227.師弟関係……。
ふぅぅ。
今日はいつもより早く寝られそう……。
ではどうぞ!
「……っ、ん、脇が、甘い――」
「――ギシッ!?」
梓の綺麗に伸びた脚が、見事にゴッさんの横っ腹を捉えた。
防御は間に合わず、比較的広いダンジョンの岩壁まで吹き飛ばされる。
……これで何度目のノックアウトだろうか。
「クニュゥゥ、クニュウゥゥ……」
幼竜のワっさんが心配そうにゴッさんの元へと駆け寄る。
小さな舌を精一杯伸ばして、労わるようにゴッさんの顔を舐めていた。
……はぁぁ。
「ゴッさん、大丈夫か? ほれっ……」
回復魔法の練習がてら、ゴッさんの治療を率先して行う。
体を包む光が収束して5秒程かかり、ようやく気絶から復活する。
「ギィィ……ギシッ」
立ち上がったゴッさんはまた、稽古を付けてくれている梓へと向き直った。
……いや、流石にちょっと休もうぜ。
「悪いがゴッさん、そろそろ今日はお仕舞いだ。俺も梓に用があって、今日呼んだわけだしな」
「ギッ……ギギィ――」
そう告げると、気が抜けたというようにドサッと後ろに倒れ込む。
ほらっ……。
やっぱり、肉体の疲労が全然抜けてないんじゃないか。
「――悪いな梓、今日はダンジョン攻略も戦闘もないだろうって言ってたのに」
未だ余裕を見せているものの、梓に礼を兼ねて喉を潤す飲み物を差し入れる。
梓はいつも履いている“重剣豪の黒長靴”に手をかけていた。
腿まで覆うロングブーツをスポッと取り外すと、脇に置く。
「いや、気にしなくていい。私も、一度は弟子を持ってみたかった」
そう言いながら、グリーンティーが入った水筒のコップを受け取る。
壁に背中を預け、体を休めているゴッさんを見ながら、それを口に含んだ。
「……ゴクッ……ん。彼女、筋は良い。元が個体として弱いゴブリンだから苦労しているようだけど、強くなる」
「そうか……」
梓が何故かゴッさん育成の師弟関係に前向きだから、特にこちらから何かを言うことは無い。
俺も無言ながらも、同じくゴッさんへと視線を向ける。
ゴッさんは以前のラティア達との模擬戦の結果が、余程悔しかったらしい。
何か強くなる機会・きっかけを欲しがったのだ。
だから今日梓がここに来るまで、それで戦闘を見てやっていたのだが。
それが何故か、梓との師弟関係に発展してしまっている……。
「……ふぅ。じゃあもう一戦だけして来る――ハルト、ブーツ、見てて」
「え? お、おい――」
梓はコップを置き立ち上がると、立てかけていたブーツを手に取り。
そして何故か俺に渡してきた。
いや、そのまま置いておけばいいじゃん!?
梓はそんな俺の抗議を全く気にせず。
なので、ついさっきまで梓の細くて長い脚の殆どを覆っていた、そのブーツが今、俺の手にあった。
「今度は装備無しのハンデも入れる。キツい時に後一歩を頑張るのが大事。さぁ、来て」
「ギシィィ――」
二人は既に1対1の模擬戦に突入してしまっていた。
どうしたものかと手に持ったブーツを見やる。
もう半袖を着るくらいの暑い時期になって来た。
そんな季節外れにも関わらず、梓が履いていたブーツだ。
汗もかくだろう、すると自然、蒸れて匂いも籠もるだろう……。
“新海君、鼻……近づけてみませんか? 大事なのは周りの目を気にすることではありません。自分がどう行動するか、です”
俺の脳内に、それっぽいことを言って変態道へと引きずり込もうとする勇者が出現する。
――いや、お前はもうちょっと周りの目を気にしろ……。
そうツッコミを入れて織部のイメージを掻き消す。
すると――
“はぁ、はぁ……だ、旦那様、一緒に、新たな世界へと一歩、踏み出してみませんか? はぁ、はぁ……ぁぁん!!”
今度は……鼻息荒く興奮した吸血姫かよ。
ってかお前は“匂い”じゃなくて“血”だよね!?
何、俺が同じ修羅道に落ちれば自分への血の分け前が増えるとでも!?
……いや、俺は何で想像内のオリヴェアに全力でツッコんでるんだ。
バカらしい。
「フンッ、遅い、もっと、速く、鋭く!」
「ギシィィッ!?――」
俺がアホな想像と格闘している間に。
現実での戦闘は苛烈を極めていた。
素足でゴッさんを何度も蹴り飛ばす梓。
ブーツ抜きで、更に意識して威力も調整しているのか、ゴッさんは痛そうに呻くも一発KOされることは無かった。
「ギッ、ギシィ……ギシッ!」
「ゴッさん……お前――」
何度キックで吹き飛ばされようと、その度にゴッさんは立ち上がった。
これが今日の最後の手合わせ。
梓は多忙の身だ。
終わってしまえば、次にいつ、こうした絶好の修行機会が訪れるか分からない。
ゴッさんはそれを本能的に察して、意地でも倒れないと踏ん張っているのだ。
その姿を見て……不覚にも、キュンと来てしまった。
何の取り柄も無い、普通の少女が、輝きたい、強くなりたいと奮闘する――そんなアニメの感動回みたいな高鳴りが、今の俺にはあった。
そして、そのときめきが生む錯覚からか……。
ゴッさんが、傷や泥だらけになりながらも、未来を掴み取ろうと頑張る、八重歯がキュートな美少女に見えてしまう。
……頑張れ、ゴッさん!
「――ギシッ!」
……が、現実は非情で。
「フンッ――」
「ギシッ!?」
斜め下から放たれた蹴り上げが、見事にゴッさんの腹を打ち抜く。
その一撃で、あえなくゴッさんはノックアウトされてしまったのだった。
「……まだまだ修行が足りない。速度や動きのキレはいい。次回までに耐久力をもう少し改善しておくこと」
梓は師匠らしく、ゴッさんに足りない課題を的確に見抜き、模擬戦の終わりを告げたのだった。
ゴッさん……ぐすん。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「――ってなわけだ、どうだ、カズサさんからは、梓の方が詳しいって聞いたが?」
DD――ダンジョンディスプレイにて、あの京都にあるダンジョンに転移し。
あの狐の鏡に関する意見を、梓に求めた。
大体のことは前回のオリヴェアとの話で分かったが、“鏡”自体の性質については、まだはっきりとしない部分もあったからだ。
ここで500DP払って出てきた鏡。
それが映した少女の存在が多分、“タルラ”という五剣姫の少女が探している人物で。
それが分かったから、何となく鏡は俺達に利する道具なんだろうな、ってくらいには思えているのだ。
逆に言うと、それ以外ハッキリしたことは殆どないと言えた。
「……話を聴く限り、“狐のお礼鏡”はこの狐達が思う、ハルト達に推薦する人物を映している」
梓は隅でこちらの様子を窺っている、あの狐達を見ながらそう口にした。
「ってことは……言い方は悪いが、その“ロトワ”って狐の少女が俺たちにとって利益になるってことか? 狐たちがそう思っている?」
「実際に狐たちに、私達のような確たる思考・意思があるかどうかは分からない。ただ、状況からするとそう推測するしかない」
梓は今自分の周りに浮いている精霊をぼんやりと眺めながら、思ったことを言葉にする。
「……“精霊のお礼鏡”は、精霊が見えない人だとしても、使用者に好意を抱く精霊を見える様にする。例え僅かでも、精霊を使役する可能性が生まれる――そんな恩恵がある」
「なるほど……」
俺が理解できているかどうかは気にせず、ダンジョン奥の台座に目を向けながら梓は続けた。
「それはつまり、精霊達からの紹介状みたいなものとも言える。それをこの狐たちの例に当てはめると……狐たちがその推す狐人を映し出す鏡、と考えた方がいい」
梓の言うことには、ある程度の説得力があった。
今度、2度目に500DP払ってみる時には、同席してもらった方がいいかも……。
ただ、今日その2度目を実行することにはならず。
俺達は幾つか関係ないことも含めて話をし、そのまま帰ることにした。
「――あっ、そうだハルト、これ、渡しておく」
丁度そんな時だった。
梓が本当に今までその存在を忘れていたというように、懐から何かを取り出した。
カード状のもので、いやに見覚えがある感じの……。
本能がそれを受け取るのを拒絶する。
「はい――」
が、無理やり梓に握らされてしまう。
仕方なくそれが何なのかを確認した。
『梓川要公式ファンクラブ会員番号:0 新海陽翔』
嫌な予感が当たってしまった……。
しかも“シーク・ラヴ”との住み分けのためか、キチッと“Rays”らしい幻想的な青い色がバックカラーとなっていた。
「……お前、これ……」
「むふー、渾身の出来。ハルトは運がいい」
呆れた感じで聞いたのだが、梓は自慢気に鼻息を吐いて、ズレた反応を返してきた。
頭が痛くなりながら、改めてカードを見る。
カードに映る梓はパーカーを上から羽織っているものの、水着姿をしていた。
ホースから出た水が暴れて自分にかかったのか、梓は水に濡れて妙に色っぽい。
本来なら女子受けを狙ってのことだろう、首筋から覗く鎖骨。
しかし、梓が女性だと分かっている俺にとっては、このパーカーの下がどうなっているのかが気になってしょうがない。
他の10番とか、20番とか。
そういう会員の人のカードも同じような絵だったら、梓の性別がバレてしまわないか。
そんな色んな意味でドキドキしてしまった。
「はぁぁ……」
俺は溜め息を吐きながらも、それを他の“シーク・ラヴ”の会員カード同様、仕方なく財布へと仕舞い込んだのだった。
ゴッさん育成プログラム、始動!!
ゴッさんは確かな師を得て、更なる高みへと向かっていく……。
強くなることこそ、人――ライバルたるラティアへと近づく最善の道!
……まあ長い目で、そして温かい目で見てあげて下さい。




