229.赤星ぃぃぃ!? 戻ってきてくれぇぇぇ!!
お待たせしました。
ではどうぞ。
「えっと……ね? 前に仕事で立石君と一緒になったんだけど、その時に織部さんの話になったんだ」
赤星は何かの言い訳をするように、織部について尋ねた経緯を語った。
織部に関することが俺や逆井の中でタブー視されているみたいに思っているのかもしれない
だから、“何でも聞いて良い”と言われたこの機会に聞いておこうかと考えたのだろうか……。
「あぁ~立ゴン? 立ゴン、本当に柑奈のこと好きだよね……」
逆井が納得したようにそう口にすると、赤星もそれで安堵したように頻りに頷いて同意した。
話題に出したことで空気が悪くなることもなくてよかった、そう思った感情が動作に出てしまったというように。
……優しい奴だな、本当。
「立石君が梨愛の名前も出してね?――“逆井が親友として柑奈の帰りを待ってるんなら。俺は幼馴染として、そして互いに想い合っていた相手として待ちたい”……って言ってて」
「え゛っ」
逆井の思わず出たと言った声を聞いた瞬間、俺はサッと手で庇を作るようにして表情を隠した。
今の赤星の立石モノマネが意外に似ていたのも動揺を誘うが、勿論そこに理由があるんじゃなくて。
――あっれぇぇ!? 織部、立石と想い合ってたの!?
アイツ、確か“幼馴染”って言われることすら渋ってなかった!?
最近の若者が使うのと、俺の知っている“想い合う”は、意味が違うのかな……。
「えっと……それは確かに立石が言ってたのか?」
「? うん……え、私別に嘘ついてないからね!? 織部さんのことを聞きたかったからって、こんな嘘言わないよ!!」
「ああいや、そこは疑ってないから、うん」
だよな……。
じゃあやっぱり立石がそう言ったってこと、か。
…………。
――うん、俺知~らない!
普段、織部に散々振り回されているのだから、こういう時ぐらい俺は介入しなくても良いと思うんだ!!
「……そうか。で、立石から聞いて、気になって、今回尋ねてみたってことだな?」
殊更真剣な空気をあえて作り、赤星に改めて尋ね直す。
赤星はその雰囲気に気圧されたように一度生唾を飲み込み、ゆっくり頷いた。
……いや、ゴメン!
あまりに立石と織部の関係性が意味不明だったから、つい!
悪いのはアイツらだから、俺のせいじゃないから!
「うん……それで、梨愛は親友だったって話だし。それにちょっと調べたら、さ。新海君は、去年、織部さんが失踪する前まで、クラスメイト、だったんだよね?」
まあ赤星ならそういう伝手もあるだろう。
逆井か、そうでなくてもウチの3年生の誰かに聞いて行けば誰か一人くらい教えてくれる奴がいたはずだ。
……まだ何も知らなかったあの頃。
懐かしいな……。
去年の夏。
未だラティアとすら出会う前のあの日を思い出す。
「……そう、だな。俺は織部とはクラスメイトだった」
そこから、今までの。
様々な記憶が脳内に物凄い速さで駆け巡っていく。
あの時。
あの場所で。
織部と出会わなければ……。
今こうして、大人気アイドルである逆井や赤星と話すこともなかっただろう。
そして……。
ゆっくりと過去を顧みて先ず真っ先に感じたのは、懐かしさや満たされた気持ちなどではなく。
――織部の、あんな残念な痴態や性質を知ることもなかっただろうな~。
沸いてきたのはちょっとした気疲れや。
ホロリと涙が零れそうになる、自分の今までの頑張りへの惜しみない称賛だった。
俺、今まで、あの織部相手によく頑張って来たよな、うん……。
「織部のこと、だよな?……織部は、俺にとっては色んな意味で次元が違う相手だったよ――」
異世界に行く前。
織部が学校にいた時のことだが、俺の視点から見たアイツのことを赤星に語って聞かせた。
その際、俺が妙に達観していたり悟ったような表情をしていたら……うん、今までの疲れがちょっと出たのかも。
出来れば見て見ぬフリをして欲しい……。
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「……そっか。凄い人気者だったんだね、織部さんって」
「そそ! 柑奈、凄かったんだよ! 委員長もしててさ、頭も良いし、綺麗でお淑やかで、皆から好かれてて――」
逆井の口から、俺の知らない織部が語られる。
……いや、“そんな泉の精から正直者の褒美としてもらった綺麗な織部なんて知らない!”みたいなことではなく。
当時もボッチだった俺は、クラスメイトであったこと以外に織部との接点などほぼ無かった。
だから、俺が当時のアイツについて語れることなど逆井に比べれば無いに等しいくらいなのだ。
「……フフッ」
今赤星が、楽し気に逆井の話に耳を傾けている様に。
俺も、自分が知らなかった当時の織部の話を聴けて、とても新鮮な気分だった。
……まあそれと同時に、どうしてああなった……と思わなくもないが。
「何だか……話を聴いてると、凄く私も会いたくなってきたな、織部さんに」
赤星のその思わず漏れたといった感じの呟きに、一瞬ドキッとする。
薄々、異世界にいる織部の存在に勘付いているのか、と。
……が、それは俺の早とちりだったらしい。
「私も、何か分かったら真っ先に梨愛に知らせるよ」
赤星は純粋に織部のことに興味を持ってくれて、そしてその上で好感を抱いてくれただけだったのだろう。
それで、親友である逆井を気遣ったのだった。
「え? あ、あぁ、うん、柑奈の消息のことね? ありがとハヤちゃん、あは、あはは……」
逆井もそれで反応が遅れ、微妙な間が出来た後、曖昧な笑みを浮かべて答えていた。
……大丈夫か?
ただそんな心配を抱いたということも。
赤星の衝撃発言で、直ぐに頭から吹っ飛んでしまった。
「あぁぁ……悔しいな。私も、ちょっとでもいいから、織部さんみたいになれればいいのに」
「え゛っ」
さっき、立石の話が出た時の逆井みたいな、凄い裏声が出てしまう。
それだけ赤星の言葉が驚きだったからだ。
「あ、赤星……大丈夫か? 血迷ったか?」
「“血迷った”!? いや、あのえっと……ただ純粋に、織部さんってさ、とても素敵な人みたいだから。梨愛も新海君も、そういう趣旨で言ってたよね?」
いや、そりゃ異世界へ出立前の織部だからだよ!
そうとしか言いようがないんだって!
「お、織部みたいになる必要はないんじゃない、かな? うん。赤星は赤星らしくいればいいんだって!」
「……新海君にそう言ってもらえて、嬉しいな……。でも、自分らしくあるためにも、変わらないためにも。他の尊敬できる人の素敵な部分、参考になる部分。これは取り入れていった方が良いかなって」
取り入れなくて良いんだよぉぉーー!!
クソッ、今すぐに織部の本性を全部余さず伝えたい!!
何でよりによって、貴重な良心枠たる赤星が織部を、畜生っ!
「……?」
クソッ、そしてこの場面では逆井は役に立たねぇ!
同じ穴の狢め!
何をキョトンとしてんだよ、お前の加勢が望めねぇから、俺が一人必死こいてんじゃねえか!!
ああ、もう!
ただでさえ赤星は無自覚だが“ブレイブハヤテ”で“ブレイブカンナ”とワンペア揃ってんだ!
これ以上自分から共鳴していくな、ペアを増やすなよ!
「あ、赤星! 憧れは理解から最も遠い感情だぞ!? むしろ赤星らしくいることが、織部との差別化を生み、ひいては織部への理解に繋がるんじゃないかな!?」
「い、いや新海君どうしたの!?……ちょっと何を言っているのか……」
クソッ!
有名なセリフやビジネス用語っぽい言葉も迷わず引用・多用したってのに!
どうやって赤星を説得しようかと、必死に頭を働かせる。
しかし、そんな様子をどう勘違いしたのか、赤星は目を細めて可笑しそうに笑った。
「……ハハッ、それだけ新海君が必死になるって、凄いね。それだけ、実は織部さんって、新海君の中では大きな存在だったの、かな?」
「……え?」
「うん、増々悔しい、かな。……私ももっと頑張らないと!」
赤星は一人、胸の前で小さく拳を握って自分を励ましていた。
ちょっ、何か勝手に変な方向に自己完結してるぅぅぅ!?
だから違うんだって、止めろ、誰か止めてくれ!!
俺はイメージの中で、赤星が一人、プクプク沸き立つ毒沼へと近づいていく姿を幻視する。
後ろから声が張り裂けんばかりに、必死になって呼び止めているのに、イメージ内の赤星にはそれが全く届かない。
赤星はその毒沼に気付かず、足を踏み入れてしまう。
その毒は、幸いなことに、赤星自身を溶かすようなことはなかった。
が、しかし。
『あっ、嘘っ、服が溶けて行ってる!? っていうか服“だけが”溶けてる!?』
脳内赤星はその毒沼に気付くも、時既に遅し。
抜け出した時には衣服の大半を溶かされ、あられもない姿に。
しかしそれで終わらず……。
『あっ……新海君。恥ずかしい所、見られちゃったね……でも、何だろう、この恥ずかしいけど、それがキュンと来る感覚、悪くない、かも……あはは』
――ぎゃぁぁぁぁ!!
赤星ぃぃぃ、戻ってきてくれぇぇぇ!!
決してあり得なくはない未来に頭を抱える。
そんな俺を嘲笑うかのように、脳内にもう一人の登場人物が出現した。
『フッフッフ……新海君、これが“ブレイブの絆”というものです! たとえ新海君であろうと、この“絆”は誰にも断ち切れないんですよ!』
俺にとっては絆でもなんでもなく“呪い”だよクソッ!!
脳内に勝手に現れてドヤ顔すんな!!
勿論、実際の織部がそんなことを言った訳ではない。
だが次会う時には、織部に2割増し厳し目で対応しよう。
そう心に誓ったのだった。
織部さんは知らず知らずのうちに、地球の方にも侵食の手を伸ばしていたのだった!!
赤星さんは既にその毒牙にかかっている……。
何かむしろ織部さんの方が悪の組織の総帥っぽく見える……ポンコツだけど。
そして、次話にその織部さんが出てくることに。
……主人公の苦労は絶えないてことですね(目逸らし)




