230.レイネ、良かったな……。
すいません、お待たせしました。
昨日は極々偶に来る“あっ、これ書いても絶対面白くならない日の奴や……”と思ったので、思い切ってお休みしました。
本当に何の前触れもなく、筆というか指が動かないんですね……。
はい、まあそれはいいですか。
ではどうぞ。
「…………」
「……レイネ、少しは落ち着いたら? もう直ぐカンナから連絡来るって、マスターも言ってるんだからさ」
「あぁ……そうだな」
リヴィルの声は聞こえているらしい。
だがレイネは生返事をするだけで、俺の狭い部屋の中をうろうろし続けていた。
まあ、気持ちは分からなくはないがな……。
「……ご主人」
「大丈夫でしょうか、ご主人様……」
ルオとラティアは二人揃って心配そうに尋ねてくる。
俺もそれに応えてやれればいいんだが、“今回は少し時間が欲しい”と、あっちから連絡するってことになってるからな……。
「予定の時間まではまだあるわけだし、待つしかないだろう……」
「……うん」
「ですか……」
そうは言いつつ、自分も気が急いているのを感じる。
それを見せないため、意識的に冷静でいるよう努めた。
辛抱強く約束の時間を待つ。
そして――
「――来たっ!」
DD――ダンジョンディスプレイが反応を示した。
織部からだ!
皆が直ぐ、俺の周りに身を寄せてくる。
特にレイネはこれでもかと言う程、顔をグイっと近づけて来た。
息遣いが聞こえる、後少しで顔が触れ合うくらいの至近距離だ。
……まあ、今日は何も言うまい。
「ん、んんっ。――織部、俺だ、聞こえるか?」
『――はい! 新海君、皆さん、お待たせしました』
画面に現れた織部は、直ぐに話を本題へと移す。
側で待機していたオリヴェアを呼び、画面前に立たせた。
『さ、ここからは私じゃなくてオリヴェアさんが――』
素早くバトンタッチを済ませ、奥に控えるサラの元へ。
シルレとカズサさんは見当たらなかった。
が、言及しないということは、特に今告げるべきことではないということだろう。
オリヴェアも俺達に簡単に挨拶をするだけで、長い前置きはなかった。
『……彼女――“ルーネ”は既に戻っております。では、レイネさん、呼びますわね……』
オリヴェアは画面の外へと視線を向け、小さく手招きをした。
「……ルーネ」
隣で、喉の鳴る音が聞こえた。
レイネは画面へ、その気迫の籠った視線をじーっと固定している。
側にいた俺達にも、その緊張が伝わってくる程だ。
『――…………“レイネ”姉さん?』
恐る恐る画面内へと姿を見せた少女。
その容姿を見て、俺達も思わず息を呑む。
流れるような金糸の髪。
不安気な表情をしているがその容姿は正に、レイネと重なるような、これ以上無いほどに整った造形をしている。
背はあちらにいる中で一番低く、未だ成長しきっていない小柄な天使を想起させた。
レイネの姿を見て、その小さな瞳が大きく見開かれる。
その仕草もまた、隣にいたレイネとソックリに映った。
これは……確かにレイネの妹だな。
「ルーネ……ルーネ!!」
レイネも理屈じゃなく感覚で、目の前の少女が妹であると確信したんだろう。
それは長年生き別れていたとしても、家族だからこそ分かる何かが合ったんだと思う。
『姉さん! 姉さぁぁぁん!!』
妹さんの表情が安堵に変わり、そこから涙が零れ落ちるのに時間はかからなかった。
「ルーネ……良かった、生きててくれて、本当に良かった……」
レイネの目からも、とめどなく涙が溢れていく。
俺達はそっとDDの前のスペースを譲る。
二人だけの再会の時間を、しばらく邪魔しないでおこうという気持ちからだった。
「……えへへ」
「ん、良かったね」
ルオとリヴィルが静かにだが、喜び合っている様子が目に入る。
「…………」
それを見ているラティアと目が合った。
ラティアはこの光景が、今あるこの幸福全てが、嬉しくて堪らないといったように笑う。
ただ単に、レイネに戻って来た幸せを喜ぶだけではなく。
元は交わることのなかった他人同士。
その自分を含めた皆で、それを喜び合えること自体が嬉しいのだと言うように。
俺はそれに言葉では返さず。
力強く頷くことで、それを示した。
この狭い俺の部屋にある全てが事実だと。
ちゃんと自分達で選んで掴んできたものなんだと。
そう肯定してやるように……。
「良かった……」
『うん、うん……姉さんも……』
ある程度時間が経つと、二人は互いの無事を嬉しそうに確かめ合っていた。
良かったな、レイネ……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「その……皆、ありがとな!」
レイネや妹さんも、しばらくして大分落ち着いていた。
先程までの自分の様子を恥ずかしそうに思い出しながらも、レイネは俺達へとしっかり礼を言ってくる。
「……もういいのか?」
「ああ。やっと再会できた。今はそれでいい。それに、これで終わりじゃないからさ、積もる話はまた今度にしとくよ」
「そか……」
レイネはしばらくDDを独占していたことを気にしてか、一度部屋を後にする。
そんなこと気にしなくてもいいのに……。
「ボクっ、レイネお姉ちゃんに付いてくね!」
「おう、頼んだぞルオ」
レイネのことはルオに任せ、俺達は話を進めようかな。
『――あの、姉を買って下さった“ご主人さん”ですよね? ありがとうございました!』
「え? ああ、いや……」
いきなり画面向こうにいる妹さんに、勢いよく頭を下げられる。
面食らい、そしてこんなことをされると逆に罪悪感が湧いてきた。
「その……うん、レイネとまた再会出来てよかった。ただ……画面を通してのやり取りだけってのが心苦しいけど」
『いえ、再び生きて会えただけでも奇跡みたいなものですから……』
俺がレイネを買ったことで、レイネは俺・織部を介して妹さんと再会できた。
が、その反面。
だからこそ姉妹は地球と異世界。
二つの世界で離れ離れになったままだ、ともとれるわけで……。
そんな申し訳なさを抱いていると、妹さんの横に織部がやって来た。
織部は得意気な顔をして、妹さんの肩に手を置く。
『――安心してください! 私が“勇者”としてこの世界を救った暁には! ルーネさんも一緒に地球へとお連れすると約束しましょう!』
え?
お前、妹さんの前で“勇者”ってバカッ――
『本当ですか!? ありがとうございます! カンナちゃん、本当に優しいんですね! オリヴェア様のおっしゃった通りだ!』
……へ?
妹さんもレイネやルオと同じく、“勇者”アレルギーを持っていると懸念していたが。
俺の思った様な反応はなく、むしろ織部のことを尊敬する友でも見るような眼差しで見つめていたのだった。
あっれぇぇ?
首を傾げながら二人のやり取りを見ていると……。
『フフッ、旦那様……私が、何もせずに座してルーネと引き合わせた、とでも?』
その一言を受け、織部もまたドヤ顔をして俺を見て来た。
何だコイツ等……。
『先日のルオさんの件を踏まえ、何と! 私、事前にルーネへとカンナさんの事情を説明していたのですわ!』
『そして! 新海君の部屋からレイネさんとルオさんが退出していくのもしっかりと確認済みです!』
何だろうな……。
……多分、二人はかなりのファインプレーをしてくれたんだろう。
ルオとレイネは“反勇者”の思考が未だ根強い。
そんな中、同じように勇者を良く思ってないだろうと考えていた妹さんが、理解を示してくれた。
でも、でもなぁぁ……。
素直に感謝できない自分がいる……これは俺が偏屈なのだろうか。
「あっ、そう……」
『なっ!? 新海君、淡泊です! 私達、ルーネさんに他の“勇者”とは別だということを理解してもらうために、どれだけ懇切丁寧に説明したか! 何かご褒美があってもいいくらいです!』
『そ、そうですわ! もう必死で言葉を尽くして……で、ですので少し疲労気味で……努力が報われれば、この渇きも少しは楽になるかな、と!!』
二人の必死な物言いに、溜息が出る思いだった。
コイツ等……もうちょっと下心隠せよ。
俺は妹さんの方を向き、笑顔で尋ねる。
「えっと、妹さん。何か欲しい物とか、して欲しいことってあったりする? 折角だ、こっちで用意できるものだったら送るけど?」
『な――』
『――んですって!?』
お前ら二人息ピッタリかよ……。
「いや~何せ今日はめでたい日だからな、うん。妹さんが無事戻ってきて、姉妹が再会できた。その祝いだよ――二人もそのために頑張ったんだよな?」
俺はこの心理戦における圧倒的優位を確信した、勝ち誇った表情でそんな建前を告げる。
要は“お前ら、自分を出し過ぎ。もうちょい控えろ”である。
そんな俺の発言に対して二人は――
『ぐぬぬっ……新海君の言う通り、ですね!』
『そ、そうです、わね……!』
口ではそう同意しつつも。
まるで俺のことを親の仇か何かだとでも思っているのかってくらい、強く歯ぎしりをしながら睨んでくる。
そのまま悔し泣きし出さないかと心配になる程だ。
……本当この二人が一度に揃うと、扱いがしんどい。
「……で、どうだろうか? 何か思いついた?」
未だ睨みつけてくる二人は置いておき。
難しそうに考え込んでいた妹さんに改めて聞き直す。
勝利を疑わない俺に、妹さんが告げたのは衝撃の内容だった。
『あ、あの……じゃあ、えと……――オリヴェア様が、ご主人さんの血を飲まれるところを、見てみたい、です』
なん……だと!?
『さっきお聞きしました。オリヴェア様、ご主人さんの助力で異性の血を克服、出来たんですよね? 是非、私もその場面を見たいんです!』
純粋にオリヴェアの身に起きた吉報を祝福し、それを自分のこととして喜びたい、と。
ただのええ子やないかい……。
織部とオリヴェアの顔が喜びへと転じる。
特にオリヴェアなんかは目に涙を浮かべそうな勢いだ。
『ルーネ……私、なんと主人想いの副官を持つことが出来たのでしょう!』
『……フッフッフ、新海君、ルーネさんはこう言ってますが?』
腹立つ……!
何で織部がドヤ顔してくるんだよ。
クソッ、仕方ない、か……。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
俺は諦めの念を抱きならが立ち上がり、部屋を後にしようとする。
が、そこで待ったがかかった。
「――ご主人様? またご自身の血を御出汁に……間違えました。お出しになるんですね?」
今の間違えは悪意があるだろ……。
ニュアンスとイントネーション的に最初“出汁”って言ったよね?
恰も俺の血が、オリヴェアの舌にとってコク深い旨味成分たっぷりの液体みたいにさ……。
だがこれはラティアなりの気遣いというか、俺の体を心配してくれているんだろう。
だからワザとの言い違いだとしても、それを指摘することはない。
「…………」
リヴィルも口には出さないが、心配そうな目をして俺を見て来た。
……まあ、流石に自分から血を出すってわけだからな、心配しない方が無理あるか。
「安心してくれ。出し過ぎないよう傷も直ぐに治すし、ちゃんと晩飯も全部食べるから」
その最後の一言を告げた瞬間、リヴィルの表情が歪んだ。
それは何と言うか……。
“マスター言っちゃったよ。あちゃ~”みたいな感じの変化で……。
それで何か嫌な予感がした俺が視線を転じると――
「――ウフフッ……そうですか。それなら安心しました」
笑顔の圧が凄いラティアが、そこにはいた。
「え、えっと……ラティア?」
「ご主人様の御身体がとても心配だったんです。でも御飯を全て食べるとおっしゃいましたので、今から腕が鳴ります……」
ラティアは俺から目を離さないまま、開いた手の指を一つずつ折って料理名を挙げていく行く。
「鰻の蒲焼、牡蠣フライ、ガーリックライス、ああ、血を造るのなら鳥肝の煮物も作った方がいいですかね?」
「なっ、な……!?」
ラティアが挙げた料理・食材は確かに貧血予防にも効くだろう。
が、それと同時に……。
「リヴィル、ルオでも連れてお遣いをお願いします。暑くなってきましたし西瓜でも食べましょう。ああ後、すっぽんドリンクなんかもあればついでに買ってきてください」
「う、うん……分かった」
去り際、申し訳なさそうなリヴィルのアイコンタクトを受け、全てを察する。
――あっ、これ今夜ヤバい奴や……と。
「ウフフ……滋養強壮・精力増強に良い食材ばかりですからね。もしかしたら“多少”ムラムラ悶々とするかもしれませんが……――ご主人様の御身体のためですから、大丈夫ですよね?」
その確信に満ちた瞳を見て、最早疑う余地はなくなった。
最後の悪足掻きと思い、DDの画面へと縋るような目を向ける。
しかし――
『……ワクワク、ドキドキ!』
――妹さん純真無垢な期待した眼差しで、俺の血をずっと待っててくれてるぅぅぅ!!
今日は血を持ち越し、はダメか……。
……むしろ諦めがついたね、うん。
この後待ち受ける未来に、ある意味自分の体を心配しつつ。
淡々と血を出す作業へと向かったのだった。
この後、ケモミミ狐少女の真面目な話なのに、オリヴェアさんの嬌声が響き渡ることに……。
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折角送っていただいたのに申し訳ありません、もうしばらくお待ちを!




