272.うわっ、ヤバッ!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
湖の中に入り、そして潜り始める。
赤星が横にいることを確認してから、ハンドサインで下へと進むことを伝える。
「…………!!」
軽く二度頷き返し、赤星も器用に潜水を始めた。
――綺麗な湖だな……。
水がとても澄んでいて、ゴーグルが無くてもある程度クリアに視界が利いた。
モンスター対策にと二人一組で2つに分けたが、今の所は問題なさそうだ。
「……? ……!」
赤星に指先でツンツンと突かれ、こそばゆくなる。
振り向くと、とても近くに顔があって驚いた。
いや、そりゃ水ん中だし、近づかないとサイン伝わらないかもだけど、これは流石に――
「……!!」
2度頷き返す。
何となく言いたいことは伝わった。
1度目の潜水だ。
あまり縦に深く潜り過ぎず、周囲、つまりグルっと横を見てみないか、と。
そのサインに従い、しばらく泳ぐ。
「…………!?」
――あっ、ヤバっ、そろそろ息がッ!!
本気でマズくなる前に浮上を始めた。
赤星はまだ行けそう。
流石、元陸上部だ。
女子でも肺活量は俺よりありそうだな……。
「……ッはぁ!! はぁ、はぁ……」
水面から顔を出し、空気を肺に送り込む。
思ったよりも長い時間、水の中にいることが出来た。
でも、逆に収穫はあまりない。
1度の潜水で、湖の1/1000も探索できてないような気がする。
凄い気が遠くなるんだが……。
「――っっ。っぷぁ! ふぅ、はぁぁ……」
赤星が続いて上がって来た。
「モンスター、いないね!」
直ぐに息が整ったようで、情報交換が始まる。
「だな。てっきり、水中でも戦闘しないと、いけないと思ってたが、有難い」
まだ少し整わない呼吸のまま、思ったことを告げる。
「でもかなり広いから……これじゃあ見つかるかどうか……」
赤星の言うことももっともだ。
鍵が何かも分からないまま。
砂漠の中で“鍵になりそうなそれらしい物”という漠然とした物を探すようなもんだし。
元々は10階層くらいあるだろうダンジョンを、馬鹿正直に攻略するのはしんどいという思いから。
ショートカットのキーを探している。
それがその鍵探しで、物凄く大変な思いをするんなら本末転倒も良い所だ。
「リヴィルとレイネ達はどうだろうな……こっちも成果を出したいが――」
1度で気が滅入りそうになりかけた時。
思わぬ方向から声がかかった。
『――ぶるぶる……。ハルト、虐めない? 精霊、こき、使わない? それなら、お手伝い、する、けど……』
「!?」
水の精霊!?
あれ、レイネの方にいるんじゃなかったの!?
「新海君? どうかしたの?」
赤星は器用に水面に仰向けになりながら尋ねてきた。
うわっ、赤星、その恰好、ちょっ、股間の食い込みとかが凄い大胆に見えちゃってる!
楽な体勢なんだろうけど、その、俺の角度からはかなり刺激的な感じで映るから!
『……? ハルト? ぶるぶる……やっぱり、こき使う? ブラック?』
「うわっ、いや、ちょっとだけそのまま待っててくれ!」
「? うん、分かった……」
ああ違う、赤星のその姿を見たくて言ったんじゃないのに!!
これじゃあ精霊に急かされて、赤星が気付いてないのを良いことに目の保養にしてるみたいじゃねえか!
「…………!!」
『あっち? 移動? ぶるぶる……分かった』
精霊と話せるということをあまり広めたくないがために、水上でも無言でサインをする羽目に。
……これじゃあツイてるのかツイてないのか分からんな。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「……!!」
あることを試すため少し時間を置いて、その後再び潜水を開始し。
だが、今度は闇雲に探索することはなかった。
更に、ペアとは言え、距離を開けて泳いでいたが。
今回は手を繋いでいる。
そして主にその手を引っ張って泳いでいるのは俺だった。
「? ……!」
息は大丈夫か、という趣旨のサインを送る。
赤星はそれに、指でOKサインを作って返してきた。
それを確かめ、俺は下を向く。
そして先導者を再び追いかけ始めた。
『ぶるぶる……こっち。こっちに、生き物、いる』
レイネが遣わしてくれた、先導者たる水の精霊。
その声が水中であるにもかかわらず、はっきりと聴きとれた。
精霊、特に水の精霊の声であれば水中でも認識できるらしい。
そして水の精霊は水中でもスイスイと簡単に移動していく。
――助かるぜ、これなら……。
赤星の手を放さないようしっかりと握り、目的地に向かい引いて行く。
一度水の精霊に頼んで探してもらい、ここら辺だろうという当たりをつけて潜った。
なので、2度目の潜水で、思った以上に簡単に見つけることが出来た。
「――!!」
赤星も目を見開き、“アレだ!!”というリアクションをする。
綺麗な砂が敷き詰められた地底。
海藻のようなものが幾つも生えているその中心に、お目当ての相手がいたのだ。
『ぶるぶる……“シー・ドラゴン”の子供。見つけた、から、もういい?』
水の精霊の言葉が聞こえたものの、頷きで返事するのを保留した。
アルラウネのダンジョンで仲間になったワイバーンの子供の“ワっさん”。
そんなTHEドラゴン、という感じではなく。
“シー・ドラゴン”の子供と呼ばれた存在は、見た目完全にウミヘビみたいな手足のない姿をしていた。
“湖”なのに“シー・ドラゴン”とはこれ如何に、というツッコミは置いておいて。
――アイツで間違いないだろう……。
「…………――!?」
――な、何だ!?
対象を見つけて近寄ろうとしたら、いきなり前触れなくその周囲を守るようにしてモンスターが現れたのだ。
ヤドカリのような姿をしたモンスターが4体。
その大きな殻がまるで、大切な宝物を守る盾であるかのように構えられていた。
「っばっ――」
思わず息を吐いてしまう。
泡がゴポゴポと口から出る。
大きなヤドカリ達がこちらへと襲い掛かる姿勢を見せた。
クッ、こうなったら!!
「――【敵意喚起】!!」
ヘイトを集め始めると同時に、繋いでいた手を突き放すように振り払った。
「!? ――っ!!」
一瞬困惑するような視線が飛んできたが、それを無視し。
逆にシー・ドラゴンを指差して意図を伝えた。
――赤星の方が泳ぎ上手いだろ!! 赤星がアイツを連れて行け!!
「ぐぶっ――」
――その間のおとりくらいはやってやらぁっ!!
「っ!! ――」
赤星が泳ぎ出す。
よし、それでいい。
「Gsisisiiii!!」
ヘイトを十分に集めることに成功し、大ヤドカリ達は一斉に持ち場を離れる。
俺が逃げるのに合わせ、奴らも追いかけてきた。
「Gisi,gii――」
そしてある一定の距離まで来ると、急に足取りが重くなる。
やはり宝物を守る役目を与えられているからか、そこから離れ過ぎることに敏感らしい。
なら、それを考えられないようもっと憎い感情を湧き立たせてやる!!
「――【敵意喚起】!」
――追加だオラッ!!
モンスター達はまた思い出したように加速し、俺へと迫って来た。
お、おおっ、いや、それでいいんだけど、速っ!?
慌てて逃げ出すも、距離がドンドンと狭まってくる。
マズい、そう思うと更に息が苦しくなり始めた。
――さっき吐いた分、余計に、クソッ……。
こうなったら、相打ち覚悟で迎え撃つか……いや、こんなところで相打ちになってどうすんだ。
酸素が行き届かない悪影響で、頭が回らない。
本格的にマズいと思い始めたその時――
「――ったく、隊長さんは、無茶ばっかして……」
レイネの、声がした。
と思うと、グンッと凄い力で体が引っ張られる。
真上に、水面へと急浮上し出した。
俺の体を抱きしめるようにして、レイネはスイスイと魚の様に泳いでいく。
ヤドカリ達も追ってくるが、距離がまた離れていく勢いだ。
――ああ、そうか、“天使としての特性”か。
闇の精霊と仲良くなれば、闇の精霊と場所を入れ替えられるようになり。
風の精霊と契約すれば、その恩恵で背中に翼が生えたように。
レイネは天使の特性として、水の精霊と仲良くなって、水の中で抵抗少なく泳げるんだ。
「こっ、これは仕方なく、だからな。あたしが密着したくて、とかじゃないからな!」
レイネが何か言っている。
何となく聞き取れたものの、酸素不足からか、上手く頭で言葉を形作らない。
ううぅ……。
光が見えた。
そこに、またもう一人の脚がある。
リヴィルか――
「――っぷはぁぁ!! はぁ、はぁ……」
目一杯に空気を吸う。
息を吐き、また吸うのを繰り返した。
「はぁ、はぁ……」
「――リヴィル、4体付いてきた。あたしはハヤテんとこ行ってくる」
「ん、分かった――」
二人は短くそれだけ交わすと、それぞれが自分の仕事に素早く入った。
レイネが再び水中に潜るのを見送る。
そしてその後直ぐに、あの4体が迫ってきているのを察知した。
ヤドカリの癖に、水上にまで追いかけてくるとか、どんな執念してんだ……いや俺のヘイトのせいだけども。
「リヴィル――」
「大丈夫、マスター。直ぐに終わるから――」
リヴィルは自身の腕に導力を纏わせた。
とても繊細なコントロールで、しかし多くのエネルギーが腕に集められているのが分かる。
「――Gisi,siii!!」
自分の役目すら忘れる程に怒り狂ったモンスター達。
そいつらが真下から襲い掛かってくる。
「――フンッ!!」
しかし、リヴィルは全く気負いなく、いつも通りだった。
守護の盾としてのとても硬そうな殻を。
「シィッ!!――」
導力を纏わせた腕で、次々と貫いて行ったのだ。
「――せあぁっ!!」
リヴィルの腕の形にくり貫かれるように、殻には穴が開いた。
「……うわっ、凄えぇ……」
4体ものヤドカリ達は、それになす術なく仕留められたのだった。
そして――
「――っ、はぁっ!! はぁ、はぁ……」
「ふぃぃ……これで片付いた、な?」
赤星が、レイネに支えられるようにして水面に顔を出した。
その腕にはとぐろを巻くようにしている、シー・ドラゴンが抱きかかえられている。
「おう……お疲れさん」
「……うん、新海君も、無事で、良かった」
言葉を交わしたことで改めて、ショートカットの鍵を迎え入れることに成功したと実感したのだった。
ただ――
「……? ハヤテとマスター、どうかした?」
「……別に、何でもないよ」
赤星はリヴィルにぎこちなくそう答えた。
俺とは顔を合わせてくれず、プイとそっぽを向いている。
赤星にしては珍しく、拗ねるようにして少し頬も膨れている……様に見えた。
……あっれぇ~?
こ、これで実質ダンジョン攻略だから!
後は被害者追加のお知らせと、おこな赤星さんを書くだけだから!!
ふ、ふぅぅぅ……織部さんの介入を何とか阻止できた。
本当に出る予定はないから!
これ、フリとかじゃないから!!(真剣)




