281.あれは……何だろうね?
お待たせしました。
書籍化することになっても、更新大事!
本編です。
ではどうぞ。
「ふぅぅ……あっ、もう沢山人がいますね」
「だな……ただでさえ暑いのに、凄いな本当……」
額に浮かんだ汗を拭う。
もう夏休みも目前に迫った休日。
市内にある大きな運動公園で開かれた、コスプレイベントに来ていた。
既に多くの人が着替えを済ませ、撮影に適した場所取りに入っている。
「おぉぉ~! 何だか懐かしさみたいなものがあります! ね、レイネちゃん? 冒険者みたいな人が一杯ですよ!」
「だな~。……ほれっ、あんまりはしゃぎ過ぎるとはぐれるぞ~ロトワ」
レイネも暑さにテンションが上がらないからか、結構雑にロトワの相手をしている。
「もう撮影を始めている方もいらっしゃいますね……――ご主人様、では、早速見て回ってきますので、ロトワのこと、お願いできますか?」
日焼け対策や目立たない様にと被っていた帽子のつばを直す。
ラティアは首から提げたカメラを確認し、ロトワを見た。
「ああ。悪いな、こんなこと頼んで――レイネもよろしく頼む。何か帰りしは好きな物ご馳走するから」
「“過激な衣装のコスプレイヤーさんを撮ってきて”だろ? “カンナ”も良く分かんない頼み事するよな~」
いや、織部がこんな頼み事をして来ること自体は不思議でも何でもないのだが……。
レイネもラティアをマネて、カメラの準備を進めていく。
親父の物だが、飽きて即使われなくなったカメラだ。
当然織部が求めたのは女性のコスプレ衣装だから、男の俺が頼み込んで撮影するのは下心的に捉えられてよろしくない。
ラティアやレイネに頼んで正解だろう。
「ロトワは俺が付いとくから。それと、適当でいいからな、適当で」
織部がわざわざ大人しくするための交渉材料を自ら提示してきたのだ。
これに乗らない手はない。
……ただ、そのコスプレイヤーの写真で学習し、更にパワーアップしてしまう可能性も否定できない。
今でさえ手を焼くのに、これ以上バージョンアップされても困る。
だから適度で良いと言い含めておいた。
「ん、分かった。じゃ行ってくるわ――おい、ラティア、行こうぜ?」
「はい。――では行ってきますね」
レイネが声をかけ、二人でカメラを携える。
「おう……あっ、二人とも一応気を付けて行くんだぞ? もしかしたら二人も声かけられるかもだし」
帽子や地味目の服装をしていても、二人の容姿はやはりよく目立つ。
むしろその格好が、何かのコスプレなのかと思われる可能性もあった。
「…………」
「え? あっ――お、おう……その、うん。行ってくる……」
「フッ、フフッ。レイネ、無意識にニヤついちゃってますよ? ご主人様に心配頂いたのが余程嬉しかったんですね」
「あぁん!? んな、なっ!? らっ、ラティアだってちょっと頬赤くなってんじゃねえかよ!」
レイネに指摘されたラティアは、表情は変えないながらもサッと手で口元を隠した。
「……ちょっとレイネが何を言ってるか分かりませんね」
「自分だって隊長さんに気遣ってもらって、内心叫びたいほど嬉しかった癖に!」
その証拠を示してやると言わんばかりにレイネが強引にラティアの手を退かした。
現れたラティアの口元は、言いようのない喜びを噛み締めるみたいにモニョモニョ動いている。
「ほら見ろっ! 頬が緩んでるぜ! 普段は隊長さんを手玉に取る魔性のエロサキュバスみたいに振る舞っててよ! へっ、隊長さんへの純情隠しきれてないぜ!? この純情サキュバス!!」
おっと!
ラティアを煽るように見せかけた、地味な逆井ディスリはそこまでだ!!
アイツ、ビッチギャルっぽく振る舞ってて、内面は完全に純情乙女だからな……。
「も、もう!! これは頭に来ました! レイネ、言って良いことと悪いことが――」
「あんっ? あっ、おいちょっと――」
そんな口論を繰り広げながらも、ラティアはレイネの背中を押して離れて行ったのだった。
一刻も早くこの場から離れたいがために怒りを装っている、というように……。
「ラティアちゃんもレイネちゃんも、仲良しさんなんですね~」
「だな~。同い年だし、お互い気を許してるんだろうな~」
ロトワがいてくれると、のほほんとして助かるわ~。
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「おぉぉ!! お館様っ、あれは何でしょう!?」
「あれか~? あれは多分ゲームのボスキャラのコスプレだな~。悪役なのに結構根強い人気があるんだ」
隣から聞こえてくるロトワの声に応えていく。
ロトワは興味津々で、次から次にコスプレイヤーさん達を指差しては俺に尋ねてくる。
「――うわっ、凄い可愛い! 狐の巫女さんじゃん!」
「へぇぇ……小学生の女の子もコスプレで来てくれるんだ~何か嬉しいね」
擦れ違う集団が、偶にロトワを指してそう話す声が聞こえた。
特にロトワ自体を怪しんでいる様子はない。
……ふぅぅ、どうやらバレてないらしい。
隣で目を輝かせているロトワをチラッと視界に入れる。
その姿は巫女のコスプレ衣装だった。
が、俺にとってそれ以上に特別だったのはその耳と尻尾だ。
「ロトワ、楽しいか?」
「はい!! お館様と一緒に回れて、とても楽しいです!!」
その言葉に嘘偽りないというように、その耳と尻尾がヒョコヒョコと動く。
そう、どちらも本物のロトワの耳と尻尾で、金と銀の狐の力によって隠してはいないのだ。
木を隠すなら森の中。
今日ここに来たのは何も織部のためだけではない。
ロトワが本当に何も隠す工夫をせず、大手を振って歩ける場所という意味でも来る意味があったのだ。
「シーク・ラヴ殿のイベントはこの後なんですよね?」
“シーク・ラヴ”を呼ぶのに“殿”とつけるロトワにおかしくなって苦笑しつつ。
俺はしっかりと頷いて答える。
「ああ、確か白瀬と、逸見さんと……後もう一人、予定が合った人が来るって話だったな」
そして3つ目の目的として、彼女たちがコスプレを兼ねたトークイベントを行うため、それを見ることも入っていた。
……いや、別に目の保養に、とかそう言うことじゃなく。
「あっ、お館様! あれは“探索士”のこすぷれ、ですよね!?」
慣れないながらも頑張って“こすぷれ”と発音するロトワが健気で可愛らしい。
「おお、そうだな……」
ロトワが指差した方では、探索士の制服を模したコスプレを着た人がいた。
さっきからもチラホラと目にしている。
ゲームやアニメ、マンガなどの二次元だけでなく。
今日イベントで彼女たちが来ると言うこともあり、探索士のコスプレをする人たちもいたのだ。
「少しずつ浸透してきてるって感じだな……」
「?」
呟きに反応して首を傾げたロトワに、笑って何でもないと答える。
こうして複数の知らない人々同士が、合わせずに探索士のコスプレをするというのは、つまり。
それだけ“探索士”という概念が社会に根付いてきたと言うことでもある。
そう言ったダンジョン関連のことも自分の目で見ておきたかった。
それも目的の一つとしてあったのだ。
「お館様、あれは何でしょう?」
「あれか~? あれはペアのコスプレだな~。マンガの原作ではあの二人はカップルだから、それで二人で一緒に写真を撮ることになったんだろう」
そうして目的は持ちながらも、気晴らしもあってのんびりロトワの質問に答えていく。
「お館様、あの犬みたいなのは?」
「あれか~? あれは魔法少女系っていうジャンルのアニメに出てくるマスコットキャラだな~。実は魔法少女にした相手をこき使ってもなんとも思わないヤバイ奴だから、ロトワは気を付けような~」
「おぉぉ~畏まりました!! ではお館様、あの大きなお尻のような物は何なのでしょうか?」
「あれか~? あれは…………大きなお尻、だな」
そうとしか言いようがなかった。
頑張って“桃太郎が生まれてくる時の桃のコスプレ”に見ようとしたが、無理だった。
女性が肌色の全身タイツを着た上から、大きなお尻の模型を被っている。
そこから脚と腕、更に顔が出ていて、そういうモンスターか何かのように見えなくもない。
美術館か芸術展で、前衛芸術を見たような理解不能な気持ちに襲われる。
「……すまん、ロトワ。俺の知らない間に“コスプレ”という概念はもっと広くなっていたらしい」
「い、いえ! お館様、あちらに行きましょう! あちらにも可愛らしいこすぷれさん達がいますから!!」
ロトワに気を使われて、その場を後にし。
しばらくの間、“コスプレって何なんだろう……”という哲学的な問いに悩まされるのだった。
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「ふぅぅ……しばらく休憩しよう。ロトワ、暑いから水分補給はこまめにな」
「はい!」
広場に設置されているスピーカーからアナウンスが鳴り響く。
このイベントを主催する運営から、定期的に流される水分補給タイムのお知らせだ。
「ふぅぅ……暑いよね、汗凄いことになってる」
「メイクとかウィッグの中ヤバいわ……」
あちこちでコスプレイヤーさん達が休憩を取り始める。
中には沢山着込む人もいるので、熱中症対策として強制的に水分を摂る時間を設けているのだ。
こうしないと、何かあった時に世間からも叩かれるだろうからな……。
「ゴクッ……ゴクッ……ぷはぁぁ……」
持ってきていたスポーツドリンクで喉を潤す。
もう温くなっていたが、飲まないよりはマシだ。
「…………」
「ん? どうしたロトワ……」
無言で俺の手にあるペットボトルを見つめていた。
ロトワが持つオレンジジュースはまだ残っているが……。
「えっと……飲むか?」
「えっ!? あ、あの! よろしいのでしょうか!?」
あぁ、やっぱり欲しかったんだ。
さっきの飲みっぷりは自分で言うのもなんだが、かなり凄かったからな。
余程スポドリが美味そうに見えたんだろう。
「ああ――っと、電話か。全部飲んじゃって良いから」
丁度スマホに着信が入った。
ロトワにそう告げてペットボトルを渡し、立ち上がる。
受け取ったロトワはしかし、ジーっとペットボトルの口を覗き込むだけ。
……何でそんな深刻そうな顔してんだよ。
これから戦にでも向かうのかってくらいの凄い顔してるぞ?
――っとと!
早くとれとでも言うように着信が鳴り続ける。
俺が話してれば、その間に勝手に飲むだろうと通話ボタンを押す。
「はいもしもし――レイネか、どうした?」
表示された名前をそのまま呼び、用件を尋ねる。
合流の話でもするのかと思ったが、レイネは普段あまりしないような声音で告げた。
『隊長さん? あんまりリアクションしないで聞いて欲しいんだけどさ――さっきから隊長さんのこと、チョコチョコと尾行してる奴がいるんだけど』
っ!?
「……おう、そうか。で?」
一瞬、思い切り顔を周りに巡らせそうになったが、理性で押さえつける。
ロトワが反応を示さず、まだペットボトルの口の部分とにらめっこを続けていたので、大丈夫だと思う。
何でもないように装いながら、先を促した。
『……あたしが二重尾行してるから。ラティアに先に合流させて、様子見る。それで大丈夫か?』
なるほど……流石はレイネだ。
伊達に戦場で生き続けてカッコイイ二つ名を持ってるだけのことはある。
『何か今隊長さんにバカにされたような気がする……』
……いや、そんなこと無いよ?
「分かった。俺、“あの眼鏡”あるからさ。場合によっては使うから。そん時はそれを“目印”にしてくれ」
状況によっては俺も“灰グラス”を使って、その尾行者を撒いたり捕まえたりに動く、という意味だ。
モンスターの認識から外れることばかりに使うが、こういう現実の場面でも使えないわけじゃない。
『……ん、了解』
レイネも正しく俺の意図を理解したらしい。
短くそれだけ告げて、通話を切った。
「……んっ、えいっ!!――」
その時、ようやくロトワは何か思い切ったようにスポドリに口を付けたのだった。
水分補給だけで大袈裟だな……。
だが、そんなロトワの行動のギャップのおかげで、肩の力が良い具合に抜けてくれた。
“尾行されてる”って聞いた時は、緊張したけど。
何か大袈裟に考えなくてもいいような気がしてきた……。
俺はそうして良い感じにリラックスしながら、ラティアの合流を待ったのだった。
尾行は……あんまり深刻に考えなくて大丈夫です!
むしろ織部さんのバージョンアップの方が怖い……(震え声)
沢山のお祝いコメントありがとうございます!
これからまた少しずつ感想と合わせて返していきますので、いましばらくお待ちを!!




