288.あぁぁ……それは確かに、同情するわ。
お待たせしました。
……皆さん、織部さんにもはっちゃけずに泣きたい時だってあるんです。
何とも言えない微妙な目で見守ってあげてください。
ではどうぞ。
『ぐすん、メソメソ、シクシク……』
通信が繋がった直後。
画面に映った織部は、部屋の中で号泣していた。
「…………」
何だいきなり、という視線を送るも……。
『あんまりです……! えぐっ、異世界まで来て、うぐっ、どうしてこんな思いをしなければ……』
織部は突っ伏し、鬱憤を晴らすように机を叩いていた。
……っておい、その脇に積まれてるのは酒じゃないよな?
異世界だから年齢どうこうは言わないが、酔って絡まれるのだとすると非情に面倒臭い。
『ま、まあまあ。ささっ、おかわりお注ぎしますわ』
『不運。カンナ、飲んで、忘れる……』
そんな織部の傍らには、バニーガールの姿をしてお酌する女性が二人。
オリヴェアとタルラだ。
二人とも元々の素材が良いだけに、とても刺激的で、そして魅力的な恰好のように映る。
……が。
『うぅ、ありがとうございます……ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ――プハァァ!! ……ぁ~ん? お姉さん達、セクシーですねぇ~。私と遊びましょう?』
状況が状況だけに、そんなことも言ってられない。
『――もっ、もう! カンナ様が“してくださいぃぃぃ~!!”って泣き脅したんじゃないですか!! ああもう、果実水、こんなに一気に飲んじゃって……』
おそらく今回DD――ダンジョンディスプレイを繋いでくれたのはサラだったんだろう。
この状況を見て、緊急事態だと判断したに違いない。
彼女もまた、二人と同じくバニーガール姿になっていた。
……また織部が無茶言ったのか。
ってか酒じゃないらしい。
酒じゃないのにあの面倒臭さ……関わりたくないなぁ。
「いや、うん……えっと、何かあったのか?」
労りの心などは最早殆どなく。
聞かねば話が進まないという、半ば義務感のような気持ちで尋ねた。
『あっ……ニイミ様、申し訳ございません。予定よりも早くにご連絡してしまい――』
『……新海君?』
サラの言葉を遮り。
タルラのお酌も静止して、織部が顔を上げた。
DDの画面を通して俺を見つけると、一気に駆け寄って来た。
『――にいみぐ~んっ!! ぎいでぐだざいよ~!!』
うわっ!?
ちょっ、汚いっ!!
涙と鼻水が凄いことになってんぞ!?
「わっ、分かった! 聴くっ、聴くから! 拭くか泣き止むかで顔面どうにかしろ! ――さっ、逆井ぃぃぃ!! ちょっと来てくれぇぇ!!」
一人では荷が重いと、早々に逆井を呼んだのだった。
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「じゃあ……つまり、柑奈とはまた別の勇者に絡まれたってこと?」
逆井の確認に、織部は力なく頷く。
『はい……』
織部はそれ以上告げず、サラが今までしていたように話を継いだ。
『その……ロトワ様を手に入れようとしていた人物がいたと思うんですが、おそらくそれと同一の者かと』
「あぁぁ~あれな」
サラが言うにはつまり。
王都に向かう途中、寄ったことのある町で勇者に遭遇してしまったと。
しかも面倒臭いのが、織部が絡まれたのは“織部が同じ勇者だとバレたから”……という理由ではないらしいのだ。
だがその核心の部分については、サラは言い辛そうに曖昧にする。
「えっと……」
答えを求める様に、視線を行き来させる。
……すると、タルラと目が合った。
タルラもまた、同じように口にし辛そうにする。
しかし――
『カンナ、綺麗。異性にモテる、のも納得、の容姿』
途切れ途切れになりながらも、何とかそれだけ告げてくれた。
そしてそのタルラに便乗するように、オリヴェアもまた告げる。
『そ、そうですわ! ですから、あんなもの、野良モンスターに噛まれたとでも思って、お忘れなさいな』
二人の言葉が、答えだったようだ。
ブワッ――
織部の目からまた、止まった涙が溢れ出した。
『――うわぁぁぁん! 二人は“男勇者”に目を付けられなかったからそんなこと言えるんですよぉぉぉぉ!!』
「ちょっ!? 柑奈ガン泣きじゃん! えっ、つまりどう言うこと!?」
「……要するに、異世界で“男勇者”にナンパされたってことか?」
俺の言葉が間違ってないことを示すように、織部は大声を上げて泣き喚く。
この光景だけを見ると、誰が織部のことを“異世界を救いに来た勇者”などと思うだろうか……。
『ぐすんっ、異世界に行く前は、新海君とお話出来て、ここまでの関係になれたのに。異世界に来てからは、何か、異性関係では地雷みたいなことしか起きてない……』
「あっ、立ゴン、ドンマイ……」
……おい、逆井。
今の織部の言葉をそう理解するってことは、お前も立石をディスってることに気付いてるか?
『謙虚、真面目、誠実をモットーに頑張って来たのに……それがこんな仕打ちなんて、あんまりです。異世界は残酷です』
「えっ、“謙虚”? “真面目”……“誠実”?」
「新海、全部に引っ掛かりを覚えるって、普段から柑奈のことどう思ってんのさ……」
…………。
――えっ、何だって?
「はぁぁ……」
難聴系主人公スキルは失敗だったらしい。
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「なるほどな~そりゃ確かに、追い払おうと攻撃したのは理解できる」
織部は擦れ違い様、その勇者にナンパされた。
無視するもしつこく言い寄られたので、ちょっと痛い目を見せるために攻撃したらしい。
『脅威。あれ、はタルラでも、耐えられるか、どうかの威力だった』
『私はその場にいませんでしたが、サラさんから聞いたら、凄い一撃だったそうですわね』
オリヴェアの確認に、サラも頷く。
その勇者は、多分、ルオやレイネの仇である可能性が大の相手だ。
織部の行動には内心では拍手を送りたいぐらいだった。
が、本人が落ち込んでいるのでそれは流石に控えている。
現に――
「えっ、撃退したんでしょ? まあ確かに、好きな相手以外に言い寄られて良い気はしないだろうけど、そこまで落ち込む?」
親友の疑問に、織部は絶望の表情を浮かべて首を振った。
『違うんです……私だって、単にナンパされただけなら、皆を巻き込んでまで落ち込みません……』
『あっ、巻き込んでいる自覚はおありだったんですね』
サラがチクッと毒づく。
……やっぱりバニーの格好が嫌なのかな?
そんな視線を感じ取ったのか、サラは言い訳するように慌てて首を振った。
『い、いえっ、別にこの恰好がどうとか、そう言うことではなくて。むしろ、可愛くて、大胆だし、ちょっとくらいは良いかな~とか思わなくもないですけど……――って、そうじゃなくて! カンナ様のお酌とか、お世話とか、そっちの意味です!!』
……サラ、別に良いんだよ。
普段、織部の面倒を見てくれてる負担は分かるから。
だから、個人やプライベートの時に、ストレス発散で大胆な恰好、したいんだよな?
『に、ニイミ様!? 何でそんな優しい目をするんですか!? 違っ、違いますからね!?』
だがサラの声は、織部の心の底からの絶叫によって遮られたのだった。
『――サラが開眼してくれたことは嬉しいですが、今は脇に置いておいてください! 今は私が男勇者に目を付けられたっていう危機なんですよ!!』
『置かないでくださいカンナ様ぁぁぁ!!』
サラの叫びを無視し、織部は続けて訴えかけた。
『私の一撃を食らったら目をハートにして立ち上がったんですよ!? それで何て言ったと思います!? “俺にダメージを与えられる女なんて初めてだ! ズキュンと来たぜ!!”ですよ!!』
「お、おう……」
「うわぁぁ……」
逆井と共にドン引きである。
ってか織部、立石といいその勇者といい、マジで異世界行ってからの男運無さ過ぎない?
『そりゃズキュンと来ますよ!! そういう威力の魔法使ったんですから! 心臓止めるレベルの極大魔法使ってんですよこっちは!」
「相手が勇者だから出来るストーカー撃退法だね」
「それが裏目に出てるけどな……」
俺と逆井のやり取りが聞こえたのか、織部はサラに果実水のおかわりを要求。
それを一気にあおり、溜まりに溜まった愚痴をぶちまけた。
『気持ち悪くなって逃げたら、背中から聞こえてきたんです。“ツンデレって奴か!? へっ、いいぜ! その恋愛勝負、受けて立つぜ! 必ず俺にデレさせてやるからな!!”って。……もうホラーですよ』
……今回ばかりは流石に織部に同情せざるを得ない。
ってか、そいつを倒すことが、織部が異世界に呼ばれた理由なんじゃね?
少なくとも、その勇者がいなくなればかなり多くの異世界人は救われるのではないだろうか。
『もうやだ……お家帰る……』
『カンナ様、今はもう宿に居ますよ?』
幼児退行した織部を、何だかんだ言いつつサラが優しく接する。
『うぅぅ……すいません、思い出したら気分悪くなってきたので、ちょっと戻しても良いですか? もうゲロインでも何でもいいので……』
自分でゲロインとか言うなし。
でも、それだけ織部が精神的に参ってるってことか。
勇者どうこうはともかく、何とかメンタル面でのフォローをしてやらないと……。
俺は逆井と目を合わせ、早急に対策を考え始めたのだった。
お気に入りのマウスが壊れて、執筆に限らずPCを使う用事全般やる気ダウン中です……。
予備の有線の、違和感が凄い……。
織部さん、異世界へと出発前に新海君との出会いで運を使い過ぎたんですね。
他での男運、全滅レベル……(白目)




