264.……うん、これからまたよろしくな!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「……何言ってんのコイツ?」
DD――ダンジョンディスプレイへと送られてきたメッセージを見て、思わずそう呟いてしまう。
ディスプレイ自体の見た目よりも、俺の今のリアクションの方が傍目からは不審に思われるかもしれない。
ただ折角の厚意からの申し出なのに、返って来た内容がこれだと、こんなリアクションにもなろうというものだ。
『本当ですか!? わぁ嬉しい! 私、お寿司大好きなんです! アワビに、えんがわに、あっ、数の子ってありますか!? それとそれと! イカもお願いします! でもカピカピのはダメですよ! 白くてもカピカピはダメですからね! ああ後、やっぱりおいなりさんは欠かせません、マストです!!』
「……ご主人、結局買うの? 買わないの?」
寿司用のトングを片手に、ルオが窺うような表情で尋ねてくる。
食料品売り場、寿司バイキングのコーナーまで来て織部に惑わされるとは……。
織部め、コイツ絶対確信犯だろ……。
「いや、買う、買うよ……ああ後、サラ達も食べるかもだから、他にも適当に見繕ってくれるか?」
「うん分かった! よいしょっと……」
ルオが頷き、プラスチックのパックへとお寿司を詰めていく。
それを確認してから、俺はDDをレイネに預けた。
代わりに預けていた袋を受け取る。
コインロッカーに入らなかった、帽子や肌着などだ。
「――で? これからどうする隊長さん?」
ルオが入れ終わるのを待ち、歩き出す。
無人のレジに向かう途中でレイネが聞いてきた。
ここまでブラブラする間に、一応候補はあったのでそれを伝える。
「へぇぇ……いいんじゃないか? あれだ、探索士の、何だっけ、補助者か、それのイベントだろう?」
「そうそう。誰が来るかは知らないが、見ておいて損はないだろう」
空いたレジに向かいながらも会話を続ける。
清算を済ませている間にも、館内アナウンスでイベントの告知がなされていた。
『――15時10分より、1階、館内中央広場にて“ダンジョン探索士補助者、シーク・ラヴ研究生とのトークショーイベント”が開催されます』
「ほらっ、時間もいいくらいだし。どうだ?」
ルオもレイネも特に異論はないらしい。
軽く頷いて同意してくれる。
「よし、決まりだ――っと! じゃあ先に行っててくれるか? これ、行く前にサラ達の方に渡してくるから」
「そっか、じゃあこれ返しとく」
「おう、悪い」
そう言って、レイネからDDを受け取り。
会計を済ませたばかりの寿司を持って一時、二人と離れた。
俺はトイレに向かい、タイミングよく空いていた個室に滑り込む。
「ったく……かぴかぴしてるとか言われたら敵わないからなっと……」
念のため転送と同時に、トイレを流し、不必要な音を織り交ぜておく。
「ふぅぅ……よし、スッキリ!」
勿論、織部への一仕事を終えたからだがな!
さて、二人の下に急ごうか……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――あっ、こっちこっち!」
「おーい!」
レイネとルオが手を振ってくれる。
既にイベントは始まっていた。
「悪い、もう始まってたのか、早いな……」
観客用に設けられた立ち見席。
もう既に他の多くのお客さんが扇状に広がるように列をなしていた。
二人は俺を待っていたためか、かなり後方になってしまっている。
「あたしは大丈夫だけど……ルオは見えるか?」
「え? ボクもうん、大丈夫だよ!」
…………。
レイネと素早く目配せする。
……ちょっと無理させてるっぽい。
二人で同じ意見に達したと分かり、そこからの行動は早かった。
「ルオ、落ちるなよ……っと――」
「――うわっ、ご、ご主人!?」
ルオの股下に頭を突っ込む……という風に表現すると、俺がトチ狂った変質者になったように思えるが、そうじゃなく。
それを持ち上げ。
バランスを取るように、ルオの太もも辺りをしっかりと手で掴んで固定する。
「どうだ、これなら見やすいか?」
「あっ――うん! ……ご主人の肩車だ……えへへ!」
……どうやらこれで間違ってなかったようだ。
「……へへ」
「……おう」
レイネと笑顔を交わす。
やはりルオは元気で笑顔なのが一番だ。
「あっ、ご主人! トーク、始まってるよ!」
ちょっ、わ、分かったから!
あ、あんまり脚を閉じないで!!
顔が太ももに挟まる挟まる!!
『――と、言うわけで! 私達、デビューもまだで駆け出しのヒヨッコ同然ですが、頑張って行こうと思うわけです!』
何人もの少女たちが仮舞台の上に立ち、司会者のお姉さんとトークを始める。
『“研究生”というのは、シーク・ラヴでの立ち位置、ということですよね? 皆さんは正式に呼ばれる時は、どういう風に呼ばれてるんですか?』
分かり切ったことを質問形式で引き出していくことで、聴く人にも順を追って理解できるような話の組み立てになっている。
『はい! 正式には“ダンジョン探索士補助者”という公的な資格で、その名の通り、探索士の皆さんを支える・手助けするのが主な役割りになりますね!』
合わせて、未だイベント事に不慣れな部分も多い研究生たち。
その彼女たちが答えやすい質問にすることで、緊張を解す意味合いもあるんだろう。
「ダンジョン攻略・探索の広報だもんな……大体は良くできてんじゃねえの?」
イベント自体はまだ前半ながら、ここまで見たレイネの意見も同様らしい。
「今度の合同のダンジョン攻略のことも、ちゃんと触れてるしな……あっ――」
全員知らない研究生の子ばかりだと思ってたら、後ろに控えるようにしている九条が見えた。
結構メディアでの露出も多いし、何より。
志木の推薦で入ったんだから、こういった下積み的なものはスキップされるのかと思っていたが……どうやら違うらしい。
『――あうぅぅぅ、どうせドジだもん、私。でもそこまで言われるものかな?』
『そこまで言われるものだって! 聖、自覚無さすぎ! もう、しっかりしてよね?』
「? ご主人? ……あっ、あの子」
だがルオは、俺が九条に気付いたのを、別の少女に関心が向いたという風に勘違いしたらしい。
「あの子――“せっちゃん”はね、ムードメーカーの子だよ! いつも研究生の中では盛り上げ役で頑張ってる!」
「え? ルオ、何で――」
――知ってるんだ、と言おうとして、自分で気付いた。
そうか、椎名さんでいる時に接してるのか。
その通りだったようで、スラスラと舞台にいる少女達――研究生らとのエピソードを披露していく。
「ミミお姉さん、あの人はね、ちょっと気が弱いけど皆のことを良く見てる人かな」
「へぇぇ……じゃあ、あいつは?」
ルオから楽しい経験談が聞けることが嬉しいからか、レイネも次々に尋ねて行った。
「あぁ~シオリちゃんはね、お淑やかそうに見えて、随分大胆かな? この前なんて、ボクが“別の人でいた時”、気付かずにシイナお姉さんのモノマネしてたもん! ――あっ、ほらっ、あんな感じで」
ルオが指差した舞台では、質問コーナーに移っていた。
観客から尋ねられた“今研究生の皆さんの間で流行っていること”を正に、披露しようという所だ。
『えーでは、身内ネタになりますが、モノマネ行きます。元気がなく自虐が入ってる時のシイナさん――“はぁぁ……2X歳でアイドル……はぁぁ”』
短いセリフながらも、観客の間からは大きな笑い声が起こる。
椎名さんは既に研究生の中でもそこそこ知名度が出てきた一人だからか、身内ネタでも随分ウケがいい。
……喜んでいいのか、悲しんでいいのかは分からんが。
『え、えぇ!? 私も!?』
意外にウケたのが嬉しかったのか、研究生間でドンドンとモノマネをしていく流れに。
そして九条もその流れには逆らえなかったらしい。
……アイツ、持ちネタとかあんのか?
『う、うぅぅ……じゃ、じゃあ自棄80%くらいの日の椎名さんで――“ア、アハッ! アイドル、楽しいんだみょん! きゃぴ☆ メイドビームの出も良いし! ビビビビー!!”……うぅぅ恥ずかしい!』
やめたげて!
これ以上は、椎名さんに知られたら戦闘不能まで追い込んじゃう!
場合によっては俺も命が危なくなるかもしれないから、マジでお願い!!
えっ、君ら親しみやリスペクト感でやってるんだよね!?
“2X歳メイドアイドル、ナツキ・シイナ”をディスってるわけじゃないんだよね!?
その後もトークを交えての広報・宣伝活動は順調に進んだ。
……ただ、今日あったことは絶対に椎名さんには広報・宣伝しないで欲しい。
ルオは自分が知っている人たちが頑張っている姿を目にでき、嬉しそうだった。
レイネも、そんなルオや俺を見て楽しんでくれたようだ。
……うん、今日あったことは誰かに言いふらしたり伝えたりするもんじゃない。
ひっそりと俺達の胸の中に、思い出としてしまっておけばいいんだ。
――だから、絶対に椎名さんには話したらダメだぞ、良いな、特にルオ、分かったな!?
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――あっ、隊長さん、ラティア達だ!」
レイネがいち早く気付いて手を上げる。
そちらに目をやると、リヴィルが先導して向かって来ていた。
「お疲れ――どうだ、楽しかったか?」
「ん。良いリフレッシュになったと思う」
「そか……」
リヴィルに尋ねている間に、ラティアとロトワも合流する。
ロトワは流石にもう落ち着いていて、だが少し気まずそうに俺を見ていた。
…………。
「ご主人様、お疲れ様です……」
ラティアがきっかけを作ろうとしてか、さりげなく挨拶を交わしながらもロトワに目配せしている。
「おう、お疲れさん――」
だが、まあここは俺から行くべきなんだろう。
一歩前に出て、先程ルオにしたようにしゃがむ。
ただ、今回は真正面、ロトワと目線を合わせるためだ。
「あっ、お館、様――」
何か言おうとしたところで、俺はそれを取り出し、ロトワの頭に被せた。
「すまなかったな、ロトワ」
「帽子……」
それは、別れる前、ロトワが気に入って手にしていた物。
黒いリボンが付いた、素朴ながらも味わいある麦わら帽子だった。
「俺もまだまだ口下手だったり、逆に気付かずに何か多く言い過ぎたりすることもあるからさ……」
「えっ、いえ! あ、あの! お館様は何も、何も悪くなくて!! ロトワが泣き虫で、嬉しくて、勝手に泣いて、なので!!」
必死にその想いを、言葉にしようとしてくれているのが分かって嬉しかった。
「ははっ、そうか……じゃあ今回はお互い様ということで。――ロトワ、不甲斐ない主人かもしれないが、これからもよろしくな!」
仲直りと言うか、気まずい状況がもうこれで終わりだと理解して。
ロトワの顔全体に、喜びが広がっていく。
そしてとても嬉しそうに、力強く頷いたのだった。
「は、はい! あ、あの――え、えぃっ!!」
「のわっと!?」
こやつ、いきなり腹にタックルかまして来たぞ!?
いや勿論受け止めたけども……。
「は、はふぅぅ……お館様、お館様……」
ああ、こら、お腹に顔を擦り付けない、もう……。
「フフッ……良かったですね」
「だね」
……ぐぬぬ、このタックルは二人の入れ知恵か。
後で安全タックル問題として取り上げさせてもらうからな!
あのさぁ、これさぁ、セクハラだと思うんだよねぇ~。
……この状況を客観的に見た場合の俺の方が、だがな!
ただ、まあ……うん。
今日は色々とあったけど、皆で来てよかった。
その後は織部から何やらメッセージを受け取ったものの、一読して返信しなくても問題ない内容だと判断。
皆でゆったりと家へと帰ったのだった。
ふぅぅ……何とか防衛戦に成功しました(汗)
干渉を最小限に抑え、彼女たちとの憩いの時を、奴から守り切ったんです!
……ちょっと疲れました、こんなにも何かを守るって大変なんですね。
織部さん、もう少し自重してください(白目)




