
ミスした時の癖なのか、結構声に出してしまっている……。
「いや、ま、まあちゃんとは見てなかったから、うん」
フォローになってるかどうか分からないことを言いながら、布団を持ち上げる。
さっさと部屋を出た方がお互いに安全だろうという配慮だ。
が、出ようとしたところで服の裾を掴まれてしまう。
「……えっと?」
「……“ハルさん”――“ファン1号さん”、その、私のこと、苦手に、ならないでください。確かに運の悪い幸薄女ですけど、貧乏神じゃないです、不幸をもたらしたり、しません」
あっ、また呼び方が戻った。
今日、再び話すことになって、改めて自己紹介してからはずっと“ハルさん”と呼ばれていたが……。
……ってか今はそこじゃないな。
「いや、んなこと思ってないから……。志木からも君のこと“よろしく”って言われてるし」
九条が、今日ウチの隣のシェアハウスに訪れることになったのは、志木の差し金だった。
逆井を伴い、俺と顔合わせさせる予定だったらしい。
だが以前、思わぬ形で既に会っていたので、別の意味で驚かれたが……。
「……やっぱり、花織さんが、気にしてる“男性”って――」
九条はそれ以上を口にすることはしなかった。
代わりに何かを決意したような表情で告げる。
「――あ、あの! 花織さんが素敵で、綺麗で、完璧なスーパーアイドルだってことは私も同感です! 私なんかじゃまだまだ足元にも及ばないってことも、その、甘んじて受け入れます!」
ん?
えっ、何でそんな話になってんの?
あれっ、俺今、一瞬だけ意識飛んでた?
それともただ単に脈絡が行方不明なだけ?
「で、でも! “ファン1号さん”がファンだって、公言してくれたの――私だけ、なんですよね!? 花織さんが一番とかじゃ、ないん、ですよね!?」
…………?
……まあ、そうか。
そう言えば“シーク・ラヴ”の正規のメンバーと交流はあるけど。
面と向かって誰々のファンだ、って言ったことは無かったっけ。
とすると、九条の言葉の通り。
九条に言ったのが“ファン発言”1番目と言うことになる、か……。
「そうだな……志木には確かに直接“ファン”だとは言ってないな……」
それっぽいことは言ったような気がしないでもない。
実際ファンクラブ会員0番も貰ってるし。
でもそう意識して、そして言葉にしたのは九条が初、かな……多分、きっと、めいびー。
「っーー! ――そ、そうですか……えへへ。なら、今はそれで大丈夫です」
何か勝手に解決したらしい。
問題に直面しても、勝手に解決できる能力――主人公力を持ってるんだな、九条は、うんうん。
よくわからないので、こっちも適当に納得しておく。
「……そうか、なら戻ろうぜ? 早くしないと番組、終わっちゃうぞ」
流石にまだ半分くらいだろうが、少々大袈裟に言って早いこと戻ろうと促す。
「――お館様~、ルオちゃん、ダウン寸前です!」
丁度ロトワのそんな声が廊下から近づいてきた。
少し時間がかかったから、呼びに来てくれたのだろう。
「はっ!? そ、そうでしたぁぁ! あわ、はわわ……花織さんの番組、全部生で見ようって決めてたのに……すぐ戻れると思って……あぁぁ」
お前もかおりん教の一員か。
空木のことだし録画してるだろうから、それで見直すんだな……。
「違うんです、花織さん、さっきのは別に花織さんに対する謀反とか、そういうことじゃなく……“ハルさん”とのぎこちない関係の修復を……」
ルオの布団を抱え、部屋を出て。
一方では、頭を抱えてブツブツ独り言を繰り返す九条を、隣に連れて戻ったのだった。
……ロトワが傍にいるからか、また呼び方が戻ってる。
あれは他に人がいない時用なのか……。
かおりんの慈愛の心、こういう時に試される!
黒かおりんが出るのか、かおりんのままなのか、果たして結末や如何に!!




