269.またな……。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「攻略……しちゃったね」
「ああ、攻略……したな」
リヴィルの言葉に答えながらも、何とも言えない気分でいる。
勿論、攻略せず失敗して欲しかったなんてことは毛程も考えてない。
が、何かあった時用のために雇われて。
そしてその時が来るかもしれないという緊張感を持ちながらスタンバって来た。
「……何もなくてホッとはしたが、何か肩透かし感はあるな」
俺の気持ちが分かるのか、DD――ダンジョンディスプレイの画面を見ながらレイネは苦笑する。
「ハハッ、まあこういうこともあるさ。隊長さん、あんまし気落ちすんなよ? その、な、何ならこう……ギュッとハグ、するか?」
気落ちしているわけではないが……どうやら励ましてくれてるらしい。
レイネなりの冗談だろう。
その気持ちは有難く受け取っておこう。
「……フフッ、レイネ、フラれてる」
「残念でしたね、レイネ、そういう思い切った抜け駆けもご主人様には効果薄ですよ?」
「う、うっさい! あたしは別に、その、何もやましいこととか考えてねえし!! そ、そういうこと言う二人がやましいんだし!」
今、何か盛り上がる要素ありました?
女子は話題が尽きなくていいね……。
「でもさ、これでも依頼は一応達成、なんだよな?」
そう口にしても、答えは返ってこない。
やはり椎名さんに直接聞いてみないといけないのかな……。
まあ、でも。
いきなり電話が掛かってくるより心の準備が出来る分、こっちからの方が幾分マシだが。
「……ロトワは、どう思いますか? と言うか、時間は大丈夫なんですか?」
ラティアが少し聞き難そうにロトワへと尋ねる。
だが聞かれたロトワは特に気構えるでもなく。
「ん? ふふ~そうだね、間違いなく攻略は攻略だと思うかな! 後ぉ~お姉さん、もう残り時間、そんなに残ってないかな!」
あっけらかんと言い放つが、おいおい……。
でもそのロトワの目は、軽口を挟みながらも。
重荷から解放されたというような気軽さはなかった。
“皆、水着を持って行こう”などと言い出したこともそうだが。
やはりまだ俺達の知らない何かはある……のだろう。
「はぁぁ……ちょっと椎名さんに電話入れてくる。赤星か、誰かからDDで連絡してきたら対応しといてくれ」
ラティア達にそう言い添えて、部屋の隅に移動。
直接、それに早い方がいいだろうとメールではなく電話を繋ぐことにした。
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『――もしもし? どうかされましたか?』
コール音のするかしないかで即、椎名さんが出てくれた。
ダンジョン攻略が無事に終わったこと、ただ少しばかり漠然とした懸念事項があることを伝える。
『そうですか……分かりました。依頼は一先ず完了ということで大丈夫です。ただ御嬢様がお帰りになるまで……追加で待機してもらう、ということは可能ですか?』
まあそれなら全然問題ない。
今日全く働いてないし、それにどうせルオの帰りを待つんだ。
一緒だろう。
「大丈夫ッス。どうせルオを待つんで、皇さんも一緒に迎えますよ」
『そうですか……それは助かります、よろしくお願いしますね。――それと、新海様』
「ん? はい?」
何だか改まったような会話の間に、ちょっと意表を突かれる。
うわっ、変な声出ちゃった……何だろう。
『その……あまり面と向かうと言えなさそうなので、今言っておきますね――いつも御嬢様のことを気にかけてくださり、ありがとうございます。常々、本当に感謝しております』
「…………」
『? えと、新海様? 聞いてますか? もしもし、もしもし?』
耳に届いてくる椎名さんの声が、しかし、右から左へ素通りして行く。
それほどまでに衝撃だった。
――し、椎名さんが……俺に感謝の言葉、だと!?
いや、騙されるな!
これはきっと何かの罠に違いない!
だって椎名さんは、俺のことを童貞ボッチのミジンコ野郎くらいに思ってるはずだからだ!!
待てよ……。
そもそもこの人は“本物の”椎名さんか?
「むむむ……」
『はぁぁ……――何が“むむむ”ですか。また変なことでも考えてませんか?』
この鋭さは本物!?
いや、ルオだってこれくらいはやって見せる――はっ!?
えっ、これルオ!?
ってことは……逆にダンジョンにいたのが本物!?
本物のくせして藤さんに“きゃぴ☆”とか言ってたってことか!?
何てことだ……それが真実だとしたら、俺はもう今後椎名さんと顔を合わせる度に思い出し笑いしてしまうぞ!!
『――ニイミサマ? オハナシ、シマスカ?』
「ヒィィッ、すんません!! 聞いてます聞いてますから!!」
電話越しでこの殺気!
これは本物だ!
やっぱりダンジョンの方がルオだった!
『もう……だから柄にないことを言うのは嫌だったんです――では、よろしくお願いしますね?』
「うっす」
やはりいつもみたく、俺が頭と腰を低くして通話を終えることになった。
「はぁぁ……」
「――あっ、マスター、良かった。終わった?」
スマホを仕舞い席へと戻ろうとすると、リヴィル達が待っていたとばかりにこちらを向いていた。
リヴィルも、レイネも、そしてラティアも。
どこか困惑したように俺とDDを交互に見ていたのだ。
「やっぱり、何かあったのか?」
「それがさ、ハヤテが言うには――」
赤星から伝え聞いたことを、リヴィルに説明してもらう。
攻略自体は終わり、野次馬対策もあって少人数に分かれて撤収を開始していた。
だが問題はそこではなかった。
その話の内容を聞いた時、デジャヴを覚え、まさかとは思ったが――
「ロトワ、もしかして……」
一人だけ、赤星の話を聞いても顔色一つ変えなかった人物。
未来のロトワに視線を向けると……。
「フフフ……さっ、行こっか。――リツヒちゃん一人にするわけにはいかないからね~」
ロトワは明確には答えなかったものの。
その足取りは明らかに、これからの目的地が定まっていることを示していた。
『律氷ちゃんが私みたいにさ……“誰かに呼ばれてる気がする”って言うんだ』
赤星が伝えてくれた、この内容。
ロトワは合同のダンジョン攻略の方ではなく、こちらを目的としていたようだ。
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「……本当にありましたね」
「……このダンジョンが、あのアルラウネが支配する所みたく特別なダンジョン、なんだな」
カラオケボックスを出て、ロトワについて歩き5分もせず。
小さな公園へと辿りついていた。
時の流れに取り残されたように錆びた遊具だけが見て取れる。
そこの奥の角、誰も見ないような枯れた木の影になっている所に、そのダンジョンの入り口があったのだ。
「んふふ~。言われないと見つからないでしょ? それにこのダンジョンの厄介な所ってね、静かに近隣のダンジョンを併合していくの」
ロトワはようやく、今回持ちうる知識・情報を話す気になったらしい。
まあこっちもあえて聞こうとはしなかったから、このタイミングってのはある意味自然なんだろうな……。
「つまり……放置してたらドンドン強くなっちゃってたってことか?」
レイネの質問に、ロトワは楽し気に答える。
「ピンポンピンポーン! 正解! レイネちゃんに1モフモフ差し上げます! ――あまりに放置し過ぎて、ダンジョンが強化されまくっちゃってね……だから、今の内に潰しといた方がいいよ?」
なるほど……ロトワが知っている未来では、つまり。
俺達はこのダンジョンの存在に気付けずに放置して。
その結果、知らない間に爆弾の導火線がギリギリの所にまで来てしまっていた、と。
「――あっ、マスター、来たよ!」
スマホを耳に当てているリヴィルが、待ち人の来訪を察知する。
「――陽翔様、皆様!」
「新海君、リヴィルちゃん達も、良かった合流できた……!」
「どうも、皆さんお揃いで……」
赤星達がやって来た。
野次馬を集めないよう、バラバラでダンジョンから撤収を始めたと聞いていたが……。
「3人で纏まって出て来られたんだな」
「はい、椎名も一緒で――」
皇さんが意味有り気な視線を椎名さんに向ける。
勿論、この椎名さんは本物の椎名さん、ではなく。
ルオがちゃんと念には念を入れて、椎名さんを装っているのだ。
その証拠に、本物の椎名さんでは決してあり得ないような純真無垢な笑顔を浮かべている。
……いや、別に椎名さんが腹黒で汚れてるとかってことを言いたいわけじゃないっす、うっす。
「それで……あれが、“律氷ちゃんが呼ばれてると感じる”ダンジョン?」
赤星が入り口の穴に気付き、皇さんに確認する。
尋ねられた皇さんは、吸い寄せられるように一歩、また一歩と近づいて行った。
「そう、です……誰かが、綺麗な歌で、私を呼んでいて――」
一瞬で周りの声が届かなくなったのかというくらいに、皇さんはその穴だけに視線を集中させていた。
うわっ、ちょっ、大丈夫か!?
とりあえず一人にさせないよう、俺達も共に穴の中に入って行った。
ダンジョンに入ってからも、よろよろと彷徨う様な足取りを続ける。
だが、俺がそれを引き留める前に――
「――は~いリツヒちゃん、ちょっとだけお姉さんに時間をちょうだいね?」
「うわっぷ!?」
ロトワがいきなり皇さんを抱きしめていた。
皇さんはそれで我に返ったように顔を上げ、ロトワの存在に驚いている。
そして正にそのタイミングで、ロトワの体が薄っすらと光り、そして透け始めたのだ。
……そうか、もう時間、か。
「あぁあ~皆の水着姿、見たかったな~……今回は前よりは長い時間留まれた方、かな。後は攻略するだけだから、皆、頑張ってね」
ロトワもその時が来たのを悟り、寂し気な笑みを浮かべて笑う。
「……おう」
お別れだが、これが初めてじゃない。
また、会えると確信している。
だから、湿っぽい挨拶はしなかった。
「あ、あの!――」
抱きしめられていた皇さんが呼び止めるように声を上げる。
ロトワはそれに笑顔で応え、優しくその頭を撫でてあげた。
「また、会えるよ――だから、その時まで“私”をよろしくね? リツヒちゃん」
「は、はい!!」
元気な返事を聞けて満足したのか。
ロトワはまた笑みを浮かべて、ゆっくりと消えて行ったのだった。
またな……。
未来のロトワとの別れに伴い、何か湿っぽい感じになってますが。
要するにこの後どういう展開かって……分かりますかね?
新海「ネクストニイミズヒーント!! “被害者”」
……つまり、また新しい被害者が生まれるかもしれない、と言うことです(白目)




