232.え、お隣さん!?
お待たせしました。
ではどうぞ。
「――あっ、隊長さん、お帰り!」
「……お帰り」
学校からの帰り道。
丁度レイネとリヴィルと一緒になる。
買い物の帰りなのか、二人は両手に買い物袋をぶら下げていた。
「おう。まだ家までちょっと有るだろ。片方ずつ持つよ――」
そう言ってレイネの左手から一つ、袋を受け取る。
同じようにリヴィルへと手を差し出すも、リヴィルはサッと距離をとってしまう。
…………。
「えっと……リヴィル?」
「……いい、大丈夫。重くないし」
リヴィルは素っ気ない態度でそう言い放ち、一人で歩き出してしまった。
「おいリヴィル! ……はぁぁ」
レイネの呼びかけにも答えず。
仕方なしにレイネと並んで歩き出す。
「……隊長さん、あれだよ。前にリヴィル酔っちゃっただろ? あれがまだ恥ずいらしいぜ?」
それは……うん、スマン。
で、でもさ!
幾ら酔ったからって“マスター……んふふっ。――しゅき。大しゅき”って言っちゃうのまでは俺のせいじゃないと思うんだ!
別に、俺は普段とのギャップがあって可愛いと思うんだけど。
ただ流石にリヴィル本人は、普段の自分との乖離に、上手く整理がつかないらしい。
偶に、リヴィルを造る元となった英傑の遺物とやらが絡んでるのか、と勘繰ったりもしたが、うん。
あれは違うと思う。
まあこれからも度々あるだろうから、いつかは慣れるだろう。
「そか……」
レイネからも話を聴くと、ただ恥ずかしいだけだと愚痴ってるらしい。
まあそれなら避けられるのも仕方ない、か……。
以前にも同じようなことがあったし、最近では赤星の件で女子に避けられ慣れて来た。
……自分で言っててあれだが、“避けられ慣れる”ってなんだ。
いいんだ……うん。
「ま、まあ? あたしは隊長さんと並んで帰るってのも悪くないって言うか、うん、偶にはこういうのもアリかもしれないって言うか……」
確かに、目の前にリヴィルの姿がまだ見えるとはいえ。
こうしてレイネと二人で話す時間って言うのも、最近は無かったかもしれない。
特に妹さんとの再会まではちょっとピリピリしてたからな……。
「どうだ、妹さんとは? ああ、話したくなったら遠慮なく言ってくれよ? 織部と繋ぐ時間は作るから」
そう告げると、レイネは溜息をついてから、笑って首を振る。
「……はぁぁ。まあ、良いけど――はは、隊長さん気にし過ぎ。ルーネとはこれからゆっくり、今までの空白を埋めていくからさ、大丈夫!」
別に、俺に気を使って言っているという感じでもないっぽい。
通信は地味にDPを食うからな……。
最近、何かと織部達との通信を繋いでいるから、それで遠慮してるのでは、と勘繰った。
が、表情を見ている限りでは大丈夫そうだ。
「……そうか? 分かった」
「それよかさ、むしろカンナの奴の方が大丈夫なのか? マジで“闇市”に潜るつもりなんだろ?」
「……らしいな」
レイネから逆に、そんな心配をぶつけられてしまう。
それは織部自身の頭が大丈夫なのか、とか。
あるいは、そんな織部に付いて行くことになった妹さんは大丈夫なのか、とか。
もしかすると、普段あんな織部に振り回されているサラの胃は大丈夫なのか、とか。
色んな心配を含んだ質問だったのかもしれない。
……うん、俺も凄く心配。
「織部……、マジでオークションに参加するつもりらしいからな」
仮面付けたいだけなら俺が送ってやるって言ったんだが、聞き入れられなかった。
ネット通販で“仮面 SM”で検索したら、織部の欲しそうな仮面がわんさかヒットしたのに……。
その狐少女を助けたい一心に突き動かされている、と信じたい……。
「……まあカズサの奴も付いて行ってるから、過剰な心配はしてないけどさ……」
「織部の手綱を握る人は多ければ多い程いい。シルレやサラ、合流するはずの“タルラ”って子にも期待だな……」
オリヴェアは……むしろ織部とセットで何かやらかしそうで怖い。
「まあまた、ちょくちょく連絡は取るようにするよ」
「ああ、そうした方がいいぜ? ――あれ? リヴィルの奴、家の前でどうしたんだ?」
話している間にどうやら家の直ぐそこまで来ていたらしい。
その自宅前で、リヴィルが立ち止まっていた。
リヴィルは隣の空き家へと視線を向けている。
そこから出てきた誰かと話しているようだが……って!?
「――あっ、どうも。出来るだけ早くご挨拶に伺おうとは思っていたんですが丁度良かった」
リヴィルからこちらへと視線を向けた女性は、しかし起伏のない淡泊な声で応じてくる。
俺はその女性が、その隣の空き家から出てきたことの方を訝しんだのだった。
……どうかしたんすか――椎名さん。
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「……はぁ、なるほど。つまり、お隣さん家を“シーク・ラヴ”のアイドル達のために、借り上げた、と?」
「ニュアンスが強制感を持っていて少し物騒ですね……対等な交渉でしたよ? 快く賃貸借契約を結んでくださいましたし」
「そうすか……すいません」
椎名さんのイメージから勝手に、そういうあの手この手を駆使したのかと……いやだからすいませんって!
一旦我が家に招いた上で、椎名さんから説明を受けた。
要するに、忙しい彼女達が、自宅まで帰る時間が無かったりする時の仮宿の一つ、ということらしい。
お隣さんの家以外にも、各地に同じような借家を幾つか持つ予定だと。
「確か……隣に住んでた爺さん・婆さん夫婦。随分前に田舎の別荘に引っ越すって話だったからな」
「そうなんですか? お隣さんがいらっしゃらないのはそう言うことだったんですか……」
夕飯の支度を進めていたラティアが納得したという風に頷いていた。
まあ、親父達が家にいた頃、つまりラティア達が来るずっと前の話だからな……。
当時は“金持ち老夫婦め、田舎で健康的な余生でも過ごしやがれ!”と胸中で毒づいていたが、そうか、まだちゃんと生きてたか……。
「……で、今日にも掃除を済ませておこう、ということで私が先に来ていたんです」
なので今後。
逆井や赤星をはじめ、彼女達が俺の家に遊びに来た時は隣の家に寝泊まりすることも出来るようになるという。
ただそこよりも、先ず今の椎名さんの言葉自体が気になった。
「え、清掃業者に頼まなかったんですか? 隣の家、一軒家だけど結構広いでしょ?」
木造の2階建てで、老人二人暮らしにも、一人で掃除するにも広すぎる敷地だったはずだ。
椎名さんは今日初めて、俺のその疑問に小さく微笑んで答えたのだった。
「フフッ意外に楽しいものですよ?……掃除とか、家事全般、結構好きなんです。御嬢様のお世話をさせていただくずっと前から」
「……へぇぇ」
椎名さんの知らない一面というか、今までは見えなかった部分を見た気がした。
それも、とても好感の持てる素敵な個性なんだろう。
自分も色々と忙しいだろうに。
それでもその合間を縫って、あんな広い家を掃除して楽しいなんて感想が出てくるとは……。
流石はメイドアイドル“ナツキ・シイナ”。
伊達に“2X歳”で決めポーズとりながら“きゃぴ!”なんて言ってないな――
「――あ゛んっ?」
ヒィッ!?
ボ、ボク、アイドルがそんなヤンキーみたいなドスの利いた声出したらいけないと思うな、うん!!
メ、メイドアイドル良いよね!
メイド服とかキュートで萌えだし、皇さんとの主従アイドル姿、是非もっと見たいもん!
……ど、どうだ!?
「……はぁぁ。まあいいです」
ホッ……。
「で、お話があるんです。毎日365日、アイドル達が隣の家でシェアハウスして暮らすわけではありません。なので管理の問題があります」
「……ああ、つまり――」
俺は察して、ラティア達のことを見る。
それで正解だったらしく、椎名さんも頷き返してくれた。
「はい。勿論、相応のお金もお支払いします。誰もいない時に、簡単な手入れや、足りない食材を買い出し補充して下さるだけで構いません。如何でしょう?」
つまり、椎名さん達としては、ダンジョン攻略自体や戦利品の買い取り以外にも収入の道を作ってくれる、ということだろう。
多分ラティア達の身の上も考慮して提案してくれたんだと思う。
「……どうだ? ラティア達の判断で決めていいけど?」
そう告げると、ルオ、リヴィル、レイネは一斉にラティアを見る。
一任する、ということだろう。
「……分かりました。そのお話、有難く受けさせていただきます」
ラティアの返答に、椎名さんは嬉しそうに頷き返したのだった。
「――ありがとうございます。これからもまた改めて、よろしくお願いしますね?」
「ええ、こちらこそ――」
玄関まで見送りに来た時だった。
扉を開けると、丁度塀の前を歩く人の姿が目に入る。
そしてその人物は椎名さんの背中を見て、声を上げた。
「――あぁぁ! こんなところにいた! ウチ、ずっと探してたんですよ椎名さん!!」
「……空木様?」
振り返った椎名さんの顔を更に確認。
その少女――空木は安堵を強め、不満気な顔で椎名さんを指差した。
「もう! 全然新しい借家っての見つからないし! 椎名さんがいるって聞いてたのにそっちも見当たらない! ウチ、下手したら今日から家なき子ですよ! ――って、あれ? 何で、お兄さんがそこに……へ?」
いや……そりゃ俺ん家ですから……。
実際に大手ネット通販で検索したら……うん、本当に織部さんの好きそうな仮面、沢山あるんですね(白目)
感想の返しはまた午後に時間をとりますので、申し訳ありませんが、もうしばらくお待ちください!




