233.止まれっ、空木ぃぃぃ! ブレーキィィィ!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「あの、その、えと、嘘じゃ、無いんですよね? ここ、お兄さんの家、なんですよね?」
表札の“新海”という文字と俺の顔を見比べながら何度も確認してくる。
「いや、だからそう言ってるじゃん……」
玄関から上がっても、妙にソワソワと落ち着きない空木に、事実だと強調しておく。
「そうですか……う、うぅぅ……お、お邪魔しまぁす」
お化け屋敷にでも入っているのかってくらいのキョドり方だ。
大丈夫か――
「――って! あぁぁぁぁ! “天使”の人っ!」
空木はリビングに入るなり、座っていたレイネを指差して叫び声をあげる。
……いや、本当お化け屋敷のテンションかって。
「ええっと……レイネ、知り合いだったのか?」
「え? あっ……あの握手会の」
レイネも一応顔見知りの認識はあったらしい。
……俺があの厄介なボスガエルと戦ってた時か。
「……ってか、レイネのこと“天使”って」
もしかして、空木はレイネの出自を――
そう訝ったが、そうではないらしい。
空木本人も直ぐに自分の言葉を客観視したのか、恥ずかしそうに慌てて否定する。
「あ、あぁいや違っ、その、前の握手会の時、もうスッゴイ“天使”みたいに綺麗な人だな……って! そればっかりが印象に残ってからそれで! ほぼほぼ初対面でこれは失礼だったよね、うん!」
早口でしゃべりながらも、ワタワタと手を振る姿が何だか微笑ましい。
普段テレビやラジオなんかで、空木は何だかんだとしっかり者のような印象を持っていた。
だからこうして、レイネを前に空回っている姿は意外で……。
むしろそういう一面もあるのかと好意的に映った。
「フフッ、レイネ相手だとこんな感じになるんだな……」
「うーん……ご主人様、おそらく50点かと」
え、ラティアさん、何のことっすか?
その点数は……100点満点中?
「……はぁぁ。レイネ様だけに緊張している訳ではない、ということでは?」
急遽、再び我が家に戻った椎名さんが、溜息を吐きながらも今のラティアの言葉を補足してくれた。
……と言っても、ピンと来ない。
「……リヴィルのこと?」
前に一緒に飯屋で食事をしたから、レイネみたくリヴィルに緊張してる?
「……はぁぁ」
しかし、当の本人たるリヴィルに“何言ってんたコイツ……”みたいなジト目を食らう。
……違ったらしい。
「……へー。こんな綺麗な美少女さん達と、同棲ですか。ほー。しかも椎名さんだけにとどまらず、花織ちゃん達とも既に知り合っていた、と? ケッ!」
「……空木さん? 何か相槌に棘がありませんかい?」
「べっつに~。お兄さんは相変わらず無自覚モテ野郎ですか……何かのギャルゲーの主人公ですか?」
そこに何故か意気投合したように椎名さんが全力の頷きを見せる。
「全くですね。そのうち御嬢様か花織様とラッキースケベ的なイベントでも起こすのではないかとヒヤヒヤしております」
いや、俺のことなんだと思ってんすか。
それに、いくら何でも志木とは無いでしょうよ、志木とは……。
はぁぁ、酷い、二人とも辛辣過ぎる……ぐすん。
「――まあとにかく。今日から暮らすお家のお隣がお兄さんの家だということは分かりました。宜しくお願いします」
互いに話せる事情を話し合い、簡単に挨拶を済ませた。
「それにしても、人気が出てきたのが逆に禍するってのも、何か気の毒だな……」
空木んとこの事務所への新人アイドル応募が増えて、寮の収容量が間に合わなくなり。
それで事務所を押し上げた立役者が寮を出ることに、なんてな……。
「ですね……それに関しては別事務所ながら、私も同情します」
椎名さんと共に空木を気遣う。
が、そこまで本人は気にしていない様子で……。
「え? まあウチの事務所は弱小事務所ですから。飛鳥ちゃん達の事務所とは雲泥の差ってやつです、仕方ないですよ」
聞くところによると、白瀬らの所とは福利厚生の差が段違いらしい。
うぅぅ、空木、胸囲の差では圧倒的に白瀬に勝ってるのにな……。
……うぉっ!?
な、何かまた今背中に寒気が!?
大丈夫だよね!?
べ、別に白瀬のパッドについては触れてないもんね!?
「……そうですか。では、もうその話はよしましょう。――今日からお隣の家には期間中であればいつでも、いつまでもお泊り頂いて結構です。忙しいお体ですから、是非少しでもその羽休めになれば幸いです」
椎名さんの言葉を受け、空木は背筋を伸ばして頷く。
これから始まる新しい生活に、期待感・ワクワク感で一杯みたいな表情をしていた。
……そんな顔もするのか。
「は、はい! あと、えと……多分ウチ以外の人は1泊とか2泊とか短い期間になるかもだけど、ウチは隣が定住先になると思うんで……その、お兄さん達も、改めて、これからよろしくお願いします」
「……おう」
新しいお隣さんとは、上手くやっていけそうだ……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「へぇぇ……本当に広い。え、本当に良いの? ウチ一人で結構自由にやっちゃいますよ?」
「はい。あっ、他の方がいらっしゃったら、仲良く使ってください。後、借り家ですので、乱暴は控えていただいて……それ以外は基本自由です」
「それは勿論分かってますって!」
椎名さんの説明を聞きながら、空木は住み家となる場所を楽しそうにグルっと見渡していた。
探検気分で、どこに何があるかを積極的に質問している。
「へぇぇ……部屋も沢山ありますね。和室もあれば、フローリングの洋室も」
ラティアは仕事に必要となるからか、メモを取りながら間取りを調べていた。
俺もお呼ばれしただけじゃなくて、ちゃんと部屋の場所とか覚えといた方がいいかな……。
「だな……流石。資産家だったんだろうな、持ち主は」
ここよりも広大な土地の別荘かどこかで、気楽な余生を過ごす爺さん婆さんを想像する。
朧げながらも、いかにも金持ちそうな顔だったからな……あれは。
「……大体の説明は以上です。最悪困ったことがあれば私に連絡するか、新海様達を頼ってください。よっぽどのことでなければ流石にどちらかは対応できると思いますので」
そう補足を受けると、空木は少し驚いたようにラティア達に目を向けた。
椎名さんを見て、ラティア達に視線を移し、また戻して。
「……え? じゃあお姉さんたちも、メイド服とか、着るの?」
「メイド、服?」
ラティアが何を言われたのか分からないといった風に首を傾げる。
それで言葉足らずだと理解したのか、空木は慌てて言葉を継ぐ。
「あ、えっと、椎名さんが頼るなら自分か、お兄さん達って、並べて言ったから。何かメイドさん繋がりなのかな、って」
その補足に強く反応したのは二人だった。
「…………」
ヒィッ、ヒェェ!?
し、椎名さん!?
別に空木は、間接的に“ナツキ・シイナ”をディスってるとかじゃないんです!
……って、いやいや!
“……それに気付いたってことは、貴方は内心ディスってるんでしょう?”的な射殺す視線はやめて!
俺は今回マジで何も思ってないですから!
「……まあ間違ってはないね。レイネはメイド服良く着るもんね?」
「あん!? ちょ、リヴィル、お前――」
「あっ、やっぱり! へぇぇ……“天使”さん、何でも似合いそうだもんね……」
「うぐっ!?」
空木に褒められて、否定し辛いらしい。
レイネは言葉に詰まって、ゴニョゴニョと口の中で何かを言っていた。
……君らは平和だね。
殺意を秘めた視線を一方的に向けられている被害者が、直ぐ側にいるってのに。
……アッ、ごめんなさい!
別に殺人メイドとか思ってないです!
本当です、はい!!
「レイネお姉ちゃんのメイド服姿も凄く素敵だけど、ミオお姉さんのメイド姿、とっても可愛かったと思うよ?」
「え!? 何でウチのメイド服姿を知って――あっ……お兄さんのカード、もしかして、見た?」
俺が頷く前に、空木はルオの反応を見て、自分の推測が当たっているのだと察する。
その瞬間、空木は自信を失ったかのようにシュンと縮こまった。
「あ、あはは……恥ずかしいな。あれ、全然ダメだったでしょ? “天使”さんのメイド姿なんて、想像するだけでも尊いのに、ウチのは単なる似非メイドだし……」
「いや、普通に良かったと思うけど……なあルオ?」
「うん……メイドさんっぽくって、キラキラ可愛かったけど」
だが空木は自嘲めいた表情を浮かべ、力なく首を振る。
「ダメだよ、あんなんを“メイド”なんて言ったら、本職の椎名さんに失礼過ぎる……」
ピキッ――
……いや椎名さん!?
怒りのボルテージを準備運動させないで!
空木は別に煽ってないから!
ただ自己嫌悪モードに入ってるだけだから!!
「い、いやそんなことないって! あの“萌え萌えきゅ~ん!”だったか? それ凄いメイドっぽかったぞ!」
「はは……ありがとうお兄さん、励ましてくれてるんでしょ? でも、いいんだ。恥ずかしがって、中途半端になってたの、自分で分かってるから。まだ半人前のウチに“きゃぴ☆”は出来なかった……」
ピキピキッ――
ぎゃぁぁぁぁ!
違うって、違うんすよ!!
空木も、あれは椎名さんであって椎名さんじゃないんだ!
……ああいや、“ナツキ・シイナ”だってことじゃなくて!
あれ、椎名さんやないねん、ルオやねん!
「え、えとその……あは、は」
ほらぁぁ!
本人、言い出せなくて愛想笑いしちゃってるじゃん!
普段こんなことする子じゃないのに!!
「ほらっ、ルオちゃんも答え辛いんだよね? うん、分かってる……ウチには、二十歳を超えてもメイドアイドルを名乗る勇気なんてない。臆病者だもん……」
ピキピキピキピキッ、ブチッ――
鎮まれぇぇぇ! 鎮まりたまえぇぇぇぇ!!
さぞかし名のあるメイドの主と見受けたが、何故そのように荒ぶるのか!?
……あっ、アカン。
これマジでダメ!
もう俺の手に負えない!!
「――ミオ様。恥ずかしい、メイド服で自信が無いということでしたら、少し私から提案がございます。一度付いて来てくださいますか?」
おぉぉ、ラティア!
其方が救世主であったか!?
「え、えと? うん……分かった、けど」
「フフッ……ではちょっとミオ様をお借りしますね? 少々お待ちを――」
そう言ってラティアは空木を連れ、この借り家を出て行った。
隣だし、一度家に戻ったのだろう。
それは良いけど……。
「…………」
この状態の椎名さんの側で待つのか……。
端的に言って地獄である。
ラティア、空木、早く帰ってきて……。
「――お待たせしました。ささ、ミオ様?」
戻って来た二人、特に空木は何故かこの暑い時期にコートを羽織っていた。
おそらくラティアの冬用の私物と思われる。
それを纏った空木は、今にも顔から火が出るのではないかというくらい、とても恥ずかしそうにしていた。
「うぅぅ……ほ、本当に? 本当にここで脱ぐの?」
モジモジと所在なさげに動いては、こちらと目を合わせようとしない。
……ラティア?
えっと……何したの?
「フフッ……はい。自信が無いなら、自信が持てるよう振る舞えばいいんです。これ一回で、一気に度胸がつきますよ?」
何処か淫魔の甘言を思わせるその囁きに、空木はしかし、疑う素振りを見せず、ゆっくりと頷いた。
「わ、分かった……んっ!!――」
決心したのか、空木は一息にコートを脱ぎ去った。
「…………」
「これは……」
「うわっ、わわっ、ひゃぁぁ……」
「だ、大胆だな……」
その下から現れた姿を見て各自、大なり小なり衝撃を受ける。
空木は全裸よりもいかがわしい雰囲気漂う、サキュバス風のメイド衣装を身に纏っていたのだ。
生地面積の極小なビキニの上下。
後ろには尻尾の付いたボトムの前を、かろうじて隠すように付属したミニエプロン。
この姿で海辺に現れたら、海水浴客と思われることはないと断言していい。
まず間違いなく痴女だと思われるだろう。
「うぅぅぅ……はうぅぅ……」
この痴女みたいなコスプレの上に、コートを纏ってここまで来たことに思考が行った。
この衣装もラティアの私物だろうが……。
一瞬、ほんの一瞬だけ、この組み合わせにとある勇者の影を幻視せずにはいられなかった。
サキュバス衣装というだけで、ラティア主動なのは確実なのに……いや、ラティアと勇者が結託?
ああクソッ、ラティアとアイツがちょっとでも絡んだら、それはそれで物凄い面倒臭いな!!
「――うん、とりあえずこれ以外の方法で度胸つけような?」
今度ダンジョン攻略、何とか空木に完遂させてやれないか真剣に考えてみよう、マジで……。
椎名さんは……後でフォローしておこう、うん……。
ツギミー、度胸付けのためにエロいコスプレさせられたってよ。
そして陰には織部かラティア!
大体は遡ったらこの二人のどちらかに行きつく!!




