248.一先ずお別れ……。
ふぅぅ。
お待たせしました。
ではどうぞ。
「――と、言うことで。未来の知識で解決可能だということを知ってもらいました! ただ……」
ロトワが自分の手で耳や尻尾のあった辺りを触る。
目には見えないはずなのに、そこに何かがあるかのような手の動き。
まるで上質なパントマイムでも見ているかのような気分だ。
それをしばらく続けると……あっ。
「尻尾と耳、戻りました?」
「……戻ったな?」
というよりは効果が切れた、と言った方がいいかもしれない。
何もないように見えたはずのお尻と頭頂部の先。
そこに煙が集まったと思ったら、その数秒後にはもう先程の耳と尻尾が元通り。
まるで手品の種明かしを見せられているように感じた。
「このように、未来のロトワが使い慣れた方法は、10歳のロトワのいる現在ではとても燃費が悪いのです!」
「えっ、じゃあ何で今見せたの?」
レイネの疑問ももっともだ……と言おうとすると、ロトワはビシッと指を突き立ててその質問に答えた。
「何と言っても、未来知識を使えると信じてもらう。この一つに尽きるんです! 実際に目で見て、分かったでしょう?」
そう言われると、まあ確かに。
ロトワが俺達の知らない情報・能力を使って、俺達の抱える問題を解決できる。
それを実際に目の当たりにするのは今回が初めてだ。
「まあ、なぁ……」
レイネと顔を合わせ頷き合う。
つまり……。
「他に、もっといい現実的な解決法がある、と? それも10歳のロトワでも使えるようなものが?」
俺の確認にロトワは頷き、再び狐達を見る。
そしてさらにその後、このダンジョン自体――つまり広間にある台座を指差した。
「“ダンジョン間戦争”ってあるでしょ? それで“3つ”ダンジョンを倒して、このダンジョンに食べさせてあげて」
“ダンジョンがダンジョンを食べて強くなる”……。
赤星と初めて出会って。
その後、逆井を連れて潜ったあのダンジョンが、確かそうだった。
つまり、ロトワの言は、ダンジョン間戦争で倒した相手ダンジョンを、配下として登用するのではなく。
そのバトルに参加したダンジョンの経験値として使い、ダンジョンを強化しろということを意味していた。
「そうすればダンジョンがレベルアップして、この狐達を強化できる。そういう機能が解放されるから」
実際に見て経験した者しか言えないような、とても具体性を帯びた言葉。
ロトワ自身もそれが恰も既定の事実であるかのように、真偽を疑わせない程の自信を持って告げたのだった。
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「――あっ……もうそろそろ時間、かな……」
話を聞き終えた後。
ロトワの体が急に発光し出した。
淡い光を帯びたロトワは、徐々に足元から体が透けて行く。
未来のロトワを構成していた光の粒が、体から少しずつ分離しては消える。
時間の経過に伴って逆に、10歳のロトワの輪郭が戻って来た。
20歳のロトワが漏らした通り、どうやら時間が来たらしい。
「ロトワ……また、会えますよね?」
同じく一時の別れを悟ったラティアが近づいていく。
そして今にも消えそうなロトワと抱きしめ合った。
「あはは、勿論! 今後も何度も何度も10歳の私は、未来の私を召喚ぶと思うから」
それを聴いて、どこか寂しさを感じていたラティアはホッとした表情になった。
「そうですか……」
「うん! ――あっ、後!」
「あっ、ひゃぁっ!?」
ロトワが人差し指を立て、視線を集める。
そしてその指でラティアの肌――露出されている胸の部分をツンツンとつついた。
「ムフフッ、ラティアちゃん、夏は大胆になっていい季節だよ! ラティアちゃんお得意のサキュバス衣装、公然とお館様の前で着られる、絶好の機会!!」
「えっ、あっ!! それは誰にも言ってないアイディア段階でとどまっていた“夏が暑くって、仕方なくこんな露出が多い衣装を着ているんです”作戦!?」
いや、あの……もうちょっと別れを惜しむような湿っぽい感じの話をしません?
それに、俺、その作戦バッチリ聞いちゃってますけど……。
「ラティアちゃん、普段は皆のお姉さんで我慢することも多いかもだけど。ロトワがいる時は目一杯、甘えてくれていいんだからね?」
「ロトワ……はい、ありがとうございます!」
あのラティアを味方に引き込んだ……だと!?
確かに、未来のロトワ限定ではあるが、ラティアよりも年上だ。
だがこんなところで未来知識ではなく、お姉さんポジションを使ってラティアの信頼を勝ち取るとは!
これで未来のロトワを敵にしたら、必然的にラティアをも敵に回すことになってしまった。
ロトワ、恐るべし!!
「……はぁぁ。ったく。あんなに素直で可愛らしいロトワが、こんなズル賢そうになっちまうなんてな」
「あ~レイネちゃん酷いんだ~! そんなこと言うレイネちゃんは、対お館様の攻略同盟に入れてあげないんだぞ?」
何だその同盟……。
そんなアホっぽい集団が出来るとか、未来、大丈夫か?
「お兄さん……未来でも……」
「何だよ……」
「いいえ、別に。何でもないです」
……全然“何でもない”なんて顔してないくせに。
空木め……お前もロトワと一緒に“虐待”の餌食にしてやろうか。
そんな俺の心の内は置いておいて。
舌を出したロトワを見たレイネは、意外だという表情になる。
「えっ……10年先の知識や情報を持ってるくせに、未だ攻めあぐねてたんだ?」
「うぐっ――」
もうほぼ半分ほど体の透明化が進行したロトワを相手に。
レイネの容赦ない言葉の弾丸がクリーンヒットする。
「やっ、違うんだよ!? お姉さんも決して無策だったわけじゃないし!! っていうか、まだまだ本気を出してないっていうか~!」
あたふたしている間に、首辺りまで光の粒子化が進行しているというのに。
そのことには全く構わず、ロトワは必死に言い訳めいたことをレイネにまくし立てていた。
「実際、知識も全部持ってこられるわけじゃないし~!? お館様の弱点とか性癖だって、お姉さん全部知ってますけど~? ただ呼び出しの魔力が少なすぎたせいで思い出せないだけです~!」
「ご主人様の弱点!」
「お兄さんの性癖!」
……っぶねぇ。
思い出せなくて?置いてきてくれて?助かった。
いや、そんなことはどうでもよくて。
ロトワが未来のロトワを連れてくる仕組みってのは、蓄積した魔力を消費して呼び出すというものだった。
その魔力の多い少ないで、未来から持ってこられる情報・知識も左右される。
つまり今の話だと、その際の魔力は多ければ多いほど。
未来のロトワを構成する要素を沢山引っ張って来ることが出来る。
一種の吸引力のような意味合いとも取れるわけか……。
そんな発見をしている俺を他所に、レイネはまたまた驚愕した表情でロトワを見た。
「ええっ!? そんな状態なのに、今まであんなお姉さんぶってたのか!? む、無理しなくていいんだぞ!? 本当は全然そんな経験ないのに恰も経験豊富そうに振る舞わなくったって!」
「グフッ!」
レイネ、これ以上はやめてさしあげて!!
ロトワのライフはもう0よ!?
「まあ大人っぽい女性に憧れる年頃だってのは分かるけどな……ルーネも確かに成長したけどまだまだ子供だってのに、直ぐ大人ぶるからさ。……あっ、悪ぃ、そう言えば何だっけか? あの、隊長さん……包囲網、だったか? あれはちょっとセンスが――」
「――うわぁぁぁん! レイネちゃんのバカァァァ!! 正論で無自覚に暴行してくる陰湿天使ぃぃぃ!! レイネちゃんなんてお館様からえっちぃ攻撃されて羞恥に悶えればいいんだぁぁぁ!!」
何でそこで俺!?
しないからそんなの!!
そんな捨て台詞を吐きながら、未来のロトワは消えて行ったのだった。
そして残ったのは、スヤスヤと眠っている10歳のロトワ。
傍にいた空木と共に抱き起す。
特に問題ないことを確認してから、何故か空木は天上を仰ぎ見、そしてレイネへと視線を移した。
「天使……はっ!? やっぱりウチのファーストコンタクトの“天使か!?”は間違ってなかった!?」
「いや何のこと!?」
空木も大丈夫!?
一人で何言ってんの!?
湿っぽさなんてものとは無縁の、騒がしい別れだな……。
「……えっ、その、あたし、何か悪いこと言ったか?」
「いや……うん、まあいいんじゃね?」
ラティアをも脅かす可能性を秘めた、未来のロトワ。
それに対抗できる存在が誕生した瞬間だった。
なるほど、普段レイネはラティアに口では敵わない部分がある。
むっつりツンデレ、略してむっツンデレなレイネは、エロマスターラティアの掌の上で踊らされることが多いのだ。
一方でそのラティアは未来のロトワを、唯一自身よりも年上で、頼りに出来る存在だと見ていた。
つまり“ラティア→レイネ→未来のロトワ→最初に戻る”というじゃんけんのような強弱関係があるのか……。
よし、今後ロトワ関連でピンチになったらレイネを頼ろう。
そんなどうでもいい教訓を得た一日となったのだった。
ようやく、一度未来のロトワが来て、それが終わって……。
次話から本格的に6章を動かしていく……と思いたい!!
6章はかおりんとブレイブカンナのニアミスも……書けるといいな!




