234.頑張れ、ゴッさん! 負けるな、ゴッさん!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「48っ――」
「――Giiiiii!!」
カウントを進める度、ゴーさんの迫力ある低い声がダンジョン内に響き渡る。
ゴーレムとしての重量ある右腕が、防御の姿勢で構えるゴッさんを襲う。
「ギシッ!!――」
何mもの距離を吹き飛ばされたゴッさん。
だがそれでヒヤッとすることもない。
もう既に何度も何度も、同じ光景を見てきたからだ。
「ギシシ! シィ……シッ!」
地面に落ちた瞬間、ぎこちないながらもバク転して体勢を立て直す。
そして直ぐにまたゴーさんの元へと戻って来た。
構え、次を待つ。
俺はそれを見て、カウントを一つ進めた。
「49ぅぅ――」
それに連動して、ゴーさんの右ストレートが火を噴く。
ゴッさんは再び、後ろへと吹き飛ばされた。
真正面から速度を出すトラックにぶつかられたような衝撃。
だがそれでも、ゴッさんはまた、立ち上がった。
「ギッ……ギシッ!!」
まだ始めてから10日も経ってないこのトレーニング。
最初は10回でもボロボロだったのにな……。
しかし、確実に成果は出始めていたのだった。
「よし、最後っ! 50っ――」
「Gi,Giiiii!!」
ゴーさんの手加減無しの一撃。
それを受け、ゴッさんはまた宙を舞う。
しかしそれでも、最終的に倒れ伏すことはなかった。
「ギッ……ギシ」
ダメージ、疲労の色は隠せてないものの。
ゴッさんはニィっと笑って、ファイティングポーズを取る。
ゴッさんは見事、当初決めたトレーニングメニューを耐えきってみせたのだった。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「お疲れ、マスター。うん、良いんじゃないかな?」
「おっ、そうか? リヴィルがそう言ってくれるなら一先ず安心だな……」
修行が一段落したのを見計らって、リヴィルが声をかけて来た。
ペットボトルのお茶を受け取り、蓋を開けて口に含む。
「ゴクッ……ゴクッ……ふぅぅ。っとと! ゴーさん、お疲れ、休んでくれ。ゴッさんは――」
二人に休憩を告げるのを忘れていて、慌ててそちらを向く。
ゴーさんは頷き、床に腰を降ろした。
一方のゴッさんは、かろうじて首を縦に動かした後、倒れるように地面に横になる。
「ゴフゥゥゥ……ギシッ、ギィィ」
砂や泥で汚れることも気にせず、大の字になってゼェゼェと肩で息していた。
「……フフッ、流石に大分キツかったみたいだね」
「……それだけ頑張ったってことだな」
「だね。じゃ、私ちょっとアドバイスして来る。そろそろラティアがくると思うから」
リヴィルは荷物を手早く纏めて俺に渡し、ゴーさんの元へと向かう。
「おう、分かった。頼んだぞ」
頷いて駆けていくリヴィルの背中をボーっと眺める。
ゴッさんはしばらく動けないし、どちらにせよ今日の修行はこれで終わりだ。
帰るまでゆっくりしよう。
「――えっとね、速度は上がって来た。悪くない。ゴッさんの飛距離も回を追う毎に微妙に増してる。威力が上がってる証拠」
「Gii-----」
「ん。このままただ殴るだけじゃなくて、速さ・キレを意識すること。そうすればまだまだパンチの威力は上がってくから」
リヴィルの指導を聴きながら、ゴーさんはゆっくりと相槌を打って返事する。
こちらも上手くいっているようだ。
「――ご主人様、お疲れ様です。どうですか調子の方は?」
背後から声を掛けられ、それがラティアだと気づく。
その手には夜食のおにぎりが。
有難く受け取って礼を言う。
「ありがとう。順調だよ、二人とも。ゴーさんも今リヴィルに指導受けてるところ」
包みのラップを開けながら、リヴィルのいる方を指差す。
「……Gi? gi,gigi! ……?」
「いや、今は無理してフットワークに力を入れなくていい。先ずはその一番の武器、重量ある腕での攻撃を磨いて。焦らないで」
リヴィルが自分で動作を交えながら、丁寧に教え諭している。
それを見て、ゴーさんも素直に頷いていた。
「……凄いですね、リヴィルは。私もあそこまで明確な意思疎通は出来ませんよ、モンスターとは」
「……だな」
ラティアも【チャーム】で、特にオスのモンスターを味方に付けて戦う時がある。
そんなラティアでも、リヴィルのモンスターとのあんな会話振りには驚かされるようだ。
「教えるのも上手そうですからね。ルオやレイネと違って、感覚的な部分も言葉にして伝えようとしてくれますし」
「ああ。ゴッさんだけ梓に師事してた状態だったから、リヴィルがゴーさんの方に手を挙げてくれて助かったよ」
リヴィルは特に、近接戦闘では右に出る者はいないくらいだからな。
戦闘センスも抜群だし、ただ殴る蹴るばかりが攻撃手段のゴーさんにはとても良い刺激になるだろう。
「…………」
ラティアの言葉が不意に切れる。
持って来てくれた夜食のおにぎりを口にしながら、その視線を追う。
その視線の先にいたのは、未だ整わない息をゼェゼェ言わせているゴッさんだった。
リヴィルがゴーさんの指導を始めようと、ラティアが廃神社跡であるこのダンジョンに現れようと。
ゴッさんは反応できないくらいに、クタクタに疲れていた。
それだけ、梓に出された課題解決のために、修行に励んでいるということだが……。
「……ご主人様、少し失礼しますね――」
「え? あ、おう……」
ラティアは、そんなゴッさんを見て、何を思ったのだろうか。
それを窺わせない瞳をしながら俺に断りを入れ、ゴッさんの元へと近づいて行った。
「ギシッ……ギシッ……」
徐々に呼吸の荒さも落ち着いて来てはいる。
このトレーニングを始めた日は1/5の10回ですら、終えた後の回復は1時間以上かかっていた。
それを思うと、随分とタフさも上がって来たと言える。
「――良い眺めですね。どうです、ゴブリンらしく地面に寝転がっている気分は?」
そんな所に、ラティアが声をかけた。
……え、ラティア、何でそんな喧嘩腰なの!?
普段ではありえないような、ラティアの煽りに煽る言葉に驚く。
「……ギシィィ、ギシッ……」
「フフッ、事実で反論も出来ませんか。ですがあなたにはそれがお似合いでしょう」
丁寧な言葉遣いながらも、端々に棘を感じさせるラティアの物言い。
だが離れた位置から客観的に見て聞いていたからか、俺はあることに気付く。
いや、ラティアも普通にゴッさんと会話っぽいことしてんじゃん、ということではなく。
トレーニング終了から、ずっと座りっぱなしだったゴッさんが。
その言葉に反応するみたいに、徐々に、徐々にだが立ち上がっていたのだ。
「……ギ、シィィィ」
その姿はまるで、強大な敵を前に敗北寸前の主人公が、力を振り絞って立ち上がるワンシーンの様で。
スマートな闘い方は出来ないものの、泥臭く、それでも勝ちを掴み取ろうと藻掻く、王道熱血ヒロインに見えてしまった。
ニィッと不敵に笑った際、覗かせる八重歯。
それが似合う美少女が、ラティアの目の前にでも現れたのかと、一瞬我が目を疑った。
「……フフッ」
そのゴッさんを見るラティアの笑みで、何とか我に帰る。
……ヤベェ、本格的にゴッさんが美少女アニメの主人公か何かに見えて来てるぞ。
気を付けなければ……。
気持ちを新たに、安易に口を挟まずラティア達の様子を見守る。
立ち上がったゴッさんを見て、ラティアはそれを歓迎するかのように笑みを浮かべた。
まるで、そんなことで足踏みされては困る、まだまだこの先には膝を折ってしまいたくなるような困難が沢山待ち受けているんだ、というように。
「努力は認めましょう。が、その程度ではまだまだご主人様のお側を任せられる位置にはいません。後衛の私が担った方がまだマシなレベルですね」
「ギシィィィ……!!」
ラティアの言葉で、ゴッさんは悔しそうに歯ぎしりする。
そして言い返さず、強い眼差しでラティアを睨み返した。
ラティアもそれで良いと言わんばかりに薄く笑い、踵を返す。
「ダンジョンも敵のモンスターも。あなたの成長を待ってくれるほど甘くはありません。悔しかったら、遥か高みにまで続く階段を急いで駆け上ってくることです。強くなりなさい――」
そこまで言って、チラッとだけゴッさんを振り返る。
「――ああ勿論、私は待ちませんよ? どんどん差を広げておきます。あなたが辿り着いた頃には、もう既にご主人様はあなたを忘れて、私との退廃的な酒池肉林生活に性を――精を出しているかもしれませんね? フフッ……」
ラティアの圧倒的な強者感溢れる去り際のセリフ。
それを聞いて俺は――
……えっ、つまりゴッさんが早く強くなってくれないと、俺はラティアに廃人にされるってことでOK?
――いや、ってか“性”と“精”をかけて、何か上手いこと言ったみたいになってるけど!
当事者としては手放しで褒められないから!!
ゴッさんを奮起させるための方便だよね!?
親父が外国から帰ってくる前に、俺が親父になってるなんて展開にはならないよね!?
「……どうすべきか。ゴーさんの育成を頑張ってラティアに便乗……でも、マスターから大人の階段に誘ってくれる展開も捨てがたい……むむむ」
いやリヴィルさん、あんたも何言ってんの!?
ようやくまた普通に話してくれるレベルに戻ったのに!!
冗談だよね!?
ってかそこで迷うなよ!
しかも、別にゴッさんが頑張ったからって、廃人ルート回避できた俺が大人の階段に誘うかどうかは別問題だからね!!
「……ギシィィ!」
そ、そうだ!
ゴッさんがラティアも認めるくらい、強くなってくれればいいんだよ!
頑張れ、ゴッさん!
負けるな、ゴッさん!
ゴッさんの成長度合いが、割と俺の将来を左右するぞ!!
ラティアの超強そうなライバルムーブ。
ここから、ゴッさんの美少女を目指した本格的な闘いの幕(ד火蓋”)が切って落とされたのだった!!
新海「いやちょっと何言ってるか分かんないです……」




