275.頑張れ! ちゃんと間に合うからぁぁぁ!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「凄いな織部……そこまで徹底されてるのか」
「今後は立ゴンと柑奈の話すんの、気まずくなるなぁ……」
動画を適度に流しながら見る。
立石が映る場面では、織部がこれでもかと心と表情を無にしていた。
流石に逆井も俺も、凄いとしか言いようがない光景だ。
『おぉぉ! 凄いですねハヤちゃんさん! モンスターのヘイトを全部引き受けてます! 後進の育成ですね!』
いや、だからお前のその変わり身の方が凄いって。
さっき立石が映った時は勇者としてあるまじき顔してた癖に。
何でさも何事も無かったかのように動画を見られるのかが不思議でしょうがないぞ……。
「チーちゃんも何気に凄いよね~。木田ッチなんてひぃひぃ言いながら倒してたモンスターをハンマーでボッコボコにしちゃうんだしさ!」
そして逆井は逆井で、木田に対する評価が桜田よりも随分低いらしい。
あんだけ木田が動画の中でも“俺の活躍、逆井の奴に見せてやるんだ!”って言ってんのに……。
逆井にとっては男の木田よりも、ハンマー使いの道を着々と歩む桜田の方が、物理的に頼りになる感があるらしい……。
「世の中って、ままならないもんだな……」
「んぁ? ラティアちゃん始め、カワイイ美少女達と同棲までしちゃってんじゃん。その内刺されるよ?」
いや、俺のことじゃねえって。
ってか“刺される”とかやめて。
直近で超心当たりあるメイドアイドルさんがいるんだから。
言霊ってあるんだから!
『あっ、この白瀬さん、でしたっけ? この人、やっぱり何だかもの凄く親近感があります! ――頑張れっ! あっ、そこですそこ! 行っけぇ!!』
動画内ではローテーションを交代し、逸見さん達2班が前線に立っていた。
織部は目敏く白瀬を見つけ、長年の戦友でも応援するかのように声を上げる。
…………。
『見たところ胸も大きい方ですし、気の強そうな感じで、私とは正反対そうなのに……不思議ですね』
「柑奈、しらすんと何か共通点でもあるのかな? 新海、分かる?」
「……さぁな」
分かるっちゃあ分かるけど……。
でもまた地雷を踏みぬいて、織部の目の光が失われるのは避けた方がいいだろう。
「おぉぉ! 六花さん、鞭の使い方やっぱ上手いなぁ~! 鞭がしなる度に胸がプルルンって揺れて波打ってるじゃん!」
いや、どんな感想だよ。
胸の揺れ方で鞭の上手い下手を判断すんなし。
『…………』
あ、ほらっ!
織部が無表情の一歩手前まで来ちゃってんじゃん!
も、もっと違う話題!!
「ほ、ほらっ、あれ空木だろ!? 空木、今日も隣にいんだろ?」
「え? ああ、アタシが泊まる所に、って意味? うん。ツギミー、ロトワちゃん誘って“お芋のお菓子の波状攻撃だ!”って言ってた」
『へぇぇ……フフッ、あれですね、新海君企画の“幸せ攻め”って奴ですね!』
よ、よ~し。
共通の話題で何とか織部の魂を引き戻したぞ。
織部、立石以外にもNGワード多くない?
まだまだありそうで、気が抜けないんだけど……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『――ふぅぅ……一通り見ましたけど、楽しかったですね!』
「だね! 自分が参加してないのを見るってのも案外新鮮!」
ハラハラしながらも、何とか動画を見終えることに成功する。
丁度それを見計らったかのように、ドアがノックされた。
「――ご主人、ボクだけど、入って良い?」
ルオの声だった。
織部がいるので、一瞬、緊張感が走る。
「おう、良いぞ」
だが慌てるとかえって不自然だろう。
入室を促すと、ルオは器用にドアを開け、盆を片手に入って来た。
「ラティアお姉ちゃんがお菓子と飲み物、補充してあげてって!」
「ああ、それで持ってきてくれたのか、ありがとな、ルオ」
ジュースやお菓子の乗ったお盆を受け取り、ルオに礼を言う。
「あっ、そだ! ルオちゃん、今までさ、アタシ達、あの攻略動画を見てたんだけど! ルオちゃんの話聴かせてくれない?」
おっ、逆井、それはナイスな判断だ!
来て直ぐルオを追い出すのも、かえって不自然に映るかもしれないからな。
「えっと……」
どうすべきか、ルオが視線で問うてきた。
聴かせてやってくれと頷く。
「うん、分かった!」
ルオに他のことを考えさせないため、率先してコップに飲み物を注ぐ。
そして俺の分として用意された片方を、ルオに差し出した。
「え、良いの?」
「おう、どんどん飲め! ラティアには内緒にしといてやるからさ」
食前・食後のお菓子やジュースは、ラティアが飲み食いし過ぎないよう目を光らせている。
なので、この場でならルオもバレずに口にできるというわけだ。
「ルオちゃん、椎名さんになるの、凄く上手いよね! 動画見てたけどさ、全く違和感なかったって言うか、最初からルオちゃんだって知ってなきゃ分かんないよ」
逆井がコップを受け取りながらルオに話しかける。
「えへへ、そうかな?」
ルオは照れながらもコップに口を付ける。
『はい! 私は分かりませんが、知っている梨愛が言うならそうなんだと思います、ルオさん、凄いんですね!』
「か、カンナお姉さんまで……照れるな~」
ルオはさっきまでちびちびと飲んでいたのに、褒められて気分が上がったからか。
今は気にせずグイグイとコップの中を空にしていく。
「おっ、良い飲みっぷり! ほれっ、ドンドン飲め飲め!」
おかわりも率先して注いでやる。
ただ、自分で入れていてあれだが、こんなに一気に飲んで、流石に大丈夫か、その、色々と……。
だが勿論、これにアルコールが入っているわけでもなく。
ルオはちゃんと普通にまともで。
その上謙虚に話を続けた。
「えっと、シイナお姉さんは再現する頻度が多いから、その分だけ精度も上がるよ」
話は進み、再現の際の微妙な感覚の違いについて語られる。
俺達は主に聴く側で、偶に質問しながら耳を傾けた。
「へぇぇ~じゃあこの例えだともしかしたら失礼かもしんないけど、モノマネ芸人さんみたいにさ、ちゃんと練習しないと、ってことなのかな?」
「う~ん……まあそんな感じかな? えっと、他にも色々と練習してて……――あっ、ちょっと待ってて! リアお姉さんにも見せたい人いるから!」
ルオは何かを思いついたというように立って、一度部屋を出て行った。
あの言い方だと、“誰か”になって、また戻ってくるってことだろう。
「誰だろうね? “柑奈”だったら、アタシだけじゃなくて、柑奈自身にも見せるって言うだろうし……」
『私が会ったことが無い、梨愛の知り合いとかじゃないですか? うーん……メンバーの誰か、とか』
しばらく予想を言い合って時間を潰す。
そしてまたドアがノックされる。
「はーい!」
声を上げても、返事はない。
ルオ以外の誰か、つまりリヴィルやレイネ達なら返事があるはず。
と言うことは、ルオだろう。
「おお、ちょっとドキドキしてきた。誰だろう……やっぱ声で分かっちゃうから、開けてからのお楽しみってことだよね?」
「多分な――よし、開けるぞ?」
逆井が気を使って、DD――ダンジョンディスプレイの角度を変える。
織部にも入り口が見やすいようにということだろう。
俺も何だか緊張してきた。
生唾をゴクリと飲み下す。
ドアを、開けた。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――その、どうかしら?」
ドアの前に立っていたのは“志木”だった。
以前見た時よりも更にその精度は上がっていて、一目見ただけでは別人とは分からないだろう。
だが、俺にとっての驚くべきところはそこではなく――
「うわっ、“かおりん”!? 凄っ、そっくり! ――ってか何で“スク水”だし!?」
『す、凄い……DVDで見たり、話で聞いていた“志木さん”のイメージからは想像もつかない格好です……!』
二人の言う通り。
ルオは志木の姿の上に、コスプレ衣装などでよくある紺色のスクール水着を身に着けていたのだ。
胸元には白い四角があり、律儀に“しき かおり”とひらがなで名前まで書いてるし……。
「驚いてくれたかしら? フフッ、サプライズ成功ね」
声・仕草そのものは志木の物ソックリなのに、この違和感……。
だがそれが別に嫌ではなく、むしろ“こんな志木ももしかしたら……”と思わせるものがあった。
クッ、ルオめ、中々手強い所を突いてくる。
「うん! あっ、でもかおりんはもしこれ見たらどんな反応するんだろうね。椎名さんみたくなるのかな? うわっ、ちょっと想像つかないや!」
『そうなんですか? でもこうして見てる分には凄く愛嬌が出て可愛いらしいと思います』
二人には好評なようだ。
まあ俺も……その、悪くはない、とだけ言っておこう。
そうして盛り上がっていた所に、突如異変が訪れた。
「――ぅぅ、っっ!」
志木――ルオが急にソワソワし出した。
内股になり、盛んに両脚の太もも辺りをこすり合わせる。
切なそうに、あるいは何かを欲するような表情をしてこちらを見てきた。
「うわっ!? ちょっ、かおりん――ああいや、ルオちゃんすっごいエロい顔してるけどどしたの!?」
『えっ、“志木さん”も実は私と同類だった!? いや、この場合はルオさん? うーん……』
ええい、織部は少し口を閉じてろ!!
「ど、どうしたルオ!? 何か体調でも悪いのか!?」
ルオは頻りにお腹から股間辺りの水着生地を掴み、グッと押し付けるように上下させた。
「うぅぅ……お、おしっこ……」
消え入るような声で、しかし、しっかりと聞こえた。
志木の口から、その声で。
トイレに行きたい旨を告げられて、思わずドキッとする。
その羞恥に耐えるような表情も、今まで見たことない志木の一面を見てしまったみたいで――
――って! 今はそうじゃない!!
ああもう、あんだけ一気にジュース飲むから!
いやそもそも飲ませたのは俺か!!
「が、頑張れ! 連れってやるから! もう少しだけ我慢しろ!!」
肩を貸し、下の階へとゆっくり歩きだす。
衝撃で堤防が決壊してしまわぬよう。
さりとてのんびりし過ぎて氾濫が起きぬよう、心では急いで。
「――ご主人様、リア様? どうかされましたか……ってカオリ様!? えっ、どうして、何が……」
丁度リビングから騒ぎを聞きつけたラティアと遭遇。
俺の隣のルオを見て驚愕していた。
「いや、ルオだから! トイレに連れてってる!」
それだけでほぼ何となくでも事情は察してくれたらしい。
ルオを何とかトイレへと連れて行く。
「あっ、んぁ……あんっ!」
ちょっ、志木の声でそんな色っぽく喘がないで!!
もう着くから!!
「ほらっ、ルオ、着いたぞ!」
ドアを開け、ゆっくりと便座に座らせるまで介抱する。
そして出て行き、ドアを閉めた。
はぁぁ……何とか間に合った。
「……今日のことは、アタシらの胸の内に、そっと閉まっておかない?」
「……良い提案だ、逆井」
今度、志木に会った時、ちゃんと顔を合わせられる自信がないな……。
今後、本物の志木さんと出会う度に、脳裏に浮かぶんです。
スク水姿の志木さんが、とても色っぽい顔・声をしながらトイレを我慢していた光景が……。
フッフッフ、ドンドン意識してしまえばいいんです!




