225.楽しんでる?
お待たせしました。
ちょっと昨夜、謎の頭痛が酷かったので、無理せず早めに寝て、朝早く起きて仕上げることにしました。
ではどうぞ!
「あっ、ダメ! は、陽翔様が! 陽翔様が死んじゃいます!」
「御嬢様、申し訳ありません、ここは非情に徹させていただきます!」
「ああ、椎名の意地悪っ! 陽翔様が、陽翔様がぁぁぁ!」
皇さんの悲痛な叫びが我が家に響き渡る。
それにもかかわらず、椎名さんは一切の容赦をしない。
まるで親の仇でも打ち滅ぼさん限りに攻撃を加える。
……そう、“陽翔”に。
「ちょっ! 何々、どしたし! 律氷ちゃんの悲鳴お風呂場まで聞こえてきたよ!? ……って、ゲーム?」
パジャマ姿の逆井が見たのは、テレビ画面で“You Win!!”との文字がデカデカと映ったゲーム画面。
そして敗北しているキャラクター名は“陽翔”。
「あぁぁ……陽翔様、死んじゃいました。椎名、容赦が無さ過ぎます!」
「御嬢様、これはゲームです、いくらゲーム内の“陽翔”をボコっても、現実の新海様はビクともしませんよ?」
「…………」
何とも言えない苦い顔をしながら、逆井へと視線を向けた。
まあ、要はこういうことだと。
「あ、あはは……」
逆井もどう返していいから分からず、苦笑しただけになった。
楽しい夕食を終え、あの玄関での空気が嘘の様に霧散し、騒がしい一時を送っていた。
ラティアやルオが率先して、一生懸命にもてなしの料理を作ってくれたおかげだ。
「むぅぅ! 次は私がやります! 椎名、勝負です! 陽翔様の仇討ちです!」
「申し訳ありませんが、御嬢様と言えど手加減・接待プレイは出来かねますよ? 勝負は非情ですから」
ルオやレイネが良くやるらしい、自作のキャラを戦わせることが出来るゲーム。
それで盛り上がる二人。
その様子を、ルオやリヴィルも後ろから微笑ましそうに観戦していた。
「うーん……律氷ちゃんに社会の厳しさを教えてるってよりは、普通に“新海の名前をしたキャラ”をボコりたいだけに見えるけど……」
バカ、止めろ逆井!
俺だって気づいてるけどそこは見ないフリしてんだから。
椎名さんにだって、偶にはサンドバッグをただ無心に殴りたい日もあるだろうさ。
……それが俺の名前なのは、うん、ちょっと泣けてくるけどね。
そしてゲーム超初心者の皇さんが“陽翔”という名前のキャラを使えばどうなるか――
「あ、あぁぁ、ダメ! あっ、いや、陽翔様が、椎名に、押し倒されて、馬乗りにされてるっ!」
「え!? あの、いや、御嬢様? 私はただゲームのキャラを使って、その、必殺技で攻撃を……」
「やぁ! もうやめて! そんな必殺技まで使って、陽翔様の真上で激しく動いて! これ以上やったら陽翔様がまた死んじゃう!」
「…………」
「…………」
「…………」
流石の椎名さんも、そして見守っていた俺と逆井も。
何も言葉を発せずに沈黙した。
皇さんは勿論、意図せずに口から出るに任せているんだろうが、これは、ちょっと……。
椎名さんが手を止めた隙に、皇さんが復活。
「あっ、陽翔様が起き上がった! やぁ、えぃ! 意地悪な椎名をやっつけて!」
「う、うわ~、流石、御嬢様と新海様、とても私じゃ敵わないな~」
あっ、椎名さん、接待モードに切り替えた。
……やっぱり主従の関係だけあって、皇さんとはどういう状況でも相性悪いんだな、この人。
「はぁぁ……お風呂あがったばっかなのに、何か変な汗かいちゃったし」
一番に入ったルオや皇さん達を尻目に、逆井は手で自分の顔をパタパタと扇いでいた。
今のあのやり取りも勿論影響しているだろうが、風呂に入って直ぐだと熱が冷めないのもあるんだろう。
「ふぅぅ……お風呂頂きました」
そこに、逆井から遅れて来たラティアが顔を出す。
丁寧に時間を掛けて髪を乾かして来たのか、逆井程は顔も火照っていない。
「おう――おーいリヴィル、レイネを呼んで入っちゃってくれ」
俺が声をかけると、リヴィルが頷きながら立ち上がって2階へと向かった。
お泊り会ということで、今日は寝る部屋の割当てが少し変動している。
そのために慌てて部屋の片付けをしているレイネに、声をかけに行ったんだろう。
「ラティアちゃん……風呂上りもまた一段と色っぽいね」
「そうでしょうか? リア様もパジャマ姿、とてもお似合いですよ?」
……まあ俺にはどっちもそれなりに刺激が強いから、さっさと布団に入って寝て欲しいがな。
そんな俺の心の中を無視するかのように、逆井が俺へと意見を求めて来た。
「ね、ね。新海も思うっしょ? というかラティアちゃんの裸体マジエロだったよ!? 同性のアタシでもクラっと来たもん!」
“裸体”とか、そういう露骨な言葉使うなし。
「も、もう……リア様、恥ずかしいです」
珍しい……。
ラティアの純粋な照れている様子など、そうそう無いからな。
逆井はやはりそこんところ、裏表なく言っていると分かるから、ラティアも余計恥ずかしいんだろう。
……いや、まあそんな夜にやりそうな女子バナに俺を巻き込まないで欲しいが。
「あっ、やった! ルオさん、そこです! ――うわぁ、凄い、凄いです!」
「えへへ! やったね! ご主人が必殺技を決めて、椎名お姉さんに寝技を決めてKOだよ!」
「…………」
コチラに突き刺さるようなとても鋭い視線を感じ、サッと下を向く。
……残念ながら、夜の女子バナを聞き流している方がまだ安全なようだ。
□◆□◆ □◆□◆ □◆□◆
「…………」
『…………』
「えっと、椎名、花織御姉様? どうして二人とも、固まっているのでしょう……」
困惑した表情を向けられ、俺はどう答えたものかと悩む。
俺以外にもこの状況の原因を知っている逆井は苦笑いだ。
皇さんが家にお泊りするということが知れて志木から連絡が来て以降。
椎名さんは格好の獲物を見つけたというように、より一層あの絶望からは脱しつつあった。
「ま、まあちょっと色々あったんじゃないかな? 皇さんも目覚まし時計、送ってくれたでしょ? 多分それかな~」
『っ!?』
「フフッ……」
露骨に“目覚まし時計”という単語に反応する二人。
志木はやはり以前の一件があるからか、うっすらと頬を赤く染める。
対する椎名さんは、まるで道連れが一人出来たことを喜ぶかのような薄暗い笑みを浮かべていた。
……そんなことでマウント取ったところで、“貴方の心にも、奉仕ビーム、撃っちゃうぞ、ビビビビー!”の事実は消えないっすよ?
志木だって、偶には“かおりん、かおりん、かおりんりん!”って壊れたい時だってあるでしょうに……。
『…………』
「…………」
ヒィッ!?
ギロリって言った!?
今二人の視線から物凄く怖い効果音流れた!?
『……まあ今回は二人とも多少大人げなかった、そこらでどうかしら?』
「……妥当な所かと」
「?」
首を傾げて不思議がっている皇さんがいる手前、内容には立ち入らず大人な対応で歩み寄る二人。
……いや、いいんだ、共通の敵が見つかって手を結んだんだよね、うん。
二人が仲直り出来たんなら、俺はそれがががががが……。
……アカン、このタッグはアカン。
俺の寿命が縮まる未来しか見えない。
『ん、んんっ。――それで、律氷、どう? 彼の家は? お泊り会は楽しんでいるかしら?』
志木が咳払いをして話題を変える。
というか、そもそもの本題はそこだったんだろう。
「あ、はい! ルオさんや陽翔様、皆様と過ごす夜がとても賑やかで楽しくて!」
『そう……』
本当に嬉しそうに今日あったことを語る皇さん。
それを見て、志木は自分の妹でも愛でるみたいな優しい目をしていた。
「…………」
椎名さんも、本当の姉妹のやり取りを見守るように、頬を緩めて静かに控えている。
……いや、共通の敵なんかいらないじゃん。
皇さんがちゃんと二人を繋いでくれているじゃないか。
「……えへへ、良かったね新海」
「ああ」
こっそりと隅で、逆井と喜び合う。
そして何だか一仕事を終えたみたいに、俺は麦茶の入ったグラスを口へと運んだのだった。
「……あっ、今度は是非、御姉様ともお泊り会、してみたいです!」
『そ、そうね……ラティアさんや梨愛さんとも女子バナなるものを一度してみたかったし、ね……』
そうして意味あり気な視線を送られ、思わず麦茶が気管に入ってむせてしまう。
「ゴホッゴホッ……え、それって今度は志木も家に泊まりにくるってこと?」
『……ダメ、かしら?』
何でそこで弱気な感じになるの……。
いつももうちょっと自信あり気にグイグイ来るじゃん。
「……いや、時間があるんなら別に良いけどさ」
そう言葉にすると、断られることが怖いかのような表情が一変。
パァァっと輝くみたいに嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。
『本当に!? うわぁ、嬉しい! なら今から張り切って、これからの予定も頑張らないと!』
……クソッ。
本当に心の底から楽しみだ、みたいな良い笑顔しやがって……。
その後、寝る場所を決める際に一悶着あったものの。
概ね問題なく、お泊り会の夜は更けていったのだった。
かおりん、今度家に来るってよ……。
さて、お泊り会はこれで終わって。
後2,3話したらまた織部さんの話に戻る、かな……。
もしかしたら1話くらい掲示板回を挟むかもですが、まあ予定ですので、変更の可能性ありということを頭の片隅にでも入れておいて下されば。




