256.うん……頑張ろう。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「――【敵意喚起】!!」
「Kyuuuu!!」
「Kyukyukyuuu!!」
戦闘開始と同時に、大きな前歯を見せたモンスター。
その前を陣取っていた2体の大ネズミを引きつける。
「逆井っ、後ろの1匹からッ!!」
「分かったっ!! ――っっ!!」
俺の指示が飛ぶ前から既に、逆井は駆けだしていた。
俺に集中している2体の横をすり抜け、後ろの同種の個体へと攻め込む。
「Kyui!」
「やぁっ!! せぃ!!」
長い槍を器用に扱い、次々と攻撃していく。
相手の特徴的な歯からくる反撃は防ぎ、時には隙だらけの胴体へと蹴りを入れている。
よしっ――っと!
風を切って頭上を通り過ぎるように、ビュンッと凄い勢いで何かが飛んできた。
矢だ。
「Kyuuuu!!」
だが、速度の割には当たったネズミはビクともしない。
体に刺さるようなこともなければ、小石でもぶつけられたかのようにポリポリと頭を掻いている。
……でも、これでいい。
「――空木ぃぃ! 気にせずどんどん撃て! 後、そこまで広いわけじゃないんだからな、俺には当てるなよ!!」
「ちょっ、お兄さん、ウチのことはいいから!! 前、前!!」
おっと!
右のネズミが大振りで殴り掛かってきていた。
技でも何でもない、大きな体型から繰り出される、単純な力での攻撃。
「しぃっ!」
それに対して、俺も右腕で殴り返す。
毛で覆われた太い前腕の、丁度真下から突き上げる形で。
弾けるような感触と共に、ネズミのモンスターは大きく仰け反った。
「Kyu!? Kyui!?」
俺が引き受けているもう一方も、目の前で起きた出来事に思わず目を丸くしている。
明らかに体格は自分達の方がデカいのに、俺のパンチの方が上回り。
どころか、体全体に衝撃が及ぶ程の一撃をカウンターで食らわされたのだ。
「――っっ!!」
その間にも、後ろからどんどん矢が飛んでくる。
多くは2体の内のどちらかに命中し、ただ勿論ダメージは与えられない。
時折、そのため奴らは空木へと向かいかける。
しかし当然、俺へとその関心を固定させ続けた。
「さぁ来いよ! お前ら2体で、一度によ!!」
適度に煽り文句もつけ。
向かってきた2体の攻撃を受け続ける。
「クッ、っら! いや、マジで2体同時で、来んのか、お前ら言葉通じてんの!?」
「Kyu!」
「Kyuii!」
そんなことを言いつつも、何だかんだちゃんと一人で2体を上手く捌けていた。
≪強者狩り≫が発動している感じはない。
純粋な、自分の力だった。
前歯での噛みつきも、拳で打ち返し。
尻尾の鞭が迫れば、逆に足で蹴り飛ばした。
それだけの力がある。
全体的に、能力が上がっているんだ。
今までちゃんとボス戦も含めて、戦闘をコツコツとこなしてきた成果が出ていた。
「――しっ!! デカチュー1体終わった!!」
逆井から朗報が届く。
俺が思っていたよりもかなり早かったな……。
これで数の差が出来た。
「よしっ、逆井、同じように頼む!! ――あっ、後空木はこの調子な! 撃ち続けろ!」
それと逆井……ネズミ相手に“デカチュー”なるあだ名はやめるように。
とても有名で、ポケットに入りそうな生物を連想するから。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――ふぃぃぃ。案外3人でもやれるね!」
「……だな」
三回戦闘をしたところで、2班と交代し。
最後尾に回ってゆっくりとしながら、反省会をしていた。
「……いや、その、“2人”じゃない? お兄さんと梨愛ちゃんしかダメージ与えてなかったしさ」
そんな会話をしていると、空木が申し訳なさそうに縮こまって言ってくる。
「? えっ、ツギミーも頑張ってたじゃん。だから“3人”っしょ。ねぇ新海?」
至極当然だという顔で、逆井は俺に同意を求めてくる。
コイツ……こういうところ、凄いよな。
何ていうか、素で回りの奴の良い所にどんどん視点を当てるっていうか、マイナス思考じゃないところ。
そういう部分が、逆井がコミュ力お化けたる所以なのかもしれない。
「ああ、そうだな」
「梨愛ちゃん……お兄さん……その、あり、がとう」
「あぁ!! ツギミーがデレた! 新海、ツギミーがデレたよ!!」
ああっ、もう!
ちょっ、近い近い近い!!
そんな“クラ〇が立った!”みたいに言わんでも分かったから!
お前自分がどんな格好かって忘れてない!?
もうちょっと隠せ、後戦闘の最中もヒラヒラ揺れるその前掛け気にしろ!
……女子の汗の甘酸っぱい匂いもダイレクトに来るし。
えっ、逆井ってこんな良い匂いしたっけ?
……いや何考えてんだ。
「…………」
こらっ、ラティアも、後ろを振り返って良い笑顔しない。
ったく……。
「デレるとか、ちょっと梨愛ちゃんの言っている意味わかんないです……やっぱり自分からそんな痴女い恰好する人って頭もアレなのかな……」
こ~ら、空木、ブラックツギミーが出てるぞ。
“痴女い”なんて変な造語も作らない!
はぁぁ……。
そうして、肩の力を抜き。
リラックスして体を休めていると……。
「――カオリ、フォローお願い!」
「大丈夫、リヴィルさん、任せて!!」
俺達に代わり最前線になった2班が、圧巻の戦闘を繰り広げていた。
「うわっ……やっぱリヴィルちゃんエグいな~! 戦闘に隙なさすぎない? あのデカチュー、バレーボールみたいに吹っ飛ばされてるけど」
「そっちも凄いけど、ウチ、改めて花織ちゃんは敵にしたらダメだと再認識した。あれ、そつなくこなしてる様に見えるけど、凄い運動量だよ? 花織ちゃん、昨日まで確か10日連続で働いてなかったっけ……」
逆井や空木が感心するように、リヴィルと志木はまるで熟練の騎士かのように圧倒的な力を見せつける。
「んっ! はぁっ! せぁ!!」
今までとは違い、体に纏う“導力”は最小限。
しかしその薄い羽衣のようなエネルギーでさえも纏えば、リヴィルの体はそれだけで鋭さを飛躍的に上げた。
その手での突きが、逆井の槍以上の鋭さを帯び。
拳での殴打が、俺の精一杯振りかぶった一撃に匹敵する。
……アイツ一人だけ無双ゲーしてない?
「っ、やっ、たぁっ!」
一方の志木もその働きっぷりが凄い。
リヴィルがその圧倒的な武力で暴れ。
モンスターがそれで怯え、逃げる奴も出てくる。
それを瞬時に読んで先回りし、的確にその片手剣で急所を突いていく。
反撃も全て見切ってかわしているようで、優雅な舞のようでさえあった。
頭の良さ・先読みの深さに加えて、戦闘力まで兼ね備えて来ているのだ。
……あれっ、いつから志木って魔王目指してるんだっけ?
「ただロトワも……頑張ってるな」
あの二人だけでも、十分に1つのチームとして機能していた。
だがそれ以上のものへと押し上げたのが、意外にも2班の3人目、ロトワで――
「ぬわぁぁぁ!! 成敗ですぅぅ! 刀の錆にぃぃぃ!!」
自分よりも大きい刀身の刀を手に、無警戒の背後から近づいて大ネズミをブスリ。
「……地味にロトワちゃん、戦えたんだね」
「……やっぱりウチ、本格的に足手まとい説出てます?」
いや、空木、ちゃうねん。
ロトワが特殊なだけやねん。
「あの刀……は、別に特別な物でも何でもない。俺が随分前に買って保管してたのを譲っただけだ」
そのお値段、DPにして650ポイント。
優れた性能があるわけでも、魔剣の部類に属するわけでも、何でもない、ただの刀。
それを武器として扱えるようにしたのはロトワと“未来のロトワ”の力だった。
「獣人ってことで、振り回すだけの力は最初から持ってたらしい」
「へぇぇ……あんな可愛いのに力持ち……世の中不思議ですね」
まぁな……。
で、刀を扱う技術は、要するに未来のロトワの置き土産みたいなもの。
10歳のロトワは本来、戦闘など全くできないただの獣人の少女。
だが20歳のロトワは戦闘が出来て、特に刀を武器として普段から使用していた……んだと思う。
だから彼女がまた未来へと戻ってしまう前に、その時の経験の一部が今のロトワに残っていた。
というより、知識とかじゃなく、体で覚える部分だからな、そこは。
「ただまあ……このままだと、1番戦力にならないのは、俺らかもな……」
次に控えているラティア、ルオ、レイネの3班を視界に入れながら。
俺は哀愁漂う表情をし、そう告げたのだった。
「……何か、普段新海が家で感じてそうな居心地のなさ感、みたいなもの、分かった気がする」
「……お兄さん、ウチ、もうちょっと頑張って矢撃ちますね」
「おう……」
頑張ってくれ……。
そうしてリヴィル達が3班へとバトンタッチする前に。
このダンジョンの最終層への階段が、早くも見えてきたのだった。
この分だと1つ目のダンジョンは後、1時間もいらないかもしれない。
俺達やリヴィル達は殆ど無傷。
ラティア達に至っては未だ一度も戦闘すらしていない。
幸先の良さを感じながらも、次は念のための3班の補助に回ることになる。
気を引き締め、空木や逆井の疲労度も問題ないことを確認し。
早々にダンジョン間戦争の序盤の終わりを感じ始めたのだった。
……だ、大丈夫。
まだ後2話余裕があるから。
2話で……3つダンジョン、終わる、から……(白目)




