239.“勇者”って、“織部”って何だ!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「彼女を介して未来を知ることが出来る――なるほど……それは誰もが彼女を欲しがる、という訳ですね?」
ラティアの端的な呟き。
それはロトワを取り巻く問題状況を良く言い表していた。
DD――ダンジョンディスプレイの画面に映るタルラも、それで概ね正しいというように頷く。
『制限。ロトワ、の能力、には幾つかある。でも、それはロトワを欲する、欲、深い者には、些末なこと。奪った後で、考える』
今までにそういう状況に何度も遭遇し。
そうして今回、実際にロトワ本人が囚われの身となってしまった。
そのことからも、タルラには身に染みていることなんだろう。
『――あっ、また場面が変わっちゃいました! 今度は……あぁぁぁぁ!!』
『ちょっ、カンナ様! シィィィッ!!』
織部の大声での指摘に思わず一瞬、身を竦ませる。
サラの注意に合わせ、何だよと睨みつける間もなく。
織部が何に驚いたのかが直ぐに分かった。
『……現在! ロトワ、牢の中にいる! つまり、今いる、場所、あそこ!!』
『ですです!! あの鏡の場所、“闇市”のどこかですよ! しかも結構暗い場所ですね……』
タルラと織部が、画面に食い入るようにして鏡面の変化を見守る。
妹さんも何かヒントが無いか、必死に目を凝らしていた。
『うーん……暗くて上手く見えません……あれ? 何か人がいませんか?』
妹さんの指差す方へ全員が視線を移す。
確かに、よーく見てみると、若い男が一人、牢の右端に立っている。
鉄格子の向こうのロトワに話しかけている姿を見るに、同部屋の奴隷、という訳ではないのだろう。
……看守か?
「――っっ!?」
そう推測した瞬間、その暗い映像に光が走った。
予想外の出来事だったのか、その若い男すら驚いた表情で光源の方向を振り向く。
そして悔しそうにしてロトワの前から離れていった。
鏡は牢内のロトワを映し続けるので、男がどうなったのかは分からない。
「……顔は見えた、けど。何だったんだろうね?」
「さぁ……なんかコソ泥が警察に見つかった、みたいな場面を連想したが」
リヴィルと意見を交わし合っていると……。
『――“勇者”……?』
織部が、今度は囁くような声で、そう呟いた。
“勇者”?
自分のこと……じゃないよな?
何のことかと問い直そうとするが、予想外のことは続く。
『――おいっ! 隠れろっ!! 外が騒がしくなってきた!』
『何か騒動があったようですわ! 一旦身を潜めましょう!』
今まで姿を見なかったシルレ、そしてオリヴェアがいきなり織部達のいる部屋に入って来た。
遅れてカズサさんも来るが、その表情はいつになく険しい。
『漏れ聞いた所だと、私達以外に侵入者がいたようです――』
――ブツッ
最後まで聞くことなく、慌てた織部達の誰かによってDDの通信が切られてしまう。
「……切れちゃい、ましたね」
「まああの状況じゃ仕方ないが……」
ラティアから画面が黒くなったDDを受け取りながらも。
未だロトワを映し続ける鏡へ目をやった。
「……あっちの騒動、多分、今見たあの男が原因だろうね」
リヴィルも視線は鏡面から逸らさずに、自身の推測を語る。
確かにそうだな……。
今現在の状況を映しているのなら、異世界側でその騒動が反映されて。
そうして、織部達自身にも火の粉が降りかかってる状況なのかもしれない。
……騒動が落ち着くまで、俺達から連絡するのは控えよう。
収まれば直にあっちから連絡を繋いでくるだろう。
「あっ、また変わりました! 今度は……?」
「……幸せそうに笑ってるね。これは……未来の映像?」
移り変わった鏡の光景。
その背景は真っ白で、その何もない白い道を。
狐の少女は、リヴィルの言うように幸せに満ちた笑顔で歩いていた。
そしてその隣には誰かいるみたいで……。
「どなたかと手を繋いでますね……」
「……ねえ、やっぱりこれ、マスターじゃない? ほらっ、手の指、傷だらけ」
「えぇぇ? いや、そりゃないだろう……」
同じようなやり取りを前回もした気がする。
リヴィルはこの顔・姿が見えない手繋ぎの相手、俺説を引きずっているらしい。
いや、織部達が助けるんだから、流石に俺がこの子と手を繋いでるって未来はないでしょ……。
「……ラティアはどう思う?」
俺と議論しても水掛け論だと悟ったのか、リヴィルは決めての一票を取りにラティアへ意見を尋ねる。
……いや、別に多数決とかそういうんじゃないけどさ。
「……あっ、でも本当にご主人様かもしれませんよ? 指の傷跡の位置、ご主人様が普段から集中的に切ってる場所と一致します!」
いや、凄い発見しました、みたいな目で見て来るけど!
俺はそれよりもむしろ、何でそんな細かい所まで知ってんのかって所に驚きなんだけど!?
えっ、ラティアさん、一々俺がどの指どの関節のどこら辺切ってるかって把握してんすか!?
パネえっす!
マジパネえっすよ!!
「あっ……消えちゃった。時間切れ、かな」
ラティアのヤンデレルートを一瞬想像してしまい、頭を振っている間に。
どうやら2回目の映像の終了時間が来たようだ。
……ふぅぅ。
色々と衝撃が走った時間だったぜ……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
『ニイミ様、いきなり連絡を切ってしまい申し訳ありませんでした。ようやくこちらも落ち着いてきて……』
「ああいや、緊急事態だ、仕方なかったってのは分かってるから……」
再び通信が繋がって、真っ先に画面に出てきたのはサラだった。
言葉通り申し訳なさそうに謝罪して来るサラに応じつつ、違和感を覚える。
「えっと……で、織部はどうした?」
見た所、後ろにはタルラやカズサさん達もいる。
織部の姿が見えないな、と思って尋ねると……うぉっ!?
「い、いたのか織部……」
揺れながら画面外から登場した織部に一瞬、お化けか貞〇にでも乗っ取られたのかとビビった。
織部は焦点の定まらないような瞳をしていたかと思うと、いきなりクワッと目を見開く。
そして――
『――“勇者”だったんですよ!』
「いや何が!?」
ちょ、マジで脈絡無視で話すのやめて欲しい!
ほらっ、織部初心者のタルラや妹さんも若干戸惑ってんじゃん!
そうした非難の視線を送ると、流石に説明不足だという点は認めてくれたのか、言葉を継いでくれる。
いや、うん……いいんだ、これでも大人しい方だからさ。
『さっき見たあのロトワちゃんの光景ですよ! 不審で、まともじゃなさそうで、卑猥な視線を牢獄内に向けていた、あの男のことです!!』
「えっ、あの一瞬でそこまで把握されたのですか!? 流石ですねカンナ様は……」
「……えっと、いや、ラティア、カンナの想像混じりの言葉だと思うけど」
うん、リヴィルに一票。
今回は意見があったな、リヴィル。
だがそんなリヴィルのツッコミは、今の織部には届いていなかった。
『言い切っちゃって良いんです! あんな怪しさ満開の奴は! 同じ“勇者”として、断言できます! あの男も“勇者”だったんですよ!!』
興奮していて中々言ってることが分かり辛いが……。
「……要するに、同じ勇者として反応する何かがあったと?」
半信半疑ながらもそう確認してみる。
織部はまあ頷く……よな。
が、意外なことにその織部の言葉を補強したのは、タルラと妹さんだった。
『肯定。勇者、とは断言、できない。けどタルラも、それに並ぶ程の実力者、だということは言える、と考える』
『私達も実際に体験したので分かります……。厳重に警戒が張り巡らされたこの“闇市”内で、ギリギリまで気づかれずに目玉商品の彼女に近づける――それだけの能力だということでしょう』
他の五剣姫の3人も、それらの意見を否定せず聴いていることが、更に織部の話の信憑性を増しているように感じた。
むむぅぅ……。
「……分かった、今の所は信じるよ。で、その勇者が少女――ロトワの牢の前まで潜入していたのは……まあ言うまでもないか」
俺の言葉に、タルラが大きく頷く。
要するに、未来を知ることが出来るロトワは、誰にとっても手に入れようとする動機になりうる、ということだ。
『あの勇者、絶対ルオさんやレイネさんの憎き仇相手の勇者そのものですよ! 絶対そうです!』
『えっ、そうなんですか!? あれが、あの男が私と姉さんを……!』
いや、こらこら。
まだそうだと決まったわけじゃない、んじゃない?
だが宥める間もなく、織部はドンドンとヒートアップしていった。
『コソコソと隠れるように行動してましたよね? あんな恥ずかしい奴のせいで、どれだけ私がルオさんやレイネさんに冤罪なのに顔向けできない、後ろ暗い日々を過ごして来たか!!』
「……カンナが恥ずかしいなんて言うってことは、相当なんだろうね、その“勇者”」
コラッ、リヴィル、ボソッと変なこと言わない!
『ここで会ったが百年目です! 絶対焼き入れてやりますよ!!』
『い、いつもなら入れて欲しがる側だろうカンナ様が……“焼きを入れる”とおっしゃった! ――うぅぅ……カンナ様、“勇者”としての自覚をようやくお持ちになって下さったのですね……』
嬉しいのは分かったから!!
“いつもなら入れて欲しがる側だろう”とか!
サラも、織部が変な発想を得るような発言は慎んで!
ってか“焼きを入れる”って発言だけでこれほどまでに従者に喜ばれる織部って、何なんだ……。
これから具体的な救出の話に入るはずなのだが、一人哲学的な思考の迷路へと陥りそうになったのだった。
皆さん、織部さんって……何なんでしょうね?(哲学的疑問)
また異世界のこと続きですが、多分2話以内には終われるかな……という予定です。
次に何とかオークションの話まで入りたい!




