245.うん……見なかったことにしよう。
お待たせしました。
ここから6章スタートです。
始まりですので、内容は大分軽めになっております。
ではどうぞ。
「……んっ、んん……ん?」
鼻に香ってくる朝食の良い匂いと共に、目が覚める。
しかしそこで体に異変を感じた。
お腹が妙に重い……。
未だ覚醒しきってない頭を持ち上げながらも、布団をめくる。
すると――
「……すぅ……すぅ……うにゅ」
――ロトワ……えっ、何で?
まるでコアラの子供みたいに、俺の腹の上で安眠している。
一瞬混乱して、辺りを見た。
あまり見慣れない天上、自室のベッドではなく畳の上に敷いた布団。
「あっ、そっか……昨日は俺がロトワと寝てやる日だったっけか」
客間として使っていたのを、ロトワ用の部屋にして。
でも一人じゃ寝る時寂しがるだろうと、皆が日替わりにロトワと一緒に寝るようにしたんだった。
……別に何か意味深なことがあったわけでも何でもない。
「ふぁぁぁっ……おーい、ロトワ、起きてくれ~」
ただ何でロトワがここに、という疑問は解決できていない。
ロトワの布団は勿論、俺の布団の隣に用意してある。
横へ視線を向けると、ロトワの布団は大きくめくれたままもぬけの殻だ。
こやつめ……寝ぼけて勝手に入って来たのか?
「にゅぅ……お館、さま……お守り、します……離れませぬ……」
いや、そのお館様が離れてって言ってるんだけど……。
ロトワめ、完全に寝ぼけてるぞ……。
「ちょっとゴメンよ……んっ、んん!? コイツ、何たる握力!?」
服を掴んでいる手をそーっと離そうとするが、梃子でも動かぬというしがみ付きっぷり。
えっ、本当に寝てる!?
起きてない!?
「――ご主人様、ロトワ、おはようございます。朝です……よ?」
襖をゆっくりと開け、ラティアが顔を覗かせた。
そして俺とロトワの格闘を見て、笑みを浮かべる。
……何だその微笑ましいものを見るような顔は。
「ウフフ……もう朝食が出来ますので、ご用意をお願いしますね?」
「ああ……ちなみに俺の前はラティアだったよな? やっぱ毎回こうなのか?」
尋ねると、一層その笑みを深め、言葉に反して嬉しそうに首を振る。
「いいえ~。私の時はグッスリと自分の布団で寝ていたのに。ご主人様がお相手だと、潜り込んじゃうんですね……少し嫉妬しちゃいます、フフ」
……何に対しての嫉妬だよ。
「はぁぁ……――おおい、ロトワ~朝だぞ、起きろー」
ラティアがリビングに戻った後、もう一度お腹に乗っかっているロトワを揺すってみる。
うっすらと目を開けてくれるが、寝ぼけたままなのか、小さく首を傾げた。
「ん、んん……お館様? ここはロトワが……お館様は早く、お逃げを……」
「逃げて欲しいんなら一旦離れてくれると嬉しいんだけどなぁぁ……」
その後、3度程ロトワの“ここは俺に任せて先に行け!”を拒否。
そこの辺りでようやく目覚めてくれたのだった。
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「うぅぅ、本当に、本当に申し訳ございません!! お館様にご迷惑をおかけして、ロトワ、穴があれば永久に籠っていたいです!」
自身の失敗を恥じるように小さな両手で顔を隠す。
だが朝食前。
お腹が空いているのか、目の前の食事の匂いに釣られるように耳がピクピク揺れる。
「……いや、反省は良いから。さっさと食べちゃったら?」
「そうだよ、ロトワ。早く食べないと、マスター学校行っちゃうからさ」
別に俺が学校行くことと、早く食べたらってこと、繋がってなくない?
そう疑問に思ったが、皆からしたらそれは至極当たり前の指摘らしい。
「うん。ロトワ、そのままだと今日は“行ってらっしゃい”出来なくなるけど、いいの?」
ルオの言葉に、ロトワは両手の覆いから顔を覗かせる。
そして罠に嵌ってしまったみたいな愕然とした表情をした。
「な、な……! ロ、ロトワ、一生の不覚です!! 何たる失態!! うぅぅ、お恥ずかしい!」
「いや、うん、ループしそうになってるから、食べちゃえって!」
「そうそう、レイネの言う通り食べないと、エンドレスなっちゃうから……」
うん、朝から忙しないな……。
「――んじゃ行ってくる」
また同じようなやり取りが繰り返されそうになったが、何とか回避できた。
朝食をしっかりと食べ終えた皆に玄関で送り出される。
「じゃラティア、後は頼んだ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
いつも通りのやり取りを終え、靴を履き、立ち上がる。
「……マスター、気を付けてね――刺されないように」
「誰に!? ……はぁ、まあ気を付けとくよ」
リヴィルはいつも出る時、何のアドバイスか分からないことを言ってくる。
リヴィルなりのジョーク、なんだろうけど……信じちゃうからちょっとマジなトーンでいうのはやめてほしい。
「ご主人、ご主人! カオリお姉さんとシイナお姉さんの【影絵】、また一杯練習したから帰ったら見てね!」
「……志木の奴だけじゃダメ? いや、まあ分かった、覚えとくわ……」
帰ったらルオのものとは言え、志木や椎名さんと顔合わせるのかと思うと……うん、嫌ではないけど変な緊張感ってあるよね。
ってかあんまり練習を重ねてクオリティ上げられるのも、それはそれで困るところもあるな……。
「隊長さん、その……さ。ルオじゃないけど今“プリン”、練習してんだ。作っとくからよかったらだけど……」
「おお! それは嬉しいな! 帰ったら食べるわ!」
「あ、ああ! ――えへへ……よし!」
そう返すと、レイネは一人で笑い、後ろを向いて小さくガッツポーズする。
……いや、ちゃんと食べるまでが料理だからね?
練習台で終わらせないでね!?
「……ほらっ、ロトワ」
「う、うん、ラティアちゃん……」
ラティアに優しく背中を押され、ロトワが前に進み出た。
「あ、あの……えと! その……」
ロトワは何か言おうとしては、それが言葉となる前に飲み込んでしまう。
純粋に行ってらっしゃいと送り出してくれるだけだとは思うが、それでもロトワにとっては大事なことなんだろう。
時間にまだ余裕があることを確認し、ロトワの言葉を辛抱強く待つ。
そして――
「――い、行ってらっしゃいませ! お館様!!」
しっかりと言葉にされた“行ってらっしゃい”を受け。
俺はちゃんと目を見て頷き返した。
「ああ……“行ってきます”」
返事を貰い余程嬉しかったのか、ロトワの表情は見る間に笑顔へと変わっていく。
そしてそのままの笑顔でロトワは敬礼し――
「――はい!! ロトワ、お館様のお帰りを、ずっと、ずっと待ち続けていますです! お館様が見えなくなっても、ここでずっと、ずっと!!」
「いや普通に日常生活を送ってくれ!!」
お前は忠犬か!?
清々しい気持ちで出発できると思ったが、思わぬずっこけを食らったのだった。
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「はぁぁ……朝だけで何かどっと疲れた」
自分の席に座りながら、教科書の準備などを済ませる。
考えていたのはロトワのことだ。
家を出る最後に“普通に日常生活を送ってくれ”とは言った。
が、今現在、ロトワが実際に家から出られることは極めて少ない。
あの獣人としての立派な耳と尻尾。
衣類の方は何とかなるだろうが、客観的な見た目の問題は解決しない。
「コスプレ……で押し通すのは厳しいか……」
何とか解決策を考えてやらねば、この地球で“普通に日常生活を送る”なんて難しい。
どうするかな……。
「――えっ、マジかよ!? えっ、それどうやって手に入れたの!? 課金!? まさか課金に手を出したのか!?」
まだ朝の自由時間とは言え、クラスメイトの話し声が聞こえ、少しだけイラっとする。
思考を邪魔されたことそのもの、というよりは。
もっと声を抑えても、会話は出来るだろうにということから。
まあボッチの俺には学校で会話をする相手さえまともにいないですけどね……。
逆井は……今日は休みだし、そもそも学校でもそう話すわけでもないし。
はぁぁ……。
「バッカ、課金システムなんて大人のチート、金のない高校生に出来るかよ! ――フフフッ、何と! 3日間徹夜して手に入れたんだよ!」
「うっわマジかよ、いいなぁ~“志木ちゃんUSR”!!」
……ん?
スーパーレアならぬ……ウルトラスーパーレア?
――いや、そっちじゃないのか、反応しなければいけないところは。
「――えっ嘘っ、角野君、花織ちゃんのレア写真、ゲットしたの!? 凄いんだけど~!!」
「え? お、おう……え、えーっと、松岡、見るか?」
「嘘っ、良いの!? やったぁぁ!! 私も花織ちゃんファンなんだけど、全然ゲットできなくて!! マジラッキー!!」
…………。
すっげぇ。
良く分からんが、志木のレアな写真ゲットしたら、女子にも人気になれるらしい。
俺よりマシだろうが、普段あまり目立たない方の角野君が女子とまともに会話しているぜ……。
「えっと……うわっ、本当だ……」
机と体の間で隠すようにスマホを操作すると、見つけた。
確かに“シーク・ラヴ”が主役となっているスマホアプリゲームが存在した。
志木たちがゲームのキャラとなって、RPG風の物語が進行していく。
これもダンジョン啓発の一環らしい。
ユーザーは主人公となって好きなメンバーを仲間に加え、冒険をすることが可能。
冒険中にクリアして貯めたポイントを使って、メンバー達が各自自由に撮った実際の写真を解放し、閲覧できるようになるのが売りらしい。
……なるほど、アイツらはそれではしゃいでるのか。
「…………」
まあここに逆井がいたとしても、俺はあそこの輪に加わることはなかっただろう。
それを思うと、何とも言えない気分になってくる。
はぁぁ……。
「……ん?」
待ち受けに戻すと、メールが届いていることに気付く。
サイレントモードだし、画面を見ている今じゃないと分からなかったな……。
――って!?
『志木:朝早くにごめんなさい』
送り主・件名を見て思わず驚く。
今まさに教室前で話題になっている当の本人だったからだ。
「うわぁぁ! 花織ちゃん騎士のコスプレ姿、カッコいいし可愛い~!!」
「そ、そうだよな! 志木ちゃん可愛いのにカッコいいも同居しててさ! ――俺達……気が合いそう、とか!?」
「えっ、ゴメン、聞いてなかった」
Oh……角田君ドンマイ。
かおりん出汁にして勇気出したのに……現実は非常だよね。
さてさて、そのかおりんさんは何の用でしょうか、っと……。
志木は、朝の微妙な時間にメールすることを謝罪。
その後、本題に入る。
『……美桜さんの件についてなんだけど――』
「……ふーん」
要するに、志木や逆井、赤星達は空木をそろそろ仲間に加えてもいいと思っていて。
でもダンジョンが大きく絡むことでもあるので、その可否や、OKだった場合の説明のタイミングは俺に一任する、ということらしい。
まあ別に、俺も空木には教えてもいいかとは思ってるけど……ん?
「……何だこれ」
メールが送られてきたことそのものに気を取られて気付かなかった。
添付ファイルがあったらしく、開いてみる。
……志木と逆井の自撮り写真だった。
おそらくメールを送る前に撮ったものだと思われる。
逆井は、志木が普段着るようなセーラー服を着ていて。
そして反対に、志木は逆井が着る、つまり俺達の学校の制服を着ていた。
『――追伸。添付の写真は梨愛さんに言われたから、その、しょうがなく撮ったものです……』
互いに制服を交換した、完全プライベートの写真。
その制服の役に徹するように、写真の逆井はしおらしくお淑やかな笑み。
対する志木は普段の逆井をマネてなのか、スカートはかなり短め。
そして照れながら顔の横にピースをしてギャルっぽい仕草をしているのだった。
お嬢様逆井と……ギャルかおりん。
「……うん」
――見なかったことにしよう。
感想の返しも少しずつ行っていきますので、いましばらくお待ちを!




