286.だ、大丈夫か!?
すいません、休むかもとか言いながら。
リアルの方の予定が、一気に良い方へと変わったので更新です。
ではどうぞ。
「大丈夫ですか、リヴィル――」
珍しくラティアが慌てて、リヴィルの下へと駆け寄る。
普段の教訓からか、手にはペットボトルの水を持っていた。
少しでも水分で希釈しようということだろう。
「ほらっ、ゆっくり、飲んでください……」
「うぎゅぅ……お水やだ~。ラティアのお乳飲むぅぅ……マスターから母乳寝取るんだもん」
“母乳寝取る”って何だ……。
可愛く“もん”とか言いながらも、謎のワード過ぎるだろ……。
更に何を思ったか、リヴィルは目の前にある二つの果実に手を伸ばす。
そして鷲掴み、怪しい手つきながらも絞り出すように力を加える。
「あんっ、こらっ、リヴィル、んッ……もう、ご主人様が、見てます、から……」
ラティアの口から滅多に出ないような、思わずといった色っぽい声が飛び出す。
「お、お兄さんが見てなかったら……揉んじゃっていいんですか!? 同性だったらセーフなんですか!?」
いや、それを俺に確認してどうする空木よ!?
何でお前が一番テンション上がってんだ……。
ラティアは何とか立て直し、半ば強引にペットボトルをリヴィルの口に持って行った。
「全く……それはご主人様専用ですから。――ほらっ、お水飲んじゃってください。これ、いつもの毒薬です。粉状にしてますから、零さないで……」
「うくっ……んくっ……うぅぅ……」
口の端から水が零れ落ちる。
リヴィルの目に少し、正気が戻ったように感じた。
水を飲んで、毒薬も服用し、大分落ち着いたらしい。
「……リヴィルちゃん、柑橘系ダメって、こういうことだったんだね」
赤星が何とも言い辛い複雑な顔をして呟く。
「ああ、まあ見ての通りだ……」
引いてるって感じではなく、むしろリヴィルの体調を気にしているようだ。
「ちょっと特殊だよね……大丈夫なの? 何かこれで体悪くするとか、アナフィラキシーとか……は関係ないか」
スポーツをしていただけに、体のことについては人一倍敏感らしい。
そしてそんな赤星の態度を見て、空木が一転、表情を青ざめさせた。
「え……あの、ウチ、そんな、つもり、全然なくて……」
「いや、そんな深刻にならなくて大丈夫だから。ただ酔っちゃって。本人が後で黒歴史椎名さんみたいに、枕に顔埋めたくなるだけだから」
もう最近は“毒薬粉末+水”で、酔いはほぼ取れるからな……。
他のダメージといったら、リヴィルのメンタル面だけだろう。
「あっ、そうなんですか? ほっ……」
今の説明で大体通じたらしい。
空木は安心したかのように強張った表情を緩めた。
「――“黒歴史”の“私”が……何ですって?」
ヒィィッ!?
背筋が凍った。
この夏一番のヒンヤリ体験!!
「もう!! 椎名、怒るのメッ、ですよ! 直ぐにそうやって怒るの良くないです!」
そこに助け舟を出してくれたのは皇さんだった。
お、おぉぉ!!
皇さん、君は救いの女神か何かか!?
「……分かり、ました。――チッ……」
うわっ、皇さんにだけ聞こえないよう舌打ちするとか、どんだけ器用なの!?
椎名さん、そんなに俺のこと恐怖で震え上がらせたいのかよ……。
「ぶ、ブルブル……お兄さん、今、夏ですよね? ウチ、凄い背筋が寒くて……」
空木ぃぃぃ!!
無事かぁぁぁ!?
俺じゃなくて空木が、椎名さんに震え上がらせられていた。
「――うっ、痛い……頭、痛い……」
リヴィルの様態が変わったのは、そんな油断仕切っていた時だった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「痛い……ガンガンする……“誰”? ――違う……マスターも、ラティアも、ハヤテも、皆、いなくなったり、しない……」
「リヴィル、大丈夫ですかっ、リヴィル!?」
こんな症状、見たことが無かった。
ラティアも初めてなんだろう。
そもそも“酔い”はもう解毒したはず。
つまりこれは全く別の、違う原因から来る症状!?
「リヴィル、大丈夫か!? 頭痛いのか!? ――っっ!! 待ってろ! 絶対助けてやるからな!!」
直ぐに回復魔法の詠唱を始める。
その間も、リヴィルはずっとうわ言を呟いていた。
「うぅっ……“誰”? ――私は、私……。“皆……裏切る”? ――マスターは、皆は、裏、切らない……」
「リヴィルちゃん、しっかり! 大丈夫だよ、新海君が直ぐ回復してくれるからね!」
赤星がリヴィルの手を握り、何度も励ます。
その度に詠唱時間を焦れったく思った。
経口摂取がいる薬草やポーションは、今までの経緯からして怖い。
それでも詠唱が完成しない間、リヴィルが苦しむのだと思うと、とても辛かった。
「――【ヒール】!!」
リヴィルが温かな光に包まれる。
表情の険しさもスーッと引いていき、穏やかな顔つきに戻った。
……ふぅぅ。
「……ごめん、マスター、皆……何か、迷惑、かけたみたい」
第一声がそれかよ……ったく。
「んなこと気にすんな。今はゆっくり休んでろ」
「そうですよ、リヴィル」
「……ん。ありがとう」
リヴィルは柔らかく笑い小さく頷いた。
…………。
「……あの、水と一応頭痛薬、置いておきますね」
椎名さんが、携行していた薬をラティアに渡してくれる。
ハンカチにそっと包み、返却は不要だと言い添えた。
「どうもっす……」
「いえ……」
「…………」
微妙な空気が漂う。
特に空木は居心地悪そうにソワソワしていた。
…………。
チラッとリヴィルの方を見やる。
特に眠たいわけでもなかったらしく、パッチリと目を開け、こちらの様子を気にしていた。
体を起こし、屈伸して状態を確かめている。
体調は全く問題なさそうだ。
じゃあさっきのは何だったんだろう……。
……いや、それは後だな。
「起き上がれるか? ――ったく、ラティアの胸まで揉みしだいて、膝枕で介抱までしてもらって……羨ましい奴め」
一瞬ポカーンとしたものの、リヴィルは直ぐに意図を察したらしい。
「……フフッ、至高の揉み心地だった。ラティア、物凄い良い……エロい匂いするね。同性でもグッと来た」
言い直すまであるのか。
そこまで……ゴクリッ。
「も、もう!! リヴィル、何言ってるんですか!?」
顔から火が出そうな程真っ赤になり、ラティアがワタワタと遮ろうとする。
……いつもは自分でがんがんいこうぜな癖に。
他者から言われるのは恥ずいらしい。
が、リヴィルは構わず、俺との掛け合いを続けた。
「マスター専用を揉んじゃったわけだから、何かお返し考えないと……マスター、ラティア、揉む? 私の」
そう言って、リヴィルは両手で自分の胸を下から掬い上げてみせた。
俺はフッと笑い、リヴィルに軽くチョップを入れる。
「バカッ。……そんだけ軽口叩けるんなら、大丈夫だな」
「……ん。まあ、半分本気なんだけど」
えっ……。
半分って……どこからどこまでよ?
……いや、それは、うん、後にしよう。
……半分、か。
「……ふぅぅ、本当に、大丈夫そうだね。良かった……」
「ですね。酸っぱい物を食べると酔っちゃうって、じゃあ他に辛い物とか苦い物でも同じ様な事、有るんでしょうか?」
「どうでしょうね……えっ、御嬢様、ご自身で実験なさるおつもりですか!?」
赤星が真っ先に安堵してくれたのをきっかけに。
皇さんも椎名さんも、空気が和らいだのを感じてくれたようだ。
「――うぅぅ良かった……ウチ、一時はどうなることかと。過失致傷罪で逮捕とか、“シーク・ラヴから犯罪者出る!”みたいなことになるのかと……」
空木も心底ホッとしたようだ。
が、まだ少し罪悪感が残っているらしく。
冗談や軽口を言いながらも、リヴィルと視線を合わせようとしない。
リヴィルはそれを敏感に察して――
「――マスター、ラティア、後は、お願い……」
今から死地にでも赴くみたいな、そんな覚悟が感じられるセリフを残し……。
リヴィルは空木の水筒を掴み取った。
「あっ、それ――」
空木が気付いて、止めようと手を伸ばす。
しかし、空を切った。
リヴィルは、空木の目の前で、それを一気にあおったのだ。
中身がはちみつ“レモン”ドリンクだと知っていて、である。
「ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……っふぅぅ――」
リヴィルの目は、もう既に座っていた。
空木だけを見つめ、ゆらり、ゆらりと近づいて行く。
「――わらしが~、らいじょうぶって、言ってるんらからぁ。らいじょうぶ。ミオは心配性らなぁ~」
「全然大丈夫な人の呂律じゃない!? ――お、お兄さん、颯ちゃん、助けてぇぇ!! 完全に酔っ払いです!!」
空木、受け入れな。
これはリヴィルなりの気遣いなんだよ。
“自分を責めるな”
“さっきのは偶然起こってしまったことだから、気にしないで欲しい”
そういうリヴィルなりの、な。
……まあ、あのドリンク全部飲んじゃうとは思わなかったけどね。
「――こんな、けしからん胸をぶら下げて~……こうかっ、こうか! マスターを誑かす胸は、成敗してくれるぅぅ!」
完全に酔っ払いへとジョブチェンジしたリヴィルは、空木に抱き着き。
逃げられないよう後ろから腕を回し、胸をガッチリと鷲掴んだ。
「あんっっ、んんっ! やっ、ダメっ……ラッキースケベ、被害者はウチの、キャラじゃな、くてぇぇ……エロぃ、オジサン、キャラはぁ、ウチなのにぃぃ……」
その自覚あったんだ……。
……っと。
流石にこれはずっと見るわけにはいかないな、うん。
そうして紳士に目を逸らすと、バッチリとラティアと目が合ってしまう。
「飛び入り参加、されますか?」
いや、しねえよ……。
何でそんな嬉しそうな顔して聞いてくるし。
「むぅぅ……ミオ、凄い柔らかさ。手強い……これが芋明神様の御力……」
「あっ、やっ、違っ、それ、ロトワちゃんに、教えた奴……んんっ! しかも、“芋神様”、だしっ……ぁん!!」
リヴィルはその後、先程の症状を出すことはなく、立派に動き回った。
覚悟の荒療治ではあったが、どうやら空木も笑顔が戻ったようだ。
うん、良かった良かった……。
――ラティアさん、ジーっと見つめられても、この後何もないからね?
あんまり重苦しくなりすぎてもダメですからね。
ちょいシリアスはこれで終わりです。
ちょいシリアスを吹き飛ばすために、ツギミーの純潔は奪われたのだった……リヴィルに。




