274.戻って来ぉぉぉぉい!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
『陽翔様、先日のことは、その……むしろ陽翔様の気分を害してはいないか、とても心配です。お恥ずかしい物をお見せしました』
いや、そんなことはないのに。
俺も……その、あ、あんまり覚えてないし、うん。
『椎名は私が何とか抑えますので、どうぞご心配なさらず。これからも変わらずお付き合い下さい』
「皇さん……本当良い子だな……」
メールを見て、思わず涙が出そうになった。
皇さんの優しさ。
そして、荒ぶる椎名さんの爆発寸前さが読み取れる文面だ。
「あっ、やっぱり言ってた通り、律氷ちゃんは案外ダメージ少なかったんだ」
「逆井……あんま人のメール覗き見んなよ。――まあ、そうだけど」
遊びに来ていた逆井に指摘しながらも、確認には肯定する。
今日は隣、シーク・ラヴ借り上げの家へと泊まるらしいので結構ラフな格好だ。
「ハヤちゃんは結構ダメージあったっぽいもんね。それを考えると律氷ちゃん、意外に過激な恰好する素質あったってことかも!」
やめろ!
皇さんをその道に引きずりこもうとするな!
俺は知ってるからな、お前はあの織部の親友だってことを!
きっと地球で活動出来ない織部の代理として、日夜暗躍しているに違いない!
「あーはいはい、そうね、そうですね」
「何で返事そんな適当だし……で? 椎名さんはおこ? 激おこなん?」
……何でちょっと楽しそうに聞くんだよ。
「……実際には分からん。ただ、皇さんが“何とか抑え”ないといけないくらいにはヤバイんじゃねえの?」
皇さんを送り届けた時には何も無かったのにな……。
……いや、むしろ“その時に”何も無かったからこそ。
今、それを知って、激おこ椎名さんを目覚めさせてしまったのかもしれない。
「ちなみに……椎名さんからのメールとかってどうしてんの?」
「……いや、直接は来ないな」
そこの所がまた、間接的な恐怖を引き立てている。
何か電話やメールで言ってくるのならまだしも。
椎名さん自身からは音沙汰無しだからな……。
それを考えると、皇さんのメールから椎名さんの状況を報告されるのも、ある意味怖いものがある。
「――ご主人様、リア様。ラティアです」
そうして近況を報告していると、ノックとともに声がした。
入室を促すとドアが開く。
「失礼します。カンナ様とのお話、終わりましたのでお返ししますね」
ラティアからDD――ダンジョンディスプレイが手渡される。
織部とラティアもまた、定期的に話が出来るよう貸しているのだ。
織部も送って欲しい物があったとしても、俺には言い辛い物とかがあるだろうからな。
「おお! じゃあ、早速3人であの映像、見られるね!」
織部も交えての、先日の攻略動画の鑑賞会。
未だ公開前のものを、編集して桜田が送ってくれたのだ。
これを見て、何か意見があれば言って欲しいとは言われているが……。
「……織部に見せても、大丈夫かな?」
無関係の織部に見せても問題ないかな、的な意味ではない。
この動画には確実に立石の姿が映っている。
普通の人がR-18と捉えるものも、織部は全く苦にせずむしろ喜び勇んで見るだろう。
が、この動画に限っては。
織部的には、R-18に匹敵する拒絶反応を見せるかもしれない。
「んぁ? 何で? 大丈夫っしょ! 柑奈も動画見んの楽しみにしてたし!」
楽観的だな……。
ま、親友がそう言うならいっか。
「それよか……ニシシ。ラティアちゃん! 水着姿、凄い似合ってるよ! しっかりがっつりエロくて!」
「え? あの、そうですか? フフッ、ありがとうございます」
うっ。
その話か……。
「さっき来た時は“家の中で水着って何事!?”って思ったけどさ、まあ実際暑いし、この方が色々と都合がいいっしょ? 新海もね? ニシシ!」
クッ、逆井め……!
「前回、リヴィルやレイネだけが水着を着る機会があったので、こうして少しでもその気分を味わいたくて……どうでしょう、ご主人様?」
ラティアはその表情に不安を覗かせながらも尋ねてくる。
似合ってるかどうかって意味なら疑う余地なく似合っていた。
黒とピンクを基調としたビキニの水着。
リヴィルが着ていた物に比べ、生地の面積は多め。
だがその色合いやラティアの魅力的な体つきと相まって、とても扇情的な姿となっていた。
「いや、うん、似合ってる、とても似合ってはいるが……」
ラティアが混じり気ない嬉しそうな表情になりかけたのを見て、語尾を濁す。
評価だけなら逆井の言った通り、しっかりがっつりエロいで良いのだ。
大胆に開いた胸元や、健康的で白い太ももに思わず目が吸い寄せられそうになる。
が、それを正直に口にすることは躊躇われた。
「……とても似合ってはいる“が”?」
逆井が俺の言葉を繰り返し、その本意を探ろうとする。
そう、なぜあれから数日あったのに。
今日、逆井がいる日を水着デーとしたのか。
つまり、ラティアは逆井がいるからこそ。
無自覚な逆井の援護を得られると期待して、今日、自宅水着を決行したのだ。
「ああ、似合ってはいるが、そうだな……――」
フフッ、そこまで思考が行き着けばもう勝ったも同然だ。
ラティアよ、自宅での水着の日をもっと増やしたかったんだろうが、甘かったな。
「――俺としてはやっぱり、ラティアに一番似合ってるのはサキュバスの衣装だと思うな。水着なんかよりも、ラティアっぽくって。俺はそっちの方が好きだけど」
これで積極的に“これからも家の中で水着を着けています”とは言い辛いだろう!
大胆な水着姿で俺を誘惑するつもりだったのかもしれないが、残念だったな。
フフフ、この勝負、スマンが勝ちは有難く頂いておこう!!
「サキュバスの衣装……私らしくて……――ご主人様にそんな風に思っていただいていたなんて。とても……とても嬉しいです」
目が潤みそうになる程に喜び、泣き笑いのような表情を浮かべるラティア。
想定外のリアクションに思わず動揺が広がる。
「え? あ、えっと、あの――」
「嬉しい……本当に嬉しい……ご主人様のお気持ち、しかと承りました! 今後、可能な限り家の中ではサキュバスの服装でいますね!」
え、あれ、マジ!?
何で!?
「あ、ちょ、待っ――」
だが止める間もなく、ラティアは部屋を後にしてしまった。
何とも言えない空気だけが、室内に残り……。
「……サキュバスの衣装ってさ、あのどエロい奴っしょ? に、新海って、そう言うの好みだったん?」
照れて言い難そうな表情をした逆井から、そんな言葉を受けてしまった。
ご、誤解なんだが――ハッ!?
ラティア、こ、ここまで……見越して!?
……チックショォォォォ!!
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『うわぁぁ! 楽しみです! あれですよね!? ハヤちゃんさんと、律氷ちゃんと知刃矢ちゃん! それに――』
「そうそう! 後は六花さんとしらすんに、ツギミーかな!」
織部と逆井が楽しそうに話ながら、動画が始まるのを待っている。
今回のシーク・ラヴの参加者を確認し合って、無邪気にはしゃいでいた。
織部は勿論、逆井はこの攻略には参加してないからな……。
ワクワクしている二人を見て、思わず頬が緩む。
『それと確か……新海君、ルオさんも参加したんですよね?』
「ああ、椎名さんとして、な。後、補助者に“九条”って奴がいて、そいつは志木の推薦で入った優秀な――」
俺もさっきのことは忘れ、気分良く織部へと解説した。
こんな何気ない会話をしながら、世間で話題の人々の動画を見る。
何だか普通の同級生として、日常の一コマを楽しむみたいに思えてきた。
ただ、織部は勇者で。
そして逆井はこの動画に出てないだけで、その大人気アイドルの一人なんだよな……。
『――あっ! 始まりましたよ! 梨愛、新海君!』
通信を繋いでいるDDから飛び出してくるのではないかというくらい、織部は子供の様に興奮して前のめりになる。
「ハハッ、見れば分かるって。柑奈、はしゃぎ過ぎだし」
そう言う逆井も、親友との一時を楽しめることに、とても嬉しそうな表情をしていた。
やれやれ、ったく……。
……おっ?
「あっ、藤さんだ。へぇぇ……始まる前段階でも、積極的にルオに話しかけてたんだな」
ダンジョン内、攻略へ向けて出発する前の時点。
各自で最終の準備をしている。
緊張を解すため班のメンバーと話したり。
あるいは黙々と装備の点検をしたり。
そんな中、藤さんはさりげなく、ルオが再現する椎名さんへと話しかけていた。
『富士山? えっ、何でいきなり山が出てくるんです?』
「ハハッ、いや、柑奈。“富士山”じゃなくて“藤さん”ね? あの眼鏡かけてる人、“藤”って苗字なの」
逆井に説明されて、織部は照れたようにはにかむ。
あるある、俺も最初、音だけじゃそういう風に聞こえたしな……。
『ああ、すいません、これはお恥ずかしい……。で、その藤? って方がルオさんに話しかけて、何かあるんですか?』
「この場合はルオちゃんって言うよりは椎名さんってことっしょ? で、この藤さんの表情……――あっ!! ニシシ、アタシ分かっちゃった~!」
逆井はニヤッと笑み、織部へもったいぶるように言う。
『えぇぇ~! 教えてくださいよ~! 私だけ仲間外れですか? ズルいです!』
「もう、しょうがないな~。えっとね? つまり――」
逆井が織部へと伝えた内容を聞き、俺達がカラオケボックス内で到達した答えと違わないと認識する。
織部も藤さんが、椎名さんのことを憎からず想っているのではという内容を聞き、一層笑みを深めた。
こういう所は普通のどこにでもいる女子っぽいよな……。
『凄いですよね、人間ドラマを見てるみたいです! この恋は実るのか、それとも儚く散ってしまうのか!? 是非とも追跡取材をお願いします!!』
「だね!! あっ、でも椎名さんはバレたら怖いから、ルオちゃんの時だけ、こっそり、ね?」
活き活きとした表情で盛り上がる女子二人。
こういう何気ない日常の一時が、非日常を生きる二人の安らぎになれば、それに越したことはない。
今日はゆっくりと楽しんでリフレッシュしてくれ……。
……あっ。
「――おっ、立石だ。織部、立石だぞ」
『…………』
無言っ!?
圧倒的な無表情っ!!
えっ、何で立石が映っただけでそんなズーンって沈むの!?
さっきまでの活き活きとした表情はどうした!?
一気にお通夜みたいな空気になってんだけど!?
「お、織部戻ってこい!」
「あれ!? 柑奈って立ゴンNGだったっけ!?」
必死に二人で織部を呼び戻す。
一瞬だけ瞳に生気が戻った織部は首を小さく横に振る。
『すいません……代々家系的にダメなので、編集でカットするかモザイクをかけてもらえると助かります』
「代々家系的にアウトなの!?」
「カットかモザイクって、柑奈の中での立ゴンどんだけ禁忌な存在だし!!」
本当、人間ドラマを見ているようですわ!!
今まで苦しめられたせめてもの仕返しです!
ただ倍返しされそうで怖い……。
織部さん、これからはお互い、穏便に行きましょう、穏便に(震え声)




