242.ロトワの未来購入作戦 前半
お待たせしました。
あまりに長くなったので前後半に分けました。
これをあげた後、直ぐ後半もあげておきます。
ではどうぞ!
「どうする、もうオークション始まっちゃうんでしょ!?」
「……何とかしなければあのような未来に……ですが、どうしようも……」
焦りを含んだ二人の言葉を受け、俺も必死に頭を働かせる。
何とかしなければ、このまま織部はオークションで負け。
そうしてロトワは織部ではない勇者の手の下へ行ってしまう。
ただ地球にいる俺達に、異世界へと直接干渉する手立てなどそもそもない。
「カンナ様の資金だけじゃ足りないなら、何か送って、それを現金化すれば……」
「……今からじゃ厳しいよ。シルレ達――はダメか。出せる分はもう出した上で、競り負けたってことだもんね」
鏡があった場所に目をやりながら、リヴィルは自分で出した案を即座に否定する。
織部達の資金じゃ足りない以上、それを別の形で補うという発想自体はその通りなのだ。
先程見た光景でも、良い所までは行っていたように思う。
最後の1対1。
相手の具体的な予算額は知らないが、終盤は僅かな数字の刻み合いのように見えた。
だから後もう少し、織部の手持ちにプラスしてやれる資金があれば……。
「私達が異世界の貨幣を持ってれば……DDで送れたかもしれないのにね」
「……経済的な所有権の主体となれない奴隷だったからこそ、ご主人様に買っていただけたんです。無い物ねだりですよ」
アイディアも出尽くしたと言ったように、二人の間で諦めムードが漂い始める。
でも何となく、今の会話も大事なヒントが隠れているような感覚があった。
リヴィルもラティアも、最後まで考えようという気持ち自体は切らしてない。
別の世界にいてもあくまで自分達も頑張るべき、当事者の如く考えないといけないと言う様に……。
――そこでハッとする。
「……なあ、俺達、“織部達側の問題だ”って、考えすぎてないか?」
反射的に出たような俺の呟きに、二人とも一瞬何のことか分からず。
だがその意図が直ぐ脳に浸透したのか、パッと目を見開いた。
「もしかして――」
「マスター……“買える”の!?」
俺達3人の認識が共有された瞬間だった。
「分からん! でも調べてみる価値はあるはずだっ――」
二人に急かされるように、俺はDD――ダンジョンディスプレイの“Isekai”を開く。
頭を悩ませ続けていた難問の解を得た、そんな興奮で脳が、体が熱い。
今まで織部が訪れた町。
その名が大きな選択項目として列記されている。
それを下までスクロールして行く……。
「えーっと、どうだ……あっ! あった! “闇市”!」
「やりました!」
「うん! 市場って言っても、事実上、町みたいに人が大勢利用してるもんね。カンナ達も“闇市”内の宿場を隠れ家にしてたし」
珍しく興奮気味に語るリヴィルの言葉に納得しながらも、俺は操作を進める。
“闇市”も一つの町として機能してるってことか……。
すると、“闇市”にある商店の商品が先ずはズラっと表示された。
「うげっ、これじゃねえよ……」
“裏オークション”はやっぱり無いか?
折角芽生えた希望が一瞬、力を失いそうになる。
「あります、ありますよ……!」
「うん、大丈夫、マスター。あるよ……」
――が、後ろから応援するように見守ってくれる二人に励まされ。
目をこれでもかと開けながら、見落としがないよう気を付けつつ、項目を斜め読んでいく。
すると――
『狐人:????DP ※オークション対象商品 詳細:――』
「――あった!!」
「本当です! “時を操る極めて貴重な能力を所持”これですね、間違いないです!!」
ラティアが読み上げた詳細を聞いても、ロトワがDDを介して購入できることに間違いなかった。
後はDPが足りるかどうか……ってこともある。
が、以前のダンジョン間戦争の攻防戦で得た10万ポイントの臨時収入があった。
全部で16万と3000ちょっと……。
今まで奴隷を購入しようとしてきた中での最大予算だ。
ただこれが、織部達の資金と合算できるわけじゃないのがネックだった。
その懸念を伝えると、すかさずリヴィルが案を考えてくれた。
「……ねぇ、その点については考えがあるんだけど。今すぐカンナにメッセージ送れる?」
「? あ、ああ分かった――」
リヴィルの言う通りに文面をしたため、織部のDDへと送信。
「……確かにこれだと、実質的にはカンナ様達の資金との合算ができる、という風にも言えますね」
ラティアが言うように素直に事が運べば、そうなんだろうが……。
「うーん……“勇者”側が、予算の枠を個別に設けてるかどうか、だな」
そこだけが心配ではあった。
ただもうここまで来れば、後は全力でロトワを買いに行くだけだ。
勇者側がそこまで深く物事を考えておらず。
単なるゴリ押しで行けると思っていてくれることを、ただただ祈るばかりだ。
――さぁっ、買うぞ! 勇者からロトワの未来をっ!!
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「……えっと」
「これ……いや、うん」
俺の真横で画面を見つめる二人。
そのラティアとリヴィルの声が、何とも言えない微妙なものとなっていた。
俺もそうだ。
とても表現し辛いがしかし、凄い顔をしていたことだろう。
それもそのはず。
さっきまで一大決戦に挑むくらいの意気込みでいたのに――
「――カンナ、ガンガンお金使わせてるね」
「……えっ、この女性、勇者のお供の方、なんですよね? 普段の旅の資金のやりくりとか、どうされてるんでしょう」
最大の対抗馬だと認識していたあの、鏡で見た勇者一味の女性。
それが、仮面をつけた織部の煽りを受け、ロトワの競りの番までに湯水の如くお金を使っていたのだ。
ラティア、今回は聞こえてないだろうから良いけど。
そういう風に素で疑問点を挙げると、余計相手は傷つくこともあるから気を付けようね。
俺達が見ているDDの購入画面。
いつもなら奴隷商人が出てきて、購入手続きを進行していく。
だが今回はオークション。
ロトワの競売の番までは、時間があり、他の商品が競られていた。
“当該商品の出品順まで、もうしばらくお待ちください”
そんな文言が右上に記されているので、急遽伝えた作戦の具合をそれで眺めているのだが――
『フッフッフ! やりますね! ですが、この“ブレイブ仮面”! とことんこのオークションでは欲しい物を手に入れさせてもらいます!』
『クッ、何よあの変態チックな仮面の女! 一つも競り落とせてないクセに! 毎回毎回、嫌がらせみたいに! とんだ想定外よ! 予算足りるかしら……』
「カンナ様……嬉しそうですね……」
「あの勇者一味の女は、凄い嫌そうな顔でカンナのこと見てるけどね」
こらっ、二人とも。
俺達がいきなり出したとんでもない指示を、織部は疑わずに頑張って従ってくれているだけです。
決してそれが自分の好みのシチュエーションと被ったから喜んでいるとかではないんです。
だから……ね?
そんな凄い変な人を見るみたいな目で織部を見るのはやめましょう。
「…………」
「…………」
こらこらっ。
俺は勿論そんなことは欠片も、露ほども思ってないよ?
だから……ね?
そんな俺も絶対同じことを思ってる、みたいな目で俺を見るのはやめましょう。
「でも意外にはまったね」
「はぁぁ……まあな、ただ流石にホッとしたわ」
“予定変更!! 俺を信じて、今から言う特徴の奴の手持ちの金、1銭でも多く浪費させてくれ! ロトワの順番が回ってくるまでに! このままじゃロトワはそいつに買われる!!”
リヴィルに言われた通りにこれを送ったら、織部が思っていた以上に働きまくっていた。
勇者も“闇市”なんて所まで出向いているんだ、ロトワ以外にも目ぼしい品があれば、その競売にも参加するんじゃないか。
リヴィルはそこに目を付けて、織部に買う気はなくてもその商品の競売に参加させることを思いついたわけだ。
それで、本来予定していない織部との競りを重ねることで、少しでも手持ちの金を消費させる。
「本当に一つの財布でやりくりしてたんですね……」
「それだけ、財布の中身の額に圧倒的な自信があったんだろうな……」
例えばAという商品の上限予算については1億で、Bという品は5千万、そしてロトワに使える上限は2億――そんな個別の予算上限があったらあまり効果は発揮しなかっただろう。
だがそうでなく、本当に一つ一つ、単にある総額の予算の中から天上無しに使って競り落とすという金の物量作戦だったらしいので助かった。
そうでなければ必ずどこかで上限が来て、一つや二つ織部に譲っていただろうからな……。
そしてヤバい裏の人間の集まりっぽいオークション会場で、よくもまあ織部はあんな恥ず……大胆な行動が出来るものだ。
頼んだのはこっちだが……。
「リア様への装備の件、ちゃんと約束を守ってらして、立派だとは思います」
「……うん、そだね」
その時の借りを織部が返してくれている……とはちょっと違う気がする。
ただ単に、仮面を付けて、他人の注目を集めることに快感を覚えているだけ――いや、これ以上は考えるのはよそう。
「――よしっ、とうとう“ロトワ”の順番が来たぞ!!」
DDの“Isekai”の画面が切り替わる。
ロトワの競売の時間になったのだ。
司会の男が、ロトワの特徴を会場内に説明する。
幼いながらも恵まれた容姿、成長すればさぞかし美人な狐人になるだろうと参加者を煽る。
そしてその決め手として、時を操る能力があることを告げた。
『何と!! 10年先の自分を今・現在に呼ぶことが出来るのです! つまり、10年先の優れた容姿をしたこの奴隷を見て愛でることも直ぐに可能、だということですね!』
会場内に笑いが起こる。
ロトワを欲する者たちが想定している利用法、つまり大成するために未来の知識を利用する、ということではないジョークだったから。
ただ――
「……品性の欠片もないですね」
「だね……」
二人と同様、こっちはロトワの救出が成功するかしないかでずっと緊張続きなのだ。
そんなどうでもいい前座に付き合ってやれるほど気楽ではない。
『――では当該商品の競売、開始させていただきます。開始価格は“1万5000DP”から!』
うぉっ!
来た!
先程までで、DDを介して見ている俺達には“DP”で値が表示されるのは分かっていた。
ただいきなり1万DP越えということに、一瞬怯む。
しかし、直ぐその値が上がっていくことで我に返った。
「2万……2万1000……1500」
「ドンドン上がってはいますが……」
「……意外に、何とかなりそう?」
“闇市”、更に目玉商品ということで、DPに換算したら一体どれくらいの値になるのかと心配していたが。
思ったほど望外なものではなかった。
やはりあの臨時収入の“10万DP”が効いている。
『フンッ、雑兵ですね――5万ッ!!』
『っ!?』
あの勇者のお供の女性が、一気に吊り上げた。
会場がどよめく。
そして競走相手はこれで殆ど消え去った。
……5万。
臨時収入のおかげで心理的余裕が生まれたからか、これで動揺することはなかった。
しばらく織部が食い付いていたが、やはりそれまでに作戦で身銭を削っていたからか……。
『くっ……6万1500!』
『しつこい!! ――6万4500!!』
これで、織部がリタイヤした。
『さぁ6万4500が出ました!! 他、どなたかいらっしゃいませんか!? 6万4500、6万4500――』
これで勝負は決した……。
そう察したのか、あの女性は冷や汗を拭いながらも、ホッと安堵の溜息を吐く。
ここだ――
俺はDDの入札価格の部分を素早く操作。
そこに数字を入れていく。
そして最終確認の画面に若干イラつきながらも、その価格を提示した。
『――“8万5000”』
DDの画面を通して、会場内に価格が提示される音声が聞き取れた。
その瞬間、会場内がシーンと静まり、音を無くす。
『――っっ!! はっ、8万5000!! 8万5000出ました!!』
時の停止から再起動した司会が、息を忘れていたというように呼吸を荒くさせながら提示価格を繰り返す。
『他、どなたかいらっしゃいませんか!? 8万5000、8万5000――』
会場内のあのお供女性が、あり得ないというような顔をして呆けているのが見えた。
自分のあまりの想定外の事態に、思考そのものを忘れてしまったといった表情だ。
それを最後に確認して、司会は木槌を叩いた。
『――8万5000ッ!! 落札者が決定しました! おめでとうございます!』




