276.そ、そんなぁぁぁ!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「じゃ……またね」
「おう……じゃな。ロトワに“夜更かしすんなよ”って言っといてくれ」
「ん、了解」
何とも言えない微妙な空気の中、帰る逆井へと挨拶する。
帰ると言っても直ぐ隣の借家に、だが。
だから何事もないだろうが、一応念のため逆井が入って行くのを見守り。
それから再び家に戻った。
はぁぁ……。
「――ですから、あまり食べ過ぎ飲み過ぎはいけないんです。分かりましたか?」
「うぅぅ……ゴメンなさいラティアお姉ちゃん」
リビングではルオがラティアから注意を受けていた。
最悪の事態を脱し、既に志木の姿から戻っても、ルオの災難は続いているようだ。
その責任の一端は俺にもある、か……。
「ま、まあまあラティア。今回は俺も調子に乗って飲ませ過ぎた。大目に見てやってくれ」
「むぅぅ……ご主人様はルオに甘い傾向があります。私がキチンと言っておかないと」
スマン、ルオよ。
ラティアの様子的に、俺は力になれそうにない……。
「……何か教育方針を巡る夫婦のやり取りみたいだよね。マスターが子煩悩なお父さんでさ。それを妻のラティアが不満に思ってる、みたいな」
リヴィルが顔を上げ、そんなことを言ってくる。
……変なこと言わずに、そのままソファーで読書して寛いでてくれ。
「えっ――夫婦!? 私と……ご主人様が!?」
だがその言葉に一番反応したのはラティアだった。
「……何となくそんな雰囲気に見えるってだけだけど」
「もう……リヴィルったら、お世辞が上手なんですから~!」
何やら上機嫌になってラティアは、冷蔵庫から果物を取り出しカットし始める。
ラティアのご機嫌に貢献したリヴィルに、ご褒美らしい。
「……ふんふん~ふふんっ。フフッ!」
「…………」
鼻歌を奏で、背を向けたラティア。
それを確認し、リヴィルが視線を飛ばしてくる。
“今の内に……”と言うことらしい。
「さっ、ルオ、上に」
「う、うん」
目だけでリヴィルに感謝を伝え、俺はルオに避難を促す。
助かった……流石リヴィルだ。
こういう所での機転はピカイチだな。
「……そうやって隊長さんの好感度をヒッソリと上げてんのか。リヴィルは妻ってより、理解ある愛人みたいだな」
「……ハヤテを見習ってるだけ。こういうのを“伏兵”っていうらしいよ?」
リヴィルは目で俺達を見送りながらも、テレビを見ていたレイネと何やら言葉を交わす。
ちょっと気になる内容だったが、あまり長居するとラティアにバレるからな……。
その後、俺とルオは、何とかそれぞれの自室へと退避することに成功したのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『お、お疲れ様でした、新海君』
「おう……」
自室へと戻り、途中で通信を切ったことを織部に詫びる。
『いえ、私の方も緊急事態が起きて切ってしまうこと、よくありますから』
気にしてないのなら良かった。
「――ん? 何だ、シルレと話してたのか?」
織部の傍には、シルレの姿があった。
逆井やルオがいた時には見えなかったが……。
『ああ、はい! ルオさんのことについて話してました』
織部の言葉に、シルレは頷く。
その優しい瞳を見ると、世界が離れていてもルオのことを想ってくれているのだと改めて感じた。
『とても楽しく、充実した日々を過ごせているようだ。ニイミに任せることが出来て、本当に良かった……』
『フフッ、ですね』
何とも言えないこそばゆい気分になる。
「ま、まあさっきは危うく、充実とは程遠い事件になる所だったけどな」
『ハハッ、それもまた、ニイミとなら。彼女も、良い思い出になるだろうさ』
いや、お漏らしは流石にどうやっても良い思い出にはならないだろう……。
「えーっと――で、何か連絡事項とか、また買っといて欲しい物とかってあるか? あるなら今の内に頼むぞ?」
何ともむず痒くなるので、話を変えることにする。
織部は顎に指をあて、しばらく考え込む。
『うーん……あっ! そう言えば、もうすぐ“王都”に向かうことになりました』
「王都? 何かあったのか?」
自分で意図したことだが、ガラリと話が変わり体に緊張感が走る。
だがシルレが苦笑しながら否定してくれた。
『いや、そうじゃない。私含めカズサ、オリヴェア、タルラ、五剣姫の内4人がカンナに協力している』
前提を確認するようにシルレは名前を挙げる。
「ああ、それで?」
勿論、俺もそれぞれと知り合いだから迷うことなく頷き、先を促す。
『ここまで来たら5人目――つまり最後の一人も仲間に引き入れようということさ』
シルレの話を補足するように、織部が言葉を継ぐ。
『5人目の方は王都最寄りの町を統治し、また、王都の守護も任されています。そこでまずは王都に寄って、情報収集しようかと』
「なるほど……」
ならまあ、一先ずは安心か。
何かまた事件に巻き込まれたとか、積極的に厄介事に首を突っ込んで行くわけでもないし。
織部の目的である“異世界を救う”ということが具体的に何を指すのかは未だにハッキリとはしない。
ただそれでも、他の国にも名を轟かせる五剣姫、全員と協力関係になれれば。
それに近づくことは疑いないだろう。
「分かった。必要な物があったらその都度教えてくれ。出来るだけ早く送るようにするから」
『ありがとうございます! ――あっ、でも今の所は大丈夫ですよ! ほらっ、丁度この前に送ってもらった秘密兵器、キチンと稼働中ですから!!』
ああ、あれか……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「ああ、あの“着ぐるみ”? ちゃんと使い道があるんなら良かったけど……」
2、3週間程だったか、それくらい前に送って欲しい物として頼まれたのだ。
比較的サイズが小さめの、見た目が動物となる着ぐるみを幾つか送って欲しい、と。
それ自体は特に気にすることはなかったのだが……。
「あれさ、“実際に動けるか中に入って確認しておいて欲しい”みたいな注文あっただろう? あれ何だったんだ?」
しかも“男性限定”って条件まで付けて。
……そんな頼み聞いてくれる同性の友達なんていないから、俺がやったよ。
しかもサイズが小さめだから余計しんどかった。
あれ、密着ってまではいかないから体を動かす余裕はあったんだけど、中、クソ暑いのな。
『そりゃ実際に着るかもしれないからですよ! 着ても動けない物を送ってもらっても、申し訳ないですけど使えませんから』
そりゃそうなんだけどさ……。
ウサギ、犬、妖精さん、3つ全部試したが、どれも通気性に対して差はなく。
おかげで汗だくになってしまった。
もう既に夏だし、余計着ぐるみが蒸し風呂に感じたぞ。
「本当に良かったのか? “確認取れたら直ぐに送って欲しい”って言われたから送ったが――話の流れからすると、王都で使うんじゃないのか? あれ、汗だくのまま送っちゃったけど」
てっきり情報収集の際にあれを、協力者に着てもらうんだと思ったんだが。
『勿論です!! 王都で使うんですよ? ただ、事前に私達も着られるか確認しないとダメじゃないですか』
ん?
“私達”?
あれっ!?
「えっ、男性の協力者がいて、その人に着てもらうんじゃないの!?」
『はい? 何言ってるんですか? 私達が着るに決まってるじゃないですか。新海君、おかしなこと言いますね!』
ウフフ、じゃねえよ!!
えっ、じゃあ何で動作確認に“男性限定”なんて条件付けてたの!?
『――あっ、ほらっ、丁度今、来ましたよ!』
織部がDD――ダンジョンディスプレイの枠外を指差した。
今までやり取りを見守っていたシルレが率先してあちらのDDを持ち上げる。
そして織部が示した方へと画面を向けてくれた。
そこにいたのは――
『――ふぅぅ!……ふぅぅ!……』
――ここまで聞こえてくる程に、鼻息の荒くなった妖精さんだった。
『あぁ、ああぁ! ダメ、いけませんわ! これは私をダメにする被り物です!』
声からして、あの中にいるのはオリヴェアらしい。
『オリヴェアさん、どうですか着てみた感想は?』
やはりオリヴェアで合っているのか。
織部に尋ねられた妖精さん――オリヴェアはそのゴツい着ぐるみの腕で自身を抱きしめる仕草をする。
『被った瞬間から、鼻に香る匂いだけでなく。全身に旦那様を感じましたわ……旦那様に全身を包み込まれているようで……あっ、あぁん!』
いや痙攣までする!?
それむしろ俺のことディスってない!?
俺の体臭が酷かったってこと!?
オリヴェアは見た目妖精の癖に、とてもそうは見えない動きを繰り返す。
これ、催し物とかで出てきたら、絶対子供にトラウマ刻み込むレベルだぞ……。
『そ、そこまで新海君の汗が染みこんで……ゴクリっ』
織部も織部で、生唾飲み込まない!
『シ、シルレさん、“ウサギ”は私が着ますからね!? じゃんけん、私が勝ったんですからね!?』
『ああ、分かった、分かってるから。誰もカンナからは盗らないから』
「いや、本当、そんなもん盗られるもんじゃないから……」
むしろ今からでも新品のを送って、そのお古のは処分してもらいたいくらいなんですけど。
『グフ、グフフ……オリヴェアさんが血じゃないのにあそこまで飛んでる……私も、自分を保てるかどうか、今からドキドキが止まりませんよ』
……変な笑い声上げて独り言始めたぞ、おい。
もう俺一人じゃ織部は抑えきれない――
『――カンナ様、“犬”の着ぐるみの確認、出来ました!』
そんな諦めムードの俺に、救いの女神の声が届く。
おぉぉ!!
サラッ!!
声からして、サラが犬の中に入っていたらしい。
『……フフッ』
――っっ!?
だが、そんな俺の思考を読んだかのように、織部がニタァっと笑ったような気がした。
な、なんだ今のは!?
『フフッ――そうですか、ありがとうございます。脱ぐの手伝いますよ?』
画面に丁度、犬の着ぐるみが入って来た。
織部はサラに近づき、言葉通り着ぐるみを脱ぐのを手伝う。
『あ、ありがとうございます……フゥゥ。着ぐるみの中、結構良い匂いしましたね。好きな部類の匂いです。あれ、本当に誰か使った後なんですか?』
『フフッ、そうですよ? ――“新海君”が、しっかりと汗水垂らして確認してくれた物です』
頭部分を取り外されたサラは、その言葉を聞いた瞬間、顔を真っ赤にする。
……俺も、ちょっと恥ずい。
『うぅぅ……恥ずかしい。何だかそれじゃあ、私がニイミ様の匂いを好きだって言ってるみたいじゃないですか……もう』
『フフッ、すいません。サラを驚かせたくて、つい意地悪しちゃいました』
そんな恥ずかし微笑ましいやり取りが目の前でなされた。
確かに、こちらも大分恥ずかしい内容を聞かされた気がする。
だが……これが狙いだったのか?
――いやそうじゃない。
織部があんな粘着質な笑みを浮かべたんだ、きっとより酷いことがあるに違いない。
『よいしょっと――でも、中、おっしゃっていた様に凄く暑いんですね。上着とか脱いでおいて良かったです』
『でしょう? で、どうでしたか? ――“下着姿”で着ぐるみに入っていた感想は?』
電流が走る。
……今、織部は何と言った?
そしてサラは今、何をしている?
――下着で入っていた着ぐるみを、脱いでいる。
『……その、ちょっとドキドキしたことは認めます。着ぐるみで外からは私だと分からない状態で、でも、中では下着姿で――』
『っっっ! ――ですです! そうなんですよ!! で、それを脱いだらバレてしまうかもしれないというドキドキ! うわぁぁ~サラにも分かってもらえる日がようやく来ましたか!!』
『やっ、そ、そこまでは言ってません!! ど、ドキドキしたのだって、むしろ無意識にニイミ様の匂いを感じて、それで――』
話されている内容が頭に入ってこない。
目の前に映る光景――サラがとうとう着ぐるみを脱いだ姿が、目から離れてくれないのは勿論だが。
一番には、唯一の良心、織部の手綱役たるサラが、織部に少しとは言え毒されているというショックが強かったのだ。
そしてこの状況、俺が見てしまっているということを、サラは気付いていない。
「…………」
俺はボーっとその光景を眺め続けた。
NTRではないが、なんだか同じ志を持った仲間を失ったような喪失感だ。
『おや~? 新海君、どうかしましたか? あっ、汗で透けるサラの肌着が少々刺激的でしたかね?』
いや勿論それもそうだけども。
むしろ同士が遠く離れていくような、そんな気持ちでいたので織部の煽りに上手く反応できないでいた。
『えっ、“ニイミ様”って――あっ、キャァァァア!!』
サラも気づいて、思わず悲鳴を上げる。
肌を晒し続けている身を隠しながらも、必死で弁解してくれた。
『あ、あの! 違うんです! 私にカンナ様のような露出の趣味が出来たとか、そう言うことではなく!』
「いや、うん、良いんだ、サラ。さっ、早く着替えてしまいな」
『やっ、それもそうなんですが、そうではなくて!! ニイミ様!? 聴いてますか!? あっ、何でそんな優し気な顔に!? 違うんですぅぅぅ!!』
サラの別の意味での悲鳴を聞きながら。
俺はそっと通信を切った。
はぁぁ……。
……とりあえず、後でリヴィルに動画編集を頼もう。
その後、しっかりと織部に“新海セレクション!! 立石出演シーン抜粋動画”を送り付けてやったのだった。
サラ闇堕ちルートならぬ、織部堕ちルート(白目)
立石君、すまん!
織部さんを成敗するには君の力が必要だったんだ!




